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2012年6月30日 (土)

トレランの魅力

トレランの魅力は、どんな未知の空間が待ち受けているか分からない所にある。

山に踏み込んで進めば、急な登り下りはもとより、

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一歩進む毎に岩や谷へと景色は変わって、迷うことも含めて何が起こるか分からない。

猪にだって出っくわすかも知れないし、一人になったら心細いこと限りない。

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その不安と好奇心が入り混じって、自分の体力と相談しつつ走ることになる。

来年の春、「湖西・湖北縦走トレラン」を計画することになって、

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今日はその試走に加わったのである。

今日の試走は、愛知県境の宇利峠から富幕山・尉ヶ峰を経て細江の国民宿舎までだ。

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直線距離では18kmに過ぎないが、25kmはあるだろうか。

それに上り下りのトレイルだから距離の実感としては40kmはある。

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宇利峠の登り口(9:30)は笹が生い茂っていて、行程の困難さを予感させていた。

ともあれ7人で登り始めたのだが、これが正に登山であった。

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それにハーフスパッツを履いていったから、笹で足が切れて痛い。

登りきった雨生山には9:57に到達したが、これはまだ序の口である。

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金山に10:21到達、ここから真っ直ぐ甕割峠に向かった。

しかしこれが大変な間違いで、イノシシも降りられない程の谷を下ることになった。

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たかだか400mを降りるのに30分は要したろうか。

コースを正して富幕山に向かう。

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今回のコースで標高の最も高い563mの山で、山頂には11:55の到着である。

富幕山は今日のコースの中間地点で、ここで小休止と昼食となった。

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「物事は七分を以て半ばとすべし」との諺もあるが、私は中間を過ぎると気が楽になる。

何故って、気持ちの中で残りの距離が確実に減るようになるからだ。

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半分過ぎると、後残り何キロって減らしていけるのだ。

それでまあ、風越峠に12:51、そこから又登っていく。

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途中にあのパラグライダーの発信基地があって、

今日も幾つもの傘が、湖上空高くに浮かんでいた。

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そこから1km程で尉ヶ峰(13:36)に達した。

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残りの5.9kmは下り勾配だし気持ちがゴールにさや寄せしていく。

不思議にどんどん元気が出るのだ。

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と言うことで最後は快調に飛ばして細江公園に14:26にゴールした。

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五時間のトレイルだったが、走ってしまえばあっけない。

疲れよりも爽快感だけが残る。

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それでよっびーさん差し入れのスイカを頂いて完走を祝した。

後は国民宿舎の風呂に入って、試走の反省会だが・・・・・。

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かくして今日も一日、トレイルを堪能させていただいたのである。

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2012年6月29日 (金)

自尊を育てる

このところ小中学校・高校を訪れる機会が多い。

荒れる中学問題への対応やら学校協議会への参加などだ。

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今の子供達は、小学校から電子黒板を使って英語を楽しんだり、

授業参観しても、かなり楽しく遊びながら学んでいるように見える。

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だけどそれは小学校までで、中学ではどうしても落ちこぼれが出てくる。

それを周囲から注意されたりするうちに、「どおせ俺なんか・・」とか、

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「何のために生まれてきたのか・・・」などと、余計にやる気を無くしていく。

自分を肯定できずに脱落して、自暴自棄へと吐け口を求めてしまうようだ。

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荒れる中学の底辺には、家庭環境もさることながら勉学不振がある。

何も学校の勉強が振るわなくったって、

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「人生は色々あって成績が全てじゃない」と諭したいが、そんなに簡単なことでもない。

私だって中学の頃は、自分に何が出来るのか分からなかったし不安の塊だった。

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かと言って縋るものもないし、時の流れに身を任せていたような気がする。

紆余曲折あって物心ついてのは、結局は就職してからだったかも知れない。

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人間、誰だって幸せになりたい。

それも、自己満足の幸せじゃなく、人から感謝されるような幸せなら最高だ。

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人には色んな得手不得手がある。

だから勉強だって仕事だって、自分なりにこなしていきぁ~よい。

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そうして、自分を肯定出来る場所を創ることだな。

そういう意味の自尊心を大切に育ててやりたい。

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2012年6月28日 (木)

再生へ

落ち葉がカサカサカサっと風に舞っている。

柿も桜も街路樹も潮風で枯れた葉が時ならず落葉しているのだ。

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我が家の梨も葉がすべて無くなって、幼果のみが残されている。

しかしまあ、人間までも萎れている訳にはいかない。

それで青菜に塩(台風4号襲来)以来、何とか復旧を目指してきた。

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子供達の甘藷は、まっ先に芋蔓が調達できて全部植え替えができた。

ピーマンは売れ残っていた苗を確保した。

オクラは蘇生の兆しもないので、改めて播種して育苗を始めている。

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ナスの育苗は流石に無理だが、枯れた茎からかすかに新芽が出始めている。

昨日通りすがりの農業資材店でゴーヤの苗を見かけた。

それで買いに走ったのだが、今日は既に一本も残っていなかった。

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だが野生は流石に強くって、遅れて芽を出すゴーヤがある。

これを大切に移植してはトンネルの養生に努めているところだ。

さてこそ農業は自然との闘いだ。

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それから無事だった葡萄だが、早生が色着き始めたばかりなのに、

もう味見にやってきた輩がいる。

かなり酸っぱいのだが、それでも皮を剥いて食べていってた。

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犯獣は多分ハクビシンだろうが、台風で餌が減ったのかも知れない。

ともあれ少し前までのTPPを巡る論議を思い出している。

相当に無責任な農業攻撃が続いたが、彼らは農業の現実を全く知らない。

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現実を見ずにする議論(単なる知識や論理)は実は無意味だ。

高温多湿なモンスーンの国とカリフォルニアの様な所と競争など出来る訳もない。

TPPを巡ってCIAの画策は続くだろうが、もう国民には真実が見え始めている。

政府だって、何時までも(あの管の平成の開国のような)馬鹿を言ってはいられまい。

ともかく我が家の趣味の園芸は、ほぼ再生へと歩みを始めている。

しかし、プロの農業者は回復不可能な打撃を受けた人が多い。

特産の早掘り甘藷は全滅だし、ハウスの倒壊も数多い。

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2012年6月27日 (水)

人生マラソン

マラソンってのは、確かに人生に似ている。

追いつ抜かれつの競争もさることながら、挫けたり元気が出たり、

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励まされたり、仲間に助けられたりしながら一定の距離を走る。

もちろん勝ち組は表彰されたりするけど、ビリだってそれなりに完走を味わえる。

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只、この辺でもう良いって思えば、それで終わってしまう。

負け犬になる。

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もとより先頭集団を走ることなんて有り得ないが、

トロトロとでも一歩一歩確実にゴールに向かって走る。

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そうすると途中には、ずっと前を走っていたはずの人が歩いていたり、

リタイアして茫然と座り込んでいる人だっている。

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それを励ますことはできても、おぶって走ることはできない。

要するに、自分は自分なりのマラソン(人生)を走ることしかできない。

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そういう意味じゃ、マラソンも人生も結局は一人旅だ。

さて私のマラソンは、ゴールまで未だどの位あるのだろうか。

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限りなく続くような気もするし、そうでないのかも知れない。

それにゴール間際に、幾つもの上り坂が控えているような気もする。

人間はみんな一人で走るしかないが、

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仲間がいればどんな坂だって乗り越えられる。

まだまだ気張って走って行こうぜ !!

