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2013年4月30日 (火)

皐月を前に

明日からは、花々が咲き誇り鳥歌う五月である。

鯉すら空を泳ぎ、人も植物も最も躍動する時期だろう。

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私の葡萄だって次々に花が咲いて、ジベ処理に忙しい。

そんなこんなで、私は年中貧乏暇なしなのだが、

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ぶっ続けの9連休という人は、果たしてどう過ごすのだろうか。

休日には、昔は気分転換も兼ねて部屋の掃除をよくやった。

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だけどこのところ、ずぅ~っと先延ばしのままだ。

私にも曲がりなりにも書斎らしきものがあって、

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そこには大昔〔学生時代〕の机と30年程前に買い求めた椅子がある。

まあ~、私の隠れ家的なところになっているんだが、

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次々と書類は積み重なるし、その合間に雑多な物が入り混じっている。

だから時に、ここに置いた筈だが・・・と探し物に手を焼くことになる。

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書類など大抵は一定期間〔3ヶ月〕使わなかったら不要に決まっている。

だから廃棄と決めているのだが、その廃棄すら儘ならないのだから混乱は余りある。

当然ながら塵芥は積もり放題と言う次第である。

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もともと潔癖をもって自認していたのだが、歳と共に怠惰になっていく。

しかし自分では、この怠惰を鈍感力の成せる技と嘯いている。

まあ苦にしないってのも、環境適応能力の一つには違いないのだが・・・。

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ともあれ、明日からの連休も遊ぶ予定が一杯で、クリーン作戦は望み薄だな。

旅から帰ったら、きっと片付けっから・・・・・。

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2013年4月29日 (月)

今昔に思い

連日の法事で、今日は母方の叔母の御年忌である。

子供の頃、母に連れられて歩いたあの道をと・・自転車で出向いた。

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広かった往還も、今では車一台がやっとの道である。

それでも代掻きの始まった水田には、レンゲや麦も一部に残っていて、

薫風に身を任せつつ田舎道を辿った。

だが、途中の集落で明らかに迷ってしまった。

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間違うはずもない道と思っていたのだが、道路も風景すらも一変していた。

あの盆・正月のお泊りは、母の気持ちの影響もあったのかとにかく嬉しかった。

そして、従妹同士で村中を駆け回って遊んだいにしえを思いつつ、

そんな筈はないのだがと、何度か目をこすったのだが分からない。

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それで、とうとう人に家を尋ねる事になってしまった。

ともあれ法事である。

昔の5~6歳のガキが、今ではおしなべて60代の顔を並べている。

その後の生き方だって当然それぞれで、子供の頃の浮き立つものは既にない。

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正に、60年も一炊の夢である。

人は自分を基準に時を計っているから、常には時の経過を分別していない。

しかしタイムスリップした景色を目の前に、浦島太郎もかくやと思わざるを得ない。

今日の祝日は、昭和の日である。

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平成も既に25年、昭和もいよいよ遠くなっていく。

はてさて、あなたは今日をちゃんと生きてますか?

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2013年4月28日 (日)

偲びて思う

ある日突然に、身近だった人の訃報に接することが増えた。

生者必滅であって、何時かは誰もがそうやって死んでいく。

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今日は叔母の法事があって、しばし故人のことを思い出していた。

この人も自分なりに一生懸命生きていた。

子供の頃、そんな叔母を一個の生き様として観察していたようなそんな気がする。

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その叔母が突然亡くなってから、もう一年が経過した。

たった一年なのに、遥かかなたの昔の人のような気もする。

生老病死は生物の必然、死すれば既に鬼籍の人なのだ。

法事の故に、フッと何ということも無い幾つかのシーンを思い出していた。

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しかし私はあくまで第三者であって、この人のことを殆ど知っていない。

どんな思いで生きたかってことも知らない。

ことほど左様に、他人は自分が思っているほ自分に関心など持ってはいないんだ。

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葬儀に多くの人が集まったとしても、その儀式を除けば、

その死を見つめる気持ちは犬猫とさして変わらないのではないか。

それに人間は、死んでもあの世は有り得ないと知ってしまっている。

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死ねば、ただその生涯を終えるだけの話だ。

不老不死を求めた秦の始皇帝の夢は果たされなかったが、

IPS万能細胞が実用化されると、寿命は更に延びるかも知れない。

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臓器を取り換えることで人は見違えるように元気になるだろう。

だがしかし、それとて限界が来る訳で、

それよりも、やるべきことをやり終えたら、人はせっせと死ぬべきだろう。

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肝心なのは生きて何を成すべきかなんだが、実はそいつが一番難しい。

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2013年4月27日 (土)

縁ありて

私達は、人と人との間に生きている。

その人の縁こそが人生の全てと言っても過言ではないくらいだ。

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私なども人の縁に恵まれて、そのおかげで今日ただ今がある。

そして縁を育むためには、一定の角度と言うか、感性を持っていることが必要だ。

俗に「鈍才は縁を縁とせず、凡才は縁を縁とし、才人は縁なきを縁とす」と言う。

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確かにその通りだけど、現実は縁を縁とすることすら中々難しい。

私も、折角知り合えたのにそれっきりってことも多いし、

日頃見知った人とだって率直な付き合いが中々出来なかったりする。

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時々、折角の縁をぶち壊しながら孤独な生活をする人もいるが、

普通は不必要なプライドや遠慮が親密な人間関係の邪魔をする。

ところが世に出る人と言うのは、自ら縁を創りだしつつ世界を広げていく。

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言うならば、あの豊臣秀吉などはその天才だったのではないか。

ところで、今夜は同窓会の役員会があった。

同窓と言う縁は、実はあるかなしかのか細い縁でしかない。

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少し前の時代には「学閥」が幅を利かせるってこともあったようだが、今では??だろう。

どの組織も縁故を優先する余裕など持ち合わせなくなっている。

同窓会の求心力が弱くなる所以だろうか。

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だからとて単なる若かりし頃のノスタルジーに尽きるのならそれだけのものだが、

