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2013年2月28日 (木)

本宮山へ

本宮さんは豊橋の北部にある砥鹿神社の奥宮である。

標高789mで麓から山頂までの距離は4.1km程でしかない。

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その4,1kmに道標があって、一丁目から50丁目の奥宮まで続いている。

かなりの急こう配の石段が続くんだが、ここは何時も登山客が多い。

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山頂近くに健脚(あらはばき)神社ってのがあって、

足腰の強くなる神様が祭られている。

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その為かどうか、平均すれば70歳くらいの方々が群れを成して登っていく。

登り下りお互いに知り合いが多いらしくって、途中でのおしゃべりも楽しそうだ。

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山頂に着いて北を望むと、雪に覆われた御嶽山が見えた。

786mの頂上に石が積み上がっている。

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いつの事か、この本宮山と東に位置する石巻山が背比べをしたんだそうな。

すると、まさにぴったりと同じ背丈だったそうな。

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それで、少しでも高くなりたいって言うんで、

石を持って登山した人には福があると伝わるようになった。

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逆に、石を持ち去る登山者は怪我をするんだとか…。

と言う訳で、現在の本宮山の標高は789,4m位?かな。

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山頂の直ぐ下の陽だまりから声がする。

行ってみると、大勢が座ってラーメンを食べていた。

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毎日登ってきて、ここで昼を食べて過ごすんだそうだ。

足腰を鍛え、なおかつ仲間の輪を広げているサロンだ。

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豊橋・豊川の人たちにとって、本宮山は健康づくりの山だな。

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豊橋のランナーのホームコースでもあり、KAZUKAWAさんも時々走っている。

流石にキツイコースだけど、走り終わると気持ちがいいね。

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時には、雪に覆われることもあるんだとか。

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2013年2月27日 (水)

人のなかみ

先日このブログをお読みになった方が「随分とイメージが違いますね」とおっしゃる。

日頃静かであまり自己主張しない男が、ストレートな意見を書いていると言うのだ。

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常日頃は、猫を冠っているなんてことは無い。

だけど欧米人のように、更々自己をPRする必要もないと思っている。

私は虚勢を張る手合は嫌いだし、中味のない人間だと思っている。

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謙譲こそが美徳であり、慢心はその人間の後退の始まりだと心している。

とまれ日本人一般の性向として、

相手の出方次第で自分の位置や行動を決めていく習性がある。

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この小さな島に群れて住んでいる故に習性となった処世術だ。

狭い日本だが、精神異常者は別にしても、実に様々な人が住んでいる。

中には想像を絶する人もいる訳で、君子危うきに近寄らずってこともある。

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だから目の前にいる人間を瞬時に見極めて、自らの対応を決めてきた。

そりゃ、チンパンジーだって顔色を伺うらしいから、

いわんや人間をやだろう。

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ところで、文章表現である。

短いブログの文章の中で意を表したい。

俄然、ストレートな表現にならざるを得ないのだ。

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人は見た目でかなり識別できるが、本当は深く付き合って見ないと分からない。

美女は内面もさぞやと思いがちだが、さてこそ如何であろうか。

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我が女房殿などは、外見はともかくいたく心優しいのだから。

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2013年2月26日 (火)

ちょっと嬉し

小学生から絵手紙が届いた。

「寒い日も、毎日見守ってくれてありがとう。

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ちょっと休めばと思います。風邪をひかないでください。」とある。

今朝もグッと冷えたけど、風はない。

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子供達を見送ってから、小笠山に向かう。

山は風が無ければ静かで、むしろ温かい。

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そのウバメガシのそま道を、淡々と走っていく。

すると樫の木の根元が石で埋められている。

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誰かが、走り良かろうと工作したんだろう。

皆が思い思いに、このランニングコースを大切にしているんだ。

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コースの中ほどにある梅の木が、やっと花を咲かせている。

もうかれこれ一か月、この梅を木を未だかまだかと見上げてきた。

この山にもやっと春が来る、そんな思いである。

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厳しい冷え込みの続いた今冬だが、平均気温が5度を超えると草木が動き出す。

既にこの春前線は、半月前に通過している。

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適度な雨もあって、田畑は雑草で緑かがり始めている。

あと20日余りでコブシが咲き、ブドウも芽吹くだろう。

そのブドウには、たっぷりの堆肥を施し終えた。

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あっ、我が家のカワヅザクラだけど、未だグッと開花をこらえているぞッ。

その開花エネルギーを貯め込んだ蕾は、今にも爆発しそうだ。

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2013年2月25日 (月)

余所行き

世の中全体がカジュアルになって、この言葉も死語の仲間になりつつある。

サンダル履きの普段着でどこにも出かけてしまうし、既に一張羅も無くなった。

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先日の中学の授業参観だって、着飾った女性は終ぞ見かけなんだ。

何処に行くにしても、余所行きと言う感覚がなくなっているらしい。

物の豊かさが個性の多様化をもたらし、格好でひけ目を負うってことがない。

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それに車で移動することが多くなって、ラフな格好を助長・自然にしている。

それが普通になって、どこに出かけるにも頓着しないようになった。

そんなこんなで、着る物が一層カジュアルになったんだろう。

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それは結構なことだが、一面で外の世界に対する心構えを曖昧にしている。

敷居の外には7人の敵・・・とか、郷関をい出れば・・なんて気負いも大時代になった。

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だがどうだろうか、何もかも自由が良いことなのかどうか。

物事にメリハリが無くなって、場合よっては傍若無人がまかり通る。

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特に近年の個人主義の横行はその典型だろう。

たかが衣装だけど、社会と個人の有り様を示しているのだ。

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食べ物でも、メタボの増加は毎日「晴れ」の食事をしているからだ。