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2012年6月26日 (火)

手さぐりの人生

今日は一日中会議の連続だった。

こんな日は「さて今夜は何について書こうか?」としばし思案することになる。

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それで、昨夜の続きの述懐を書くことにする。

人は誰だって迷いながら生きている。

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確信に満ちて迷うことなく歩くなんてことは、神様でも中々難しかろう。

手さぐりで迷い歩きながら一歩前に出て、

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そこで見えてくる新しい景色を確認しながら又手さぐりが始まる。

誰だってそんな風に生きてきているはずだ。

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私も子供の頃は、親父の跡を継いで農業をやるものだと思い込んでいた。

ところが時代の流れは、物凄い勢いで社会を変えていった。

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食糧難の時代は去って、私が大学を卒業する年には「減反」が始まっていた。

それで止む無く就職となったのだが、子供の頃から勤め人など見たこともない。

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ネクタイの締め方も知らなかった訳で、正におっかなびっくりの毎日だった。

組織の仕組みを荒掴みするまでに5年は要したろうか。

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一つ一つ手がかりを見付けては、その組織の中で生き抜く術を学んでいった。

挫折もあったし、幾ばくかの成功もあった。

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結果として今日に至っているんだけど、不安は常にある。

ただ、色々な不安があるからこそ大胆にも慎重にもなれる訳で、

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手さぐりの人生を「それで良かろう」と今は思っている。

多分みい~んな、そうやって生きているんだと思う。

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そして世の中を見てきた分、今の方が遥かに選択の幅は広くなっている。

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2012年6月25日 (月)

人生の花

中学生の頃、やたら自慢する友達がいて「僕は、自己満足はすまい。」と思った。

人間は、鼻を伸ばした途端に成長が止まるって感じたのだ。

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以来、そのことを心深く秘めて還暦過ぎまで生きてきた。

そこで満足しないってことは、常に挑戦を続けることだ。

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だから選択肢が幾つかあれば、敢えてその難しい方を選んできた。

もとより小心者だから、そんな人生の岐路に立つと何時も不安80%で、

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20%の期待にすがってやってきたような気がする。

時に逃げ出したくなるようなことだって一度や二度じゃなかった。

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勿論、今日ただいまだって同じだが、それで良かったと思っている。

梅雨の日の午後、ふと「人生の花」って言葉を思い浮かべた。

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これまで人生やってきて、「俺の花って何だったのかな~」ってな思いだ。

波瀾万丈とも思えるし、太平無事に順調だったとも思える。

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しかし、どうも納得のいく花らしい花が思い付かない。

「えぇ~い、今から一花咲かせるか!」と力んだところで、空しさが漂う。

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「だからさ、あくまで自然体で挑戦を続けるさね。」と思い返した。

私の立ち位置は、一年で言えば10月の初め頃だろうか?

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ほんの少し葉の色が褪せてきている。

今から仇花だとしても咲かせることは無理だろう。

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況や、実を稔らせるなんて望むべくもない。

だけど上手くいけば、これから真っ赤に紅葉させることが出来るかもしれない。

しかも、散る間際まで真っ赤な紅葉でね。

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その時まで挑戦を続けよう。

そして老兵は、人生の秋を淡々と演じて散り行けば良いのだ。

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2012年6月24日 (日)

防犯の砂利効果

今日は、ある地域の防犯街づくり協議会に招かれた。

それで、そこでお話しさせて頂いた中身を少し書くことにする。

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実は、私の街の自治会連合会(304自治会)では、

地域ごとに防犯協を組織して、熱心に防犯活動に取り組んでいる。

地区によって多少の温度差はあるが、朝昼晩と毎日防犯パトロールをしている地区、

「民間交番」と呼ばれる詰所に交代で常駐している地区、Cimg7138

はたまた子供の登下校時に多数の見守り隊が出ている地域などだ。

そういう活動によって何が起こったかと言うと、

先ずは、犯罪の発生がそれまでの三分の二以下に激減した。

そしてそれ以上に大切なことは、地域の皆さんの顔が繋がったことだ。Cimg7139

「今日は !」「お早うございます」と、毎日のように顔を合わせるのだから当然だろう。

犯罪発生が減ったのを、「自治会の砂利効果」と私は呼んでいる。

砂利とは、勿論あの川砂利のことだ。

砂利を踏むと、その字のごとくジャリジャリと音がする。Cimg7140

夜などは、試してみると分かるのだが相当に大きな音がする。

コソ泥は、その音を嫌がるのだ。

自治会の防犯活動も、その砂利の音と同じことだと思う。

犯罪の起き難い環境を皆で力を合わせて作っていくことだ。Cimg7141

更に付け加えると、自治会では毎年多くの役員、例えば交通安全委員、

防犯委員、若草委員、体育委員、保健委員、福祉委員・・・などを設けている。

でも、どうでしょうか?

一年たって何をやったかって考えると、Cimg7142

何もしないで一年たっちゃったなんてことも多いんじゃないか。

それを自治会として、組織的に活動できるベースを創っていく。

それが自治会活動を活発化させるし、地域のコミュニティーも円滑になる。

結果的に色々なことが前に進むんじゃないかな。Cimg7137

防犯活動もその一つではないだろうか。

とまあ、そんなこともお話しさせて頂いた。

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2012年6月23日 (土)

布施

仏教に施餓鬼と言うのがある。

餓鬼と言うのは地獄に落ちるほど恵まれない者を指し、その者を助けよと教える。

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それが曲解されて、坊主への御布施にもなるのだが…、

基本的には今流のボランティアの事だろう。

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しかも、身の程に応じて出来ることをせよとも教える。

富める者は(孫正義さんの様に数億円と)富める如く、貧者もそれなりにと言う訳だ。

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さて今日は、ボランティア団体との交流会があった。

地域には高齢者サロンや読み聞かせ、音楽ボランティア、収集整理ボラなどと、

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様々な分野で活動しているグループがある。

この人たちと意見交換し、出来れば活動を活性化させたいとの趣旨だ。

実は自己中心主義で生きてきた今流の人達は、ボランティアに馴染むことができない。Cimg7132

それで、ボラ団体の構成員が随分高齢化してきている。

元気づけて、何とか参加者の拡大に一役買いたいと思ったのだ。

この世の中、お互いに助け合ってナンボなんだが、Cimg7129

それはお上の仕事と思ってる人が多い。

お上の仕事の部分もあるけど、大部分は助け合いで成り立っている。

そのボランティアってのは、人の為でもあるけど実は自分の為なんだよね。Cimg7136

私が街頭に立つようになって、もう四年目に入っている。

文字通り雨の日も風の日も、立ち続けてきた。

始めは子供の為にとか、自分がやらなくっちゃなんて、ちょつと気負っていただろう。Cimg7094

でも今、そのことは毎日の日課であって、義務でも何でもなくなっている。

逆に毎朝子供達から元気をもらって、私の一日の糧にすらなっている。

これはもうボランティアじゃなくって、単なる布施だよね。Cimg7093

つまりね、やってやりますじゃなくって、

やらせて頂きますってのが布施だと思うんだ。

TVの前の産業廃棄物と化している団塊の世代が、Cimg7092

これから自分を生かすとすればこの布施の世界だと思うのだ。

皆さん、どんなi小さなことでも良いから一歩踏み出してみませんか!