同窓会はやはり人と人の縁の糸口である。

人は厄介なもので、縁を求めたくても中々その糸口を見つけられないものだ。

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「同窓」が縁の切り口になるなら、おおいにその機会を広げたらよい。

面倒くさがらずに、私達はもっと人を求めるべきなんだ。

お互いの人生を豊かにするために。

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2013年4月26日 (金)

元気の源泉

実を言うと、このところ元気を出せないでいる。

過密な日程に加えて、

先日の富士五湖でのダメージ(112k男子の完走率は39%)が大きかったのだろうか。

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気力そのものの馬力が落ちた・・・そんな感じだ。

だけど毎日のスケジュールをこなさなきゃならないし、葡萄の世話もパニックだ。

と言う訳で、あまり余計なことを考えずに心を平らにすることに努めている。Dscf5711

今日も連合会の三役会議の後、第一回の理事会があって終日の会議である。

人口17万余の街に31の地区(広域自治会)があって、

理事会はその地区長と三役で毎月開催している。Dscf5713

議題は、毎度これでもかこれでもかとあって、一日たっぷり会議が続くことになる。

まあ、304自治会の活動が少しでも稔りあるようにと議論している。

ともあれ、自分の元気について考えている。Dscf5709

嬉しいことがあれば、当然ながら元気が出る。

それで「私は助けられているな~」と思うのは、毎朝の立哨である。

出来る限り大きな声で「お早う」「行ってらっしゃい」と子供達に向かって声を出す。Dscf5708

これでどんなにしょぼくれていたって、少しずつ元気が出てくるんだ。

子供達だって、一年生の手を引いて気遣いながら歩く子、

もう母親や父親のように大人ぶってる子、勿論泣き虫もいる。

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毎朝、そんな100人の子供達の顔をみてると、気持ちがほぐれてくる。

小学校の先生は、かなり楽しいんじゃなかろうか・・・などとさえ思う。

ともかく、私の元気は子供達に支えられているような気がしている。

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そして、淡々と今できることをする。

そうして徐々に充電していこうと思っている。

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2013年4月25日 (木)

花咲く時

朝晩のほんの少しの時間でも、葡萄のハウスでの作業に忙しい。

早生の葡萄は、既に花を咲かせているし、作業が大幅に遅れているからだ。

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その葡萄棚の下にグランドゴルフの用具一式が置かれている。

グランドに近いことから、老人会の人達から預かっているのだ。

今朝その近くで「花房整理」をしていると、Dscf5700

「ほぉ~う、大分成っているな~」と言って何人かがハウスに入ってきた。

どうやら彼らは、花房を葡萄の粒と勘違いしているらしい。

実は大粒の葡萄を作る場合には、花房の大部分を削除してしまう。Dscf5701

20cmの房だとしても残すのは3~5cm程でしかない。

この残した蕾の部分を大きく育てるのが葡萄作りだ。

それで花房整理の際、上の部分に2本の目印を残す。Dscf5703

種無化と果粒肥大のためにジベレリン浸漬を2度するんで、その印にするんだ。

ともあれ、作業は限りなくあって遅々として進まない。

ところで、梅や桜は春の先駆けで大いに注目を集めるのだが、やがて花は当たり前になる。Dscf5704_2

だがどんな小さな草だって、何時か花を咲かせる。

只それが目立たないだけで、葡萄だって目立たない一個の花が一粒の実になるのだ。

同じ様に人も、それぞれの華を持っている。Dscf5705

目立つ人もあるし気付かれない人だっている。

人それぞれ、その華を大切に咲かせりゃ良いんだ。

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2013年4月24日 (水)

人生の途上で

今夜は、私の地区の自治会連合会支部の総会である。

昨年の活動報告に今年の計画と型どおりの総会を終えたのだが、

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この21日に再選されたばかりの市長も来賓として臨席していただいた。

市長は数日前までの選挙戦の余韻を残しつつ、ガラ声で挨拶された。

この人も、人生を高揚して生きている。

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ところで人生には成長期から成熟期、老年期などと様々なステージがある。

その人生のどの段階だって、それぞれそれなりの意味を持っている。

そして挫折があったり喜びがあったり、脱皮したりと色々とあるけれど、

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糾える縄の如く、あの時と今とは何処かでみんな繋がっている。

私なぞも、砂漠の蜃気楼を追いかける様に走ってきて、今ここに立っている。

その人生途上の景色を、他人事のように俯瞰して眺めてみている。

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お集まりの自治会長さん達だって、年の頃も経歴もそれぞれ千差万別だ。

地域のまとめ役を任されて、ほぼ一か月が経過しつつある。

その心境は、これもまた人それぞれなのだ。Dscf5693

年齢だって、その心組みや生活如何で、

必ずしも暦年どおりに年をとるとは限らないだろう。

どうせ有限の人生だから、出来れば有意義な歳をとりたいものである。

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失敗の連続だって良いじゃないか。

私も熟年期の上り坂を精一杯気張って登って、

もう決して後ろは振り向くまいなどと考えていた。

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2013年4月23日 (火)

億劫

80kと少ししか走っていないのに、一昨日の疲労が抜けないでいる。

だけど痛い足を直すには、敢て動かすにしくは無い。

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だから階段を昇り降りして、何とか本来を取り戻そうと努めている。

人間は元来怠け者なんだろうか、「楽」な生活を志向しがちだ。

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働かなくっても年金を貰えりゃ、途端に何もしなくなってしまう。

同様に頭だって、億劫がってズルをしていると次第に錆びついてくる。

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老眼とも相俟って、書くことも読むことも億劫になる。

それで自分で自分の世界を狭めていって、只の廃棄物になってしまう。

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定年後には、キョウイクが必要だと言う。

退職した途端に、今日行く(キョウイク)所が無くなって、

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Aコンビニにa新聞を買いに行き、読み終わると今度はBコンビニにb紙を買いに行く。

それが日課と言う人がいる。

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図書館も年配者の暇つぶしの場所になっている。

暖冷房も利いていて、新聞・週刊誌を眺めて過ごしている。

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あたら一度しかない人生を、そうやって費やすのだ。

為すべきことを創れない、一種の人生の悲劇じゃなかろうか。

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逆療法であれ何であれ、人はあえて動き続けた方が良い。

億劫は、老化現象以外の何ものでもない。

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2013年4月22日 (月)

