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2012年6月10日 (日)

今しか出来ないこと

山田町の死者及び行方不明者は776人(人口の4%)だ。

すぐ後ろに山を背負った海沿いの街だから、

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家屋の被災は3,184棟(世帯のほぼ半数)に上る。

被災家屋の巨大さ割に、死者は少なくて済んだ地区だ。

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この山田町で山田町長はじめそれぞれの責任者と懇談の機会を持った。

ちなみに町長も危機管理係長も、出席してくださった殆どの方が家を失っていた。

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その皆さんから、被災の現状、避難所運営の経過、

ボランティアの活動と現状、災害廃棄物問題などについて伺った。

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それぞれの課題で貴重な教訓を教示して頂いたが、今夜は瓦礫のことを書く。

3千戸もが一挙に瓦礫と化したんだから、その量は長大なものだ。

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現在その35万トン余の瓦礫は一か所に集められて、分別作業が行われていた。

実は山田町には、山田湾からと船越湾の両側から津波が押し寄せた。

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その津波の衝突点が、船越公園家族旅行村のあった所だ。

その旅行村を、津波は鯨館を残して跡形もなく整地していった。

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その面積は22ha(東京ドームの5倍)もあるのだが、

街はここに瓦礫を全て運び込んだ。

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この町は瓦礫の置き場が確保できただけ恵まれていた。

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そして瓦礫の山を少しずつ、木材、金属、コンクリート、漁網などと仕分けている。

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それを民間施設を含め5か所に運んで焼却しているのだが、

現在までに処理できたのはその約5%に過ぎない。

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通常の産業廃棄物処理の67年分もあるんだから当然だ。

それに梅雨や夏を迎え、蚊やネズミ、悪臭の発生も懸念されている。

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こいつを全国各地で少しずつ処分すれば良いのだが、

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あの自分勝手民主主義が「放射線の拡散」を名目に跋扈している。

私達も瓦礫の線量を計測したのだが、0.05~0.07マイクロシーベルトに過ぎなかった。

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何のことはない静岡県の大気中の線量と変わらない。

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それでも偏執的な勝手主義者は、執拗な反対をあきらめてはいない。

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残念ながら為政者は、そんな卑劣な反対を恐れて躊躇しているのだ。

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これが逆に、被災したのが私達であったらどうだろうか。

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家屋は流失して再建もままならず、瓦礫がいまだに山になっているのだ。

「何故助けてくれないのか」と悲痛な思いがする筈だ。

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今私達に必要なのは、口先で絆を口にすることではない。

今しか出来ないことを、今直ぐにやることなのだ。

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そう、万難を排してやるべきことをやらねばならない。

ゆっくり片付けりゃ良いってなもんじゃないんだ。

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コメント

 放射能と放射腺は、違いますね。
放射能を持ちこまれたら困りもの。
野山を駆け回ってる兄貴なんかは、普通の人より放射腺量は、高い筈です。
 もっとも岩手県の線量は、低いでしょう。
福島とは、違うでしょう。。
 京都の大文字焼きの松で岩手の松が問題にも成りましたが、京都の病院患者でも測ったら遥かに高いと違うかな?
ともあれ現地瓦礫を減らしてあげなきゃ、復興もまま成らない。
 ただ、元々原発反対派の人間にとっては、瓦礫の受け入れなど、有り得ないのかも知れませんがね。
 一方原発推進して来て、既に原発もある市町村は、積極的に受け入れるべきかもね。
 浜岡は、福島第一より地質強度も落ち、粗直下で起きる。
 東北より悪い状況を生むやもしれない。
助けとかなきゃ、助けて貰えないよね。
 お互い様ですよね。

投稿: ひろ | 2012年6月10日 (日) 20時52分

そう、放射線でした。訂正しておきます。

それにしても、色々と見てきたけど、これからどう活かせば良いのやら、まだ整理できません。
 皆さんと話し合ってみる予定です。

                山草人

投稿: 山草人 | 2012年6月10日 (日) 20時58分

そうですよね。
みなさん口では支援と言いながら自分の周りに瓦礫処理の話がくると反対して!
困っている時こそ協力しなければ!
困っているときに力を貸してくれるのは忘れないですよね。