結果として私達から、たまのご馳走と言う喜びを無くしてしまった。

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飽食や過度な自由は、非常識や無作法、自分への甘えを誘う。

だけど何でもありでは、この社会はもたないだろうな~。

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2013年2月24日 (日)

年齢

還暦を過ぎてから、時の経過が一段と加速したようである。

昨日の福祉大会でお会いした民生委員の方が、「もう、三年だ!!」と言う。

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そう言われてみれば、3年前の転身の顛末を知っていたから、

私も実感として「あれは、つい先日の事でしたね」と答えていた。Cimg9882

三年と言う月日が凝縮して一瞬に剥落したかのような感であった。

とまれ、歳と共にその取り巻く環境も変わっていく。

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今から子育てをする訳でもなく、働かなければ生活に困窮する訳でもない。

男が背負っていた荷物は、あらかた下したのである。

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問題は、身軽になってさあどうするのかと言うこと。

先週、何時もの床屋に行くと、そこに同窓の男がいた。

毎日、床屋に来て一時を過ごすのだと言う。Cimg9886

そして彼が「忙しいのか?」と羨ましげに聞くのである。

彼は昨年春までとある団体の管理者として、実に多忙な生活を送っていた男だ。

そして今、毎日やることがない !Cimg9879

還暦過ぎとは言え、季節に例えればせいぜい晩秋だろう。Cimg9885

葉を落とし始めてはいても枯れ木になっている訳ではない。

今から花を咲かすのは無理としても、どっしりとした幹と体躯がある。Cimg9884

それに、クリスマスも正月もこれから迎えなければならない。

改めて人生のスタート地点に立ち返っても良いではないか。

さすれば、世のため人のためやることは山ほどある。

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歳をとればとるほど、伊達に馬齢を重ねてはなるまい。

年齢相応の命を、精一杯燃焼をさせたい。

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2013年2月23日 (土)

縁を縁と・・

人と人の縁は、主に地縁・血縁・社縁の三種類に大別されるらしい。

だけど近年、その何れもが著しく希薄化している。

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社縁は、企業の一員としてタッグを組んでいれば兎も角、

退社してしまえば途端に付き合いは消えて行ってしまう。

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共通の利害関係で結ばれた一時の縁なのかも知れない。

頼りの血縁だが、遠隔地に住むことが多くなって、日常の縁にはとても頼りない。

最後に残る地縁だが、これも近所に住んでることが余り意味を持たなくなった。Cimg9857

孤立死の増加は、その地縁の揺らぎを象徴している。

働く場所(拠点)がそれぞれで、自衛消防すら維持できない。

地域の力がどんどん弱まっているのだ。Cimg9856

かてて加えて、利己主義と無責任の横行である。

このブログに悪戯書を続ける藤城とか不二山と称すような輩だ。

いずれにしても、この十年で高齢者だけが住む世帯は倍増した。Cimg9862

これからは、むしろ高齢者世帯が普通になってしまうだろう。

当然ながら、ゴミ出しにも買い物にも困ることになる。

それに家庭内孤独ってのも増えている。

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年寄りは、食事も洗濯も別にされて・・・・

話し相手すらない一人ぼっち社会がすぐそこに来ているのだ。

私の町では、新聞配達やヤクルト配達の皆さんが通報ボラを勝って出ている。

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過去三年間に「変だな」の通報が21件、その内7件で命が救われている。

地域福祉ってのは、他人ごとじゃないんだな。

無縁社会を打破するのは、TVの前の産業廃棄物となるんじゃなくって、

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地域の為に何がしかの社会貢献をすることから始まる。

人は、人の為に生きているのだから。

縁を縁としないのが鈍才、縁を縁とするのが普通人、

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そして才人は縁無きを縁とすると言う。

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2013年2月22日 (金)

人生ゲーム

仮に平凡な人生だとしても、それは生涯を通じた壮大なゲームだと思う。

その主演プレーヤーの自分の姿は、あなたにはどの様に見えますか?

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私の若い頃は、とてもこのゲームには生き残れないって考えていた。

人前で話すことも儘ならず、頭の回転だって超スローモー。

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それに、これと言って取り柄のない小心者だから、

自分でありながら、とてものこと好きにはなれなかった。

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それで何時も、運動神経が良くて格好の良い他のプレーヤーが羨ましくてたまらなかった。

そんな劣等感の固まりでだったけど、何処かで自分の得意を捜し求めていた。

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人と同じ土俵じゃ負けるから、人のやらないことをやりたかった。

「書く」ってことは、そんな気分から始まったのかも知れない。

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書くためには一人で考えなきゃいかんし、それに行動も必要だ。

さらに思いを活字にして人前に晒すってことは、結構度胸の要ることでもある。

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特に役所の中では尚更だが、私は敢てそのリスクをとり続けてきた。

最初は様々なリアクションにさらされたが、それも何時の間にか当たり前になった。

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当然ながら、書くことは考え創造することであり、精神を集中させる練磨にもなった。

時の経つのは早いもので、かれこれ四半世紀に渡ってあれこれと書いてきた。

書き残したものは私のゲームの記録であり、時には未知の自分との出会いでもあった。

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このブログも毎日書いてきて、今月で2,500日目を迎える。

そして色々と書くことを続けてきたから、今の自分があるのだと思う。

しこうして、これからどんな自分と出会えるのか、

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ゲームの結末は果たして如何なるものか見極めようと思っている。

