« 年齢 | トップページ | ちょっと嬉し »

2013年2月25日 (月)

余所行き

世の中全体がカジュアルになって、この言葉も死語の仲間になりつつある。

サンダル履きの普段着でどこにも出かけてしまうし、既に一張羅も無くなった。

Cimg9835

先日の中学の授業参観だって、着飾った女性は終ぞ見かけなんだ。

何処に行くにしても、余所行きと言う感覚がなくなっているらしい。

物の豊かさが個性の多様化をもたらし、格好でひけ目を負うってことがない。

Cimg9834

それに車で移動することが多くなって、ラフな格好を助長・自然にしている。

それが普通になって、どこに出かけるにも頓着しないようになった。

そんなこんなで、着る物が一層カジュアルになったんだろう。

Cimg9833

それは結構なことだが、一面で外の世界に対する心構えを曖昧にしている。

敷居の外には7人の敵・・・とか、郷関をい出れば・・なんて気負いも大時代になった。

Dscf5573

だがどうだろうか、何もかも自由が良いことなのかどうか。

物事にメリハリが無くなって、場合よっては傍若無人がまかり通る。

Dscf5556

特に近年の個人主義の横行はその典型だろう。

たかが衣装だけど、社会と個人の有り様を示しているのだ。

Dscf5555

食べ物でも、メタボの増加は毎日「晴れ」の食事をしているからだ。

結果として私達から、たまのご馳走と言う喜びを無くしてしまった。

Dscf5553

飽食や過度な自由は、非常識や無作法、自分への甘えを誘う。

だけど何でもありでは、この社会はもたないだろうな~。

|

« 年齢 | トップページ | ちょっと嬉し »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 余所行き:

« 年齢 | トップページ | ちょっと嬉し »