こんな偉そうなことを書きましたが今日は千葉山で楽しく走らせていただきました。

投稿: かわい | 2012年6月10日 (日) 21時16分

被災地を見学して来たようですね。お疲れさまでした。瓦礫の広域処理について、以前にも島田市を見学した時のことが書いてあったが「自分勝手民主主義」の立場から瓦礫の広域処理について、小生の見解を述べさせて頂く。
瓦礫の広域処理への疑問
今回の震災で、岩手、宮城、福島の3県で出た瓦礫は2,200万トン~2,400万トンと言われている。阪神淡路大震災で出た瓦礫は、兵庫県1県で2、000万トンであった。
昨年の11月1日の時点で震災がれきの撤去率(仮置き場への搬入率)は、90%に達していた。(宮城99%、岩手92%、福島55%―原発事故の影響で低くなっている)
今回、見学して気がついたと思うが、瓦礫は仮置き場に片付けられ、市街地は綺麗になっていたと思う。
政府が全国の自治体に処理を呼びかけている瓦礫の広域処理の数値目標は、3県の瓦礫2、200万トンの20%にあたる400万トンである。
瓦礫を積極的に受け入れる自治体が出て、仮に目標の半分を達成してもたかだか全体の10%しか処理が進まないことになる。また、仮置き場に集められた大量の瓦礫を全て処分すれば復興が一気に進むとも思えない。因みに阪神淡路大震災の瓦礫は兵庫県単独で3年で処分したようだ。兵庫県に比べ東北3県は広く、土地の余裕もある。阪神淡路大震災とほぼ同じ量の瓦礫が発生したのに(1県当たりにすれば兵庫県よりはるかに少ない)「大量の瓦礫が復興の妨げになる」といい、広域処理を強引に推し進めることは全く理解できない。
移転を含めた新しい街づくりに付随する土地の買い上げ、道路の整備、防潮堤の問題や被災した人の雇用創出など復興に関わる事柄が遅々と進まない政府の不手際を瓦礫に責任転嫁し、あわよくば広域処理に弾みをつけようとする作為を感じる。
大手新聞も瓦礫の山の写真を掲載し、あたかも街中に瓦礫の山があり、それが復興の妨げになっているようなキャンペーンをはり、瓦礫受け入れの環境整備に積極的に協力している。瓦礫受け入れに反対する者はまるで「非国民」のような扱いである。
地元に処理施設を作り、時間をかけて処理すれば地元にお金が落ち、雇用対策にもなるのではないかと考えるのはごく自然の道理だと考えている。(そのように要望した地元自治体もあったが聞き入れてもらえなかったようだ)
広域処理する場合、瓦礫1トンあたり5万円~6万円の処理費用がかかるといわれている。400万トンとして2、000億円~2、400億円が税金から支払われる。引き受ける場合は、処理施設も税金で面倒を見ようとまで言っている。(瓦礫を運ぶのに10トントラックが何台必要なのか?重量ではなく体積なので相当の台数―CO2の排出量もすごいでしょうに)
仮置き場から受け入れ先まで一環元請けしてやれる業者は、大手ゼネコン等限られたものである。これは、利権そのものである。貴兄が言うように「絆」などという美名の裏には薄汚い利権構造が潜んでいるのではないかと「へそ曲がりは」疑っている。
10年経っても自分の故郷に帰れない人がかなりいるということが今頃になって発表されたが、家を失い、職業も失い、長い期間帰れない人のために広域処理に投入する税金を役立てた方が被災した人の為になるのではないかと思う。
瓦礫を広域処理してはいけない理由
①空間線量の問題
<私達も瓦礫の線量を計測したのだが、0.05~0.07マイクロシーベルトに過ぎなかった。何のことはない静岡県の大気中の線量と変わらない。それでも偏執的な勝手主義者は、執拗な反対をあきらめてはいない。>
と貴兄はブログで書いたが、それは、大気中の放射線量が毎時何シーベルトかを計測する「空間線量計」で測った値である。
瓦礫の汚染度は、「どれだけ放射性物質を含有しているか」という1キロあたりの量を計測しなければ分からない、そしてその単位は「ベクレル」である。
空間線量計を近づけただけで物質の汚染度が計測できるならキャベツや鰹だって空間線量計で計測出来てしまう。それができれば、小売店でもスーパーでも消費者も誰一人苦労はしない。物質の汚染度は1万円程度で買える空間線量計では計測できないから苦労して「ベクレル測定所」まで食品を持って行って測ってもらっている訳である。従って、貴兄が「静岡の線量と同じだから瓦礫は安全であり、それに反対するのは変質的な勝手主義者」と断罪するのは如何なものかと思う。
島田市のコンテナの横で空間線量を測り安全宣言したのも同じことである。
また、現状の放射性物質の汚染調査はγ線がほとんどで、プルトニウムやストロンチウムの調査は殆どなされていない。福島から遠く離れた静岡のお茶からセシウムが出たことから考えても東北3県の瓦礫はそれなりに汚染していると考えるのが妥当である。
②放射性物質以外の毒性物質混入の危険性
瓦礫には、放射性物質以外にアスベスト、六価クロム、PCB、重金属等が混入している危険性があり、それなりの処理装置や償却装置を準備しないと汚染が拡散する危険性がある。
③原子力規制法と矛盾する、ダブルスタンダード(二重基準)
原子力規制法では、原子力施設内における放射性廃棄物の処置として、
放射性セシウム100ベクレル/Kgをクリアランスレベルと定めている。そして、それ以上の汚染物を放射性廃棄物と規定、資格を持つ取扱管理者以外がこれを移動することも、放射性廃棄物最終処分場以外に廃棄することも固く禁止している。
この基準は安全の観点から定められている。
瓦礫の広域処理について、環境省は焼却灰の埋め立て基準を、放射性セシウム8000/Kg以下に引き上げた。これは、明らかに原子力規制法と矛盾する。