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2012年6月22日 (金)

青菜に塩

あの津波に流されなかった松の木も、塩水にはついに勝てなかった。

多くの家屋が流され、家族や友人の多くを失った人達。

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だけど彼らは、打ちひしがれた素振りも見せずに笑顔だ。

否、本当は笑顔でいなかったら生きていられないからだ。

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大槌町の復興食堂の若者達にも「生きるぞっ」て気迫を感じた。

しかし瓦礫の処理は進まず、復興の掛け声だけが響く。

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現実は流された屋敷跡が一面に広がっているだけだ。

それに、そこで暮らす人々だってどんどん減っている。

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震災地の瓦礫についても書いたが、Fの卑劣な書き込み(直ぐに削除)に呆れた。

まさにFは、人間としての心を持っていないのだろう。

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冒頭から話が逸れたが、今夜は台風4号のダメージについて書く。

夏至を前にして上陸した台風は、海でなく陸地側を北上した。

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結果として強い南風が海水を運び、私の地域一帯の作物はほぼ全滅状態になった。

稔り始めたナスやピーマン、キュウリは、塩で揉まれて棒殻のようになった。

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私のゴーヤのトンネルは4割り方出来つつあったのに、全部溶けて無くなってしまった。

勢い良く成長を始めていた数百本のオクラもまっ黒になった。

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それにも増して、保育園の子供達が挿したサツマイモも葉が一枚も無くなってしまった。

これだけは何とか復旧せずばなるまい。

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それから宿根の生姜まで葉が茶色に変色している。

朝起きて一瞬絶望の淵に立たされたが、冒頭の震災地のことを思った。

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この程度で挫けるこたぁ出来ない、復興すりゃいいんだろ!・・・と言う訳だ。

新しい芋蔓の調達はできた、そして野菜の苗だが・・・・これは既にない。

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と言う訳で今日は、オクラとキュウリ、大根、そして人参の種を播いた。

既に時期は遅いが、何とか追走しよう。

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青菜に塩なんて言っている場合ではない。

復興食堂の皆さんの様に自分の足で立つのだ。

百姓は、昔からそうやって生きてきたんだ。

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2012年6月21日 (木)

ユーロの未来

実は、ユーロにはあんまり良い思い出は無い。

ユーロ(通貨統合)発足の直前、私もユーロに過大な期待を持った。

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それで証券会社に勧誘されるままに、幾ばくかのユーロを買った。

何のことはない、発足と同時に急落してかなりの損失になった。

4年程前、ハンガリーのブタペストを訪れて驚いた。

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諸物価が著しく高くって、それはユーロの異常な高さの故だった。

極端なユーロ高だったのだ。

ハンガリーに赴任していた円給料の友人が、「とんでもない」って憤慨していた。

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そんな過去はともかく、今はそのユーロ不安が世界を大きく揺らしている。

もっとも、国毎に通貨があるのはその国のエゴに過ぎない。

望むらくは、金と同様な世界共通通貨があればこんなことは起こらない。

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もちろんその通貨には絶対の信用が必要だが、

ドルの垂れ流しも無くなれば、ユーロ危機なんてのも起こらない。

それぞれの国が勝手に藩札を印刷しているから、こんな事態になる。

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ユーロには、そうした世界通貨への私の幻想があった。

しかしユーロの現実は烏合の衆で、厳格なコントロール機能が無かった。

それで、その甘い汁だけを吸って放漫財政に甘んじた国から危機は始まった。

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税収もないのに借金(国債)をして金を振りまいていた国だ。

だけどこれ、最たる国がこの日本だよね。

日本の債務残高は、GDP比でもギリシャどころじゃない。

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もう既に、到底返済が不可能な水準に至っている。

そんな状況にもかかわらず、

落ちこぼれ元大蔵官僚のように「日銀が輪転機を回しゃ良い」なんて能天気がある。

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ただ単に運用先がなくて、止む無く銀行が国債を買っているだけなのに。

勿論その金は国民の貯金だし、高齢化の進展と共に取り崩さざるを得なくなる。

つまり国債の価格下落も、既に秒読みの一歩手前まで来ている。

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国債の価格が下がるとなれば、今度は誰も買う人はなくなる。

となると、国は国債の借り換えも出来なくなるし、法外な金利が必要になる。

国債を買うのは日銀だけなんてことになれば、

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某元失格大蔵官僚のシナリオになるのだが、

それは円相場の暴落と輸入物価の暴騰に直結する。

この国経済の破たんのシナリオだろう。

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まあ、欧州に出かけて何が分かるか分からないが、

来月はユーロ危機に揺れるドイツとオランダに出掛けようと思っている。

今度はユーロ安だしね。

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2012年6月20日 (水)

人と人

生まれてからこの方、どれほど多くの方々と触れ合っきただろうか。

餓鬼の頃の幼なじみと言うのは、どうにもお里が知れていて良くない。

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学生時代の付き合いも、年賀状程度になってしまった。

職域では、これまた無数の人々と関わってきた。

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しかし職場を去れば、それまでの濃密な関係は無くなる。 

幾つかのOB会があるが、最近その幾つかから脱会させてもらった。

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その理由は、過去に「回顧」しがちな生き様をしたくないと思ったからだ。

人間幾つになったって現在を生きている。

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それが過去に生きるようじゃ、この世に生きる意味が無いことになる。

それはさておき、人は皆自我を持って生きている。

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故に、人と人の付き合いは難しい。

かつて現役の頃、異業種交流会とか経営者セミナー、○×会などと、

知らない人の多いパーティーに出ることが多かった。

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当然ながら多くの人が私に関心を持ってくれる自信はないし、

さりとて自分から話しかける相手もいない。

知り合いが一人でもいると正に地獄で仏だった。

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だから身の置き場の無い心細さの故に、この種のパーティーには出たくなかった。

とは言え、人は顔を合せない限り親密な関係には成り得ない。

そんな小心で人見知りの私だが、40代の後半から意識して人の中に入るようにした。

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なかなか裸にはなれないが、徐々に人に交るコツみたいなものを覚ったようだ。

それから二十年、今私は人の中にいる。

毎日のように様々なジャンルの方々とお会いして、その栄養をいただいている。

人は一人では何もできないのだから。

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2012年6月19日 (火)

生きている時

「俺は今生きている!」って感じる時がありますか?

普通は日々の仕事や生活に追われて忙しく、

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何をしているのかも判らずに日々が過ぎていく。

あっと気付いた時には、余命幾ばくも無いなんてのが人生って訳だ。

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病気になって初めて健康の大切さを思うようなもので、

常日頃から「生きてる」なんてことは考えないものだね。

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それに目的に向かって歩んでいる人間と、無方向で彷徨っている人の差も大きい。

唯ひたすら時の流れに押し流されている人。

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不平やら不満やらを言い続けて一生終わる卑しい人もいる。

このブログにだって、およそ下劣なコメントを書き続けているFと言う人間がいる。

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エログロと同じて、毎度削除するのが楽しみになっている。

どうでもいいが、Fと言う人間は閻魔大王の前で何と言い訳するのかな?

