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2012年5月31日 (木)

これから先・・・

人の一生について考えている。

人には幸不幸織り交ぜて、選び取った様々な人生がある。

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学生時代の優等生が、ハッピーな人生を歩んでいるかと言うと必ずしもそうではない。

逆に子供の頃の出来そこないが、そこそこの存在感を持った生き方をしていたりする。

それに、若いから大きな未来が約束されている訳でもない。

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そして私は還暦を過ぎたが、まだこれから一山も二山もあると思っている。

だが同年輩でも、既に自分は余生を生きてると思っている人もいる。

人の価値観は様々で、それを他人が評価することは無意味だ。

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私の場合、家族を背負ってあくせくしていた頃に比べると、

今では随分肩の荷が軽くなった。

往生際が悪いと言われるかもしれないが、自分の人生はこれからだと思っている。

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とは言え、いつ何時3.11の様な震災に見舞われるかも知れない訳で、

一日一日の歩みを振り返りつつ確かなものにしようとしている。

今日午前は、某新聞の記者に乞われて津波対策の現状を案内した。

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海岸から2km余が海抜2.5mの沖積平野である。

先日の発表では、この地域を最大で11.8mの津波が襲うと言う。

過去に作られた高さ6mの防潮水門も意味を持たなくなった。

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海岸の7mの防潮堤もしかりで、かと言って諦める訳にはいかない。

それで自治体も地域も企業も、避難タワーを作ったり何とか安心を得ようともがいている。

そんな現場の幾つかを案内したのだが、

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何時の間にか東日本の震災で失われた多くの人生を思っていた。

この地域で同じような選択は御免こうむりたいが、

最大限努力しての結果であれば、まあ~それが人の一生と考える他ない。

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一つの諦観である。

午後は社協の評議員会で、精神障碍者への支援について議論があった。

昭和62年までは隔離、以降は医療の分野に、そして今は福祉の時代になった。

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精神障害を持って生まれた人は、始めから選択の余地のない人生なのだ。

与えられた命である。

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精一杯燃やさなければなるまい。

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2012年5月30日 (水)

中庸の道

私に似つかわしくないタイトルを掲げた。

人は誰だって、自分の体温や心臓のリズムを基準に物事を感じている。

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だから、みい~んな同じ様なもんだろうと思うのだが、

見解の相違から争いは絶えないし、殺し合いの戦争だって無くならない。

お互いに小さな我を張りあっているのだ。

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それが私達人間の正体だとも言える。

中庸の概念が普遍的なら、とうに争いなど無くなっているはずだ。

実はこの「中庸の道」は、私の関わっている学校法人の校訓なのだ。

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とかく、平均的とか凡庸とかと言った意味にとらえられがちだ。

しかし、不偏不倚で可不及の無い生き方なぞ至難の業だろう。

その中庸の道を究めん為に学ぶのだと言う。

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しかしまあ、儒教の盛んだった江戸の昔ならともかく、

子供達がこのことを考えるまでには数十年の歳月を要する。

私なぞ、還暦を過ぎてなお迷い続けているんだから。

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ともあれ不偏不倚は、生き方として永遠のテーマなのかも知れない。

或いは、「日々の仕事をひたすら淡々とこなす」と言う意味かとも思う。

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余計なことを考えずに、ひたすら我が道を進む。

それが理にかなったことなら、それこそ中庸の道ではないか。

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一つの主張を持ちつつ、世のため人のためひたすら前に進むことが出来たら、

それは素晴らしいと思うのだ。

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今夜は、改めてそんなことを思っている。

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2012年5月29日 (火)

毎日日曜日?

定年退職したら、毎日が日曜日になると思っていた。

朝起きて「今日は、何しよう?」ってなことになるかも・・。

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毎日図書館と銭湯通い・・・ってなことにはなるまい。

そんな日曜日の恐怖に駆られて、あれこれと取り組んできた。

それで今「いったいどこが、毎日が日曜日なのか?」と思う。

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毎日が息せき切って過ぎていくし、畑の作業も後手続きだ。

予定は、マラソンなども含めて2ヵ月程先まで一杯だし、

思ってもみなかった誤算なのだ。

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予定の確認のために、とてものこと手帳を手放せなくなった。

人に言わせると、老後に備えて徐々に身の回りのことは自分でするようにするらしい。

それで私も、「退職したら、週2回は晩飯作る」と宣言していた。

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だけどそんな話は露と消え、炊事洗濯掃除も一切お任せである。

それに第一、毎日出かけていて家に寄りつくことがない。

お陰で、ブドウの作業は現役時代よりも手抜きが多くなった。

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つまり「亭主元気で留守が良い」状態が続いている訳だ。

目の痛みは大分軽くなってきたが、

しかしまあ、確かに何時までも若い訳ではない。

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若くはないからこそ、当面は全力投球をしなければなるまい。

日曜日は返上し、今しか出来ないことをやろう。

人生は、燃やし尽くしてこそ意味がある。

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2012年5月28日 (月)

生と死と

初夏の様な日差しの一日である。

会議の終わった午後、オクラを植える畝立てをしていた。

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このところ雨が無いから乾いた土が固く締まっている。

耕し進むうちにミミズが転がり出てもがいている。

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早く土に潜らないと脱水して干乾びてしまうのだが、なかなか上手くいかないらしい。

少しばかり様子を見ていたが、ミミズを助けることもせず耕すことを急いだ。

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私は生死に対して冷淡なのか、かなり唯物的な捉え方をしている。

自分も何時か燃え尽きるだろうが、執着はしないだろうと思っている。

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植物や動物の命の営みを数限りなく見てきたし、

人の生死にだって幾たびか接してきた。

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身近にいた人が消えてしまうことは、狂おしく悲しいが私は涙を流さない。

一個の命を終えたと言う客観的事実を、ひたすら凝視するのみだ。

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「人は何処から来て、何処へ行くのか」と問うても詮無い。

人は生きている限り、自分の出来ることをやり、そうして歩み続けるしかない。

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オクラやゴーヤを植え、一夏を共に過ごす。

彼らはたった一夏で、子孫を残して生を終えるのだ。

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それを私は不思議だとも何とも思わずに接している。

だけど私だって一年性の植物と同じで、

先祖から綿々と繋がってきた鎖の小さな点の一人に過ぎないのだ。

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誰だって老い、衰えて死にゆく道程を辿らざるを得ない。

耕し終わって、あのミミズを思い出した。

はたして死骸は無く、ミミズは土の中に入ったのだろうか。

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2012年5月27日 (日)

懸命に遊ぶ

仕事にかまけてたって訳でもないが、現役時代に自由を謳歌した記憶はない。

かなり自己規制しながら、仕事に熱中してきた。

それが定年退職で、やっと自身の自由を得た。

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まだまだ若いって思ってたら、「アクディプに行動できるのは60代まで・・」って声を聴く。

我が人生を謳歌する時間は、たっぷり残っている訳でもなさそうだ。

はてどうする山草人と言うことだが、

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これはかねてから、目一杯遊ぼうと決めていた。

60歳を過ぎたら、自分の出来ること、やれることを目一杯やろうってね。

遊びって言ったって、人生の遊びだから工夫も努力もいる。

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そのために現職の頃から色々と準備してきたし、その果実を貪れば良い訳だ。

マラソンもこのブログも、ブドウ栽培なども、

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そして幾つかのコミュニティーや自治会連合会、

それにこれは計算外だったが、幾つかの仕事も背負うことになった。

そうして、皆一緒くたに我が身のうちに取り込んでいる。

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だって、今やらなきゃやる時が無くなっちまう。

もとよりジッとしているのは得意ではないから、一所懸命にあくせく動いている。

現役時代よりはるかに社会的だし、行動的だ。

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一つ一つの遊びを真剣にやる。

中途半端じゃ何の為の遊びか分からなくなる。

とことん、懸命に遊びたい。

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俺でなきゃできないって遊びをね。

それに、楽しい遊びで燃え尽きるんなら本望だ。

人生を遊びて終わる果報者ってね。

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さあ~て、来週も目一杯のスケジュールだ。

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2012年5月26日 (土)

政治ごっこ

法外な高給が支給され、秘書だけでなく政治?活動費まで支給される。

それで日々この国のために精力を傾けて・・・・何をしてるんだろうか?