ゲームは、より楽しまなくっちゃね。

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2013年2月21日 (木)

啐(そっ)啄

ソッタクの啐とは殻の中から雛が突く音、そして啄とは母鳥のそれを促す突きだ。

母鳥のツツキは早すぎては卵を壊してしまうし、

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突かなければ雛は自力で殻を破れないかもしれない。

正に、命を生み出すための「啐啄同時」が求められる。

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学校の校舎正面に「啐啄」と記した彫刻がある。

今日は中学校協議会に出席したのだが、

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授業参観から懇談まで、この啐啄の意味深さを考えていた。

実は、昨年の春から中学校は荒れるに荒れた。

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14人程の悪餓鬼が徒党を組んで授業妨害やら暴力行為に及んでいた。

私達自治会は、これに対して毎日十数人を交代で学校に送り込んだ。

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その時私は自治会の役員の皆さんに、

「どんな悪餓鬼だとしても、地域を敵に回しては生きられない。

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だから皆の力で学校を守ろう・・」と呼びかけた。

その意気込みや先生方の必死の努力もあって、9月以降学校は急速に変わっていった。

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結果として悪グループは解消し、その多くが真面な道を歩き出している。

「一時の麻疹さ」と言うのは容易いが、危うく成人前の若人を駄目にするところだったのだ。Cimg9853

学校の授業風景も校内の雰囲気も、昨年春とは比較にならない位落ち着いている。

楽しげな生徒と先生のやり取りを見ながら、安堵の思いがあふれた。

子育ては、基本的に幼児期の親の対応で決まってしまう。

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誰にだって欠点もあれば良い所だってある。

親がその子の存在やその価値を、

罵倒することなくちゃんと認めてやることだ。

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正に、そのことが「啄」だね。

後は、子供が自分で卵の殻を破って這い出てくる。

それを親は優しく見守ってやりゃ良いのさ。

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2013年2月20日 (水)

落丁

「人生は、落丁の多い本に似ている。」と言ったのは芥川龍之介だ。

近頃の本に落丁などを見つけたためしはないが、

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会議資料などでは、時たま丁落ちなんてことがある。

それにしても、人生は本一冊よりも遥かに多彩な筈だから比べようもなかろう。

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実際に筋書きのないドラマの連続だし、落丁どころではないと思うのだ。

とは言え、調子よく酒を飲んで記憶が剥落ってなことが無い訳でもない。

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それに人生には、目標を見失って支離滅裂になることだって一度や二度はあるだろう。

先日同窓会の集まりがあって、認知症が話題になった。

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「A型の律儀な人ほど認知症になり易い。」とか「私は、いい加減だから大丈夫」だとか。

まあ、ノー天気で気楽に暮らしてる人は、始めっから認知的で…etc

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そんな話を聞きながら、6年前に死んだ父のことを考えていた。

父は、最期まで比較的しっかりしていた。

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だけど入退院を繰り返し、亡くなる前6か月位からは流石に錯乱が見えた。

人間は、自分が消えてなくなると言う恐怖から、

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日毎にその日常の輪郭をぼやかしていくのかも知れない。

つまり認知は、縋り付くものとてない死の恐怖からの逃避の一種なんだろう。

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個体差はあっても医学的には、

長生きすれば誰だって脳細胞の劣化で老人性痴呆になるらしい。

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私は断然ピンピンころり派だから、自分が落丁するようになるまいと思っている。

それに、落丁のまま何時までも生かされるのは御免蒙りたいな~。

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2013年2月19日 (火)

やがて春

昨日来、冷たい雨が降っている。

買っておいた種馬鈴薯の箱を開けると、5cmもの芽が林立していた。

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それでこの数日、慌てて畑を耕し種芋を伏せたところだ。

昨日来の冷たい雨も慈雨。

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ホッとすると同時に、早くも芽生えを待つ気になっている。

馬鈴薯の芽は、桜の咲く頃に出るのが良いと言う。

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霜を嫌うからだが、桜の今年の開花予想は3月20日頃からとのこと。

それよりも、かなり早く芽を出すかもしれない。

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ともあれ、梅の開花が始まり、カンザクラは既に満開だと言う。

それに我が家のカワズザクラも、咲きたくってウズウズしているように見える。

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良く見ると数輪が咲いて冷たい雨に濡れていた。

日長も冬至から既に一時間半は長くなっている。

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春は、もうそこまで来ているのだ。

ところで、何故か歳と共により一層春が待ち遠しくなったような気がする。

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子供達が頬を赤らめて西風に向かって登校するのも好きだ。

寒さが殊更嫌いな訳じゃない。

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凛とした寒さの中を疾走するのも爽快だ。

それでもなお、あの桜の咲き誇る頃の開放感は楽しい。

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いずれ人は死ぬ。

咲き誇る桜は、その死を予感させるのだと言う。

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自分の生きていることの意義を、桜は毎年毎年その人の心に問い掛けるからだろうか。

いずれにしても、もうすぐ桜が咲く。

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自分は、次の世代の種芋と成り得ているのかどうか、

自分が何の役に立てているのか、改めて花と向き合おうと思っている。

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2013年2月18日 (月)

あ~ぁ 自治会

今日は朝から会議続きで、3つの会議を乗り切った。

午前は連合会の三役会議、午後は地区長の集まる理事会である。

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そしてその後は、支部地区長会となった。

私の街には304の自治会がある。

そして毎年、その自治会の役員の8割は入れ替わってしまう。

個々の自治会にすれば、回り番とか年代順送りとか色々な都合があってのことだ。

しかし会長を引き受けて一年は、次々と出てくる課題を熟すのに精一杯だ。Cimg9821

こうしたら良かろうとかなどと考え始めるのは、もう任期切れの頃になってしまう。

然して、自治会は足踏みばかりを続けている。

それに女性の登用と言う意味でも、最も遅れているのが自治会だ。

女性自治会長の登場は極まれなことで、そもそも選考対象に入っていない所が多い。Cimg9823

と言う訳で、自治会を改革していくのは容易ではない。

一方、高齢世帯の増加など地域の環境はどんどん変わっていく。

独居老人世帯に自治会費を満額負担させるのか如何なものか?