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多分、誰からも相手にされない寂しい人なんだろうな。

ともあれ「生きてるっ」て時間は、準備万端助走してジャンプするその時だろう。

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悩みながらだって、懸命に前に向かって進んでりゃその時は必ず来る。

感動の涙を思いっきり流す時がね。

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安易な生き方をしていて、その吐け口を他人に向ける人間は最低さね。

ところで、私の「生きている時間」について書かねばなるまい。

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先ずは丹精して育てた作物の成長を見る時かな。

半年かけて育ててきたブドウが、今色づき始めている。

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収穫をする時よりも感動的な毎日だ。

ゴーヤのトンネルも徐々に育っていて、二つ三つ花を咲かせ大きくなり始めている。

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オクラもサツマイモもズッキーニも生姜も・・・みんな生きている。

心の部分では、精魂込めて走ってきてゴール前の一時が最高だね。

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「今、俺がゴールするんだ!」ってね。

一つの交響曲の最終章の感動だ。

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それにも増して感動的なのは人との出会いだ。

日々、いろ~んな人々と出会ってきた。

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詰まらない出会いは数少なくって、大抵は生きる栄養を沢山持っている人だ。

それも、お互いに励まし合える関係が良い。

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そういう意味じゃ、走る仲間に悪い人はいないな。

隠岐でも、初対面だけど再会を誓った人が何人かいる。

人は、「生きている時」のために生きているのだ。

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2012年6月18日 (月)

隠岐騒動

今夜は、隠岐を巡る近世の歴史について書こうとしている。

隠岐を走っていて目に付くのは、立派な神社だ。

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その神社の鳥居の下に村衆が陣取って、私達を応援してくれている。

それに珍しいことに、この隠岐には原則として寺が無い。

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その訳には、随分不幸な歴史があった。

幕末、孝明天皇に仕え明治天皇にもそば近くに仕えた中沼了三と言う人がいた。

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彼が、この隠岐の出身の人だった関係で、

幕末の勤王の風潮が高まると共に、この隠岐でも勤王思想が高揚する。

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結果として、佐幕の松江藩の代官と対立するようになる。

そして遂に1868年、決起して代官を島から追い出し、住民の自治政府を作ってしまう。

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ところが何せ離島のことで情報が遅れて入ってくる。

その頃には長州藩が決起して、鳥羽伏見の戦いが起こり、

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徳川慶喜は大阪城から逐電する事態になっていた。

時の勢いに恐れをなした松江藩は、慌てて官軍側に寝返るのです。

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そうして逆に官軍として、島の自治政府を攻めるという事態に発展していく。

結果として自治政府は16人の死者を出して、91日で終焉となってしまう。

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しかし事態はこれで終わらなかった。

明治2年に廃仏毀釈令がでると、騒動の恨みが寺攻撃となって噴出する。

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騒動の当時、天皇の神道に寺が冷ややかだったことに遠因があって、

それで約200寺ことごとくが焼き討ちされ、16名の僧侶が島を脱出、

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53名が還俗させられたと記録にある。

これ以来、隠岐の島こぞって神道と言う訳なんだね。

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島を走りながら、そんな過去を思いながら神社を見上げていた。

ところで、あの韓国が実効支配している竹島は、

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この隠岐の島の一部なんですね~。

今日は、フェリーで島前に渡って、

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足の痛みをさすりながらも、島めぐりを楽しんだ。

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驚いたことに島前は大きなカルデラで、火口部分は海の中にある。

その外輪の幾つかが島前諸島を構成しているんですね。

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その溶岩が海蝕されて様々な奇岩を見せている。

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実は隠岐の島はゲゲゲの鬼太郎の水木しげると縁が深い。

その奇岩の中にねずみ男のモデルになったと言う岩があった。

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それから後鳥羽上皇が流されたのは、この島前の方だった。

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2012年6月17日 (日)

悠久の島を巡って

隠岐の島ウルトラマラソンは、

西郷港の奥まった船着場レインボーアリーナからスタートする。

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2時半には起床して朝食を済ませ、4:00には宿を出発する。

ところでこの西郷港だが、島の奥まで湾入していて島影も多い。

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江戸期まで天然の良好として三大港に数えられ、殷賑と栄えたのがよく分かる。

当時の海運は日本海航路が中心だったし、

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更に溯れば倭寇の出発基地だったのではないか。

しかし今は、単なる漁港に過ぎない。

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ともあ今日一日、この島をぐるっと一周して、私の認識は一変した。

流人の島だから岩ばかりで寂れたところだろうと思っていたのだ。

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しかし道は整備され、山はどっしりと重みを持って緑に静まっている。

あちこちに浮かぶ島々と併せて、どこまでも美しい景観が続く。

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コースはアップダウンばかりで平場がないが、ところどころで牛が草を食んでいたり、

それに何より、これは特筆しなければならないが、

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今回のマラソンは島を挙げてのお祭りなのだ。

早朝から村々には人が出て応援を繰り広げている。

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つま先だって大きく手を広げて旗を振る姿は熱烈だ。

最初は「おはようございます。ありがとう。」と応えていたのだが、

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それが村毎にテントを張ったり、仮想をしていたりと大騒ぎでランナーを迎えてくれる。

それに伝令がゼッケンNOを伝えているから、

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テント前では大声で「静岡県の○×さんがんばれ! 遠くからよう来た。」と応援する。

その連続なんだから、疲れて苦しくなってもスピードを落とす訳に行かない。

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ゴール近くなると人の列が途切れなくなって、

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そのみんなが「○×さんお疲れ様! よお~頑張った!  お帰りなさい~。」の連呼となる。

にわかに私の私設応援団が数百人登場したかのようなのだ。

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それで不覚にも、私の顔がゆがんで涙が止まらなくなってしまった。

少々恥ずかしかったが、それでも12時間03分、年代別で5位でゴールした。

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隠岐の島は、とっても心豊かなところだ。

多分、古き良き日本の農村だな~。

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2012年6月16日 (土)

隠岐の島

隠岐の島に来ている。

と言っても、隠岐の島と言う島はなくって、大小180 の島々の総称である。

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だから、正しくはその中の最大の島、島後に来ている。

あの後醍醐天皇や後鳥羽上皇、そして小野小町の親父が配流された島だ。

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余談だが、鎌倉幕府の討幕を企ててこの島に流された後醍醐天皇は、

9ヶ月後に島を脱出し、都に帰って建武の中興の主になる。

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出雲から40km位沖合にあるから、脱出も組織立ったものではなかったか。

ともあれ鳥取市の近くに白兎海岸がある。

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あの「因幡の白ウサギ」伝説の古里で、

ワニに皮を剥がれて丸裸になったウサギが、オオクニヌシに助けられるアレである。

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兎は隠岐の島から海を渡ろうとしてワニを騙すのだが、

日本海にワニがいるはずがない。

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ワニは古事記には「和邇」と書かれていて、どうやらサメの事らしい。

その昔隠岐は黒曜石の産地で交通の要衝でもあったから、

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ひょっとすると後醍醐天皇は、隠岐と因幡を行き来していた商人に助けられたのか?