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我々庶民の率直な疑問だ。

三年前、政治主導なる言葉が盛んに言われた。

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政治家が表に立って指揮命令すれば世の中は良くなると。

普天間は最低でも県外、事業仕訳で無限に財源が出てくる。

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特別会計には莫大な埋蔵金が隠されている。

派遣労働は抜本的に改善して、失われた年金も完璧になる。

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子供手当に戸別所得補償、低所得者への生活保護もちゃんとやります。

財源は幾らもあるから、もちろん消費税は上げません。

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今更羅列するだけでもあほらしいが、これが政治主導の実態だった。

それが実現できなかった訳だが、一体誰がその責任を取るの?

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政治家の任期は4年、終わればそれっきりだ。

一年交代の総理大臣はもとより、誰も責任なんて取りようもない。

それも理念を貫くんならまだしも、支離滅裂なパフォーマンスだけだ。

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これを馬鹿馬鹿しい政治ごっこと言わずして何と言おうか。

私達国民が馬鹿だったと言われれはそれまでだが、

この間の超大な損失は、民主主義のコストとして私達が払うのだ。

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つまりあの政治家は責任を取らず、私達が付けを払うことになる。

米国や中国からも、扱い易い国として適当にあしらわれている。

残念ながらそれに抗すべき術もない。

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「アジアの未来」が開かれて、我が首相が「TPPとアジアFTAが未来を創る」と言った。

集まった国のうち、まともに受け取った国が果たしてあっただろうか。

「訳の分からんことを、何言ってんだか」との印象ではなかったか。

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残念ながら、この国の未来を託する政権でないことは明瞭だ。

もう、いい加減にしてほしい。

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2012年5月25日 (金)

前を向いて!

野辺山の100kから5日、毎日心地良く眠っている。

そうして明け方、足の筋肉が開放されていくのを実感する。Cimg6806

その疲労が解きほぐされていく感覚で、素晴らしい快感と共に目覚める。

さあ~、今日もやるぞって気持ちだね。

それで今日は、小笠山でのランニングを再開することにした。

山はもう淡墨桜も終わって、すっかり濃緑になりつつある。Cimg6807

その緑に覆われたトンネルを一人黙々と足を運ぶ。

痩せ尾根のそま道だから、起伏はもとより木の根や石も出ている。

転びたくなくって、どうしても下を見て走りがちになる。Cimg6808

マラソンでは4~5m先を見て走れと言われるが、

俯いて下を見てたんじゃスピードも出ないし、何より周りが見えない。

それで出来る限り、前を見て走るように心がけている。Cimg6809

すると、気付かなかった自然の変化がどんどん視界に入ってくる。

鳥たちの囀りさえも色彩を帯びて聞こえてくる。

むしろ躓くことすら少なくなるような気さえする。

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そう、前を向いて走る練習をしようと考えている。

山を走りながら、人生もランニングも同じだな~と得心している。

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ヶ躓くことを恐れて俯いていたら、世間の動きは見えちゃ来ない。

保身や人目を気にするんじゃなくって、堂々と前を向いて胸を張れ。

失敗したって良いじゃないか。

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所詮人生に正解なんてないんだし、自分の走った結果だけが残るんだってね。

人生もマラソンも日頃からの積み重ねなんだ。

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2012年5月24日 (木)

たかが虫なれど

今日は朝から夜まで会議の一日である。

書類を見るのが億劫なほど目がかすむ。

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それに会議の場所までの車の運転も難儀した。

やたらに眩しいし、霞んで見えるから半眼で運転したからだ。

実は原因は、小笠原に行った折に目に虫が入ったことにある。Cimg6804

痛いとは感じたが、たかが虫(サァム カインド オブ インサイト)だから

じきに治るだろうと思って過ごした。

しかし翌日になっても痛みが残っていた。

しかしまあ、「いずれ回復するさ」と放ったまま二週間が経過した。Cimg6802

勿論、この間に色々とイベントや用事があったからだが、

だんだんと視力が落ちてくる。

昨日は、通学途上の子供から「おじさん、目が赤いよ」と言われて、

いよいよ医者に行く気になった。Cimg6801

で、昨日は半日かけて眼医者に行った次第なのだ。

医者曰く「目に傷がついて、ぼろぼろになってますね」、

「放っておくと失明しますよ」だって・・・!Cimg6800

私が「たかが虫が入ったくらい、自然に治るでしょ」と言うと、

その眼医者が冷や水を浴びせる様に冷やかに「それは、若けりゃね」と仰る。

よっぽど「俺りゃ、若くないの?」と言おうとしたが…ぐっと口をつぐんだ。Cimg6799

と言う訳で薬の反作用か頭までくらくらするし、今は目薬が頼りだ。

かと言って、今夜の会議も出席しない訳にはいかない。

ともあれ自分の目だけど、思うにままならないと有り難さが分かるね。

それにしても、小笠原の虫にも五分の魂があった訳で、

少しばかり体力年齢を過信していた私には痛いお灸になった。

歯・目・マラって言うしね。

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2012年5月23日 (水)

自立の道

子供の頃、自信に満ちて自己主張する子が羨ましかった。

腕力もなくスポーツもダメ、かと言って学校の成績が良い訳でもない。

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当然ながら群れることもできずに、何時も孤独だったように思う。

自分は生きていけるんだろうかと、アンクシャスに、そしてアンイージーに想像していた。

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それもあって、何時の頃からか夢中で勉強するようになった。

成績は幾分上がったが、孤独は孤独のままだった。

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もう60年余も人間をやっているが、その孤独は今も大事にしている。

「友達100人作るんだ」って歌っている今の子供達はどうだろう?

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多分、メル友100人なんて子もいるんだろう。

何時も群れて、漫画や嵐などと他愛無く騒いでいる。

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あの子供達は、孤独を知っているんだろうか。

ひょつとして、孤独から逃げてるのかも知れない。

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人間は人と人が関わって生きるしかないが、その一人一人は孤独なんだ。

所詮一人で生まれて、一人で死んでいく。

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そうして、孤独を基礎にして自立していくんだと思う。

雄のライオンみたいにね。

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自分で餌を捕って、それで悠然と自立できるようになるんだ。

それが孤独を知らずに依存心ばっかり強いと、パラサイトになっちゃうのかな?

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人間、孤独を恐れることはない。

誰だって、孤独なんだからさ。

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2012年5月22日 (火)

命のきらめき

ちょつと大げさな表現だろうか?

