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2013年6月18日 (火)

この国の人々

明治維新の原動力は、「攘夷」と言うことではなかったか。

外の世界からの脅威に対する「心配」が攘夷の根本だったろう。

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そしてそれが又、一気に国論として沸騰した。

結果として、明治維新と言う革命を成立させたのだが、

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明治政府は、その国論を意図も簡単に捨ててしまう。

一部不満武士の反乱はあったにしても、国論は富国強兵へと急転することになる。

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誠に、熱し易く流され易い国民と言うべきだろうか。

時代は進んで帝国主義時代になると、

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我も植民地をと損得の深慮もなく満州国の設立にと突き進む。

挙句の果ては、多くの国民の血を流した上に国を滅ぼすまでに至った。

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それで戦後は、今度は従順なミーイズムの世界に住むようになる。

それでも東西冷戦のお陰もあって、戦後の経済が拡大に次ぐ拡大を遂げた。

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結果としてそんな利己主義も許容されたのだが、それで慢心してしまった。

成功体験が、戦後の仕組みや枠組みをフレキシブルに変えようとさせなかったのだろう。

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今、参議院選挙を前に憲法を巡る議論がある。

今日の憲法は、この国を今日の発展に導いた大元だ。

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しかし世界の力関係はどんどん変わっているし、

誰も予想だにしなかった成熟社会が到来しようとしている。

本当の民主主義をちゃんと育てる必要も、地方自治の確立も必要だ。

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考えてみれば、現在の憲法は占領下にあって、その監視下で下付されたものだ。

当時の国民はおしなべて食うや食わずで、

有楽町のガード下あたりにはアメリカ兵相手の慰安婦がうろうろしていた。

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当時のこの国の人達が、この憲法制定にどれ程の関心を持ち得ただろうか。

然して今日、尖閣や竹島、北方領土と回りの国から恫喝を受けても、

それに正面向かって対処することが出来ない国になっている。

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そういう意味では、世界の国々と同等の普通の国としての憲法を持つべきだろう。

戦前に、何度かの護憲運動と言うのがあった。

当時は国民の権利を擁護する意味での「護憲」だったと思う。

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それで私達は護憲=正義と思い込んでいる節がある。

党利党略ではなく、選挙を機におおいに憲法議論をするべきだと思うのだ。

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