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2013年3月 7日 (木)

家族の軌跡

子供の頃には、「大きくなったら何になるの?」・・そんな会話が多かった。

答えは、八百屋さん、鍛冶屋さん、床屋さん、お医者さん・・・などと大抵が家業だった。

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その家業の企業化が進み、一部を除いて軒並み立ち行かなくなった。

そしてサラリーマンが当たり前になるのは、1960年以降だろうか。

家業で成り立っていた時代には、家族皆が生活を共有していた。

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私は農家に生まれたから、両親の会話は何時も作物の出来不出来だったし、

豊凶は明日の生活に直結していた。 

親父の心中には何時も農作業との格闘があって、

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家族もひしひしとそれを感じていたし、まさに家族は運命共同体だった。

その農家の親父の背中を見て育ったから 親の手伝いは極当たり前の事だった。

妹のお産だって自分の家でした。

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明け方母が産気づくと、父が産婆さんを呼びに行って 、

6歳の私が、ヘッツイで藁をくべて湯を沸かした。

おそらく神武以来、家族はそうやって受け継がれてきたんだろう。

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ところが、豊かさを実現した経済の高度成長が家族をバラバラにした。

仕事が別々なのはともかく、帰宅も食事も別々になって、

共通の話題も無くなって家族団欒も雲散霧消した。

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平成2年のバブル崩壊は、そうした経済中心を変えるかと思われた。

だが逆に、個人主義を含めて価値観を多様化させただけだった。

結婚しない女性が激増するのはこの頃からだ。

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女性の自立とは聞こえは良いが、内実は女性の個人(勝手)主義だ。

そうして失われた20年は、家族激減の20年にもなった。

家族の絆すら細くなる一方のこの国で、人と人を結び付けるにはどうすべきか。

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生活の共通の基盤を異にする以上、打つ手は無いのかも知れない。

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コメント

山草人さん、へっつい なんて今時の人には解りませんよ。
かく言う私もこの言葉を実際聞いたり使ったりしたことは生活のなかではなかったです。
落語を聞いていて解りました。

全てにおいて良し悪しは別として個が前面に出てしまい価値観が変わりましたよねー。

投稿: かわい | 2013年3月 8日 (金) 07時31分

 河合さんも思う価値観の変遷は仕方ないものがあると思いますね。
 現在の家族性を憂いたりもしますが、私が育った家に兄貴の経験した家族の様な家族のイメージも無いです。
 家に家族でない人の出入りも多かったです。
 父親は、家族よりは会社や地域の為に働く人でした。
 結婚した当時父親は、『家庭人になれ!』と言ってくれました。
 有り難い事に成れたと思います。
 妻と共に生き、出産に立ち会い、保育園から高校の行事に出向き、小学校や中学校・校区の育生会の長も経験した。
 全ては、妻の意見や父親の背中のお陰でしたね。
 2人の子供は、四月に大学を卒業しそれぞれの道へ進むまでに育った事は、妻や今は亡き親達のお陰と思います。
 世間の事件やニュースを見てバラバラに成った家族を憂いますが、全てがそうではないとも思いたい。
 かつての『終身教育』が有ったら変わるとも思います。 
 私は、貴方の為にと言われ裏切られた経験から、人の為に生きると言う言葉が、大嫌いい成ったのですが、兄貴の純粋な心が見えた時やはり人の為に生きるとは正しい理想的な日本人の有り方だと思いもします。
 30歳にして父や母と別れ、沢山の肉親の死を見て来ました。
 今兄叔父も入院し遠くない死を感じています。
 例え豊かさを手にしても、先人の思いを感じて生きる有り難さ、家族や地域を憂いて育てて行く生き方を大切にしたいと思えるお題です。

投稿: ひろ | 2013年3月 8日 (金) 21時10分

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