私達が生きていて、「あ~ぁ、生きているッ!」て感じるのは何時かってことさ。

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一日一日ははかなくと言うか、アッと言う間に流れ去ってしまう。

そいつを「行雲流水」と達観するのも、一つの生き方さ。

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でもさ誰だって、「ここに、生きてたぜ!」って足跡を印したいだろッ。

だから「人のやらないことに挑戦する」。

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登山家の三浦さんだって、アスリートだって、そんな輝きを求めている。

それを別の言葉でいうと、達成感と言うんだろうな。

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思えば100kもの距離を、あんな苦しい思いをして何故走るのか。

毎日あちらこちらと走り回っているのは何故なのか。

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好きでもないのに人の前に立って、恥をかき続けてるのは何故なのか。

「おっ」と思う情報があれば、その真偽を確かめに出掛けたくなる。

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寂しがりなのかどうか、あの人やこの人に無性に会いたくなる。

別に生き急いでいる訳じゃない。

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だけど命はね、とろ~んとしていると曇ってくるような気がするんだ。

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だから燃やして、燃やし尽くして、それでどっかで煌めくことが出来りゃそれで本望さ。

体も知的活動も自分の限界に目一杯挑戦してさ、

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これが俺の人生さって生きてみようと思っている。

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還暦を過ぎて、やっとそんな選択ができるようになった。

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そいつを大切に、これからも挑戦を続けようと考えている。

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2012年5月21日 (月)

高原の春

野辺山の話をもう少し続けたい。

高原の空気は澄んで美味しいが、朝晩はまだまだ冷える。

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草花はそれでも春を待ちかねて一気に花を咲かせている。

今朝は170余年ぶりの金環日食で、松原湖畔からしばしの天体ショウを楽しんだ。Cimg6779

それから朝食を済ませて八峰の湯に向かう。

露天風呂に浸かりながら八ヶ岳を眺め、

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昨日の疲れをしっかりと癒そうと言う魂胆だ。

それに、この高台からの朝の八ヶ岳の眺望が抜群なのだ。Cimg6729

2700m前後の山々が連なって、この山里を見下ろしている。

西暦800年頃の八ヶ岳の崩落が、この松原湖などの地形を作ったらしい。Cimg6737

ともあれ、16年間この里に通ってきた。

この間に民宿のご主人も世代変わりし、そしてその民宿も閉じた。

松原湖は、かつてはスケート場として栄えた所だ。Cimg6739

それも今は昔で、スケートは人工のリンクでするようになった。

かつての賑わいは、もう戻らないと言うことだ。Cimg6725

この地域の最大の産業は、高原野菜を生産する農業だ。

あちこちに白マルチを敷き詰めた畑が広がり、レタスなどの定植が始まっている。Cimg6780

日本列島は、思いの外広い。

東京や大阪は人口こそ多いが、この国の大部分は農山村だ。

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都市だけが栄える政策では、この国は貧しくなる一方だろう。

この日本列島の隅々まで血が通うようになって、心豊かな国が生まれる。

昨日のレースにも東京方面からのランナーが多かった。

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みい~んな、この里山の空気を吸ってリフレッシュできたはずだ。

この里山を人の住めない地域にしてはならない。

TPPのような愚策を政治の玩具にしてはならない。

これは確信だ。

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2012年5月20日 (日)

ウルトラを制す

八ヶ岳野辺山100k大会はウルトラ中のウルトラだ。

標高差の大きさに加えてアップダウンの続くハードなコースである。

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それで「野辺山を制す者は、ウルトラを制す」と言われる。

ともかく、そのタフなコースに16年間も挑戦してきた。

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ウルトラの朝は早い。

午前3時には朝食、4時には会場に向かう。

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着替えをして荷物を預けスタートラインに並ぶ。

このレースては、先頭に並ぶのはデカフォレストと決まっている。

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私もその先頭からスターした一人だ。

傍らでは山梨学園大学のチアリーダーがエールを送っている。

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朝5時、朝霧の立ち込める中を一斉にスタートする。

牧場の牛たちが、何事が起こったかと駆け集まってきて、ランナーの群れを見物している。

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ランナーの群れは、野辺山近くを一周して八ヶ岳に向かって駆け上っていく。

やがて朝靄が晴れ、忽然と八ヶ岳連山が姿を現す。

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朝の早い鳥たちの囀りのほかは、ランナーの靴音が響いている。

唐松の若緑や白樺の林の中をひたすら足を運ぶ。

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標高1908mが最高地点で、その後はずっと下っていく。

50k地点で5時間30分、私にすればかなり速いペースだ。

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60k過ぎからは、馬越峠に向かって再び登りが20k余も続く。

疲れた足にはかなり辛い登りで、多くのランナーが歩いている。

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頂上には15:00に到着した。

山頂からは裾野の畑に敷き詰められた白マルチが輝いている。

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その坂を駆け下りて、多くの人たちが声援を送っているゴールに17::35飛び込んだ。

走り終わってしまえば、あの苦しさも一瞬の出来事だったような気がする。

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走り過ぎた月日と同じように!

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2012年5月19日 (土)

野辺山へ

高原の駅野辺山〔1345m〕の近くの松原湖畔に来ている。

明日の八ヶ岳野辺山100kmウルトラマラソンの為だ。

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家からは車で260km余だからかなりの時間を要する。

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山梨県に入ると、次第に標高があがって気温も下がっていく。

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桜の花が未だ残っていて、唐松の鮮やかな緑があらわれる。

野辺山の手前で、清里の清泉寮に立ち寄った。

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青少年の自然学校の拠点だが、ソフトクリームの有名なところだ。

そこで行列してソフトを買って、八ヶ岳や南アルプスの残雪を眺めつつ味わう。

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この空気で食べるからか、やはり美味しいと思う。

八ヶ岳の雪は富士山ほどではないが、かなり残っているようだ。

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大会会場に入ると、やはり100kの大会に来たなっていう雰囲気になる。

舞台では山梨学院のチアリーダー達がリハーサルしているし、Cimg6723_2

懐かしい顔に出会って和気藹々の話やら、やはり何時もの会場だ。

この大会にもう16年も通ってきている。

この間に様々なドラマがあって、そんな幾つかのシーンが目に浮かぶ。Cimg6717

舞台横にはデカフォレストの名前が大書されていて、その仲に私の名もある。

この大会を10回以上完走した人の名だ。

ゼッケンも一般とは違っているし、特別控え室まで準備されている。Cimg6741

ともあれ仲間が集まって、乾杯とともに明日の健闘を誓い合った。

明日はきっと暑い一日になるだろう。

その一日に、私はどんな物語を書くことが出来るのか。

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多分、新しい境地で100kを走ることが出来ると思っている。

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2012年5月18日 (金)

孤独と挨拶

私の朝は、「おはよう !」「行ってらっしゃい」で始まる。

大きな声で何度となく繰り返している。

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そうしていると、自分自身の元気がしだいに充填されてくるような気がする。

子供達も最近では、かなり元気に返事をするようになった。

「おはようございます」「ありがとうございます」とね。

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それから「今日は、何番目?」とか「今、何時?」「今日は何処に行くの?」なんて質問もある。

それが中学生になると、とたんに挨拶が出来なくなる子供がいる。

それどころじゃないと言った顔でむっつり通り過ぎていく。

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恥ずかしさなのか自意識なのか・・・、それでも私は声をかけ続けている。

この子が何時返事をしてくれるのかと、根競べをしている。

もっとも大人だって偉そうは言えない。

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特に男は「ん!」とか「お!」とか言って通り過ぎる人が多い。

物言わぬ仏頂面がステイタスであるかのようで、要するに挨拶一つできない。

人は元来、一人で生まれて一人で死んでいく。

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どんなに群れていたって、正気に戻れば孤独なことに変わりはない。

友情は友の喜びを我が喜びとしなどと言うが、

それがたび重なれば、そんなに素直に喜んでばかりいられないだろう。

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自分の好きな女性がその男と結婚でもすれば、正直悲嘆にくれる。

友情なんて所詮そんなもので、真の友情なんてものはありゃしない。

ただお互いに競い合い、励まし合う人生の友は必要だ。

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話がそれたが、人と人の付き合いは挨拶から始まる。

自ら孤独の殻に籠っていては、「お早うございます」「こんにちは」は言えない。

そして元気な挨拶は、孤独を癒す妙薬でもある。

みなさん !  今日からでも遅くはない。

誰彼(ヤクザは駄目)となく、明るく挨拶をしてみようよ!

