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2011年10月15日 (土)

今への視線

昨夜に続いて青臭いことを書こうと思っている。

自分で自分の現在をどう見るべきなのかということである。

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もちろん私くらいの年齢になれば、親の介護に明け暮れている人もあろうし、

自分の事業運営に四苦八苦している人、はたまた悠々自適な人もいるだろう。

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幸か不幸か私はそのいずれでもなくて、今こそが青春だと思っている。

かつてほど組織に制約される訳でもなく、家庭を担う重圧もない。

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要するに、多忙ではあるが心の自由を謳歌できる位置にいる。

かつてこれ程に自由であったことがあったろうか。

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僅かに学生時代の一時を思ったりするが、あの時は将来への大きな不安を抱えていた。

それから茫々と時が過ぎて、樹海や胸突き八丁を経て遥々とここまで登ってきた。

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見渡せば雲海の彼方から朝日が昇り始めている。

はてさて、これを青春と言わずして何と言おうか。

畑を耕し葡萄の枝を選定しながら、葉っぱを大きく広げた白菜やキャベツを見ながら、

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今この時こそが青春ではないかと深く思うのだ。

過ぎてしまった日々は、既に夢のまた夢になっている。

永遠の今という一瞬を味わい尽くすことが出来るなら、

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それはそれは素晴らしいことではないか !

過去にどんなキャリアを積んだとか、どんな資格があるなんて何の意味もない。

そんなことに拘泥するんじゃなくて、今を直視することに努めたい。

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「秋深き 隣は何を する人ぞ」(芭蕉)

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