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2013年4月 5日 (金)

脱皮の度に

私には、幼稚園の経験がない。

団塊世代の頭で子供の数が多すぎて、収容してもらえなかったのだ。

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小学校に入って、周りの子供が何でもできるのに驚き、

私は身も心も小さくして過ごさざを得なかった。

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ともあれ人間の成長には、それぞれの段階がある。

そういう意味で小中高大学の学制は、一種の脱皮の機会を与えていると思う。

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小中一貫教育などと良く分からない教委の方針も聞くが、

やはり子供達には、それなりのステップアップの装置が必要だと思うのだ。

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今日は、地元の小学校と中学校の入学式に臨んだ。

ピカピカの一年生は、足をぶらぶらとやはり落ち着きがない。

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その一年生を迎える二年生は、中々大したもので大変な成長を感じさせられる。

片や中学である。

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ついこの間までの小学生が、制服に身を包んで並んでいる。

かなりの緊張感さえ漂わせている。

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そう・・、そうやって私達は成長してきたのだ。

人は、進学、就職、昇進などと何度も脱皮を繰り返しながら歳をとる。

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その時々に、如何に脱皮できたのか否かが人生なのだ。

とは言え、ここ暫く脱皮を忘れて過ごしている。

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ピカピカの新入生を前に、私もそろそろ新たな脱皮を急かされた思いだ。

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コメント

子供達の成長を見守ることは、嬉しい事ですね。
我が家の2人の大学生もこの春に社会人となり、一皮も二皮も脱皮した逞しさが有ります。
嬉しいけど寂しくも有ります。
『俺に心配をさせろ!』と子供と向き合って来ましたからね。
この春、私も脱皮しますよ。
我が親もしてきたなを感じてました。

余談ですが、この春兄が二度目の脳梗塞に成りました。介護生活や死の覚悟は出来て居るのだろか?
葬式を終活をする時代と成ったが、それも寺や葬儀屋の商売に過ぎない。
問題は死に方をどうするか?決められたらいいのに。
自分でトイレに行けない、オムツ交換も出来ない。
兄貴、こんな老後脱皮どころじゃないが、それも人生なんだろうね。

投稿: ひろ | 2013年4月 5日 (金) 20時57分

お子さん達の巣立ち、おめでとうございます。親父の背中をしっかりと見せてきたんだから、もう、遠くから見守るだけですね。

 そして、ひろさんご自身は心置きなく、自分の人生を生きりゃ良い。

 それにしても、身近な方の病気は何ともお気の毒で、一日も早いご回復を願わずにはいられません。倒れられたご本人には、ゼロからの出発でもリハビリに向けて着実に歩めるようご祈念申し上げます。
                山草人

投稿: 山草人 | 2013年4月 5日 (金) 21時59分

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