と、そんなことを夢想しながらの、伊丹空港から1時間の空の旅である。

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ともあれアッと言う間に隠岐空港に降り立って、直ちに受付のレインボーアリーナに。

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そう、明日の隠岐の島ウルトラマラソン100kmを走るのだ。

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先日、隠岐の島町五箇中学校三年の女生徒斎賀さんから、激励の手紙が届いた。

「ランナーよ海を渡れ!!」「 私達も精一杯応援するので頑張って・・」と。

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前夜祭では町長が相撲甚句を歌い、地元のバンドがテーマソングを奏でる。

それに大きな岩牡蠣が、これがとってもおいしくて・・・・

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あの公務員ランナーの川内選手も駆けつけて50kmを走る。

かくして千人近い前夜祭は、あっという間に終わってしまう。

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いずれにしても、島を挙げてのマラソン大会なのである。

明日はタイムよりも、この隠岐の島を存分に味わいながら走ろう。

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2012年6月15日 (金)

年齢の自覚

昨年末から、年金支払通知書なるものが届くようになった。

そういう意味では、お上公認のれっきとした老年なんだろう。

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しかし本人にはからっきしその自覚は無く、毎日のように冷や水を楽しんでいる。

いや、いたずらに若ぶっている訳ではない。

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そもそも、年齢が若けりゃ良いってもんじゃない。

この前の政権交代に前後して、若年の首長が次々と登場した。

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だが、「あ~、若い首長で良かった。」なんて話はとんと聞かない。

そりゃ確かに、明治維新前後の志士たちは若かった。

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だけど当時の平均寿命は50歳前後、今は100歳までも生きようかと言う時代だ。

体力だって、時と場合(例えば100kマラソン)によっては若い人に負けない。

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それなら、経験豊富で知力に優れた熟年者の価値は上がるってもんだろ。

そういう意味じゃ、年齢は一つの勲章さね。

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と息巻いては見たものの、ただ単に年齢を自覚できないだけかも知れない。

それとも、この先が無限じゃないって意識がそうさせるのか?

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ダボハゼのように、あちこちの餌(目標)に飛び付こうとする自分がいる。

そう、70の声を聴くまでは暴走してやろうと思っている。

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アレもやる、これもやる、そしてそれもやるのだ。

燃えて燃えて、使い残しているエネルギーを燃焼し尽くす。

それが、私の年齢の自覚なんだ。

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2012年6月14日 (木)

緩やかな旋回

定年退職して、もう五年目に入っている。

だけど振り返ってみれば、現役時代よりも激しく動き回っている。

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あちこちの大会に走りに行き、会議に明け暮れ、

植物を育て、ブログを書いているし、思うことを人の前で語り続けている。

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勿論、あちこちで出会いがあるし、新たな発見もある。

老いなんて事を感じたこともないが、

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老いの坂があるならば、そりゃ~上り坂だろうと思っているくらいだ。

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自分自身は自然体で、流れに身を任せて滑空しているつもりだが、

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どうも上昇気流に遭遇しているらしく、どんどんと旋回しつつ高みに登っている。

つまりランの記録も伸びるし、世の中の役割も増える一方なのだ。

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与えられた自由な時間を思いっきり充実させようとしてきた結果なのか。

そして、その自由な時間がほとんど枯渇しつつある。

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先日、浜名湖北の尉ヶ峰を走る機会があった。

緑に覆われた標高4~500mの峰を走るのだが、

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その一隅にパラグライダーの基地がある。

尾根から浜名湖に向かって滑空し飛び立っていく。

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浜名湖を渡る風に乗って上へ上へと旋回して、やがて雲の高さまで至る。

晴れた日なら1~2時間もの空中遊泳と相成るのだ。

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今のパラグライダーは、ただ単に遊泳しているだけではない。

絶えず地上と無線で交信し、自分の存在を意識しながら飛んでいる。

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つまり一人で飛んでいる訳ではないのだ。

それでパラぐライダーは若者のスポーツと思いきやさにあらず、

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定年退職してから始める人が多くって、70歳代も多いのだそうだ。

ひょつとして、私もオジンライダーだったのかしらんと納得してみた。

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そうして、緩やかに旋回しつつ出来れば天国まで行ってやろうかって考えた。

とは言え、トイレも必要だし腹も減るだろう。

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何時かは地上に降り立たねばなるまい。

そして、やがて時の流れは今よりも加速していくに違いない。

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2012年6月13日 (水)

金糸雀

先日、私の関係する高校の文化祭を訪れた。

文芸部の部屋を覗くと、真新しい冊子が並んでいた。

その冊子の名が金糸雀だった。

恥ずかしながらカナリアって読めなくって、「これ、何て読むの?」って聞いてしまった。

すると聡明そうな女生徒が「一冊どうぞ」と差し出した。

たかが高校生の落書きだろう・・・程度に思ったが、いただいて帰った。

だけどこれを読んでみて、私の認識は改めることを余儀なくされたのだ。

私は学生の頃生意気にも「出来れば創造的人間でありたい」と思っていた。

それで高校の頃だったか、文筆家になろうと小説を書き始めたことがある。

テーマはもう忘れたけど、一カ月ほども悪戦苦闘して大学ノートに半分ほど書いた。

だけど物語が続かなくなったことと、その文章の稚拙さに呆れて放棄した。

しかしこの子達は、あの頃の私と同じ年頃だ。

それが、幾分稚拙さが残るとはいえ、立派な短編を書いている。

文芸春秋に載せたって可笑しくないような作品もある。

そう言えば、近年の文学賞はおっそろしく若い人が受賞している。

無から有を生み出す創造性ってやつは、実は若さの特権なのかもしれない。

今の私に、フィクションを書くなんて力はとてもない。

とは言え、残りの人生の物語をどうするか?

それは馬齢の故に創造性こそ乏しくなったが、

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それは私自身がキチッと完結させなければならない。

望むらくは、残り物だけに福多い物語にしたいものである。

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2012年6月12日 (火)

ササユリの頃

この梅雨入りの頃になると、小笠山にササユリが咲く。

清楚と言う言葉はこの花の為にあるのだと思うほど、

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楚々として気品のある花だ。

そしてその体は、名前の通り笹の葉と見間違えるほど相似している。Cimg7081

実は、ササユリは人を慕うかのように咲く。

笹を刈り取って適度に管理された反日蔭を好むからだ。

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それで人の足の入るそま道に沿って花を咲かせるのだ。

そういう意味で、ササユリは人間と共生してきたと言える。Cimg7083

私はこの時期、その短い花の命を愛おしみながら走っている。

やはり、乙女がポッと頬を染めたかのようなピンクの花が一際目を引く。

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山はもうすっかり濃緑になって、その木漏れ日にユリの花が揺れている。