学歴の幻想

今朝は、河口湖の上に雲一つない富士が聳えていた。

同宿の中国人がしきりに写真を撮っていたけど、流石に霊峰だな~。

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一つのイベントが終わって、心の中に空洞が出来たような気分だ。

走っている途中、そして宿で初対面の随分多くの人と会って話をした。

ランナーなら、アッと言う間に仲良い会話に入っていく。

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あの寒さの中で苦労した同士だから、職業も経歴も関係ないな~。

ところで、学歴ってことのバカバカしさを考えている。

この社会では、学歴は江戸期の身分制度のようなもんだ。

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学校で少しばかりサボったが故に、一生負い目を負うことになる。

「あぁ俺は、確かにあの時あの学校に行けなかったよな。」で納得して、

なんとなく「身分の差」を認めちゃってる。

先日ある方の紹介で、地元企業の若い社長さんとご一緒した。

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高校時代彼は、無法図で勉強もせずに退学寸前だったと言う。

辛うじて推薦入学で三流大学に行き、そこで悟るものがあったのだろう。

海外留学も経る中で彼は徐々に変わっていく。

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やがて会社を任されるようになるのだが、今も稲盛塾などで日々勉強を続けている。

そもそも学問は、その人生を心豊かにするためのものだ。

それが何時の間にか、人々の身分を決める装置として機能するようになっちまった。

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もっともそうした仕掛けが無けりゃ、大学など行く人間は激減してしまう。

だけど東大を卒業したからって、みんなが素晴らしい人間ってことはない。

可能性は高いだろうか、中にゃ使い物にならない人もいる。

その逆に高校をやっとこ卒業しても、大成する人物もいるんだ。

私達は、学歴の幻想に惑わされちゃ駄目だな。

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2013年4月21日 (日)

遥かなる銀世界112k

昨夜来の雨は雪に、そして雪は後に雨になった。

朝3:05にはホテルに迎えのバスが来た。

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外の気温は2℃位だろうか、

そしてホテルのある河口湖では標高の関係で雨が降っている。Cimg0426

スタート地点は、200mほど富士山に向かって標高を上げた北麓公園である。

スタートまでの時間、大勢のランナーがストーブの周りに群れている。

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やがてスタートの4時30分が近づくと、ぞろぞろと雨の中に出て行く。

公園の周りは昨夜来の雪で真っ白になっている。

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スタートするグランドは、まるでシャーベット状態になっていた。

あの水泳の岩崎京子さんの合図で、暗い中を光に照らされランナーの群れが走り出す。

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山中湖は標高9,000m以上ある関係でか、何処までも銀世界が広がっていた。

忍野村辺りの桜は満開なのだが、花弁なのか雪なのか薄暗くって見当もつかない。

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少し明るくなるとレンギョーやらミヤマツツジの色合いが原色が爆ぜる様に鮮やかだ。

とは言え、雨と雪の中を走るのは寒い。

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それに水溜りを避けつつ走るのだが、シューズには氷水が容赦なく入ってくる。

手も足も凍りついたかのようである。

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山中湖を一周した20kあたりで、随分多くのランナーがリタイアしたようである。

しかし河口湖、西湖、精進湖と淡々と足を進めていく。

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ところがで精進湖あたりから、スピードがさっぱり出せなくなった。

足は棒のように硬直して、ジャンプ力が極端になくなってしまっている。

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それでも70k地点からの本栖湖の一周12kに挑戦しなければならない。

この時点で5時間半〔残り42k〕を残していた。

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何とか完走に手の届く時間である。

だがスピードはどんどん遅くなって、ほとんど歩く速度になってしまった。

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結局この一周の1/3を歩く羽目になってしまった。

81.7kmのエイドに着いたときには、完走が困難だと分かった。

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その目標を失った途端に、もう一歩も前に進めなくなっていた。

とうとう、久方ぶりのリタイアである。

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しかも3時間半も時間を残しての・・・・・。

宿に向かうバスの中から黙々と坂を上ってくるランナーの列が見える。

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100kにしときゃ良かったと悔やんだが、既に今回のレースは全て終了である。

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2013年4月20日 (土)

雨を待つ富士五湖

いよいよ明日は、チャレンジ富士五湖ウルトラマラソンである。

富士北麓公園を3:30にスタートしてから山中湖をぐるりと回り、

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一転西に向かって河口湖→西湖→精進湖から本栖湖へ。

100kならここでターンするのだが、今回は本栖湖を一周(12k)してから、Cimg0414

東に向かって精進湖→西湖→河口湖と辿って北麓公園にゴールするコースだ。

天気が良ければ富士山を臨みながらの行程になるのだが、

既に2時過ぎから雨が降り出している。厚い雲に覆われている。Cimg0415

現在の気温は摂氏2度くらいだろうか。

辛うじてみぞれにならない程度だ。

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多分、明朝は凍てつく雨の中のスタートになるだろう。

ともあれ、受付を済ます前に鳴沢氷穴に寄ることにした。

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富士の裾野を走る前に、その胎内を覗く気分かな。

風穴は溶岩の流れが作り出した横穴で、

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洞窟の中は富士の伏流水で冷やされて氷の世界になっている。

ゾクッとする寒さだが、明日はこれほど寒くはなるまい。

だが、晩方近くなって疲れてくれば、相当冷やされることになるだろう。

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まあ兎に角、何も考えずに黙々と走ることにしよう。

そして明日は、必ずこのゴールに戻ってこよう。

諦めない自分を信じて!!