それに徴収した自治会費に見合うサービスを自治会は果たし得ているのかどうか。Cimg9822

基本的にボランティアで成り立つ自治会だけど、今様々な課題に直面している。

防犯活動、地域福祉づくり、防災対策への取り組み、環境美化へのアプローチ、

かつての村十部とは違うが、背負っている課題は多い。

しかも、地域の構成員の合意のもとに進めなければならない。Cimg9179

しかるに、どの地域にも天邪鬼はいる。

右と言えば、面白がって左を主張する輩だ。

このブログにも馬鹿な書き込み(見付け次第削除)をする下品な輩がいる。

そんな形での自己顕示しか出来ない低劣な男がどこにもいるものだ。Cimg9225

それを纏めて少しでも自治会を前進させるには指導者が必要だ。

しかも指導者を得たとしても、一年で出来ることはたかが知れている。

せめて自治会長の任期を2年にしたいと思っている。

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2013年2月17日 (日)

時代の好み

俗に政治の世界で「風が吹く」などと言われるようになった。

選挙民は気ままなもので、その時々の感性で動く。

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感性の民意は多くが納得するところだが、当然間違いもある。

それは時代が民意を操るからだ。

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この春から市長・市議・参議院・知事など各種の選挙が続く。

当然ながら4年前の揺り戻しがあるだろうし、

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その俎板に乗っている候補にすれば、これ程不安なことはない。

民主主義の象徴の様な選挙だけど、

果たして選挙民はどれ程の見識で投票行動しているだろうか。Cimg9791

好きか嫌いか、顔が良いか悪いか、伝え聞く評判など、

その判断基準は、およそ頼りない物なんじゃないか。

それ以前に、市政や国政にどれ程の関心を持っているのかと言うことだ。Cimg9792

衆愚政治の最たるものが3年数か月前の選挙だった。

結果として、国民もこの国も大きなダメージを蒙ったのだが、

過ぎ去ってしまえば、それは時代の為せる技と言うことになる。Cimg9794

民主主義制度の成否は、選挙民の熟度で決まる。

さりながら、市長や市議を何の尺度で選べばよいのか。

知っているから?  誰かに勧められたからか? Cimg9716

選挙で果たして何が変わるのかとの思いと共に、この制度の限界も感じる。

はてさて、何時の世も時代を上手く泳ぐ人はいる。

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2013年2月16日 (土)

希望と言う名の・・

それが恋ならば、・・♪あなたを訪ねて・・♪・・となるだろう。

人は、希望があれば元気になれる。

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そして希望は、自らの存在を認められることから始まる。

子供なら親に認められ、成人してからは企業や社会に認められたく思う。

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親のまね、先輩の真似をして人は育っていく。

この3年数ヵ月の政治の機能不全の結果としての超円高で、

私達の希望も消えかけていた。

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「コンクリートから人へ」は如何にも聞こえは良かったが、

これは只のバラまきで、政策にもならない低劣な代物だった。

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しかし政権交代で、やっと先々に希望の火が灯ろうとしている。

ともあれ、子供達の希望をどう育むかは大きな課題だ。

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ともすれば、進学競争に追い込んで満足し、本当の育みを忘れていないか。

今毎年、就職できなかったことを苦に学卒生50人前後が自殺している。

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自分の価値が否定され、希望が断たれたと考えるからだ。

今日、教育講演会で竹内和夫さんの話を伺った。

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竹内さんは、幼い時の(家族との)「暮らしの時間」が人間性を育むのだと言う。

彼は、その育みのきっかけとして「弁当の日」を推奨してきた。

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子供が自分の手ですべてをマネージメントして弁当を作る。

そのことが自己を肯定的にし、創造力や感性、

人に喜ばれることの発見につながる。

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たかがお弁当づくりだけど、その経験が生涯の食生活まで変えてしまう。

やはり子育ては、政府が金を配ることで出来るものではない。

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小さなことの積み重ねが生きる価値を育む、

親はその環境を作ってやるだけで良いのだ。

子供にとって必要なのは、希望であれこそ金ではないのだ。

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2013年2月15日 (金)

私の走り道

この20年間、随分色んな所を走ってきた。

山中のそま道や歴史の古道、海沿いや島の道、そして街道などだ。

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それは100kmマラソンであり、マラニック〔マラソン+ピクニック〕だった。

殊に、道はまだ見ぬ処女道がいい。

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進めば進む度に新しい景色が広がってくる。

馬頭観音や句碑を見付けたり、小さな滝やセセラギ、大木や大岩との遭遇も印象的だ。

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特に古道や街道には歴史の出来事が浸み込んでいる。

伊賀を走れば、荒木叉右衛門や柳生十兵衛が忽然と現れるような気がする。

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姫街道を辿りながら、一里塚に難儀の多かった江戸期の旅を思うし、

丹後なら明智光秀の攻略戦、細川ガラシャや常盤御前の数奇な運命を考える。

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宮古島を巡れば、キビの葉揺れる南国情緒と青い海を満喫させてくれる。