絵心があればと思うのだが、止む無く心のひだに情景を仕舞い込む。

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ここには被災地と打って変わった自然の安らぎがある。

津波も雷・台風も、そして年々歳々の花々も、その自然の営みなのだ。

その自然に抱かれて、ひたすら黙々と足を運ぶ。

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そこには、自然の一部に化した自分が見える。

時にササユリの花と抱合し、語り合いながら走る自分がいる。Cimg7075

梅雨入りの山にはホトトギスの声が響く。

何故か私とササユリの仲を嫉妬しているかのように…。

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2012年6月11日 (月)

震災地に学ぶ

「役場職員の生き残りです。」、そう平野さんは切り出した。

津波で亡くなった町長に代って半年余り職務代理を務めた方である。

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それもその筈、130人の大槌町職員のうち30数名を目の前で亡くしたのだ。

「先ずは、自分の命を守ることを考えてほしい。」

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行政機能もコミュニティもガタガタに崩壊し、

その後の混乱の中で苦闘してきた人の言葉だ。

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今回、宮古市田老に始まって、山田町から大槌町へと、

岩手県の大きな被災を受けた地を歩いてきた。

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震災直後と違って訪れる人も激減している。

そんなことの反映か、いずれの地でも「来てくれてありがとう」の声を聴いた。

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迷惑をかけてはと、遠慮しつつ現地を訪れた私達からすれば意外だった。

だが被災地の人々の心には、この災害を忘れてほしくないとの思いがあった。

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日本人の悪い習性か、喉元過ぎれはすぐに熱さを忘れてしまう。

自分達は何もしないで、行政に要求してそれですべて終わってしまう。

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「大変だ。大変だ。」と言っただけで、実は何もしていない。

そして、やがて何も無かったかのように日々の生活を送るのだ。

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北米プレートの境目が大きく動いたのだから、

隣接するプレートが影響されない筈がない。

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その規模は別にして、いずれ地震は私達の地域を揺るがすに違いない。

その時私達は、東日本大震災の教訓を本当に生かすことが出来るだろうか。

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私達が今やらねばならないことは、住民一人一人の防災意識を高め、

その命を守るための防災力の向上へと結びつけることだ。

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そして、命と地域コミュニテイの力さえ温存すれば、

復興はそんなに難しいことではない。

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大槌湾には、ひょつこりひょうたん島のモデルになった島がある。

私達は、今回の2万人近い犠牲を無駄にしてはならないのだ。

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被災地には夏草が茂り始めている。

基礎だけ残された人々の生活の跡を歩きながら、

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「苦しいこともあるだろさ。だけど、僕らは挫けない。」とそう呟いていた。

復興は時間との勝負になりつつある。

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それにしても震災地の瓦礫処理は、これは全国で支援しなければならない。

計測した放射線だって静岡と何も変わらなかった。

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口先だけではなくて、今しか出来ないことを今やらねばならない。

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2012年6月10日 (日)

今しか出来ないこと

山田町の死者及び行方不明者は776人(人口の4%)だ。

すぐ後ろに山を背負った海沿いの街だから、

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家屋の被災は3,184棟(世帯のほぼ半数)に上る。

被災家屋の巨大さ割に、死者は少なくて済んだ地区だ。

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この山田町で山田町長はじめそれぞれの責任者と懇談の機会を持った。

ちなみに町長も危機管理係長も、出席してくださった殆どの方が家を失っていた。

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その皆さんから、被災の現状、避難所運営の経過、

ボランティアの活動と現状、災害廃棄物問題などについて伺った。

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それぞれの課題で貴重な教訓を教示して頂いたが、今夜は瓦礫のことを書く。

3千戸もが一挙に瓦礫と化したんだから、その量は長大なものだ。

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現在その35万トン余の瓦礫は一か所に集められて、分別作業が行われていた。

実は山田町には、山田湾からと船越湾の両側から津波が押し寄せた。

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その津波の衝突点が、船越公園家族旅行村のあった所だ。

その旅行村を、津波は鯨館を残して跡形もなく整地していった。

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その面積は22ha(東京ドームの5倍)もあるのだが、

街はここに瓦礫を全て運び込んだ。

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この町は瓦礫の置き場が確保できただけ恵まれていた。

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そして瓦礫の山を少しずつ、木材、金属、コンクリート、漁網などと仕分けている。

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それを民間施設を含め5か所に運んで焼却しているのだが、

現在までに処理できたのはその約5%に過ぎない。

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通常の産業廃棄物処理の67年分もあるんだから当然だ。

それに梅雨や夏を迎え、蚊やネズミ、悪臭の発生も懸念されている。

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こいつを全国各地で少しずつ処分すれば良いのだが、

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あの自分勝手民主主義が「放射線の拡散」を名目に跋扈している。

私達も瓦礫の線量を計測したのだが、0.05~0.07マイクロシーベルトに過ぎなかった。

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何のことはない静岡県の大気中の線量と変わらない。

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それでも偏執的な勝手主義者は、執拗な反対をあきらめてはいない。

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残念ながら為政者は、そんな卑劣な反対を恐れて躊躇しているのだ。

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これが逆に、被災したのが私達であったらどうだろうか。

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家屋は流失して再建もままならず、瓦礫がいまだに山になっているのだ。

「何故助けてくれないのか」と悲痛な思いがする筈だ。

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今私達に必要なのは、口先で絆を口にすることではない。

今しか出来ないことを、今直ぐにやることなのだ。

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そう、万難を排してやるべきことをやらねばならない。

ゆっくり片付けりゃ良いってなもんじゃないんだ。

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2012年6月 9日 (土)

大槌町の悲劇

大槌町を訪れて、

人口16,000のこの町からすべてが失われているのを目の当たりにした。

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全半壊3,717棟、6千世帯余の町だから大部分の人々が家を失ったことになる。

それに町役場も消防署も警察も、行政機能のすべてが一瞬にして機能を失った 。

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町役場の職員130人のうち町長を含め40名が命を失っている。

町の人的被害は1,281名〔全人口の8.4%〕にのぼっている。

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大槌湾の6mの堤防は、12m余の津波には何の歯止めにもならなかった。

さらに津波は大槌川をはるか奥まで遡上して、市街地の大半をなめ尽くしたのだ。

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城山から見下ろすと、

半壊したビルの幾つかを残してすべてが礎石の跡だけを残している。

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その向こうの海側には一面の瓦礫の山だ。

町長に言わせると、人々は防潮堤の内側で何が起こっているかも知らず、

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渋滞している車の中にいて命を失った人も多いと。

そして津波は、玩具でも転がすようにその防潮堤を壊していった。

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復興計画は出来たが、被災して主のいなくなった土地の処分や瓦礫処理、

残ったローン、移転新築に必要な資金の調達など課題は山積している。

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既に人口も減り続けており、震災前に比べ2745人〔17%〕も減っている。

復興は時間との勝負でもあるのだ。

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町長が被災死して約半年間職務代理を勤めた平野さんは、

「役場職員の生き残りです」と切り出した。

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それもそのはず、あの時在庁していた40名のうち18名が目の前で亡くなっているのだ。

