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2012年6月19日 (火)

生きている時

「俺は今生きている!」って感じる時がありますか?

普通は日々の仕事や生活に追われて忙しく、

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何をしているのかも判らずに日々が過ぎていく。

あっと気付いた時には、余命幾ばくも無いなんてのが人生って訳だ。

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病気になって初めて健康の大切さを思うようなもので、

常日頃から「生きてる」なんてことは考えないものだね。

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それに目的に向かって歩んでいる人間と、無方向で彷徨っている人の差も大きい。

唯ひたすら時の流れに押し流されている人。

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不平やら不満やらを言い続けて一生終わる卑しい人もいる。

このブログにだって、およそ下劣なコメントを書き続けているFと言う人間がいる。

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エログロと同じて、毎度削除するのが楽しみになっている。

どうでもいいが、Fと言う人間は閻魔大王の前で何と言い訳するのかな?

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多分、誰からも相手にされない寂しい人なんだろうな。

ともあれ「生きてるっ」て時間は、準備万端助走してジャンプするその時だろう。

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悩みながらだって、懸命に前に向かって進んでりゃその時は必ず来る。

感動の涙を思いっきり流す時がね。

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安易な生き方をしていて、その吐け口を他人に向ける人間は最低さね。

ところで、私の「生きている時間」について書かねばなるまい。

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先ずは丹精して育てた作物の成長を見る時かな。

半年かけて育ててきたブドウが、今色づき始めている。

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収穫をする時よりも感動的な毎日だ。

ゴーヤのトンネルも徐々に育っていて、二つ三つ花を咲かせ大きくなり始めている。

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オクラもサツマイモもズッキーニも生姜も・・・みんな生きている。

心の部分では、精魂込めて走ってきてゴール前の一時が最高だね。

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「今、俺がゴールするんだ!」ってね。

一つの交響曲の最終章の感動だ。

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それにも増して感動的なのは人との出会いだ。

日々、いろ~んな人々と出会ってきた。

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詰まらない出会いは数少なくって、大抵は生きる栄養を沢山持っている人だ。

それも、お互いに励まし合える関係が良い。

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そういう意味じゃ、走る仲間に悪い人はいないな。

隠岐でも、初対面だけど再会を誓った人が何人かいる。

人は、「生きている時」のために生きているのだ。

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コメント

平凡だけれど孫たちが騒がしく走り回っているのを眺めて一段落したとき、「あぁいいなー!」
「これがプチ幸せかなー」と思う自分がいます。
子育てのころは余裕がなくそんな気持ちにはなれなかったが今は感じます。
そんなときですかねー、生きていると感じるのは。
みなさんはどうだろう?

投稿: かわい | 2012年6月19日 (火) 20時00分

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