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2013年2月 6日 (水)

厚生丸

昔子供の頃、厚生丸と言う船があった。

「苛め」が話題になると、何時もこの船のことを思い出す。

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当時、下水は汲み取り式で、その汲み取った糞尿は船で沖合に捨てていた。

その町営下水運搬船が、厚生丸だった。

その船長のお宅に娘さんがいて、確か私と同級生だった。

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その子は何時も「臭い」とされて、大勢の苛めの対象になっていた。

誰一人庇う子供も無くって、その子は何時も一人でいたと思う。

やがて学校にも来なくなって、その後どうなったのか知らない。

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しかし今、当時の親子の心情を思えば、何とも言葉すらない。

分別のない子供のこととは言え、どこかで苛めを楽しんではいなかったか。

当時、「職業に貴賤は無い」とは教えられたが、学校がそれを抑止したと言う記憶はない。

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鶏には、傷ついた仲間を寄ってたかって突き殺すような習性がある。

弱った仲間が死ねば餌の分け前にありつける・・・からだろうか?

人間にも、権力が意図的に苛めを作り出してきた歴史がある。

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江戸期の士農工商エタ非人の身分制度だ。

農民の暮らしも苦しかったが、自分達よりも更に酷い人々の存在がある。

そのことが農民の不満を逸らす手立てだった。

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文科省や教育委員会が相次いで「いじめ対応マニュアル」を出している。

被害者や苛めた子供、周囲への指導などが書かれているが、

不満の裏返しとしての苛めや排他性など、その本質的な掘り下げは出来ていない。

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そう言えば、私はどちらかと言えば苛められっ子だった。

鞄を取られて大勢にリレーされたり、暴力の対象にされたこともあった。

その子供の頃の悔しさが、「なにくそ」になった。

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苛めた彼らに「なにくそ」は育まれなかったのか、ウダツの上がった奴は一人もいない。

心無い子供達の苛めで厚生丸の娘さんはどうなったのか…?

子供の苛めだって、侮辱罪・器物破損罪・窃盗罪・強要罪の刑法犯なのだ。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

兄貴難しい所ですね。
今問題に成ってる教師の暴力も私の事態にも有りました。
私は、孤独でも強い子供でしたから正義正論でそんな先生達と戦いもしました。
苛めるやからは、殴り倒して守りましたね。
どうかすると先生に呼び出しもされた。
正論で戦った。
学校で体罰をした先生からも叩かれた事は無いですよ。
苛められてる男子も女子も守りましたよ。
大学に入っても同じでした。
暴力こそ使わないけど、苛められる奴を守りました。
私自身、20人位から袋叩きに有った事もあります。
流石に命の危険を感じましたね、
人の為と言いはるからには、相手を守る事も手段め使って下さいね。
昔が生きにくく悪くて今が生き易いとも思えません。
常に問題は発生していると感じます。
どうせ短い人生です。
社会の為に楽しく、自分の為にも楽しく人生の時間を使いたいものですね。
私にも苛めを受け守れなかった女性がいます。
残念に思い出した。
警察官の娘でしたが、家庭崩壊し転校して行きました。守れない過去を残念に思います。
今彼女が正しく強く生き、良き家庭を築いて居る事を祈りたいと思います。

投稿: ひろ | 2013年2月 6日 (水) 20時24分

 さすが正義感の強いひろさんだな。

 今じゃ、学校で正義とか勇気なんて教えない。況や勧善懲悪なんて死語だね。

 童話の「カチカチ山」が無くなったことを昨夜書いたけど、おばあさんを殺した狸に、兎が仇討ちをする。背中の柴に火をつけて懲らしめ、おまけに火傷にトウガラシを塗る。・・・んだったよね。泥舟もあったな!

ともあれウサギは正義の味方だった。だけど今じゃ・・・あれは駄目だって教えてる。

 国と国もそうだけど、人はいざって時には闘わなくっちゃいけない。騎馬戦さえも廃止、徒競走でもみんな平等って世界が良いのかどうか。
 ひろさんみたいに、敢然と戦うことを悪ってしてるんだよね。教育に、おおいに問題ありだな。
                山草人

 

投稿: 山草人 | 2013年2月 6日 (水) 20時43分

イジメですか・・
人間社会では子供に限らず大人でもありますよね。
まぁ、感情ある生き物ですからしかたないですか。(~_~;)

分別がわかる大人社会では
いじめをする人、それに同化する人、見てみぬ振りをするひと
みんないじめを加担していると言ってよいでしょう。

私は火の粉が飛んでくると振り払う方です。
そのことから、今まで仲良くしていた人から仲間はずれにされたことがありました。
さすがに辛かったですね。

小学校低学年の時かな?
遠足の時、女の子が一人で遠足のお弁当を食べていました。
何か、悲しいことがあったのでしょう。
泣きながらお弁当を食べている姿を見て、何故か私も涙がでてきました。
お母さんの手作りのお弁当を一人ぼっちで泣きながら食べている姿を、女の子のお母さんの立場になって考えたのでしょう。
何故か今でもこの光景を思い出します。

人間社会、イジメは無くならないと思いますが、
せめて、人のこころの痛みがわかる人でありたいですね。

投稿: みのむし | 2013年2月 6日 (水) 23時15分

みのむしさんも経験された様に、人間ってのは実に厄介な動物ですね。ささいな感情の振れが、イジメの原因になるんだから。それで当の本人は、それにちっとも気付いていない。
 エゴ、そして自己本位主義の延長にイジメがある。他人の心の痛みが分かってたら、とてもそんなことは出来ないけど、エゴはそんな事お構いなしさ。
               山草人

投稿: 山草人 | 2013年2月 7日 (木) 22時07分

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