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2013年6月 3日 (月)

ボタンホール

背広の襟に開いているあの穴のことである。

そもそもあの穴は、かつて右の襟の裏にボタンが付いていて、

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寒い時に襟を立ててボタンをはめた名残だ。

しかし今じゃそんなボタンは無いんだから、只の飾り?に過ぎなくなっている。

その孔にバッジを付けようなんて考えたのは一体誰だったのか?

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それはともかく、羽織の紋の伝統の故かどうか、日本人はバッジが好きだ。

議員の先生を始めとして、実に沢山の人が何らかのバッジをつけている。

〔ちなみに西欧じゃ国会議員にもバッジなんてものはない。〕

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私も就職以来バッジと共に毎日を過ごしてきて、

そいつがずぅ~っと私の背広のボタンホールに光っていた。

一種の帰属の安心感でもあり、プライドや自負心の象徴でもあった。

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それが退職によってボタンホールが空になった。

襟が俄かに軽くなったような気がして、

その空虚感に暫くは浪人の悲哀をさえ感じさせられたものだ。

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今では襟の軽さに、かえって気ままな自由を感じてさえいるのだが、

ここにきて幾つかのバッジをTPOに応じて付ける様になっている。

一つは青少年健全育成の挨拶バッジであり、市のユルキャラ「しっぺい君」、

地産地消の「笑味チャン」、その他にも幾つかあるのだが・・・・。

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インパクトはあんまりないが、何とか体面を繕い得ている。

いっそバラの花でも刺して歩いた方がが気が利いているだろうが、

今のところその勇気はない。

頼りなげではあるが、このバッジで幾ばくかの帰属を示すことにしているのだ。

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定年と共に激変したのがネクタイだ。

これも大量処分したのも束の間で、今又少しずつ復活しつつある。

それにどうせ締めるなら、定年後は遠慮なくど派手なヤツをと思っていたのだが、

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こいつも長年の習性が災いしてそれを許さない。

ともあれ、男にとってボタンホールは只の穴ではないのだ。

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コメント

 私がバッジをつけていたのはわずか7年だけでした。その前もそしてその後も現在まで私のボタンホールはただの穴です。バッジをつけいるときはそのことを意識して言動に気をつけていたように思います。具合が悪いときはバッジを外したりということも…。今いくつかのバッジはありますがつけたことはありません。
 ネクタイは季節が変わるごとに買っていましたが、今はストックの中から選ぶだけ。流行から遅れているネクタイをしているかもしれません。新しいネクタイを買うまでもないと思っている今日この頃です。

投稿: やま | 2013年6月 3日 (月) 22時32分

 7年とは随分少ないですね。バッジ無しで胸を張って生きてこられたんだから立派です。

 どっかの議員先生のように「バッジに物を言わせる」ような人もいますからね。

 でも、ボタンホールって不思議な孔だな~としみじみ思っています。
                山草人

投稿: 山草人 | 2013年6月 4日 (火) 06時25分

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