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2013年4月19日 (金)

呪文

この世の中は、呪文が動かしてきた。

卑弥呼の時代にはその詔が政治だったし、

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その後もその時代なりのキャッチフレーズがあって、そいつが人々を引き回してきた。

幕末の尊皇攘夷、明治の文明開化なんてのは典型的だね。Cimg0404

ところで、今日只今だって同じことだろう。

最も新しいのはアベノミクスで、これが何でもかんでも引っ張っている。

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そのくせ私達にゃ、金融緩和の中身も経済対策も良く分かっている訳ではない。

だいたい30才代の人達までは、インフレの何たるかを実際に経験したことも無い。

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それでバブルがどうとかと・・・心配しているのが不思議でもある。

数年前まで「コンクリートから人へ」とか「国民の生活が第一」などという

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キャッチフレーズが流布されて結構な市民権を得た。

ところがあの2年前の大震災があって、

津波で何もかも失ってしまった現地を訪れた国会議員たちは、

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誰一人としてこの言葉を口に出せなかったと言う。

現地では一刻も早く防潮堤や道路を復旧しなければならなかったし、

その言葉の裏にあった欺瞞が見え透いていたからだ。

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ともあれ、呪文は時として大きな力を発揮する。

特に、景気の様な気分を変えなければならない時は尚更だ。

ところで明日明後日と冷たい雨になりそうである。

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その雨の中を112km走り切るための呪文が無いだろうか?

誰か教えてほしい。

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2013年4月18日 (木)

人生の退屈

退屈なのは、当然ながら何もしないからだ。

毎日が日常であって、その中に埋没して暮らしていたらそうなる。

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昔は、刺激(情報)も少なくって、大抵の人が近回りの土地を耕して暮らしていた。

毎年同じことを繰り返して、そうして50歳ほどで自然に朽ちていった。

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畦道のペンペン草とそれ程変わらない一生だったと言える。

喋ることだって、田圃の出来や猥談くらいで、そんな毎日ではなかったか。

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ところが今日、情報は溢れ返っているし、行動範囲だって無限になっている。

その気になれば、幾つもの物語を生きることが出来る。

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草木や生き物の名前、或いは生態に触れて感動するのだって感受性如何だ。

スポーツをやったり観戦するのだって、それも一つのドラマさ。

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書物の中にだって、未知の世界が一杯広がっている。

旅に出て異なった文化に接するのも、これまた素晴らしいことだ。

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こうやってブログを書くことにだって、毎日それなりの発見がある。

とてものこと、退屈している暇なんぞ無い。

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・・・・と思うのだが、現実の世の中には退屈が溢れている。

新聞を読んでもTVを見ても、人と会っても退屈なのだ。

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それは物を考えないと言うか、感受性のスイッチをオフにしているからだ。

オンに切り替えれば、面白いことがあちこちに見えてくる。

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そうして人間は、死ぬまで括目して生きるべしだと思うのだ。

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2013年4月17日 (水)

一個の砂時計

地元の中学校の教室に「少年老い易く 学成り難し」と張ってあった。

朱子の言葉だが、果たして子供達に通じるものなのかどうか。

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私なぞ、今頃になってやっとその意味をかみ締めているところだ。

同様に砂時計を一生に見立てる意味も分かってきた。

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残りの砂の分量が、目見当のつく嵩になってきたってことだろう。

私は日々動き回っていて、「自分だけは歳をとらないんじゃないか」って思ってた。

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だけど風呂上りに鏡を見ると、何時の間にか頭髪は細くなってるし、

顔も気持ち老けたようで、見掛けも歳相応になっているようなのだ。

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しかし、気持ちは相変わらず若い。(と思っている)

その若い気持ちで砂時計を眺めると、砂の流れが思った以上に早い。

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しかも、年々加速しているんじゃないかとさえ思う。

この時計をひっくり返せたらとも思うが、人生の一本道はもはや引き返せない。

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最後の砂の一粒まで、我が道を進む他ない。

そして、下に流れ積もった砂の山が私の唯一の財産なのだ。

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やがて砂時計の砂の流れは予告も無く途切れ、

その時計の存在すら忘れ去られる。

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砂時計は消えても、時は永久に静かに進み続ける。

そうしてみるとこの一個の砂時計は、永遠にかなり孤独な存在なんだ。

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しかし、それが人生の現実だろう。

だからこそ、一粒を砂金のようにも扱おうと思っている。

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2013年4月16日 (火)

テロのコスト

ボストンマラソンは、何時か走ってみようと思っていた大会だ。

その23,000人余の走る傍らに爆弾が仕掛けられた。Cimg0372

3人の死者と140人余の負傷者が出ていると言う。

一人一人様々な思いを持って参加したマラソン大会での出来事である。

一体何の為にと憤りがつのるし、人の不幸を喜ぶ輩の仕業では済まない。

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ハイジャックが今日の空の便の煩雑さを作り出したように、

人の集まるところには常に安全のための莫大なコストを要することになった。

この世に愉快犯?の種は尽きない。Cimg0374

あの他人のPCを乗っ取って襲撃予告をした輩も、愉快犯の一人だった。

およそバカバカしい作為だし、邪な身勝手を許してはなるまい。

この身勝手は、暴走運転やらストーカー、迷惑メール、自転車泥などと無限にある。

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人の嫌う勝手をすることで、自分の欲求不満を解消しようとするのだろう。

苛めも体罰も同類だ。

そう言えばこの私のブログにだって、下品な書き込みを続けている男がいる。

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およそ馬鹿丸出しで、恥ずかしさと言う感覚のない男だ。

人は誰だって懸命に生きているし、

本来人は善人だと思いたいのだが、或いは違うのかも知れない。

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数は少なくても、回線の狂った人種が確実に存在するってことだ。

その異常者のために、私達はどれ程のコストを費やすことか。

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そもそも、私達の利己主義が異常者を野放しにしたのだと思う。

お互いに善悪を見極めて、それを相互に牽制する力が弱まっているのだ。

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結果として、コストを無限に大きくしているような気がする。

望むらくは、本当の民主主義を育てたいね。

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2013年4月15日 (月)

街は、地域経済と言う血液によって成り立っている。

一昔前は、商店街はあこがれの街だった。

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ところがモータリゼーションの進展とともに、血液の流れが変わってしまった。

車とショッピングセンターが、街を郊外へと押し出してしまった。

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結果として、何処の街もシャツターが閉まったままの通りになった。

