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2012年4月 4日 (水)

遊び心の処世

かつては何処にでも還暦の祝いってのがあった。

赤いちゃんちゃんこに烏帽子で、隠居としての第二の人生の始まりを祝った。

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古希と言うのも古来稀な70歳と言うことだったが、今じゃ近来ザラなりだ。

と言う訳で、今や還暦なぞは洟垂れ小僧の範疇になった。

とは言え、その洟垂れ小僧が日向ぼっこして暮らす訳に行かないのがこのご時世だ。

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当然ながら、かつての経験をベースに知的冒険の旅に出る。

ただ違っているのは、銃後の守りを意識する必要がないことだ。

もっとも、銃後なぞはどこぞのレストランで駄弁ってるだけかもしれないが・・・。Dscf2947

余談はさておき、かなり自由な立場での活動が出来そうだ。

発言にも行動にも、予断と言うやつが要らない。

生のままに生きられるような気がする。

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しかも拘りを無くせば、その時々の自分を達観して楽しむこともできそうだ。

年の功ってやつだね。

ボランティアを始めとした社会的な仕事を道楽にできるのだ。

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かつての仕事は、生きるために耐え忍ぶようなところもあった。

だけと今、その仕事を楽しんでやらせてもらっている。

そりゃ色々と苦しいことだってあるけど、それも時々のアクセサリーと思えばよい。

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これを第二の人生の醍醐味と言わずして何と言おう。

それにフリーになって、返って人との自由な出会いが増えた様な気がする。

それで自ずと人への関心も出てくる。

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男であり女であれ、お互いに支え合って自立していこうと言う気持ちになる。

そいつがね、命を輝かせる活力になるでしょ。

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天寿と言うのは250歳なんだそうだ。

そこまでの全うは所詮無理だとしても、

大還暦(120歳)まで矍鑠として生きてやれと考えている。

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「壮にして学べは 即ち老いて衰えず 

老いて学べは 即ち死して朽ちず」だからね。

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