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2012年6月 8日 (金)

田老の巨大堤防

岩手県宮古市に来ている。

新幹線で盛岡まで5時間、盛岡からバスで3時間余。

Cimg6989

都の市街に入るとあちこちに簡素な仮設住宅が目に入る。

さらに海に近くなると、崩落した鉄橋やら流された民家の跡が目立ってくる。

Cimg6988

バスの中から驚きの声を上げていたのだが、

田老の町に入って声も出なくなった。

Cimg6987

559戸のうち500戸が一瞬にして流され、半数以上が亡くなったのだ。

しかもこの地は、何度も繰り返し津波の被害にあってきた地だ。Cimg6980

だからこそ町は、万里の長城と言われるほどの高さ10.45mの巨大堤防を築き、

昭和41年には「津波防災の町」宣言までしていた。

その町が一瞬にして消え去ったのだ。Cimg6979

この巨大堤防が、チリ地震などいく度かの津波から津波を防いでくれた。

それが何時の間にか防潮堤への過信につながったのだろう。Cimg6985

町には山の高台に向かう避難路さえ完備させていた。

でも防潮堤の存在が、彼らを結果として避難させなかった。Cimg6975

そしてそこに、15m超の津波が押し寄せた。

X字型の右側港湾部の防潮堤は原型を留めないまでに破壊されていた。

その奥まった所に6階建てのホテルがポツンと残っていた。Cimg6977

このホテルも4階まで破壊されている。

ホテルの他はすべからく基礎部分の残骸しか残っていない。

大堤防の上に登って、被災者の一人のお話を伺った。Cimg6968

彼女も家族の何人かを亡くしているのだ。

話をしながら、彼女の目が赤く充血していくのが分かる。

私だって、言葉を失い目頭が熱くなっていく。Cimg6991

彼女の思いは「何故逃げなかったか」ということだ。

言うならば、堤防が恨めしいと言うことでもある。

誰が悪い訳でもない。

これが人間のやることなのだ。Cimg6992

その大堤防の上を高校生が走ってきた。

被災前と同じようにランニングするこの子達は希望だが、

Cimg6994

それが又、何とも言いようの無い・・・・・。

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コメント

 兄貴お疲れ様です。
私の行った岩手ですね。
 テレビ映像のスケールとの違いをご理解頂けたと思います。
 全体の被害人数や家屋被害等は、私達の東海地方を襲う地震の方が、近畿・四国・九州にまで、及ぶ訳ですから、私達の方が被害は、大きくなりますよ。
 直下型が起きる、御前崎周辺は、そこに立ち残る六階建のホテル位、古いものなら倒れるでしょうね。
 津波では、駿河湾や西伊豆、南伊豆では、岩手県を遥かに上回る被害でしょう。
 そんな地震・津波を受け止め生き抜かねばならないと言う事ですね。
 木造住宅は、4~5mの水位の水で、流れて行きますからね。
 沢山の仮説住宅が必要。
そんなのに頼らずとも瓦礫で家も立て泣き成らないかも知れません。
 ともかく生きてなきゃ、お役にも立てないですから。。。生き抜きましょう。
 どうか生き抜く知恵をレポート下さい。

投稿: ひろ | 2012年6月 8日 (金) 22時49分

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