只その中にあって、例外的に昔からの賑わいを維持してきたのが静岡の呉服町だ。

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麻機山など後背地は山だから、郊外に広がり様がなかった。

当然ながら大規模店も展開できなかったのが要因だろうか。

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先週、東静岡にMARK is 静岡がオープンした。

それに既にセノバやパルコ、109なども展開している。

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確かに静岡は一大商都ではあるが、その集客範囲にも限りがある。

今日は静岡に出向いたついでに、オープンしたばかりのマークイズを覗いてきた。

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ララポートなどとほとんど同じ作りだが、集客力は立地もあって相当にありそうである。

私も、ついつい週末のウルトラを走るシューズを買ってしまった。

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ともあれ、街は時々刻々と時代とともに変遷していく。

同じ所に止まろうとしても、血液が止まってしまっては如何ともしようがない。

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全国でも珍しい商店街を残してほしいのだが、はてさて如何なるものならんや。

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2013年4月14日 (日)

ランナーの列

今日は掛川・新茶マラソンである。

選挙の関係で一週間繰り上げたようだが、今年の茶の芽はもう十分出ている。

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その萌黄色の茶園を縫って5,700人余がこの農村地帯を駆け抜けた。

菊川の堤防沿いにランナーのカラフルな姿が延々と伸びている。

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このエネルギーと言うか、人々を突き動かしているものは何なのか。

一人一人の思いは別にしても、大会と言う仕掛けに毎度感心させられる。

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沿道には、陣太鼓やら横須賀囃し、

メロンや戦国汁、苺やキュウイのフルーツステイションが並ぶ。

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町の吹奏楽団も二つのグループが出て、私達を励ましてくれていた。

もちろん沿道の辻辻では、地域の皆さんが声をからして声援している。

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この大会のコースは、後半の坂道が大変だけど明るくって良い大会だ。

私は来週の112kを控えているから、予行演習のつもりで臨んでいた。

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しかし前半は5分半/kmのペースで、少々ハイペースに過ぎた。

それに気温も相当に高い。

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それで26km過ぎた頃、

後ろからドッドッと足音も高く4時間ペースランナーの群れがやってきた。

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これは大変とその群れに混ざって3kmは走ったのだが、やがて小笠山への登りに入る。

この登りで、とうとう置いていかれてしまった。

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群れについていけないとなると、途端に元気をなくして速度も鈍った。

それでエイドの食材を楽しみに重い足を運ぶことになった。

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それでも来週のレースを思うと歩く訳にはいかない。

我慢に我慢を重ねて40kまでは走ったのだが、その後は歩く他なくなってしまった。

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結局4時間29分も要して、2056/5723人に終わってしまった。

うぅ~ん、こりゃ来週のウルトラが思いやられる結果だ。

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ウルトラの制限時間は14時間30分だから、

遅くとも100kを13時間でクリアーする必要がある。

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はてさて、慎重にゆっくりペースで走り始めることにしようかしら。

兎に角、何としても制限時間内に走り抜きたいと思っている。

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2013年4月13日 (土)

敢為

人は、一生自分の生きた意味を探し求めるものらしい。

それだって、「ああこれだ ! 」って見付けられる人は稀だろう。

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それでも私達は、俺が生きた意味を何処かに見つけようとあがいている。

だけど、所詮私達だってぺんぺん草の一生と同じで、

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それ程の重大な意味を持って生きてる訳じゃない。

とは言え、自分が生きた意味があるとすれば、恣意的に何をしたかではないか。

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「流れに棹挿せば・・・兎角生き難い」のだが、その棹が世の中を変えてきた。

何もせずにぷかりぷかり、人の批評をしてるなら楽でいい。

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だけどね、それで自分が主体的に生きたと言えるだろうか。

人には、あえて行う気持ちが無かったら、そりゃ~魅力がない人生と言わざるを得ない。

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この瑞穂の国の歴史だって、そうした有意の士が造ってきたのではないか。

否、歴史なんて言わなくっても、人の一生は「敢為」によって決まるのではないか。

自分が自分の意思で何を成し遂げるのかってこと。Cimg0267

それは、家族を営み地域に何がしかを働きかけ、細やかな貢献をする。

敢て自分が生きてるってことをし続けることが出来るかどうか。

「敢為」なんて言葉は既に死後かもしれないけど、その心意気が無かったら、Cimg0264

自分の生きた意味を見出すのは、はなはだ難しいと思うのだ。

今日は、304の自治会長等の集まる連合会総会、防災会連合会の総会があった。

やはり組織をリードするには敢為がいる。

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明確な目標を掲げて、そこにエネルギーを注入する心意気が無かったら駄目だ。

自治会活動も、会長の思い如何でかなりの進化も可能だ。

だが敢為の無い会長の下では、自治会費を納める意味すら曖昧になる。

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より有意義な自治組織たらんとすれば、やはり敢為が求められる。

総会の長丁場に、そんな「敢為」ってことを思っていた。

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2013年4月12日 (金)

死ぬまで生きる

人は誰も、自分だけは死なないと思って生きている。

朝刊の訃報欄だって他人事で、自分とは関係ないと思っている。

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知人の葬儀に出向いたとしても、その死を悼む気持ちとは別に、

どこかに自分が生きていることへの優越意識が潜在している。

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俺はまだこれだけ頑張ってるんだって気持ちだね。

今年88歳になる母のことを考えている。

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時折の医者通いは別にすれば矍鑠とし、私の農作業も随分助けてもらっている。

朝晩の3k程度のウオーキングも、ほとんど欠かすことが無い。

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そうして、何時も自分の出来ること〔仕事〕を探している。

あれをしてこれをして・・・って毎日だ。

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日記を欠かさず書いているし、新聞にもすべて目を通す。

とは言え、時折「コロッと死ねたらね・・」などと弱気も口にする。

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米寿になった母だが、彼女にも娘の頃やバリバリの働き手だった時期があった。

その若い頃、戦中戦後の動乱期を夢中で生き抜いてきた。

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そして年老いた今も、気持ちは少女時代そのままに気を張っている。

その母親が元気なお陰で、私も好きなことをやっていられるのだが・・・。

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厄介なもので、人間は生まれたからには死ななくっちゃならない。

