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2013年5月11日 (土)

人と絆

今夜は少し難しい話になりそうだ。

東北のあの震災で「絆」がひときわ強調された。

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誰が言い出したのかは別にして、あれは連帯と言いたかったのだと思う。

一定の意味はあるにしても、絆とは誠に漠として実態を伴ったかどうか。

支援金を出せば、「絆」であるかのような幻想さえ抱かせた。

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二年以上たっても、未だに仮設住宅で多くの人達が暮らしている。

阪神・淡路の際には、もうとっくに全ての仮設住宅が閉鎖されていた。

今、「東北に寄り添って」と言われている。

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復旧すらままならないのに、世間は既に震災を風化させつつあるからだ。

戦後の日本の国の現実は、ミーイズムが闊歩する国になっている。

困っている人が有ったって、見て見ぬ振りをして過ごそうとする。

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マザー・テレサが「無関心が一番怖い」と言っていたが、

「俺にゃ関係ない」がこの国の現実ではないか。

戦後、自由と言う言葉が独り歩きしてきた。

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この自由は、ひょとしたら「タコ糸の切れた凧」の自由ではないのか。

凧は、その糸に引っ張られているからこそ天高く上がることが出来る。

だけど「俺は、糸が無けりゃもっと大空へ」と錯覚したのではないか。

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世間の規範も倫理も、そして互助の精神すらも置き捨てて欲望を追求してきた。

その結果、地域のコミュニティーも、家族の団欒・会話すらなくなって、

残ったのは孤独だけだった。

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子供達だってすべてが与えられた結果、生きていく自力と智慧を失い、

自殺者3万人、引篭りやDVの多発をもたらしている。

戦後、何かが狂ったのだ。

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今日は青少年健全育成関係と地区社会福祉の二つの総会があった。

午前午後の会合の中で考えたことだが、

講師の龍谷寺住職、笛岡賢司さんのお話は考えさせるものがあった。

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コメント

兄貴『絆』と言う言葉ずらは素晴らしい言葉だと以前より思ってました。
一年を締めくくる漢字に『絆』の字が来る年を待ちましたが、震災がきっかけとなるとは予想もしませんでしたね。
また僕らが学生の時は、互助と言う言葉は習いませんでした。
経済学では、利益の増大こそが企業の目的と習いました。
兄貴の思う、凧の凧糸とは、法律でしょうか?
互助の精神でしょうか?
利益追求に忘れ去られがちな日本人の良さを貴重に感じます。
かつて日本人にも中国や北朝鮮のような極貧も有りましたが、彼らはどうやら同じ道を歩いては居ない様ですね。
また私も震災地の岩手に行きました。
被害を受けた同じ場所に生きるのは難しくも思
います。
また、数十年後に同じ事が起きるとしたら同じ地には戻れません。
でも東海の地でも同じ場所で生きて来たようですね。
そして忘れて行くのです。

投稿: ひろ | 2013年5月12日 (日) 20時11分

 はて、凧糸は人によって違うかも知れませんね。
 私は、規範とか道徳(宗教)、公徳心、慈悲心・・・・中々適切な言葉が見つかりませんが、自分の信ずる哲学の様なものでしょうか。
 今の日本人には、そのような芯が抜けてしまっているような気がしています。
               山草人

投稿: 山草人 | 2013年5月12日 (日) 20時23分

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