あなたの人生、もっと豊かに変わるよ。

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2012年5月17日 (木)

山茶

今年の一番茶は、例年より10日ほども遅れただろうか。

やっと終盤を迎えつつあるようだ。

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春先になって、茶園のあの萌黄色が一面に広がる景色を見ると、

「あ~、静岡県に住んでいて良かった」とつくづく思う。

そのお茶なんだが、このところ長期低迷が続いている。

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最大の理由が高級茶がさっぱり売れなくなったことだ。

長引く経済の低迷が、贈答需要を激減させてしまった。

それに、会議でも会社でもお茶を出さなくなった。

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かつては女子職員がお茶を出したりしたんだが、それもさっぱり亡くなった。

代って安価なペットボトルの茶が一般化した。

本当は資源の浪費なんだが、茶碗を洗わなくても済むんで使われる。

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高級茶が売れなくなって、最も影響を受けたのが中山間の茶だ。

地形の制約があるから大規模な生産は出来っこない。

それで大抵が40~50aの茶園を山あいに開いて生活の糧にしてきた。

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茶の葉を一本ずつ摘むような丁寧な栽培で、芸術的なお茶を作ってきた。

そのお茶が売れない。

かつては平場の勤め先への長時間の通勤も、

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お茶の収入があったから、その苦痛も許容できた。

しかし、お茶が売れなくなったことで山間地に住む意味が無くなった。

それで茶園を放棄して町に移住する人達が増えている。

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お茶(農業)が過疎化を食い止めていたんたせが、既に歯止めは無くなった。

お茶の低迷で、山間地は一層の過疎化が進んでいく。

あの見目麗しい茶園も、次々と林に変わっていくのだろう。

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あの悪評高いTPPは、今や風前の灯になりつつあるが、

中山間のお茶と同じことを全国で起こす手筈だった。

政府もやっとその馬鹿馬鹿しさに気付き始めたようだ。

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農村を崩壊させ、米国からすべからく輸入させるのが目的だった。

そのための世論操作にCIAが莫大な金を投じていたとの噂がある。

マスコミや似非学者を買収していたらしいのだ。

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なるほどと、すべて合点がいく。

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2012年5月16日 (水)

イケメン

男は顔だ。

しかも、野趣に富んだやる気満々の顔こそ男の顔だと思っている。

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ところが何時の頃からか、イケメンなる言葉が流布されるようになった。

それで「あらっ、イケメンね」とでも言われりゃ、ダラッとにやける男が増えた。

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TVで見る限り、その顔たるや何ともふやけた意思の感じられない顔ばかりだ。

男女同権の時代である。

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美女があるんだから、イケメンがあったって悪かあ~ない。

それに人間の顔も、食べ物や環境でどんどん変わっていく。

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平和で飽食の時代である。

しょうゆ顔(?)のやさ男が増えたとしても不思議ではない。

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しかしである。

男の性根は何処に行ったと言わざるを得ない。

そもそも男は、生活力の象徴としての顔があった。Cimg6585

その生活力がぐらついて、女性に愛玩動物として品定めされる風潮だ。

確かに女性の社会進出は目覚ましい。

自信満々で闊歩する女性の後ろを、とぼとぼついて歩く男も目立つ昨今だ。Cimg6586

男の顔は、その人の生活や思想を写している。

只の端正な顔立ちがイケメンだとしたら、男の女性化に過ぎない。

それで、イケメンと俺の顔とどう違うのか見てみようと鏡を覗いてみた。Cimg6590

とたんに眼をそむけたね!

自分の未熟さと言うか、とてもじゃないが見られた顔じゃない。

それにね、男は慢心したら終わりさね。Cimg6591

臆病で、細心で、なおかつ野心的で動物的でありたいと思っている。

勿論、イケメンなんかにゃなりたかぁない。(始めっから、所詮無理だけど!)

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2012年5月15日 (火)

世代を超えて

「♪生まれた時が悪いのか、それとも俺が悪いのか~♪」昭和ブルースだ。

かつて何故か、哀愁を帯びたそんな歌が好きだった。Cimg6684

そう、どういう時代に生まれたのかで、その人の人生は大きく規定される。

戦争に駆り出された人、食糧難に苦しんだ人、バブル経済を謳歌した人などそれぞれだ。

平成2 年のバブル崩壊以降の経済低迷は、もう二十年以上だからこれが普通になった。

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円高もあって企業の海外流出が続き、就業の機会は減る一方である。

それで就職難にデフレ経済が慢性化している。

当然ながら、そこには不満が鬱積していくから、

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不満の矛先を求めるような風潮が出てくる。

昨今の公務員攻撃は、まさにその典型だったろう。

マスコミも一井の市民も口々に「恵まれ過ぎの公務員」を口にした。

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首切りがなくって高賃金、かてて加えて仕事せずetcだった。

自分の経験からすれば「そんな馬鹿な!!」との思いだったが、

猫も杓子も異口同音に同じことを口にしていた。

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何処の企業にだって数パーセントのダメ社員はいる。

公務員にもいるだろうが、そのダメが全てであるかの様に攻撃した。

それで鬱積する不満の溜飲を下げたのだろう。

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しかし、睡眠も惜しんで仕事に取り組んでいた公務員にとっては青天の霹靂だった。

まさに「そんな馬鹿な」ではなかったか。

貧すれば鈍するで、この国もいやらしい国になってしまった。

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今また、「恵まれ過ぎの団塊の世代論」がある。

1947~49年生まれの人口は670万人もいる。

この世代の年金や医療負担が、これから大きくのしかかってくる。

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結果として若い世代への過重な負担を作り出すと言うのだ。

確かに団塊の世代は戦争に徴兵された訳でもなく、高度成長期に恵まれた。

今日の若者世代に比べれば、恵まれすぎかもしれない。

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しかして今、この世代が時代の後方支援に回りつつある。

ボランティアであれ何であれ、今後10年は彼らをマンパワーとしなくてはなるまい。

それで各世代相身互いの互恵が出来ると言うものだ。

否定からは、建設的なことは何も生まれないのだから。

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2012年5月14日 (月)

空回り

今夜は、どうも愚痴になりそうだ。

自治会の役員の成り手がないと言われる。

それを持ち回りや選挙と言う形で割り振って形を作っているのが実態だ。

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一方で、心の底では○×委員などと言う肩書を欲しがっている人もいる。

かと言って、その人がそれなりの責任を果たす訳ではない。

例えば民生・児童委員にしても、福祉などにチラとも関心を持たない人がなったりしている。

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民生委員や児童委員を何だか偉い名誉職だと心得ているらしい。