隠岐島では、江戸期の日本海航路と島の暮らし、島人の温かさに触れ合える。

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私の道は、車や電車ではなくって、自分の足で味わう道だ。

その道すがら、90歳にもなろうかと言う老婆に「頑張れ!」と励まされたり、

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村ぐるみの歓迎に出会ったりもする。

定年後、全国縦断の走り旅に出た人のニュースに接したりすると、我もと気持ちが動く。

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しかし、数か月間もそこに全てを集中させるのは至難の業だ。

でもまあ、人生の旅路には飛行機も車も無いんだからと慰めている。

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そうさ、人生も一歩一歩の旅だからね。

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2013年2月14日 (木)

廃梅園

日長がかなり伸びてきて、梅花の便りがちらほら聞かれる。

だが、どこの梅まつりも未だ疎らな開花でしかない。

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静岡に出かけた帰り、宇津野谷峠の手前で山が色付いているのに気付いた。

昨年廃園になった丸子梅園である。

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あのトロロ汁で有名な丁子屋に車を止めてしばし眺めていると、中から人が出てくる。

良く見ると「どうぞ、中でご覧ください」と書いてある。

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で遠慮なく入ってみると、往年の梅園のままに見事に紅白が咲揃っていた。

それに、あの梅の花の匂いが溢れ、もう十分な春を漂わせていた。

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廃園だからさぞかし雑草が・・と思いきや、いやいやどうして観賞に耐える佇まいだ。

この梅園は、中国の珍種を含めて多くの梅の種類が揃っていることで有名だった。

それに山裾の陽だまりだから、一番先に春を感じさせてくれた。

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その梅園が、園主の高齢化を理由に突然廃園となったのだ。

確か80歳くらいの方だと思ったが、何とか存続の方法が無かったのかどうか・・?

静岡市の観光も、この廃園はかなりの痛手ではなかったか。

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ともあれ、今日で五分咲き位だろうか。

何年か前この園を訪れ、緋毛氈の上で美味しいお茶を頂いたことがある。

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確か、一昨年亡くなったD学産業のS社長と一緒だった。

時の流れは、自分の足跡をも目くるめく押し流していく。Cimg9796

梅花は、あの時と少しも変わらずに早春を知らせていた。

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2013年2月13日 (水)

持ち時間

冬の夜空は澄み渡って寒いけど、星々が瞬いて綺麗に見える。

その星の輝きは、実は何万年も何十万年も昔の光なのだ。

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この地球という小さな星に届くのに、それだけの時間を要している。

かく言う程に、時間は長大なスケールで無限に流れている。

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しかるに、地球の表面に細菌のように繁殖している私達にとって、

その一人ひとりの持ち時間は極限られたものでしかない。

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誕生から死に至るまでの細やかな間が持ち時間だ。

大宇宙の時間からは、阿吽の余地すらもない。

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でも私達はその刹那に、泣き笑い喜び悲しみのすべてを盛り込んで生きている。

僅かな持ち時間だとしても、時は流れている。

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そして私達は、その持ち時間の中を時と共に移動し続けている。

果たして、時間切れまでにどこまで行き着けるものか?

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天井天下唯我独尊、喜怒哀楽の旅路である。

その喜怒哀楽だって、時が作り出しているものかも知れない。

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気が変わるんじゃなくって、時が気を変えるのだ。

人それぞれの持ち時間である。

私達の生自体にさしたる意味がある訳でもない。

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しかしそれでも、それなりの納得の時間でありたい。

「点滴、石をうがつ」は無理としても、精一杯の生でありたい。

このブログも、もうすぐ2,500日目を迎える。

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あなたは、残りの持ち時間をどう使いますか?

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2013年2月12日 (火)

晩秋の稔り

Hou  do  we  go about finding the useful life ?

定年後の男には、何時もこの言葉が必要だと思っている。

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気持ちは青年だとしても・・、季節に例えれば自分の年頃は冬には未だ間がある。

だけど、そろそろ晩秋に差し掛かっているかな~とも感じてる。

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晩秋ってのは空気も澄んで、夕日が一番美しくなる季節だ。

それにあちこちに、熟れた柿や蜜柑がまだ稔っている。

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その稔りを、しっかりとモノに出来るか否かが私の年代の課題だろう。

ともすれば安穏に過ごすあまり、ヒヨドリの啄むままにしてしまうかも知れない。

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はたまた、猪や猿達の飢えを満たしてやるという選択もある。

しかし、半世紀以上かけて稔らせた果実だ。

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ここは世のため人のため、しっかりと収穫するメリハリが必要だろう。

これまで伊達に生きてきた訳じゃない。

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波瀾万丈、時代と共に刻んできた年輪は、まだまだ使いようがあるんだ。

団塊の世代の諸君、濡れ落ち葉にも糸の切れた凧にも決してなるな !!

