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2012年7月 7日 (土)

ものぐさの今昔

今日は七夕だが、本来は旧暦の筈だから8月24日の行事だ。

この梅雨空に彦星を探せと言うのには無理がある。

Cimg7218

ともあれ子供の頃は、竹を切りだして短冊に墨書するのが習いだった。

里芋の葉の上の朝露を集めて墨を擦る。

その清らかな墨で短冊に願い事を書くのだ。Cimg7214

今時、そんな風習も幼稚園の行事に名残を止めるくらいになってしまった。

だが7月7日は極めて分かり易く、色々な行事が行われる。

今日は青少年の健全育成キャンペーンで駆り出された。Cimg7217

記念の品を配ったりするのだが、果たしてそのことにどれだけ意味があるのか疑問だ。

もっと大人のやるべきことがあると思うのだが・・・・。

話しの角度が変わるが、「私は人と違って、年を取らないんじゃないか。」って思っている。Cimg7215

老眼を除けば肉体的な衰えは更々感じないし、

時間に拘束されることも無くなって、精神的なゆとりだって無限に広がっている。

残された未来には、夕焼けのどころか曙の輝きすら感じているのだ。Cimg7219

定年と言う仕事からの解放は、多くの場合人を無気力にさせてしまう。

何もすることがないのが習慣になって、やがて何をするのも億劫になるのだ。

そしてすべてのことに興味を失い、自分の人生すら否定するようになる。Cimg6638

多くの人が産業廃棄物に化していく所以だ。

そうならないためには、熟年者は熟年者なりの仕事をつくることだ。

思うに私は、そんな仕事を創り過ぎて息つく暇もなく動いている。Cimg7151

と言うよりも、ものぐさだった私がその真逆の反動を楽しんでいる訳だ。

人と会い語らい、そして呼びかけ、体中に汗して走り、時に神妙に考える。

更には、そのことが人の役に幾何か立てている実感は尚更である。Cimg7121

二度と、ものぐさにはなるまい。

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