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2012年8月12日 (日)

自分の外側へ

寺施餓鬼の他用事がないなんて久しぶりのことだ。

村内を除けば盆供もあまり数多くはない。

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暫く盆休みが出来そうだが、午前中は蒸風呂の中を走る。

用事のない時には、まったく自由で孤独をこよなく愛している。

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走っている時、そしてPCに向かっている時、農作業の最中、私は一人になる。

寺施餓鬼の今日、寺に集まった人々の顔を見ながら思った。

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この人達は、大部分が孤独の大切さを知らない人たちだと。

多分孤独を知らない人は、外の社会に向かって働きかけられない人だ。

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ひたすらに恋願って微かな人との接点を求めている。

歳を経ても自己を確立できていないのだ。

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それで多くが、一人TVの前でバカバカしい映像で自分をなぐさめている。

元掛川市長の榛村純一さんが、「一人一芸・一スポーツ一ボランテイア」と言っている。

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豊かな人生の為には確かにその通りだが、私には残念ながら一芸がない。

芸は身を助くと言うから、何か・・とは思うが実現していない。

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だがその分、自分の出来ることを精一杯やろうと思っている。

内に籠るのは、自分と戯れる一人の時だけで良い。

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外に向かって生きなければ、その存在は無に等しい。

それがボランティアだろうが何だろうが、

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自分が生きてるって証拠を外に向かって示そうよ。

ぐだぐだと、屁理屈や愚痴を言うのは止めよう !

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