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そうしてdead leavesは供給しても、 rotting woodには決してなるまい。

この晩秋にこそ、有終の美を演出しようではないか。

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それが出来た暁にこそ、炬燵に入れば良かろう。

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2013年2月11日 (月)

時の道

私達は時の旅人である。

忙しい日々を送りつつも、麗しい未来を求めて旅している。

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今日は、ほぼ三カ月ぶりに葡萄の樹に灌水した。

眠っている彼らに春の近いことを知らせるためだ。

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ハウスの外を見ると、河津サクラの花芽が大きく膨らんでいる。

もう10日程で、彼らも咲き始めるだろう。

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サクラの花もブドウの新芽も、もう何年も見続けている。

そういう年々歳々の繰り返しが人生であり、自然もその一部なのである。

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人は歳と共に未来が見えるようになるんだそうだ。

未来が見えるからこそ現在の価値が分かるようになるんだと…。

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逆に若者には、未来なんて見えるはずもない。

だから必要以上に不安になったり、悩んだりもする。

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人が時を旅している以上、未来も結局は現在になる。

時の道を曲がる度に少しずつ景色は変わるけど、自分自身は何も変わってはいない。

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多分来年も再来年も、桜の花を愛でブドウを育てる自分の姿があるだろう。

時の旅人は、黙々と先を目指すだけだ。

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旅の途中に道標を見いだせれば、それはとてもmarvelousなことである。

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2013年2月10日 (日)

清水いいとこマラ

今日は、清水の素晴らしい所をすべて回るマラニックです。

清水駅に集まったのは、股旅姿の9人を含め55人。

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白いドレスを装った富士山が皆を見下ろしている。

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このコースは清水駅前をスタートして、

清水港~エスパルスプラザから次郎長通りへ。

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次郎長の生家を過ぎると、

今度はエスパルススタジアムの脇を日本平に登っていきます。

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有度山は標高308mだけど、ここからの清水港越の富士がまた絶景なのだ。

日本平からはロープウエイで久能山に渡ります。

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とは言え、国宝指定以来ロープウエイは満員続きで、

ここで30分程寒さに震えて待たされた。

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東照宮から石段を駆け下って石垣イチゴの広がる三保街道へ。

今度は駿河湾を右に見て三保に向かう。

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静かな駿河湾の広がりの先には伊豆半島、その先には富士山が見える。

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その海岸をずぅ~っと三保半島の突端まで進む。

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その三保の松原の茶屋で昼食の小休止だ。

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もちろん、松原を眺めながらのおでんにビールである。

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マラニックはさらに続いて、三保半島をグルッと回って清水港の内側へ。

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三保電鉄の線路跡を辿って清水に向かう。

途中に鉄舟寺があって、そこがチェックポイントでもある。

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この寺は元々は久能山東照宮の位置にあった寺だ。

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今川義元が駿府に進出した折、城にすると言うんで移転させられた。

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荒れ果てていたこの寺を再建したのが、維新直後の山岡鉄舟だった。

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鉄舟は江戸城明け渡しでも西郷と駿府で渡り合っている。

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ともあれ鉄舟寺を過ぎれば草薙の湯まで4km余である。

因みに草薙とは、日本武尊が東征の折火攻めを剣で払って難を逃れたと言う地だ。

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ゆっくりとその湯に浸かって、仲間とワイワイと歓談する。

要するに、楽しいこと一杯のマラニックなのだ。

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かくして、今日も一日楽しむことが出来た。

みなさん、有難う。

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2013年2月 9日 (土)

春待つ里山の一時

今朝は凛と冷えて、厚い氷が張っていた。

しかし山は無風で、走れば直に体がほてってくる。

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未だかまだかと待っている走路沿いの梅の木に、チラホラと花が見えるようになった。

だが、咲揃うには未だ10日ほども掛ろうか?

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それよりも、寒椿が咲き誇ってこの時期に相応しい。

この小笠山にはもう20年も通っている。

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近頃になってハイカーやマウンテンバイクの若者が入ってくるようになった。

この身近な里山は、もっともっと活用されるべきだろう。

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春夏秋冬、それぞれの趣も少しずつ異なって飽くことがない。

今朝は珍しく霜柱があちこちに出来て、それを踏みながらのランニングだ。

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バイクの若者たちは律儀に、「ランナーがきま~す。」と大声で仲間に伝えて、

その度に自転車を降りて私達を先に通してくれる。

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鳥の声も無く、静かな山に自分の足音だけがある。

木々もシダ達もこの寒さにじっと耐えて、春を待っている。

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いやいや、この山に住む猪や狸、コジュケイも同じことだろう。

山の裾野に広がる茶畑では「芽肥」の散布が始まっている。

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お茶の樹も、既にしっかりと新芽を育てているのだ。

そして何よりも、春とランシーズン到来を待つのは私達なのだ。

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2013年2月 8日 (金)

トントンとんからりの・・

・・となり組ってのは、辛うじて葬式に名残を止めるだけになっている。

昭和20年代のNHKラジオ等では「向こう三軒両隣」とか「バス通り裏」などが流され、

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ご近所同士の付き合いがごく当たり前だった。

味噌や醤油の貸し借りはもとより、仕事でも毎日顔を合わせて暮らしていた。

家族の絆も強かったし、地域の互助も当たり前だった。

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逆に言えば、それでなければ生きられなかったのだ。

その時代から半世紀、経済の成長は人々の繋がりを必要としなくした。

冠婚葬祭や火事も、育児や介護も、すべからく外部化されたからだ。

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だから隣に誰が住んでいるか知らなくったって、生きていられる時代になった。

だけど今、高齢者がどんどん増えて、もう25%を越えそうな勢いだ。

団塊の世代の高齢化とともに、超超高齢社会が目前に迫っている。

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当然ながら、介護にしても医療にしても膨れ上がってしまう。

そして、それを支えるだけの経済を維持できる保証もない。

既に、一部には老人漂流社会が出始めている。

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「地域福祉」が必要になる所以だ。

とは言え、誰がその地域福祉を担うのか、その姿は見えてこない。

戦後の誤った民主主義(自己本位主義)で育った人々が大半だからだ。

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彼らは、人のために働こうなんてことをしない。

しかし、行政には既に全てを支えていく力なんぞない。

地域が地域の事をやるしかないのだ。

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ここは、現代版の「ご近所の再構築」が必要だと言う。

地域福祉の担い手をどのように組織化すれば良いのか…悩ましい。

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2013年2月 7日 (木)

自分流を探す

「人生は、とりかえっこのゲームだ」と言ったのは誰だったか?

