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2011年12月 7日 (水)

バイマー・ヤンジンさんに学ぶ

今日の午後は中学校で過ごしたので、そのことを書きます。

バイマー・ヤンジンさんは、チベットから日本に嫁に来た人である。

今日、そのヤンジンさんの話を伺って何故か涙が出た。

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チベットは、日本の面積の6倍ほどの広さだが、

平均の高度が4,200mと高くて厳しい気象条件のもとに600万人が生活している。

彼女は、成都からバスで2日間程の所のガワにに生まれ育った。

勿論、牛と羊の放牧地帯で電気も水道もない所だ。

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読み書きの出来ない人がほとんどで、「牛や羊と文通する訳じゃない」と学校にも行かない。

ところが彼女の母親の思いから、彼女は300km離れた学校に行くようになる。

親兄弟が貧しさの中で彼女の学校生活を支えてくれていた。

その思いを胸に、彼女は極寒にもめげずに命を懸けて勉強に励む。

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やがて村ぐるみの支援に支えられて成都の大学へ。

その大学で、漢民族の耐えがたい苛めにあうのだが、遂にそれを突破していく。

その大学に留学していた日本人が彼女の夫君なのだ。

まあ聞くも涙の物語なのだが、彼女は中学の子供達に学ぶことの大切さを切々と語った。

チベットが差別されるのは、教育がないからだ。

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それで彼女は日本に来てから、忽ちにして日本語を覚え

稼いだ金のすべてをつぎ込んでチベットに学校を建設していく。

来日17年、今日ではチベットに10校が出来て3,000人余が学んでいる。

最大の悩みは先生が少ないことだそうだが、

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あまりにも恵まれ過ぎて我慢の無い子供達にも、何かが伝わったようだ。

そして最後に、「沢山の人々に支えられて私の今日がある。

皆さんだってそうでしょ。お父さんお母さん、そして先生。ありがとうと言ってみましょう!

それで皆さん、命を懸けて取り組むものを持ちましょうよ」と語りかけた。

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日本青年研究所の調査では、高校生の64%が「自分は価値のある人間ではない」と思っているそうだ。

この同じ調査の回答が、韓国では24.9%、中国で12.3%、米国は10.9%に過ぎない。

比較にならないほど否定的な生き方になっているし、

結婚をしないのもその表れなのかもしれない。

日本の青少年は余りにもぬるま湯につかって、

自身の存在の意義すら見いだせないでいるようだ。

「別に~・・」と白けてる子供もいるけど、きっと何かをくみ取ってくれたと信じている。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

先日、従兄の自殺についてコメントをしました。
 米山様とも意見交換をしました。

誰しも長い間生き抜いていると、色々な体験をします。
体験・経験を通して学んで行くものだとも思います。

鬱病=自殺の考えは、確かにケースバイケースだと思います。
今回、自殺=犯罪と言う言葉では、私の伝えたい事が、上手く伝わらないと言うことも解りました。

実は、従兄弟の家からの自殺は、今回で二人目です。
前回は、20年程前でしょうか?

また、私の高校の同級生のケースは、高校一年より同級生が、死にたいと言っていました。
その彼が死んだのは、23歳に成ってからです。
とうとう、達成したわけです。
その時、初めて知らされたのは、同級生の父親も自殺による死を過去にして居たと言うことでした。
 彼は、父親と同じ農薬死を選びました。

自らの経験や同級生の死・従兄弟達の死を見て思うことです。

大切な命を守り、育てていく道筋に置いて、米山様や皆さんとは、死についての考えや角度も言葉も違うのも当然だと思います。

強く犯罪だといい続ける理由も理解して頂いたと思います。
だだ、自殺=犯罪と短く話す事は、止めたいと思います。

二件の自殺連鎖には、何かしらの共通点があることでしょう。

人を、また自分を、ダークな世界へ導いてしまう。
それは、恐れや嫉妬や憎しみだと思います。
そんな処に心を置く事無く、生き抜こうでは、ありませんか。

私の先祖の町には、とても偉い方がいます。
慶応3年生まれで、大工の長男ですが、大工仕事は、次がず、機械の設計制作に没頭します。80程の特許を取得して、西洋の技術者をも、うならせた男です。