投稿: 同世代の暇人 | 2012年6月12日 (火) 22時21分

暇人さんのご指摘、確かにそうかもしれませんね。

 でも、私はそれでも全国各地で少しずつ受け入れるべきだと思いますね。

                 山草人

投稿: 山草人 | 2012年6月12日 (火) 22時35分

 山草人様

 「百聞は一見にしかず」と言われています。ですから山草人さんの活動に心から敬意を表します。また羨ましい気持にもなっています。
 さて「瓦礫」問題ですが、現地での処理に限界があり、現地が現状に困窮していて、他所で容易に処理できるという3条件が確かであれば、政府の計画通りに「全国各地で少しずつ処分すれば良い」が妥当になります。つまり、山草人さんのご意見と同じになります。

 一方で、「同世代の暇人」さんは、「他所で容易に処理できることではない」と主張しています。その理由として、「処理に要する膨大な費用・時間の発生」、「輸送コスト」と「輸送に伴う膨大な排気炭酸ガス」を上げています。更に「阪神淡路と違って広い土地のある現地で本当に困窮しているはずがない。」と言うのです。極めて正当な主張と思います。しかし、残された「現地での処理に限界がある」という条件の問題解決には触れていません。それでは山草人さんが納得できる訳も無く、残念ながら両者は平行線を辿ることになります。

 私にはこの「現地での処理に限界がある」という前提が不思議でならないのです。私が推測するところでは「環境基準に合致した現地での処理施設による限界」ではないでしょうか。環境基準が想定しているのは間違いなく「通常状態・永久運転可能な処理」のハズです。東日本大震災のような「緊急事態・一時の対策」にそのまま当て嵌めるのが不思議なのです。マニュアルに書いてあることを計画実行するだけで、対象がマニュアルの前提条件と合致しているかを否か全くを考えない、という日本の悪しき慣習が露呈したとは考えられないでしょうか。これではロボットと言われてしまいます。
 私は、「緊急事態・一時の対策」においては、環境基準を大きく緩和した処理を実施すべきと考えています。
 その理由を焼却処理を対象に考えてみます。
 東日本大震災の折に、津波の後で各所で大火災が発生しました。おそらく、その地方の一年分といった大きな環境被害であったハズです。それは環境問題にされませんでした。おそらくは、一時の緊急事態であって人為的では無かったということなのでしょう。自然現象であろうと人為的であろうと、環境被害という側面では同じです。それならば被災後、速やかに避難させ延焼防止の策を施した上で火を放ち、「国際社会に自分の過失と言い切る」ことが、その地域の復興に大きな功績を残す英雄的行為ということになります。
 確かに、これは極論過ぎます。妥協して「一時的な処置として、その地域で簡易な焼却装置を必要なだけ設けて焼却処理する」ことが許容されてしかるべきです。
 そうすれば、上記自然火災や計画的放火よりも焼却時間が長くなり、かつ恒久的な焼却処理まではいかなくても有害物質の発生を減少できるので比較的に環境に優しいと、十分に合理的な説明が可能と考えます。
 上記の自然火災や人為的放火を仮定する際には、歴史を考えるのが有効です。
 最近では阪神淡路の大火災そして、古くは関東大震災の大火災という経験があります。それとの環境に対する影響の大小も考えて国際社会に訴えたいものです。

 また、瓦礫処理に関しても関東大震災から学べる事例があります。それは横浜港に隣接した山下公園という有名な臨海公園です。この公園は関東大震災で発生した周辺の瓦礫を埋め立てた跡なのです。つまり、瓦礫といえど知恵を出せば資源になるのです。
 残念ながら、現在の日本は現場に合わせて知恵を絞ることを忘れ、緊急時に役立たない平時用のマニュアルを適用しようと、無益な空回りをしているのではないでしょうか。是非とも皆の知識と経験を持ち寄り、知恵を出し合い議論して抜本的な打開策を講じて欲しいと願っています。そうすれば、両極端に割れた争いで進展しない現状を脱皮でき、世界から賞賛された絆を発展させる環境が整うと、夢見ています。
 そして、この投稿がその叩き台になって欲しいのです。

投稿: 米山 | 2012年6月29日 (金) 09時34分

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