3年間の最大の「仕事」が旅行だったという民生委員すらいる。

先日も何もやらずに済まそうかと言うネガティブな委員の発言に呆れた。

それは民生委員に限らない。

自治会には交通委員やら福祉委員、防犯委員、土木委員、防災会、

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青少年健全育成、環境美化などと各種の分担があって、

多くの人が参加しつつ運営するように企図されている。

しかし、その役員の多くが何もせずに任期を終えていく。

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これで良いのかと思うが、「それが町内会さ」と言う声すらある。

ボランティアに精を出している者からすれば、何とも馬鹿馬鹿しくもある。

しかしまあ、地域社会には多くの価値観が雑多に混ざっている。

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否、価値観ならまだ良いが、勝手放題ってのもいる。

どんなに良いことを提案したとて、物事は前に進まない。

残念だが、これが今日のこの国の民主主義の熟度であって、

かくあるべしなどと理想を言っても暖簾に腕押しなのだ。

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心あってそれが出来る人が、とにかく率先垂範する他ないのだ。

しこうして、町内会に求心力を求めるのは難しい。

それでも自治の理想に向かって努力し続けるしかあるまい。

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そんな捨て石になりましょうよ・・・・・と思っている。!

ヒリアスな民生委員に遭遇して、やっぱり愚痴になっちまった。

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2012年5月13日 (日)

大井川新緑マラニック

接阻峡の民宿でのAM4時過ぎ、ガサゴソとマラニックの準備が始まる。

この大井川最北部の接阻峡から寸又峡を経由して川根温泉まで、

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山里を延々と60km走るのだ。

スタート時間の6時には、雲一つない青空が広がっている。

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それに大井川の川面には、新緑の黄緑が溶け込んで淡く光っている。

寒くもなく暑くもない五月の薫風に向かって走り始める。

長島ダムを過ぎると、右折して寸又峡に向かう。Cimg6683

この寸又峡往復は18kmに過ぎないのだが、大きな山越えがあってかなりしんどい。

しかし私に限ってはかなり順調であった。

寸又峡は古くからの温泉場なんだが、ご多分に漏れず入れ込み客の減少が顕著だ。Cimg6686

泉質は重炭酸ナトリュームでヌルヌルと天下一品の温泉だ。

しかし、かつての湯治人口は減る一方のようだ。

日曜の朝だと言うのに、宿泊客の姿は疎らでしかない。Cimg6688

昨秋には、あの金喜郎事件のあった最大の旅館が廃業を発表している。

かくも温泉地は苦境下にあるのだ。

寸又峡の奥座敷には「夢のつり橋」があって、ブルーのダム湖と共に素晴らしい景観だ。Cimg6689

ともあれ、その吊り橋を渡りきった尾崎坂展望台に8:16に到着した。

かなり速いペースと言うべきだろう。

私の今回のマラニックは、来週の八ヶ岳野辺山100kの足慣らしだ。Cimg6694

でもまあ、走れるだけ走ろうとしている。

大井川鉄道終着千頭駅には10;51に着いたのだが、既に一人旅になっている。

この一年間の私の基礎体力の向上は顕著だ。Cimg6695

昨年はよほど苦しかった寸又峡への往復も難なくこなして、なおかつ快調だ。

駅では天麩羅そばとビールでしばらく後続を待ったのだが、

待ちきれなくなって、再び一人旅を始めた。Cimg6698

途中ボランティアのKさんが路肩に車を止めて待っていてくれた。

「久しぶりですね」と言うと、「あら、少し痩せた? 何だか小さくなったみたい」と言う。

うぅ~ん、毎週のように長距離を走ってるんだから痩せてもおかしくはない。Cimg6696

しかし体重は55kg、体はすこぶる快調である。

さらに50k地点で思わぬ出迎えがあった。

茶娘2人(一人は?)と出迎えランのKさんである。

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そこで泡の出る気付け薬を戴いて、最後の10kを走ることになった。

ともかく幾つかのつり橋を渡って、川根温泉への到着は14:24であった。

60kmの山道を8時間半で走ったことになる。

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その後はゆっくと温泉に浸かって、皆さんとの懇談となった。

「あぁ~、今日も一日が終わってしまう。」とため息を゜つく気分だ。

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2012年5月12日 (土)

接阻峡へ

大井川上流の接阻峡(長島ダムから5km上流)に来ている。

JR金谷駅には、午前11時全国各地から20人が集まった。

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東京や兵庫・愛知からが多く、そのほとんどが初めてお会いする方々だ。

新金谷駅からはSLで千頭駅まで約1時間半の旅である。

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C56のあのリズムに揺られ、時折の汽笛の音に酔いながらの旅だ。

石炭のあの匂いと共にトンネルをくぐり、幾つも鉄橋を渡っていく。

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否それだけでなく、車中では車掌の吹くハモニカに合わせて歌も歌う。

車窓には爽やかな風が流れ込み、大井川沿いの山々は新緑に萌えている。

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しこうして、20人がたちまち一つのグループに親和していく。

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千頭から先は南アルプスあぷとラインのトロッコに乗り換える。

トロッコも川沿いの急斜面の緑のトンネルを登っていく。

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約一時間ほどで奥大井湖上駅に着く。

長島ダムの創った井川湖に浮かぶ小さな島の駅だ。

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勿論、人っ子一人住んじゃいなくって、幸せの鐘がある。

昨年はこの島で挙式したカップルがあったそうだ。

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山の中の湖上のロマンスだね。

接阻峡より一駅前のここで降りて、残り2.5kmはハイキングしながら宿に向かう。

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これが小粋なハイキングで、湖上駅からの鉄橋を渡って対岸に移ると、

「八橋小道ラブロマンスロード」が続いている。

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川沿いに変化に富んだ八つの橋があって、これを味わいながら宿に向かう。

到着後は付近を散策したり、あのヌルヌルする温泉に浸かったり。

18時からは、恒例の飲んで食べて語らう宴会が始まる。

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と言う訳で、宴会の最中に抜け出してきてブログを書いている。

ともあれ明日の川根温泉までの60kランに備えて、飲み過ぎは禁物である。

今夜は早く寝よう。

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2012年5月11日 (金)

追われ追われて

ブドウの手入れが追い付かなくって、少々パニック状態にある。

一週間も留守をしてたんだから当然のことで、

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棚付と花房整理が全くできていないのに、花が咲き始めてしまった。

今年は春が遅くて新枝の伸長が10日位遅れていた。

それもあって、少々油断していたのだ。

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それに来週も家を留守にする予定が目白押しだ。

ほおっておけば蔓が絡まって、なんじゃもんじゃになってしまう。

でもまあ、棚付は後回しにしてジベ処理だけはやらないと結実しない。

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今年こそは良い葡萄を作ろうと意気込むのだが、

何時の間にかあれこれと妥協が始まるのが常だ。

今年は、この春先から言い訳が始まりそうだ。

でもまあ、既に応急措置でしのぐ他ない状態にある。

その作業で、一日中手を挙げっぱなしで万歳をしている。

それで、腕も首も痛いのなんの~!!!