何をなくし、何を得るのか、その兼ね合いが人生なんだと。

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思えば、これまでずぅ~っと型にはまった生き方をしてきた。

現職時代は、目立たないようドブネズミ色のスーツを着て、

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言いたいことだって言わず、常に隠忍自重にこれ努めてきた。

内にありても、良き父・良き夫たらんと日々邁進???してきたかな?

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言うならば、自分を滅して安寧を得てきたのだ。

だけどもう、自己中心にならない限り、思うがままに生きてみたいと思う。

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どう生きたとしてもたった一度の人生である。

平穏無事だけを念じて後生大事に生きるも良かろうが、

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ここに生きたって言う自分なりの納得を求めるのは贅沢だろうか。

もとより様々な制約の中で生きている訳で、自分勝手が許されるものでもない。

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それに、これが俺のやり方だと確信の持てるものとてない。

あえて波乱万丈を求めて、雄図むなしく討ち死に・・何て事になるかも知れない。

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しかし、敢て自分なりの道を探すのが男なのかもしれないな~。

自分流を極めるのは難しいことだが、

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兎に角、慢心せずに一歩一歩前に向かうしかあるまい。

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2013年2月 6日 (水)

厚生丸

昔子供の頃、厚生丸と言う船があった。

「苛め」が話題になると、何時もこの船のことを思い出す。

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当時、下水は汲み取り式で、その汲み取った糞尿は船で沖合に捨てていた。

その町営下水運搬船が、厚生丸だった。

その船長のお宅に娘さんがいて、確か私と同級生だった。

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その子は何時も「臭い」とされて、大勢の苛めの対象になっていた。

誰一人庇う子供も無くって、その子は何時も一人でいたと思う。

やがて学校にも来なくなって、その後どうなったのか知らない。

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しかし今、当時の親子の心情を思えば、何とも言葉すらない。

分別のない子供のこととは言え、どこかで苛めを楽しんではいなかったか。

当時、「職業に貴賤は無い」とは教えられたが、学校がそれを抑止したと言う記憶はない。

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鶏には、傷ついた仲間を寄ってたかって突き殺すような習性がある。

弱った仲間が死ねば餌の分け前にありつける・・・からだろうか?

人間にも、権力が意図的に苛めを作り出してきた歴史がある。

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江戸期の士農工商エタ非人の身分制度だ。

農民の暮らしも苦しかったが、自分達よりも更に酷い人々の存在がある。

そのことが農民の不満を逸らす手立てだった。

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文科省や教育委員会が相次いで「いじめ対応マニュアル」を出している。

被害者や苛めた子供、周囲への指導などが書かれているが、

不満の裏返しとしての苛めや排他性など、その本質的な掘り下げは出来ていない。

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そう言えば、私はどちらかと言えば苛められっ子だった。

鞄を取られて大勢にリレーされたり、暴力の対象にされたこともあった。

その子供の頃の悔しさが、「なにくそ」になった。

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苛めた彼らに「なにくそ」は育まれなかったのか、ウダツの上がった奴は一人もいない。

心無い子供達の苛めで厚生丸の娘さんはどうなったのか…?

子供の苛めだって、侮辱罪・器物破損罪・窃盗罪・強要罪の刑法犯なのだ。

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2013年2月 5日 (火)

アシスト

近世の歴史はアシストに尽きるのではないかと思った。

自転車がパンクして直しに行ったのだが、そこで代車を与えられた。

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乗って帰れと言われたのが、電動アシストだ。

何を今更と言われそうだが、乗ってみると驚くほど軽い。

確かに、アシストってことを得心した。

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毎朝、高校生が自転車で西風に向かっていく。

寒いのに大変だと思いつつ、かつての通学に砂利道で難儀したことを思い出す。

ゴトゴトと漕いでも漕いでも砂利をはねて、前に進まなかった。

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自転車の性能だってママチャリ以下だったろうが、その5kの道を往復した。

言うならば、その通学で足腰も結構鍛えられたんだろう。

今じゃ、すべからく舗装されて砂利道は探したって無い。

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その分楽になった訳だが・・・・、洗濯機に車、水道にガス・電気、

情報伝達にしても移動にしてもしかりである。

過酷だった農業労働だってトラクターなどの機械がみんなやってくれる。

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その多くを石化エネルギーに依存してるんだが、人間様は随分楽になった。

そのお陰でメタボや糖尿病で苦しむ人も増えたが、

一度手にした快適さはもう手放せなくなっている。

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今日の子供達には、かちかち山や猿蟹合戦、因幡の白ウサギはない。

苛めや意地悪に繋がるってんで、みんな排除だ。

心のアシストのつもりだろうが、その分耐性が無くなった。

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原発だって、そのアシストを減らせば無くすこともできるのだが、

人間はこのままずるずると快適さを求め続けるんだろうな~。

しかし私にはアシストは要らない、ママチャリで十分だ。

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2013年2月 4日 (月)

自分の時計

日の出が日毎に〔一分ほど〕早くなっていて、嬉しいことに今日からは春である。

ところで、かつて時計は宝飾品の類だった。

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チョッキのポケットから鎖のついた懐中時計をおもむろに取り出す仕草なんざ、