そして「自分の命は皆の為に守って欲しい。生きていれば何とかなる」、

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「否、何とかするのだ。すべて行政頼みではだめだ。」

「リーダーがいなくなれば、コミュニティーはガタガタになる。」と熱く語った。

彼は、町長とともにこの役場の前で対策本部を立ち上げていた。

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その彼の目に大きな壁が現れたと言う。

一瞬何か分からなかったそうだが、

数秒後には、ここに立っていた人々の生死は微妙に分かれることになった。

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私達は、その全壊した役場の前に献花し黙祷をささげた。

役場正面の時計はやはり午後3時28分で止まっていた。

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津波の破壊力の物凄さに唖然とする他なかった。

そして役場跡近くの「復興食堂」では、若い人たちがきびきびと働いていた。

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その殊更な明るさに、私にはかける言葉も無かった。

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2012年6月 8日 (金)

田老の巨大堤防

岩手県宮古市に来ている。

新幹線で盛岡まで5時間、盛岡からバスで3時間余。

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都の市街に入るとあちこちに簡素な仮設住宅が目に入る。

さらに海に近くなると、崩落した鉄橋やら流された民家の跡が目立ってくる。

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バスの中から驚きの声を上げていたのだが、

田老の町に入って声も出なくなった。

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559戸のうち500戸が一瞬にして流され、半数以上が亡くなったのだ。

しかもこの地は、何度も繰り返し津波の被害にあってきた地だ。Cimg6980

だからこそ町は、万里の長城と言われるほどの高さ10.45mの巨大堤防を築き、

昭和41年には「津波防災の町」宣言までしていた。

その町が一瞬にして消え去ったのだ。Cimg6979

この巨大堤防が、チリ地震などいく度かの津波から津波を防いでくれた。

それが何時の間にか防潮堤への過信につながったのだろう。Cimg6985

町には山の高台に向かう避難路さえ完備させていた。

でも防潮堤の存在が、彼らを結果として避難させなかった。Cimg6975

そしてそこに、15m超の津波が押し寄せた。

X字型の右側港湾部の防潮堤は原型を留めないまでに破壊されていた。

その奥まった所に6階建てのホテルがポツンと残っていた。Cimg6977

このホテルも4階まで破壊されている。

ホテルの他はすべからく基礎部分の残骸しか残っていない。

大堤防の上に登って、被災者の一人のお話を伺った。Cimg6968

彼女も家族の何人かを亡くしているのだ。

話をしながら、彼女の目が赤く充血していくのが分かる。

私だって、言葉を失い目頭が熱くなっていく。Cimg6991

彼女の思いは「何故逃げなかったか」ということだ。

言うならば、堤防が恨めしいと言うことでもある。

誰が悪い訳でもない。

これが人間のやることなのだ。Cimg6992

その大堤防の上を高校生が走ってきた。

被災前と同じようにランニングするこの子達は希望だが、

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それが又、何とも言いようの無い・・・・・。

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2012年6月 7日 (木)

子供達の未来

今日は保育園の子供達が沢山我が家にやってきた。

例年のように、サツマイモと落花生を植えるのだ。Cimg6945

私は今日のためにほぼ半月がかりで畑を準備してきた。

畑を鍬一本で耕して、堆肥と肥料を施してマルチする。

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言うは易くして、これが結構骨の折れる作業なのだ。

ともあれ、子供達は畝に並んで一人4本の蔓を挿した。

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やがてこの蔓に芋が稔り、9月初旬には掘り取りにやってくる。

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作業が終わると子供達は、私のブドウ見物である。

ブドウはまだまだ青いが、一生懸命に膨らみつつあるところだ。

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そう、この子達よりも少し大きくて、小学高学年と言ったところかな。

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然して芋の収穫まで、熟れたブドウを残しておかねばなるまい。

小さな子供達はジッとしてはいない。

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土をいじったり、ダンゴ虫を捕まえたり、或いは泣き出す子だっている。

勿論いろんな性格の子供がいるんだろうが、未だ顔を見てもわからない。

それが小学3年位になると、面構えと言うか、顔に性格が浮かび上がってくる。Cimg6952

短気な子は短気な、呑気な子はのほほんとした顔になる。

そんな具合にずっと子供達を見てきて、

やはり考えることはこの子達の未来だな。Cimg6953

成長の階段を少しずつ登りながら、次々と脱皮していく子供達。

彼らに職が無いなんてことの無いように、

子供達の努力が少しでも報われるように、Cimg6954

国のやることは「子供手当」なんかじゃない。

必要なのは子供を見守る毎日の視線なのだ。

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私は今、保育園・幼稚園、小中高生の親父の様な気分でいる。

だから彼らのために、出来る限りのことをしようと思っている。

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2012年6月 6日 (水)

簡素

「木曽路は、すべて山の中である。」

明治維新前後の父を描いた藤村の歴史小説「夜明け前」の書き出しだ。

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藤村と言えば誰もが

「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子哀しむ・・」の一節を思い浮かべる。

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先日、ついでがあって中山道の馬籠宿を訪れた。

言うまでもなく、馬籠は島崎藤村の生地である。

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馬籠は木曾に向かう山裾にあって、その山の斜面に沿って続いている。

古い旅籠の続くその街道は、江戸から明治の時代の風情を今に残している。

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開発の進んだ東海道では既に失われてしまった情緒が残る。

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藤村は明治5年にここで生まれ、近代日本を代表する浪漫主義詩人として活躍する。

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後に「破壊」や「家」などの自然主義文学を書くのだが、

「千曲川旅情のうた」や「椰子の実」などに露出している感性は、

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この木曽路の山の中で育まれたのだろう。

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恵那山と木曾連山の見下ろす宿場には、水車がゆっくり回っていた。

そしてここには、ごみごみとした猥雑さはない。

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あるのは静寂と簡素である。

藤村はその簡素を愛し、

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衣食住全てを簡素にして、そのことに満足して過ごした。

勿論彼の文章にも、簡素にして新鮮な響きがある。

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随分な山里を訪れ、良い勉強をさせてもらった。

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2012年6月 5日 (火)

若さの中へ

高校の体育祭や文化祭が開かれている。

昔はたいてい秋だったと思うが、今では日が長くて気候の良いこの時期になっている。

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それでティンエイジャーになったつもりで、その若さの中に飛び込んだのだ。

先ずは体育祭である。

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ミニの浴衣姿で女子生徒がHIGAXILEを踊る。

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ニャーミュージック調の軽快な踊りである。

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それもそのはず、この踊りはエクザエルのアキラが後輩のために創作した踊りだ。

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200m:決勝やHR別リレーになると、何時の間にかこぶしを握り締めている。

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自分のチームがトップでゴールすると、一斉に駆け寄って歓声を上げる。

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やがて体育祭もフィナーレを迎え、男子の集団演技「エッサッサ」である。

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若い力が、はちきれるばかりのエネルギーが迸る。

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若者の躍動感にあふれた雄叫びである。

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私も、すっかり18歳になりきってしまった。

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馬齢こそ食んできたが、気持ちは彼らと何にも変わらない自分がそこにいた。

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許されるならば、私も裸になって彼らと共に踊りたかったのだ。

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ともあれ文化祭のあちこちも覗いたのだが、みんな心地よい子供達だ。

それに私の頃よりも、人への接し方が柔らかで丁寧だ。

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その心地よさにつられて、各教室の様子を逐一楽しんだのだ。

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高校生って、こんなに明るかったっ:け?

