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2011年12月 5日 (月)

地域防災の力

昨日は、私の地域の5箇所の防災訓練会場を見て回った。

地区それぞれに指導者の感性が現れていたし、

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昨年までとは確かに雰囲気が違っていた。

私の住む地域は全域が海抜3m以下だ。

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それに液状化の最も危険度の高い地域でもある。

海岸の防潮堤は7mほどの山形の土盛りだ。

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第三次被害想定では、3~4mの津波が襲来することになっている。

これまでの感覚では、津波は防潮堤で止まって被害はないということだった。

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しかし、宝永地震以前の地震を辿ると、とてもそんなものでは治まらない。

だいたい、防潮堤は津波を想定して作られたものでもない。

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ともあれ昨日の防災訓練である。

中学生を大量動員して飲水の運搬やらバケツリレー、

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消防署員の指導での救護訓練に重点を置いた地区。

参加者を幾つにも分けて、パート別の専門家養成に重点を置いた地区。

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各自治会を色分けして、組織だった避難行動を目指した地区。

などと、例年よりも一歩前進した感があった。

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だけど、まだまだの地区もあるし、訓練参加者も1800人程でしかない。

私の地域人口の一割に過ぎない。

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3.11から、もう10ヵ月が経とうとしている。

改めて、防災への感度を高める必要を痛感しだ一日だった。

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それで来年3月には、

地域住民を対象とした防災講演会を開催しようと考えている。

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全ては、正しい理解から始まるはずで、

釜石の奇跡も訓練の積み重ねであって、地道な努力が必要なのだ。

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コメント

 「釜石の奇跡も訓練の積み重ねであって、地道な努力が必要なのだ。」には納得できるものの、その訓練の内容が「飲水の運搬」「バケツリレー」「救護訓練」そして「避難訓練」と言われるとハテナです。(笑)
 それで確認のために、インターネットサーフィンして調べてみました。
 それによると釜石の奇跡は「大きな地震があれば、直後に津波が来ることを自らの意思で考え、想定に囚われることなく、率先して避難すること」によってもたらされたと、下記のホームページにありました。

http://diamond.jp/articles/-/13992

 私の分析では、山草人さんがイメージする「奇跡」と「釜石の奇跡」の内容は180度異なるように思えてなりません。訓練の内容も180度異なるでしょう。山草人さんの子孫の人命に直接かかわります。是非に再確認をお願いします。

 次に、来年の計画に防災講演会を試みるとのことですが、それを有意義にするために、釜石の奇跡をもたらした「片田敏孝・群馬大学大学院教授」を招聘されてはいかがでしょうか。彼は豊橋技術科学大学で学び、母校の客員教授および静岡大学工学部客員教授も勤められているようです。彼は国内外で有名になって多忙でも、お世話になった身近な町のために協力を惜しまないと思います。
 彼なら、海抜3m以下の土地であっても、最善ではなくとも次善の策を必ず提案できるのではないでしょうか。現場を知るプロは如何なる条件であっても、その場所に最適な回答ができるものです。「海抜3m未満の町の奇跡」を期待しましょう。

投稿: 米山 | 2011年12月 8日 (木) 08時59分

 いやいや藤代さん! 釜石の避難行動は奇跡でも何でも無いのです。

 彼らは訓練通りに組織的に行動し、しかもその避難場所を3度も見直しながら、遂に安全な所まで逃げたのです。

 その間、リアカーを探し出して年寄りを乗せたり、小さな子供の手を引いたりして、避難を呼びかけながら、避難していったのです。

 その声と組織的な姿に、マニアル通り三階に避難していた小学校でも教師の号令で避難が始まったのです。

 彼らは「よくもまあ、訓練通りできたな~!」と感心するほど、この2年間の訓練通りに行動したのですよ。

 釜石のケースは、奇跡でも何でも無くて、訓練の賜物なんですね。

            山草人
 

投稿: 山草人 | 2011年12月 8日 (木) 16時34分

 藤城さんが、私が言いたかったことを簡潔に表現してくださいました。「命をテーマの真剣な話です。」ということです。その通りです。それ故に、私なりに真剣にコメントさせて頂きます。
 藤城さんが危機における重要事項は【誰がいつどのような状況で避難の号令を群れに向かって掛けたか?】であると規定し、「その芽が子供時代のガキ大将や、アウトローといわれる人達にあるのだから、彼等の行動に学ぶべきは学び、リーダーを育てて危機に備えよ。」という主張と理解しました。
 危機におけるリーダといえば、「地の底の笑い話」を思い出します。我々が若い頃の筑紫炭鉱のことだそうです。
 男が炭鉱の奥の広間で一人坐ってくつろいでいる。他の者は更に狭い坑道を進み切羽で石炭を掘る。男は何も仕事をしない。他の者は畏敬の念を彼に払っている。彼は経営者に雇われた恐ろしい管理者か? 違う。彼は最初に炭鉱に入り。最後に出る。事故の予兆は彼の五感が感じる。彼は事故の場所・内容と避難方法を判断する。全員は彼の命令に従い避難する。彼は最後に炭鉱から出る。
 皆が安心して仕事ができるのは彼のお蔭なのだ。だから彼は尊敬され、かつ自由である。

 藤城さんは、「危機においてはこのような才能のリーダが必要不可欠である」だから、「釜石でも中学生の誰かがこの役割りの担ったに違いない」と主張していると思います。
 藤城さんの主張は理解できますし、そのような形での危機脱出例は多いと思います。
 しかし、釜石の例は異なるように思えてなりません。
 個人の才能に頼らない危機管理の方法論として、最近「雁(カリガネ)方式」が注目されているそうです。
 「くの字編隊で雁は飛行するが、先頭の雁は一定では無い。常に変化している。先頭のリーダが鷹等の外敵に襲われて失った場合の訓練ともみれる。だから、次のリーダが常に表れるので群れが全滅することはない。」というものです。個体の智恵に頼らず、群れ・複数の智恵を育むのでしょう。
 片田教授も、釜石で「雁(カリガネ)方式」を利用した訓練を重ねてきたように、私は考えているのですが、どうでしょうか?

 それから、山草人さん達が計画している来年の講演会に、私が片田教授を招聘するように推奨しているのは、危機管理のプロは「色々な危機対策を有していて、その中から一つでは無く複数の対策を指導するハズ。」と考えているからです。今回の奇跡も一つの方法のみが注目されていますが、複数の対策による複合効果なのかもしれません。
 最近の風潮として心配なのは、「片田教授方式を表面的に捕らえ、誰でも理解できる簡単なマニュアル」として、それを配布し実行すれば十分と考えるマニュアル主義の適用です。
 想定外の非常時対応は、地域環境によって大きく異なります。そこで必要なのは標準化したマニュアルではなく、片田教授といった実績のあるプロによる現場での五感・予感と思うのです。
 東海大地震に襲われる可能性が高く、かつ標高3mに満たない近海に住む皆様のことを心配して老婆心ながら、私の考えを披露させて頂きました。

投稿: 米山 | 2011年12月11日 (日) 18時32分

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