咲いた桜が散るように、誰にもいずれはその時期がやってくる。

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人生高々8~90年、長いようで短くもある。

とまれ死ぬまでは、精一杯命を燃焼させずばなるまい。

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人の一生は積み重ねであって、それは一日にして成るものではないのだ。

いざやよし、大日如来に歓喜勇躍して日々を過そうではないか。

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2013年4月11日 (木)

春を急ぐ

今日は山で、本物のウワミズサクラの花を見付けた。

4/6に勘違いしたあの花だが、それにしても随分早い(3週間?)開花だ。

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小動物のディル(尾っぽ)の様な可憐な花を咲かせている。

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やはりこの樹を見付けるには、日陰ツツジ同様この花の時期しかない。

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しばしこの花を眺めて、その日陰を見るとマムシソウが生えていた。

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茎の色と鎌首を持ち上げたような格好の花筒とが相俟って、蝮に良く似ている。

そう言えば、今年はこのマムシソウをあちこちで数多く見かける。

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今年の春はハイテンポで進んでいるようだ。

道すがらの茶園は、既に一面萌黄色に塗り替わっている。

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そう言えば、今年の静岡茶市場の初取引はこの15日に早まった。

近年にない早春の市場開設となったのも頷ける。

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例年なら連休が茶摘み時期だが、今年はそれ以前に終わってしまいそうだ。

そして、今日もふとぉ~い蕨を採ってきた。

蕨だって例年ならまだまだこれからの筈だが、今年はもう終盤か?

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お陰で山に採りに入る人が少なく、太い蕨が残っていると言う訳だ。

それはともかく私の葡萄だが、品種による成長の格差がすこぶる大きい。

早生は、もう既に花房を充実させて、直に開花を始めるような気配だ。

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その前に、枝の誘引やら花房の整理や摘心、やご欠きをしなけりゃならない。

一方晩生は、未だ毎朝芽欠きの段階なんだ。

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はてさて、今年の稔りは如何なるものにならんや。

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2013年4月10日 (水)

若葉

もう既に、若葉の季節に入っている。

山の木々も新しい葉を広げているし、私のブドウもどんどん伸びている。

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河津桜は、もうすでに初夏の風情だ。

ふとスナックエンドウの棚を見ると、あの鞘に実を膨らませている。

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しめたとばかり、今夜はサトウエンドウを肴にこの季節を味わおう。

この若葉と対を成すのが、毎朝見かける新入生たちの顔だ。

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小学生、中学生、そして高校生も、いずれもそれなりの緊張感を漂わせている。

言って見りゃ、正に若葉そのものでみんな初々しい。

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その初々しさに触発されて、時代と人の生き方について思った。

二昔前なら、学校など行かなくっても、親父の後ろをついて歩いてりゃ良かった。

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稲を作るにしてもキャベツを売るにしても、みんなオヤジが教えてくれた。

見よう見まねに失敗を繰り返しながら、人は村の男になっていった。

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しかし今日、人々はみんな根無し草になっている。

自分が、どう生きていくのかってビジョンが中々描けない。

それに、高校にしろ大学にしろ、具体的な職業教育は極めてブアーになっている。

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大学を出たからって、明日から一人前の仕事が出来る訳じゃない。

だけど高校・大学に行って、学んだことにしなけりゃ一人前に扱ってもらえない。

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そんな現実を前にして、高校・大学で「若葉」は何を学ぶべきなのか?

私は、自分を磨くしかないと思っている。

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自分の得意を作ってそれをコツコツと磨くんだ。

その得意が、何時かどっかで自分の人生を支えてくれるのではないか。

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それは「優しさ」でも「明るさ」でもスポーツでも、何だっていいと思っている。

若葉は、日の光を体いっぱい浴びて、やがて自分の役割を見出していく。

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自分は、やはり自分が創るしかないんだ。

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2013年4月 9日 (火)

縮み志向を脱して

平成2年のバブル崩壊以降、日本人は萎縮を続けてきた。

あのバブルに懲りて、23年もの間デフレに甘んじてきてしまった。

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米国のエコノミストが言うように、「この国は、静かに死に向かっていた」かのようだ。

だがやっと、昨年の政権交代以降この国は動き始めたようだ。

バラ撒きから投資へと、政策が転換される兆しがその原動力になった。

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そうして為替は、あの悪夢の政権交代時〔四年前〕の水準に戻った。

株価も政権交代で50%近く上昇し、やっとリーマンショック前の水準を回復している。

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この5ヶ月間のその動きを、一部の人達は「バブルの再来」「期待先行」と揶揄している。

その深層心理は、一体何を考えているのか理解し難いが、

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この20年余のデフレ経済が、いかに私達の心までも蝕んでいたかを思わざるを得ない。

年々給料が減り、行動も思考もともすれば縮んでいたのではないか。

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なおかつ超少子化なのに、その若者達の働く場さえ減り続けてきた。

そもそも、給料が下がるのを承知で住宅ローンを組むのは難しかろう。

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企業だって、安売り競争のための投資は避けたいだろう。

と言う訳で、経済も生活も縮小スパイラルに入る。

デフレに良いことなど何一つ無い。

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デフレで得をしたのは多額の資産を温存していた人だけだったのだ。

今日は、319名の新入生を迎えての入学式があった。

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彼らが個性を磨き、自己を向上させていくのは当然のことだ。

そして彼らに、健全な経済と就業の機会を提供するのが政治と企業の使命のはずだ。

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加えて今、日本人はデフレ脱却に一丸になるべき時だ。

そうでなかったら、超大な国債の償還はおろか国家財政の破綻すら招くだろう。

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いやいや、子供達の未来のためにそんなことがあってはならない。

この期に及んでの亡国の政争なぞ、何の意味もない。

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ひたすら、子供達の未来を創ろうではないか!!

