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2012年1月 9日 (月)

年の功

一定の年齢になれば、大抵は年の功なるものが備わるとされている。

否そうらしいのだが、私にはどうにもその実感がない。

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むしろ若年者がむやみに老けて見えてしまう。

そして「若さ」を誇ってきたことを悔やむことすらある。

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人生には谷も山もあるし、私だって幾つも乗り越えてきたつもりだ。

当然、ある程度打たれ強くもなっているはずだ。

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だかさにあらず、依然として些細なことで落ち込んだり、

時には必要以上に悩んだりしてしまうのだ。

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例えば、バイオリズムの底あたりで、

理解を超えるコメントに出会ったりすると、

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もうこのブログを止めようかと考えたりもする。

子供のころと変わらず、これでもかなりナイーブな神経と共存している。

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そもそも年の功とは、色々な経験や知恵があると言うことだろう。

それに、ことの処理を時間の経過に任せて無駄な抵抗をしなくなる。

あんまりジタバタしないってことかな。

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団塊の世代に期待されるのも、その辺の年の功だろうか。

しかし、その年の功を何処に活かしたものだろうか?

近頃じゃ情報系の進化が早すぎて、携帯の機能だって十分に使えていない。

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おまけにアイパットだのスライドショーなどと言われても、

ひたすら知ったかぶりをする他ない。

若い人は子供の頃からあのゲームで鍛えているんだし、敵う訳がない。

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へたすりゃ、時代遅れの何とかザウルスにされかねないのだ。

いやなに、理想的な歳の取り方を考えているに過ぎない。

現役時代のような、難題と日々格闘するような気迫は既にない。

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それにもかかわらず、私の周りには幾つかの課題が常に転がっている。

弱気になったり強気になったり、「生活がかかっている訳じゃなし」と慰めたり、

それなりの歳なんだと言い聞かせたりもしている。

それでもね、そろそろ「年の功」が欲しくなってきたな~。

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コメント

「波乗り」

 いつの世も時代は、波を起こすもの、時代という、大波・小波、情報の波は、フェイクな波情報もある。速すぎて乗り切れないが、そのうちに乗ってるものですよ。
 

 だって、山草人様、そこらの爺とは、偉い違いですもの・・・・。
 私から爺は、失礼ですが・・・・。
 言うなら格好いい、兄貴ですね。

        ・・・ひろ

投稿: ひろ | 2012年1月 9日 (月) 21時58分

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