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2013年4月28日 (日)

偲びて思う

ある日突然に、身近だった人の訃報に接することが増えた。

生者必滅であって、何時かは誰もがそうやって死んでいく。

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今日は叔母の法事があって、しばし故人のことを思い出していた。

この人も自分なりに一生懸命生きていた。

子供の頃、そんな叔母を一個の生き様として観察していたようなそんな気がする。

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その叔母が突然亡くなってから、もう一年が経過した。

たった一年なのに、遥かかなたの昔の人のような気もする。

生老病死は生物の必然、死すれば既に鬼籍の人なのだ。

法事の故に、フッと何ということも無い幾つかのシーンを思い出していた。

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しかし私はあくまで第三者であって、この人のことを殆ど知っていない。

どんな思いで生きたかってことも知らない。

ことほど左様に、他人は自分が思っているほ自分に関心など持ってはいないんだ。

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葬儀に多くの人が集まったとしても、その儀式を除けば、

その死を見つめる気持ちは犬猫とさして変わらないのではないか。

それに人間は、死んでもあの世は有り得ないと知ってしまっている。

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死ねば、ただその生涯を終えるだけの話だ。

不老不死を求めた秦の始皇帝の夢は果たされなかったが、

IPS万能細胞が実用化されると、寿命は更に延びるかも知れない。

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臓器を取り換えることで人は見違えるように元気になるだろう。

だがしかし、それとて限界が来る訳で、

それよりも、やるべきことをやり終えたら、人はせっせと死ぬべきだろう。

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肝心なのは生きて何を成すべきかなんだが、実はそいつが一番難しい。

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