 

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2012年5月10日 (木)

万年青年

健全なる肉体に健全なる精神が宿る。

体に不安を抱えていたら、考えることもネガティブになる。

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体は心の宿るところだけど、最近では体と心は一体ではないかと思っている。

私の前半生はスポーツ音痴で、

野球をやれば、ボールよりもバットを飛ばして恐れられた。

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テニスもサーブが入らないし、ランも跳び箱もダメだった。

それで運動神経は遺伝だと落ち込んだし、すべからく劣等意識に苛まされた。

職場でも職域対抗野球大会などがあると、あのユニフォームが恐ろしかった。

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そして長い間抱えてきた劣等意識は、容易には解消できなかった。

それが40歳を過ぎた頃から、走り始めることで少しずつ変わってきた。

自分の体力を意識できるようになったし、やることもシンク・ポジティブになってきた。

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体を鍛えることが、明らかに私の人生の転機になった。

仲間も出来たし、次々と挑戦目標を引き上げてきた。

お陰で今、精神年齢は未だ四十代だと思っている。

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勿論体力も、部分的にはともかく全体としては40台を維持している。

100kマラソンのゴールタイムだって、40代の頃の記録を更新し続けているんだからね。

自慢じゃないが「若さが欲しかったら、体を鍛えることだ。」と言いたい。

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人はどうしても自分に甘くなりがちだ。

体を動かすのもおっくう、美味しいものをたっぷり食べる、精神規律の弛緩etc。

結果としてメタボな体を持て余すようになる。

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何時の間にか、かつてのスポーツマンも見る影もない状態になってしまう。

要するに、自らの自己管理能力の欠如の為せる技なのだ。

万年青年は、カクノゴトク思っている。

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2012年5月 9日 (水)

小笠原旅情

小笠原に渡るには、週一便しかない小笠原丸に乗る他ない。

その船だって、寿司詰めにしたって千人乗せるのがやっとだ。

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しかも順調な航海だとしても、片道25時間半も要する。

海が荒れれば欠航だし、日本で時間的距離の最も遠い所になっている。

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帰りの便に乗る日の早朝、一人で二見港の渚を歩いた。

一見ハワイの様に感じる所があるかと思えば、切り立った岸壁はこの地独特の景観だ。

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それに渚は、サンゴ礁の死骸で埋め尽くされている。

記念に箸置きにでもしようと、その幾つかを拾ってみた。

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本土では稀なものが、ここでは溢れ返っていて拾う人すらない。

小笠原諸島の人口は2,500人程でしかない。

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その大部分がこの20年位の間に移住した人々だ。

船で出会った青年は、十数年前山中に家を建てた苦労を話してくれた。

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25度ほどの斜面に、7年かがりで自分で家を造ったんだそうだ。

資材その他全て本土から運ぶ訳で、当然経費は高くなる。

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近所に住む人が毎日やってきて助言してくれる。

しかし手伝うことはしない。何故って、費用弁償が発生しないようにしているのだ。

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家の完成後彼は、その地に本籍を移した。

小笠原は品川区に属するが番地が無い。

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本籍の登記には番地が必要らしく、彼は自分で勝手に7番地で登記したのだそうだ。

それに、自動車免許を取るにも船免許の更新にも本土に行く必要がある。

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つまり最低でも、一週間は要することになる。

当然ながら、空港建設への運動は続いている。Dscf5002

しかし、恐らくは叶わぬ夢になるだろう。

空港が無理でも、せめて定期飛行船の就航が出来ないものかとも思う。Dscf5119

ともあれ、小笠原丸が二見港の岸壁を離れようとしている。

大勢の人々が見送りに出ていて、岸辺では太鼓の連打が続いている。Dscf5117_2

みんな大きく手を振ってくれていて、私も改めてこの一週間を思い返している。

船が岸を離れると、十六隻ものクルーザーがおが丸を追走し始めた。Dscf5121

船は全速力で白波を蹴立てて走り、みんな大きく手を振り続けている。

そして、やがて一人また一人と裸で海に飛び込んでいく。Dscf5124

グッとくる一時なのだが、一体誰がこんな演出を考え続けさせているのか。

この諸島は、本土からの来客に依拠して生計を成り立たせている。

しかも便は週一便しかなくって、それも何人乗っているのか…。Dscf5122

そんな来客への思いが、この感動的なパフォーマンスを維持しているのかも知れない。

帰りの船は、ローリングも少なくて比較的順調な航海になった。Dscf5126

大海原に沈む夕日は、旅の終わりを否要もなく感じさせている。

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やがて夜が明け、サンライズを迎える。

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青緑に光る海から太陽が神々しく顔を出した。

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四方には小笠原丸の他、一艘だに船影は見えない。

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甲板に出て車座になって、仲間と談笑する他することもない。Dscf5133

思えば、これが何もしない時間の豊かさかも知れない。

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そうして15時過ぎ、やっと竹島桟橋に帰着した。Dscf5134

この旅が終わって、少しずつ現実が蘇ってくる。

でも、愛すべき仲間に恵まれて、今回はとっても良い旅だった。

素晴らしい旅の友に感謝しなければなるまい。

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2012年5月 8日 (火)

小笠原と自然

小笠原列島を発見したのは諸説あるらしいが、

1593年、秀吉の命で朝鮮の役に出兵した小笠原貞頼が無人島を発見したとされ、

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後に家康が貞頼の発見にちなんで小笠原と名付けたとある。

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しかし何しろ1000kmも離れた離島である。

その後は、むしろ米国の捕鯨船員の漂着などがあって、

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居住者はハワイや太平洋諸島民だった。

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日本人が移民するようになったのは、どうやら明治以降のようだ。

その列島を日本軍が要塞化したのだが、敗戦で米国の占領下に置かれる。

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そして、日本に復帰したのは昭和43年のことで、もう44年前になる。

その小笠原諸島が昨年6月、ユネスコの世界自然遺産に登録された。

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一躍世界の注目を集めることになったのだが、その自然について考えたい。

小笠原は海底火山が生み出した海洋島だ。

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当然大陸とは接しなかった訳で、独自の進化を遂げた動植物が多い。

鳥のメグロや羽を広げると1mもあるオガサワラオオコウモリ、ヒメツバキやマルハチなど、

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植物の1/3、貝類では94%が固有種だと言う。

林に入ればタコノキやガジュマル、ビンロウなどが茂ってまさに亜熱帯林が広がる。

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そしてその自然を守るために、レンジャーや自然保護観察員が配置され、

南島の様な入島制限や土などを持ち込ませない措置が取られている。

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それに金網を張り巡らせて、ヤギと猫の侵入を防いでいる地区も多い。

まあそれはそれとして、小笠原の自然を破壊してきたのは誰かとなると・・・・?