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2013年4月 8日 (月)

どうせ符丁なれど

今日からは、ぴかぴかの一年生が通学班に加わった。

何人かの父兄同伴もあったりして、今朝は少々雰囲気が違った。

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やがて半月もすれば、自然に日常になっていくのだ。

ところで卒業式や入学式に出席して驚くのは、少子化の進展ばかりではない。

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その名前が私達の頃とはまったく違っていることだ。

私たちは、女なら○×子、男なら△□男とか夫などが普通だった。

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ところが今日では「子」や「男」は探しても中々見つけられない。

とてものこと振り仮名が無かったら読めない字が多いし、

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それに男か女かの見分けすらつかない名が多い。

時の流行と言えばそれまでだが、僅か半世紀で随分と変わったものである。

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とは言え、そもそも上代にあっては蘇我馬子とか小野妹子のように、

「子」は貴族の男女に付けられた名だった。

それが平安時代には、もっぱら貴族の女性に使われたと言う。

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それが明治以降の文明開化で、大いに流行するようになったらしいのだ。

ところでちなみに今日の「野衛」「航希」「颯希」「天音」「澪響」などは、どう読めるだろうか?

やはり戦後の私達の世代は、子とか男・一・夫などと画一的で陳腐だった。

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また時代がそんな画一性を求めていたのかもしれない。

翻って今日、名前にも親御さんの思い入れが篭っているし、押しなべて個性的な名だ。

かつて「名は体を表わす」などとも言われたが、

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私などは随分安っぽい名前で、何時も悪餓鬼に虐めの対象にされた。

それで「自分の名には負けまい」と何度となく思ったものだ。

所詮符丁と分かってはいても、名前はやはり自分そのものなのだ。

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2013年4月 7日 (日)

嵐の後に

一晩荒れ狂った嵐も、今朝は嘘のように晴れ上がった。

日本平桜マラソン23.7kは、そんな雨上がりの温かな中で始まった。

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と言っても、サクラは既に葉桜で散った桜が乱舞している。

何時ものように快調に308mの日本平山頂まで駆け上る。

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見下ろせば清水港がくっきりと浮かび上がり、富士は雲海の彼方である。

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頂上からは一気にその港に向かって駆け降りていく。

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降りたら清水側からぐるっと回って草薙まで戻ってゴールだ。

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快調に走ったつもりだったが、記録は2時間6分、688/2356人で終わった。

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でもまあ良かろうと、みんなでジャンボトンカツを注文したのだが大き過ぎた。

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食い過ぎて痛む腹を抱えて、

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ともあれ運動具店を2店回ってJR静岡へ。

電車が遅れていたが、満員で発車。Cimg0334

だが・・・強風のため徐行とかで止まったりのろのろ・・・、

人いきれの息苦しさに、流石に参った。Cimg0335

ともあれ愛野駅までは走ったのだが、そこでハタと動かなくなった。

強風のため暫しお待ち下さいと言うばかりで、車中に2時間缶詰。Cimg0336

とうとう家からヘルプの車を呼んだ。

だがちゃっかりした嫁さんで「晩飯おごってくれるなら、迎えに・・」だって。Cimg0337

仕様がなくって清水の舞台から飛び降りることにした。

今もかなりの強風が吹いてはいる。

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しかし、JR在来線を全て止め続けるほどの風なのかどうか…??

ともあれ、今日は一日大荒れだ。

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2013年4月 6日 (土)

春の嵐

外は雨と風の春の嵐になっている。

穏やかな花の季節なのに、天候は実に激しく変化する。

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そして嵐は、季節を強引に先へ進めていくようだ。

今朝、雨を心配しながら山に入って、ふと見上げるとウワミズサクラが咲いている?

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小笠山にも、数本しか無い桜なのだが、普通は6月初旬に花を咲かせる。

それが何故かこの時期に満開なのは変だ。

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ウワミズサクラは瓶を洗うブラシの様な花で、一見桜とは別種と思われがちだ。

でもレッキとしたバラ科サクラ族の樹である。

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小さな花が集まって稲穂のように咲くが、良く見ると一つひとつは正に桜の花だ。

上溝桜とも別称され、版木などにも使われる。

・・・てっきりそうだと思い込んだのだが、しかしウワミズサクラじゃなかった。

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ともあれ、小笠山はこの時期が最も華やいで見える。

そま道には桜の花びらが織敷かれ、山桜が白く輝く。

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ミヤマも日陰ツツジもまだ咲いていて、それに若葉の緑がまぶしい。

蕨も走路のあちこちに顔を出していて、「誰もおらぬ(折らぬ)でホダとな」りかけている。

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山の春が駆け足を続けているように、

総会やら新入学、毎週のマラソン大会などと、私も多忙な時期を迎えている。

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明日は日本平桜マラソン、来週は掛川新茶マラソン、

そして再来週は初めての「チャレンジ富士五湖112kウルトラマラソン」である。

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悪天候なら凍て付くレースだろうし、果たしてどういう展開になるか…。

どうやらこの嵐、「過去を吹っ切って前に出ろ」と諭しているようだ。

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ウワミズ桜は、今度見付けたら改めて書きます。

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2013年4月 5日 (金)

脱皮の度に

私には、幼稚園の経験がない。

団塊世代の頭で子供の数が多すぎて、収容してもらえなかったのだ。

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小学校に入って、周りの子供が何でもできるのに驚き、

私は身も心も小さくして過ごさざを得なかった。

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ともあれ人間の成長には、それぞれの段階がある。

そういう意味で小中高大学の学制は、一種の脱皮の機会を与えていると思う。

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小中一貫教育などと良く分からない教委の方針も聞くが、

やはり子供達には、それなりのステップアップの装置が必要だと思うのだ。

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今日は、地元の小学校と中学校の入学式に臨んだ。

ピカピカの一年生は、足をぶらぶらとやはり落ち着きがない。

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その一年生を迎える二年生は、中々大したもので大変な成長を感じさせられる。

片や中学である。

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ついこの間までの小学生が、制服に身を包んで並んでいる。

かなりの緊張感さえ漂わせている。

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そう・・、そうやって私達は成長してきたのだ。

人は、進学、就職、昇進などと何度も脱皮を繰り返しながら歳をとる。

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その時々に、如何に脱皮できたのか否かが人生なのだ。

とは言え、ここ暫く脱皮を忘れて過ごしている。

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ピカピカの新入生を前に、私もそろそろ新たな脱皮を急かされた思いだ。