私の頃は、将来への不安に怯えていたような気がするのだが…。

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ひょっとしたら、この国の未来は彼らがもっと明るくしてくれるかも知れない。

この学校に特別良い子が集まっているのか、

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それとも教育が良いのか・・・などと不思議な気持であった。

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多分、私自身が彼らの若さに飲み込まれてしまったのだろう。

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2012年6月 4日 (月)

環境と犯罪

実は昨日は全く忙しい一日だった。

早朝からの一斉河川クリーンナップ、10時からはふれあい漁港式典、

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13時からは自治会長・防犯委員合同研修会、そして18時からの自治会長交流会だ。

それで今夜は、そのクリーンナップと防犯活動について書くことにする。

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私の地区には上流から太田川と防僧川が流れ込んでいる。

上流部からは多くのゴミが流れてくるし、ポイ捨てのゴミも多い。

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それで年に一度多くの住民が出て清掃活動をしている。

呼びかけに応えて、今年は例年よりも多くの人(千人余)が出てくれたようだ。

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親子で参加してくれた地区もある。

僅か一時間ばかりの間に、こんなにもと思うようなゴミが集まった。

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言うならば、公徳心がどんどん薄れている証だろうか。

午後一番は自治会長と防犯委員100人余の研修会を開催した。

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冒頭、防犯活動は自治組織の本来の役割だと言うことを話した。

村組織の歴史は自衛から始まっている・・・から話し始め、

私自信、もう4年近く毎朝街頭に立っていること。

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役員の皆さんにも、是非防犯活動への一歩を踏み出して欲しいと・・。

そして犯罪は被害者と加害者の関係だけでなく、

その環境が大きくかかわっていることを訴えた。

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環境美化や日々の防犯活動、住民の防犯意識次第で犯罪は確実に減らせる。

自分達の地域は自分達で守ろうじゃないかと言うことだ。

清掃も行き届かず、みんな勝手放題なら、犯罪が起こるのは必然だ。

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・・・で、どれだけ聞き届けてもらえただろうか心配だった。

夜の交流会で、その心配は一挙に氷解した。

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一人一人の心に「役員としての天命」が届いていた。

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2012年6月 3日 (日)

漁港

私は海から3kmほどの所に住んでいる。

でも海の近くに住んでいると言う認識は希薄だ。

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早朝、どうしたはずみかシラス漁船のエンジン音が響いてきたり、

台風が近づいて海鳴りがし出すと、あぁ海が近いと思う程度だ。

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昨年の大津波以降、特別に海が近くなったことは確かだが普段は意識することもない。

それで、私の住む地域に漁港がある。

今はシラス漁が盛んだが、河豚など各種の魚種があがる。

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この漁港をもっと市民に開かれたものにしようと言う動きがある。

ふれあい漁港づくりだ。

漁獲物を食べたり買ったりできるようにしたり、

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漁港周辺を釣りやビーチバレー、凧揚げなどのマリンスポーツの場にしようとの動きだ。

それぞれ難点があって、簡単なことではないが、

今日は漁港交流広場のオープニング式典があった。

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私もその一員として招かれテープカットに加わった。

ハードは出来たが問題はソフトで、業(金)とニーズを如何に結ぶかはこれからだ。

漁業者が食堂などの売店を開くことは無理だろうし、

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かと言って、ゼロから集客施設を作ることも難しい。

ともかくは遊びの場を作って、皆に遊びに来てもらおってことから始める訳だ。

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で今日は、凧揚げやらフラダンス、幼稚園児の綱引き、軽トラ市、

海産物の即売などで沢山の人が集まった。

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それは、今日が特別な日だからだ。

はてさて、この漁港を多くの人々の訪れる場所にするにはどうしたものか。

良い所なんだけどな~ !

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津波の避難施設もちゃんとあるしね。

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2012年6月 2日 (土)

新たな想定に・・

この春先に内閣府から千年確率の津波想定が発表された。

私の住む地域には、最大で11.8mの津波が襲うと言う。

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海岸の防潮堤は7mだし、川の堤防も6mしかない。

もう、どうしようもない。

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誰もが不安を抱えて、半ば諦めながらの生活を余儀なくされるようになった。

しかし、これは「想定」が変わっただけで現実は何も変わってはいない。

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もともと私達は、災害列島の上に暮らしているんだし、

万年単位なら、この列島全体が沈んでしまうことだって想定しうる。

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ただロシアンルーレットの様なもので、何時の時代にそれに遭遇するか分からない。

私達はその想定に悪戯に怯えていても仕方がない。

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もちろん可能な限り最善を尽くさねばならないが、その結果は受け入れるしかない。

あの田老町の万里の長城と言われた巨大堤防だって崩れた。

釜石の世界一と言われた海中防潮堤もずたずたになったのだ。

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2万人近い人の命を一瞬にして奪ったあの震災から、間もなく500日になろうとしている。

現地は未だに震災瓦礫の山に囲まれて、復興は遅々として進んではいない。

今日は、あの釜石の奇跡の立役者である片田教授のお話を伺った。

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子供達は忠実に教えを守り、自らの命と共に多くの地域の人達の命を救った。

まさに奇跡的な行動をやってのけたのだ。

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私達は謙虚に、そうした震災地の諸々から学ばなければならない。

巨大な北米プレートが動いたのだ。

当然ながら、隣接する南海・東南海プレートが遠からず動くだろう。

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その時、私達の行動はどのようなものになるのか?

同じ不幸を繰り返してはなるまい。

今月、震災地の現状を自分の目で確かめてこようと思っている。

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2012年6月 1日 (金)

畑仕事も・・・

先日の雷雨で、カラカラだった畑がやっと湿った。

それに、今日に限って珍しく行事がない。

それで朝から、たまっていた畑仕事に精を出した。

先ずは、一週間後にやってくる保育園児のための準備だ。

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園児たちは、毎年私の耕した畑に芋の蔓をさす。

園児はそれだけで済むのだが、私は耕して堆肥と肥料を施して、

さらに雑草が生えないための黒マルチを敷くのだ。

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機械を使わずの手作業だから汗びっしょりである。

予定の半分ほどを終え、ほとほと疲れてしまった。

それで畝作りは休止して、今度は、ゴーヤのトンネルを作ることにした。

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幼い苗を植え、トンネルを組み上げていく。

サツマイモの収穫の頃には、立派な緑のトンネルが出来るだろう。

その下を子供達が遊ぶ姿を想像しながらの作業である。

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それに子供達の楽しみは、私のブドウを食べることでもある。

今年はゴーヤのトンネルの中にテープルを置いて、

その日陰でブドウを食したら、思いで深いものになるんじゃないか。

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そのブドウも、もう大きく実を膨らませ始めている。

子供達にとっては一瞬のことだが、ブドウ叔父さんは半年かがりなのだ。

キュウリも生姜も雷雨の恵みを得て、猛烈な勢いで成長を始めた。

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オクラの畝作りも定植も急がねばならない。

と言う訳で、しばらくは畑仕事に精を出すことになる。

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仕事は大変だが、私の労働が形になって、この夏を楽しませてくれる。

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