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中山峠の西向こうにブタ海岸と呼ばれるビーチがある。

名の由来は、戦後米軍が動物タンパクを得るためにブタを放した所だからだ。

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彼らはその豚を頭数管理しながら捕獲しては食べていた、

他にも牛やヤギも同様に放している。

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放したこと自体は自然破壊だが、彼らはそれを厳格に頭数管理していた。

そして返還時には牛と豚は捕獲し尽くしてしまっている。

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ところがヤギだけは、その捕獲をすり抜けたらしい。

返還された当時の日本政府も世論も、

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高度経済成長への入口の頃だから、自然保護など無頓着だった。

結果としてヤギが自然を改変するまでに異常に増殖してしまったと言う訳だ。

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結果的に、我々が小笠原の自然を最も荒らしたことになる。

ともあれ今は、その自然を訪ねて幾つものエコツアーで賑わっている。

私達も、オオコウモリを探して闇夜の林に立ち入ったのだが、

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遂に見ることはかなわなかった。

黄緑に光ると言うキノコ(グリーンペペ)も幻に終わった。

しかし夜の海岸では、オオヤドカリや毒を持つ南洋ヒキガエルに出会った。

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ところで、島でアオウミガメの肉を刺身で食べた。

小笠原では、限られた頭数だが捕獲が許可されていて、これが中々の美味なのだ。

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2012年5月 7日 (月)

要塞の島

小笠原諸島は、旧日本軍の要塞の島であった。

勿論父島も例外にもれず、至る所に旧軍の遺物が残されている。

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小笠原を発見したとされる小笠原貞頼の碑の近くにも銃眼が穿たれていたし、

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島の中央部の夜明山山頂付近には、巨大な地下倉庫跡があった。

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入口は小さいが、中は幾つもの分かれ道が岩山をくり抜いて造られていた。

ダイナマイトで大筋の穴をあけ、天井は鏨で削られている。

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堂内には当時の鏨や瓶、水甕、線路跡も残っていて、

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兵隊たちの辛苦がしのばれる洞窟だった。

そしてその洞窟近くには、首無金次郎と呼ばれる首のとれた二宮金次郎の像がある。

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良く見るとその傍らに、二本の門柱が残されていた。

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こんな山の中に学校があったのだ。

そして今、学校も集落も跡形もなく消えている。

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どうして村が消えたんだろうか?

さらに最大集落の大村の裏山が三日月山だ。

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三日月山は二見港を見下ろす眺望の地にある。

当然ながら、この山は要塞化されていった。

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今でも指揮所跡やカノン砲を据えた台座が残されている。

それにこの山の地下には塹壕が張り巡らされ、

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山の中に入るとその入り口が幾つも見える。

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おまけに麓には要塞神社跡まであった。Dscf5089

日本軍はこの島に6千余の兵隊を進駐させ、村々を焼き、

島民を強制的に退去させて要塞化を進めていたのだ。

夜明山の集落もかくして消滅したのだろう。Dscf5085

あの2万2千の兵隊が玉砕した硫黄島は、父島から250k南に位置する諸島の一部だ。

硫黄島にも18kmにも及ぶ地下壕が張り巡らされていた。Dscf5086

米軍はこの島を占領するために7千余の戦死者を出した。

空爆と艦砲射撃の後、上陸して地下壕の入口一つ一つを爆破していった。Dscf5087

日本兵の多くは、その地下壕の中で死んでいったのだ。

ともあれ米軍は、硫黄島で要塞攻略の馬鹿馬鹿しさを学んだのか、Dscf5088

父島は米軍から無視されたまま置き捨てられた。

お陰で父島の兵隊は助かったのだが、

ほんの一部残った島民には、米軍統治下のさらなる試練が待っていた、

戦争は極めつけの悪さをするが、小笠原はそうした悲劇の列島なのだ。

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2012年5月 6日 (日)

南島へ

南島は、父島の南西1kmの沖合に浮かぶ別天地の様な島だ。

島全体が国の天然記念物に指定されていて、Dscf5090

入島できる人数も一日100人以下に限定されている。

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勿論、好奇心あふれる私達も行ってみることにした。

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私達を乗せたクルーザーは、父縞の西岸を高速で南下していく。

船長は復帰以前からの島民で、南方系を思わせる方だ。

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途中、数頭のイルカが顔を出した。

そのペアーのイルカを眺めている間に、船は南島の入り江に入っていく。

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とは言っても渚や船着き場がある訳ではない。

切り立った岩ばかりの島だから、船の舳先を岩に押し付けた状態で上陸する。

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島に飛び移ると、そこにはゴツゴツと浸食されて尖ったサンゴ礁の岩が続いていた。

一本の見学者用の細い道を辿っていくと、火山のカルデラの中に入る。

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そこにはサンゴの粒でできた砂浜が広がっていて、

一か所だけの洞窟ごしに波が打ち寄せている。Dscf5098

まさに異空間と言うべきで、植生も動物も特異な進化をしている。Dscf5102
今は絶滅したヒロペソカタマイマイの半化石が溢れているし、

砂地にはオナガミズナギドリの巣穴があちこちに開いている。

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タコノキも父島や母島とは異なって、背丈が1mにも満たない矮性のものだ。

この島の厳しい自然に順応するための進化なのだ。

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岩礁の上からエメラルドの海を覗けば、ネムリブカ(サメ)が群れている。

この島に一昨日、初亀(最初の産卵)が上がった。

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その産卵場所に向かってアオウミガメの尾の跡が渚から弧を描いて続いていた。

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静かに自然のままに、こうして自然の営みは続いていく。

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私達人間は、一時の地球の間借り人に過ぎないのかも知れないとさえ思う。

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しかし戦前、この島はらい病患者の収容所だったと言う。

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患者を島の洞窟に閉じ込めたのだそうだ。

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何ともはや、無知とは言え人間は惨いことをする。

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この南島は、そんなこんな私達の短慮を教えてくれる島だ。

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2012年5月 5日 (土)

父島周遊二

息せき切って、やっとの思いで中山峠に登る。

そこで休息中の女性に、同じゼッケンの連中の消息を尋ねる。

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すると5分ほど前に通ったという。

少し安心しつつ急ぎ足で山を下っていく。

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見えた!   皆さんが小港の入り口で小休止していた。

どういう訳かそこで休むこともせず、

休息している仲間を尻目にマイペースで走り始めていた。

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島の中北部の中央山と夜明山を目指してひたすら北上する。

島の東側は山岳地帯になっていて、これまで以上の登り下りが続く。

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一人ひたすら登っていくと、前方にY嬢の姿が見えた。

やがて追いついて、二人で歩みを進めることになった。Dscf5057

途中には初寝浦への折り返しがコース設定にある。

距離は片道1.2kmしかないが、250m近くの標高差を一気に下り、

折り返して登らなくてはならない。

片道45分と表示があった。これは苦行だ。Dscf5058

しばらく戸惑ったが、呼びかけ人の設定したコースだから行くしかあるまい。

と言うことで、真っ逆さまに浦に向かって駆け下り始めた。

ところが、その道はぬかるんでつるつる滑る。

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その悪路をやっとの思いで降りきると、直ぐにその崖を登らなければならない。

それでも表示は片道45分だったけど、往復50分でクリアーできた。Dscf5060

そこから途中、初寝浦展望台に寄る。Dscf5064

山の上のそこには日本軍のトーチカや倉庫が幾つも残っている。

早々に釣浜方向に足を進める。

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まだ27kmに過ぎないのだが、既に体感距離は40km位になっている。

このコースはマラニックどころか、ウルトラトレイルなのだ。

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そして兄島を臨むこの釣浜から宮之浜の間が圧巻だった。

峠の下は50mもの絶壁で、濃紺の海の上を走ると言う風情だ。

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下り道なぞは、まっすく海に落ちていくような按配なのだ。

道は確かかと確認しつつ二人で進み、やっと宮之浜に降り立つ。

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と、そこには海の上に飛び石橋が続いていた。

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波に足を濡らしながら磯を渡りきっていく。

そこからは、もう残る距離はもう僅かだ。

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大村の裏山に当たる三日月山に登れば、もう34kmだ。

予定の門限は16:00だったが、三日月山山頂で16;30である。

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そこにいたアベックに、私たち二人の疲れた姿を撮ってもらった。

この三日月山は夕日の美しいところで有名なんだそうだ。

ともあれ山を下って、16:41分宿に帰り着いたのだ。

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う~ん、随分疲れたけど心身ともに充実している。

何しろ、この悪路の父島を一日で一周したんだからね。

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2012年5月 4日 (金)