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2013年4月 4日 (木)

春の恵み

嵐が過ぎて、春真っ盛りの陽気になった。

私の走っている山の緑も、刻一刻と色合いを変えていく。

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その走路の途中に茶園があって、もうしっかりとした新芽を出している。

勿論、農家の丹精の結果だが、この新茶の出揃う景色は圧巻だ。

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思えば、お茶と言うのは新芽を湯で抽出して飲むと言う珍しい作物だ。

この国では、1,200年以上も前から飲まれ始めている。

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13世紀の栄西の喫茶養生記にあるように、多分にミネラル補給の妙薬だったのだろう。

抹茶による趣味的な茶道の時代を経て、江戸末期には永谷宗圓の煎茶が始まる。

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今日のお茶になるのだが、戦後ヤブキタの登場で飛躍的に味が良くなった。

そのお茶だが、この十年ばかり値段が低迷している。

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ペットボトルの普及と相まって、スーパーの安売り商品となったからだ。

と言う訳で、茶産地静岡でもあちこちに荒廃茶園が見られるようになった。

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実は走路の一角にも、この5年ほど放任され荒廃した茶園がある。

あの麗しい景色も荒れた灌木のブッシュとなっている。

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美しい景色も、私達の日々の営みが作り出しているものなのだ。

ところで山道には、お茶の芽ばかりでなく蕨も顔を出している。

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今日はそのワラビを、走りながら両手一杯に採ってきたのだ。

さっそくあく抜きし、今夜は春を味わいつつ一杯戴こう。

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2013年4月 3日 (水)

童心にて候

人は終生、その精神にコドモを持ち続けるものらしい。

私なぞも、誠に幼い気持ちでいることが多い。

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朝の街頭では正に童心に帰っているし、なまじ大人然として旗振りは出来まい。

5才になる孫娘が、時にエッと絶句するような、

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精一杯の背伸びをした物言いをしたりする。

懸命に大人の真似をして成長を急ぐ、その現われだろうか。

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そうやって私達は、何時の間にか何もかも悟りきったような「大人」になる。

だけど残っている童心は、何時も謙虚に先達の言葉を聴こうとする。

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音楽に素直に感動したり、不幸な出来事に涙するのも童心の為せる業だろう。

この時代、ミーイズムに毒された慢心者が増えている。

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彼らには何事も馬の耳に念仏だろうし、

芸術に感動するなんてことも無かろうと思う。

第一「利口な大人」なら、ボランティアなんてやらないし、ブログだって書く筈もない。

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私が、走ったり、ブログを書いたり出来るのも、実は童心のお陰なんだろう。

とてものこと、打算の塊の大人のすることではない。Cimg0225

男の一生は案外単純なモンで、意気に感じりゃ童心のまま突っ走る。

あれこれ屁理屈言ってりゃ、痩せ細った人生になっちゃうからね。Cimg0222

なまじ老成してしまうよりも、子供心を持ち続けた方が楽しい人生になる。

などと、自分の幼心を正当化させているのだ。

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2013年4月 2日 (火)

散るを待つ

春は転機の時期だが、天気の変化も又目まぐるしい。

外は、風も雨も本格的になりつつあるようだ。

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恐らく、この風で今年の桜も見納めとなるのだろう。

桜は、殊に散り際が見事だ。

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ハラハラと散り行く桜だが、決して無秩序に散る訳ではない。

早く咲いた花は、全ての蕾が咲き揃うのを待って散り始める。

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そうして散り終わると同時に、一斉に新緑へと衣替えるのだ。

この間合いと言うか、気風の良さが何とも言えず快い。

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以前、ロシアのバイカル湖近くの町を訪れた折、

何の樹だったか、晩秋のある日突然にバサッと全部の葉を落とすのだと伺った。

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極寒の地のことで、さもありなんと自然の流儀を教えられた。

ところで春四月である。

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就職・入学・転勤などと、多くの人々が転機を迎えている。

それまでの経緯を振り払い、一転新しい環境に馴染まなければならない。

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そして、その「振り払う」ってことが大切なんだ。

人はとかく、うじうじと過去を引きずって生きている。

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ともあれ、今年の桜はもう終焉だ。

新たな年度に向かって、心も一新せずはなるまい。

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2013年4月 1日 (月)

ひかげつつじ

私の走っている小笠山にヒカゲツヅジが咲いている。

痩せ尾根の崖にへばりつく様に生えて、花は淡い緑色だからまったく目立たない。

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それもこの時期だけの、ほんの一時の花で直にその存在すら見つからなくなる。

その名のとおり、あえて日当たりの悪い場所に生きるツツジだ。

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強い日差しが差し込もうものなら、葉はたちまち日焼けしてしまうほどナィーブで、

潅木の下に目立たずに生息している密やかなつつじだ。

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一方、林間に一際目を引くのはミヤマツツジだ。

高く背を伸ばし、鮮やかな紅色の花を誇らしげに咲かせている。

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林間に浮かび上がるように咲くこの時期のミヤマには、

誰だって魅せられてしまうだろう。

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同じツツジなのに、何故かくも生き方が違うのだろうかと不思議だ。

しかし、これこそが棲み分けなんだろう。

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植物は、日の光を求めて競って背を伸ばすのが常道だ。

事実、ミヤマツツジは精一杯その背を伸ばして目立っている。

目立ってはいるが、背の高い樹木の下であることに変わりはない。

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その反対に背を伸ばすのを止めてしまったのがヒカゲツツジだ。

背を伸ばす代わりに、僅かな光で光合成が出来るようにしたのだろう。

だから咲かす花だって地味な黄緑で、あえて殊更に目立とうとしていない。

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だけど、俺はこうやってチャンと生きてるぞって存在感がある。

そんなヒカゲツツジなりのメッセージを、この春のひと時にだけ送ってくれている。

私達にだって、人それぞれの生き方がある。

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何も目立つ必要はない。

こつこつと自分なりの生き方を極めりゃ良いのさ。

ヒカゲツツジの花は、そんな何事かを語りかけているようである。

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