 昭和初期に考えられたその機械は、今でも現役で動いていたりもします。
 G型自動織機の生みの親、佐吉です。

そのその息子は、今は、世界にその名をはせる、トヨタ自動車の生みの親、喜一郎です。

佐吉→喜一郎→章一郎→英二→章男、この連鎖には、佐吉が思い描いた夢が有ります。

母親を楽にする。日本を豊かにする。『生きる意味』を大きく残すと言う思いが、
豊田家には、有ったようです。
困難をバネに生きて来た一族です。

困難な時には、チャンスだと思い、死を選ばず生き抜きたいですね。

 バイマーヤンジンさんの話しですが、困難があり、沢山の支えがあり、多くの仲間の夢が有ります。
 人生も製品開発もやって見なけりゃ分からない、必ずやり遂げると言う信念には、自信こそ無くとも必ずやり遂げるという信念が有ります。
 日本の幕末には、そんな人達が沢山居たはず。
 教育だと思います。終身教育が、戦時教育へ書き換わる前は、素晴らしい教育本だったのですが・・・。
 私も、中学の役員をした際に、中学生が、劣等感を持った自己のアピールの出来ない子達だと聞きました。
 その生徒を矯正する為のカリキュラムを受けました。
 私は、こんな素晴らしい母親です・・・
 私は、こんな素晴らしい父親です・・・
と言いあう練習でした。
  その時思いました、みんなが素晴らしい人達だと、自分も素晴らしいと・・・。
 個性的こそ価値のある事なのだと思います。
 人生は、一度きり、恩を忘れず働き、縁を大切に過ごし、自分に出来る事が自慢の明るい人生で終わりたいものです。

 藤原様に同じく、バイマーヤンジンさんの人生行動は、素晴らしいです。
 子供達にとっても素晴らしい講演でしたね。

投稿: ひろ | 2011年12月 8日 (木) 21時44分

 バイマー・ヤンジンさんが17年前に日本に来られたと聞くと、23年程まえ、山崎豊子の「大地の子」に感動したのを思い出します。その頃、チベットの利発な少女が成都の大学で学んだ、とのこと。チベット民族の粘り強さと、苛めがあったとはいえ受け入れた中国の懐の深さを感じます。そして、学校創りの種がこのように順調に育ってきた。更なる日本人の絆を原資として日中チベットの文化交流に役立ち、平和の礎となることを心から願うものです。 
 2003年の10月、アフガニスタンに「希望の学校」という「女性が独立できるよう教育する場」が、つくば市に居住するスルタニさんと日本人有志の手で完成しました。維持にご苦労されていると聞き、お手伝いしたかったのです。しかし、遠方であったので大学クラス会の残金を寄付するという些細な協力しかできませんでした。3年ほど続けたのですが、プッツリと報告書が届かなくなりました。残念ですし心配です。
 バイマー・ヤンジンさんの過去に涙することも必要ですが、彼女の試みは将来も支援が必要であることを認識して、我々個々人が夫々に何が可能かを考え行動することがより重要ではないでしょうか。さもないと、単なる評論家・傍観者にしかなりません。避けたいものです。

 「最近の若者は」という中傷論が流行っているようですが、私は若者の世界は大人社会の映し絵に思えてならないのです。
 バイマー・ヤンジンさんは、「(勉強して)命を懸けて取り組むものを持ちましょうよ。」と語りかけたそうです。そこに列席した大人達にも「あなた達は命を懸けて取り組んできましたよね?!」という問いかけを受けたように思いますが、いかがでしょうか?  それに正面から答えられる人は山草人さんを含めて何人いたのでしょうか。疑問です。
 だから、若者達の現在の姿に不満があったら、大人達は責任をもって、若者達に手を差し伸べ共に協力して打開しなければならない、と思っています。

 日本青年研究所の「自分が価値あるか?」という設問調査ですが、実に不思議な調査です。「価値」あるかを問う場合には、目的・対象が欠かせません。それがなければ空に矢を射るようで、適当な答しか出ず役立ちません。高校生時代の私は生意気でしたから、まともにこのような設問に答えなかったでしょう。設問者に「貴方はどう答えますか?価値の対象は何ですか。答えた理由は何ですか?」と聞いたかもしれません。このように貧弱な設問調査は特に外国では、公に実施できないでしょう。風評を撒き散らすだけの、このようにくだらない私的な調査に惑わされない冷静さをもちたいものです。

投稿: 米山 | 2011年12月16日 (金) 09時41分

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