父島周遊一

周「遊」なのかどうか? マラニックと言うことで8:00大村の宿をスタートした。

父島の西海岸はそれでも比較的平坦である。

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平坦と言っても海岸は切り立っていて、上り下りが続く。

大村から海岸沿いに南端のジニーービーチに向かう。

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途中洲崎海岸に降りると、昨日までと打って変わってエメラルドの磯が広がっている。

ここで7km地点だから、その景色を楽しむ余裕はたっぷりである。

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折り返して山を越え、今度はコペペ海岸に出る。

一昨日アクアラングで潜ったところだ。

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だが山を越えてきたためか、ビーチの印象は明るくてまったく異なっていた。

ここで暫く留まりたい程の美しさなのだが、先を急ぐ。

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また切り立った磯の山を越えて、一昨日シーカヤックに乗った小港海岸に辿り着く。Dscf5030

そこには林野庁の自然保護監視員が、靴の泥や汚れを落とすよう指示している。Dscf5033

ここから橋を渡って保護区域に入っていくのだ。Dscf5035

ともかく、ここからは200m余登りに登って中山峠に辿り着く。Dscf5036

崖には数匹の野生化したヤギが草を食んでいる。Dscf5038

右側には小港越に雄大なパノラマが広がっている。Dscf5039

峠の尾根を辿って、向こう側のブタ海岸まで降りる。Dscf5040

そこからジニービーチまで、またまた厳しい崖を越えて2km程行く。

ブタ海岸では東京都のレンジャーと遭遇した。Dscf5041

若い女性である。Dscf5042

レンジャーはこの地域の自然を守るガードマンでもある。

この2kmが遠かった。Dscf5044

それでも11;30ころ、終にジニービーチに辿り着いた。

ジニーの銘々は、米国の捕鯨船の難破で辿り着いた男の名に由来する。Dscf5045

彼はそこから山を越えれは助かったのだが、それが出来ずに亡くなったのだそうだ。Dscf5046

道も無かったろうし・・・そりゃ無理だと思った。

13km地点のその海岸から、また中山峠まで折り返さねばならない。Dscf5049

一人でその道を走ったのだが、途中の展望台で道を間違えてしまった。

一本道と思い込んでいて上り詰めると、そこは高山の山頂だった。

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登ってきた方向にブタ海岸の表示があって、一瞬パニックに陥った。

周りには誰もいないし、携帯電話も圏外になっている。

とにかく元来た道を戻ることにした。

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やっと三叉路を見つけて一安心したが、既に30分ほどロスしている。

仲間は遥か彼方に行っているだろう。

気持ちだけが焦るが、とにかく悪路を全力で走り続けた。

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2012年5月 3日 (木)

母島へ

父島からははじま丸で2時間。20k㎡、人口450人の島だ。

朝7:30、低気圧の影響で波浪が高く、又しても船酔いが心配。

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それで迷っていたSさん、とうとう乗船間際にキャンセルしてしまった。

だがもちろん私達は猪突猛進である。

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その覚悟ににもかかわらず、船は思いの他スムーズで快適なまま沖港に入る。

母島は、父島が出来てから後の海底火山の噴火で出来た島だ。

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9:50沖港に到着。

10;00には最南端の南岬に向けて走り始める。

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往復で17kmほどに過ぎないが、道は登るか下るかのどちらかで、

思いの他しんどい行程である。

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沿道にはハイビスカスが咲き、固有種のオトメカタマイマイが這っている。

そう、母島にはカラスバトやハハジマメグロ、オガサワラゼミなどが多い。

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約一時間で北緯27度、都道最南端に達する。

そこからが問題で、2.5km余のぬかるみの道が続いていた。

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タコノキやヤシ類が生い茂る亜熱帯林が延々と続くのだ。

その木の根とぬかるみに気を取られて、この独特の景観を楽しむ暇もない。

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それでも11:30には最南端の小富士山頂に着いた。

そこには何とも言葉で表現しようのない絶景が広がっていた。

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名残欲しかったが、母島からの便は一日一便のみ。

14時には帰りの船に乗らなければならない。

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と言う訳で、息せき切って沖港に向かったのだ。

結果的には幾分時間が残って、港近くの清美が丘鍾乳洞に行くことが出来た。

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火山で出来た島に何故鍾乳洞があるのか分からないが、

洞内にはガジュマルの根が伸びていた。

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岩の上に生きる植物も必死に生きているのだ。

地面のはるか下まで根を張って、しっかりと生きている。

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思えば私なぞ及びもつかない。

何時も右へ左へ揺れ動いて、戸惑いながら生きている。

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けだし、微動だにしないガジュマルを改めて見上げる。

人の命はたかだか・・・・、それも夢のまた夢だろう。

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人々を愛し、そして、自分の思うままの生き方をしなければなるまいと誓っていた。

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2012年5月 2日 (水)

船酔いから脱出して

東京港から外洋に出ると、船は直ぐに大きく動揺し始めた。

南東の強風が吹いているらしい。

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それでさっきまで丸くなって談笑していた私達も、

一人また一人と横になっていく。

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結局、まだ明るいうちに全員が横になってしまった。

船は前後左右に大きくローリングしていて、歩くのもままならない。

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横になってじっとしている他なくなったのだ。

暗くなってうとうとしていると、近くで寝ていた女性が寝ぼけて、

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「地震だ!」と叫んでいたけど、誰も笑う人すらなかった。

それでも眠っていたんだから、彼女は立派なものだ。

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ともあれ苦しみながら26時間50分、

海岸の切り立った小笠原列島が見えてきて、二見港に着岸する。

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予定よりも1時間半近く遅れたことになる。

小笠原列島はおおよそ30 の島々からなっている。

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そのガジュマルの樹の待つ父島に、13時にやっと上陸である。

到着が遅れた分、私達は忙しい。

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雨の振る中を小港海岸からシーカヤックで漕ぎ出て、

コペペ海岸でシュノーケリングに挑むのだ。

ちょつと肌寒いが何とかなるだろう。

船の中で水着に着替えていたから、そのまま海岸に直行である。

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インストラクターの教えて頂きながら早速波をこえて海に漕ぎ出す。

私は大阪河内のK女子とのペアーである。

意外にスムーズで、海上からは岸壁に開いたトーチカの跡が見える。

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コペペでは、肌寒さにもめげず思い切って海に入った。

曇り空とはいえ透明度の高い海中には、沢山のなまこやウニが見える。

かなり泳いで岩陰に50cmくらいのぶ鯛を見つけた。

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だが寒くもあり、長居は無用である。

しかしまあ、船酔い明けにもかかわらず良くやった。

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それで夕食後、今度は雨の中ジャングルのナイトツアーに出掛ける。

夜空は見えないが、船中のもやもやを取り戻さなくっちゃ!!

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2012年5月 1日 (火)

小笠原へ出航

小笠原丸に乗船している。

今から25時間30分、南に1000km先に小笠原諸島がある。Dscf3108

かねてから行って見たいと思いながら果たせなかった旅行だ。

人口3500人ほどの島だけど、その味わいをたっぷり堪能してきたい。Dscf3109

もちろん、向こうでは父島と母島を走るのだ。

詳しくは、着いてから書きます。

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東京湾を出ると一切の通信が出来なくなることを知らなかった。

それで慌てて今日のブログを書くことにした。

Dscf3114_2

では・・・・・・。

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