映画に登場するブルジョワの定番ではなかったか。Cimg9680

それが電子化と共に一変して、さらに電波時計化で寸秒の狂いもなくなった。

ブランド物の時計に憧れたことはあったが、

そんな願望は何時の間にか消えうせて、安物で正確無比の時計を愛用している。Cimg9679

時計に象徴されるように物の価値も革命的に変わって、

算盤やタイプライターのように無用の長物と化したものも数多い。Cimg9678

逆に時計の刻む時間は、移動時間の短縮や情報の高速化など、

その中身は兎も角、むしろ濃厚になったのではないか。

それで人は、クルクルと否応なく高回転で生きるようになった。Cimg9676

それに時は、平等に流れているはずなのだが、

その価値は人によって大きく異なるようになっている。

使い捨ての時計が刻む私の時間の価値について、時々考える。Cimg9670

私達は何時も自分の時間を消費しながら生きている。

当然ながら、失った時間の代わりに何かを得ているはずだ。

その何かが自分の納得できるものならば良し。

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会議のための会議、渋滞にイラつく時間・・・など、俺の時間を返せと言うことだってある。

しかして自分の時空間は、自ずと限りのあるもの。

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「時は、人生なり」と思うのだが・・・。

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2013年2月 3日 (日)

森町ロードレース

森町は、あの清水次郎長一家の森の石松の出身地である。

遠州の小京都とも呼ばれて、平地と山地との接点として栄えた時代の面影を残す。

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次郎柿の原産地であり、レタスの名産地でもある。

その街のロードレースに、三度笠スタイルで参戦した。

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私のその姿を発見すると、沿道の応援者の相好が崩れる。

次の瞬間オォーと声を上げて手を叩くのだが、

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この時には既に走り過ぎている。

月光仮面の様にマントを靡かせて走っているんだから…・

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私は次郎長のつもりだったんだけど、この町ではすべて石松になる。

しこうして「石松、頑張れ!」の途切れない声を聞きながら快走したのだ。

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古風な街並みの残る市街を過ぎると、吉川に沿って登っていく。

山の谷間を走るって感じだな。

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吉川のせせらぎは、もう春の気分を醸し出している。

そう言えば、今日は季節を分ける節分だ。

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そして、明日からは春が始まるんだ。

もうすぐ太田川ダムと言った所で折り返してくる。

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帰りは下りだけど、それがやはり減速してしまう。

が、ゴールは1時間46分とまあまあだった。

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今回も、随分多くの仲間と出会うことが出来た。

レディガガ装束のKさん、ウッチャン、萩さん、ノブサン、S井さん、ひろさん・・・

それから、すれ違いながら沢山の人から声をかけられた。

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あっ、しんしんさん、M塚さん夫婦、ぽれぽれのDさんを忘れてた。

そんな、些細な擦れ違いが嬉しいね。

田舎の小さな町のレースだけど、心温まる大会なんだな~。

よし!!、今日も快く走れたぞ!!

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2013年2月 2日 (土)

奇跡を生きる

改めて思えば、目くるめくように眼前の景色は移り変わってきた。

その景色を変えてきた契機は、ほんの小さな偶然でしかない。

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誰と出会ったかとか、どんな本を読んだか、何処に行ったかなどだろう。

人は何時も、大なり小なりの事件と遭遇している。

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そうして、その出会いや出来事が自分の景色を変えていく。

何もない日常なんて、有り得ないんだ。

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そもそも私の出生だって、何万・何億分の一の偶然でしかない。

どういう母親に育てられ、どんな時代をどんな境遇で過ごしたか。

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何処を歩き、何を考えたのか。

暴風や日照り、倒産や昇進、喧嘩や焦燥、・・・・・人生には色々とある。

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中でも人と人の出会いは、奇跡の最たるものかもしれない。

恋人であれ先輩・後輩であれ、はたまた恩師であれ、

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その偶然出会った人々が、私の人生航路を相当に変えてきた。

数々の失敗や別れだって、今現在の自分の基盤になっている。

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人生と言う川は流れ続けている。

そして、人生は日常そのものだ。

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だけど良く考えると、奇跡の中に私達の日常はある。

今見えている景色、それは奇跡なのだ。

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2013年2月 1日 (金)

男の甲斐性

私は基本的にフェミニストである。

女性の前では何時も健気でやさしく、

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気持ちとしては、時に雄雄しく彼女らを守りたいと思っているのだが・・。

近年は、我が家も世の中も男の値打ちが下がる一方である。

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第一近頃じゃ、男にしか出来ないってことが無くなった。

女は子供を生めるし、機械を使えばどんな仕事だってこなしてしまう。

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平日のレストランを覗けば女性の群れで満ちているし、世は女族の天下だ。

それに女性は、猿でもすると言う反省というものをしないらしい。

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そして何時も「自分は正しいのだ」と考えている。

だから女が集まると、そこにはいつも諍いが起こるのだが・・・。

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この点男は、「ひょっとして、自分は間違っているのか・・・」と、

何時も自分を疑ってみる習性があるようだ。

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だから夫婦喧嘩でも、男は既に喧嘩の立ち上がりからして負けているのである。

思えば結婚以来ずうっと、妻子のために働き続けて幾歳月、

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既に男の陽は西に傾きかけている。

しかるに女房族は日増しにその勢いを強めるのに対し、

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男はいよいよ蟷螂の雄のように食われてしまいそうな気配なのだ。

いやいや、それでも孤高を守り凛として立つ背中にこそ男の価値がある。

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老いさらばえても、我は男だと!!

しかしまあ~、エラソーな男ほどつまらない男だって言うからな~。

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寅さんじゃないけど、男は辛いよ~。

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