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2013年7月31日 (水)

走るってこと

世は、猫も杓子ものマラソンブームである。

飽食の果てに健康を得るためのいじましさの感もあるが、それも結構である。

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だけど、一人黙々と走らなければならないマラソンは根気が要るし、

ただ苦しい走りをしていたんじゃ三日坊主が関の山だ。

スポーツと言う言葉は、競うとか鍛えるといったイメージが強いが、Dscf7118

もともと解放とか自由と言う意味が内包されているのだそうだ。

体を動かすことを楽しむことで、心身を解放するということだろう。

そう、スポーツは楽しまなきゃ意味が無い。Dscf7027

私がフルマラソンに始めて挑戦したのは、もう20数年前のことだ。

その頃は、楽しむなんてことは想像すら出来なかった。

相当な覚悟で望んだその小笠・掛川マラソンの結果は悲惨なものだった。Dscf7023

20k位までは快調に駆けたんだが、その後は歩くのも苦痛になった。

ドンドン追い抜かれていくし、制限時間は迫ってくる。

自分の体でありながら如何とも言うことを聞かない。

泣きたい様な気持と動かない体を引きずって、やっとのことで門限間際の5時間でゴール。Dscf7008

ゴールしてから帰宅するまでが、動くことも儘ならずまた大変だった。

あぁ~、マラソンとはこう言うものだったのかと、その時初めて知った。

同時に、マラソンの奥の深さに心酔したと言っていいだろう。Dscf8037

それから四半世紀、その私が今ではウルトラマラソンを走っている。

しかも楽しんで走っている。

自分の心と体の対話を楽しんでいる。

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殊にマラニックは出会いあり会話あり、そして観光ありで飛びっきりのレジャーだ。

マラソンは無心に体を動かし続ける単調なスポーツだけど、どのレースにもドラマがある。

無心に走るのは座禅にも似て、自分との奥深い所での対話でもある。Dscf5805

そしてどのレースだって、自分が主人公で無かったためしはない。

だからマラソンは、心と身の人生ゲームだと思う。

遥かかなたのゴールに向かって走り続ける生涯のゲームさ。

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2013年7月30日 (火)

ゴミを減らそう!

稼ぎに追いつく貧乏神がいる。

このところ、そんな気分になっている。

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春先に、市長から国保税45万円也の請求が届いた。

女房と二人の医療保険料としては余りにも高くはないか・・。

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この10年ついぞ医者にかかったことがないし、無保険にした方がと思ったが・・・、

保険だからな~と思い直して支払った。

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すると今度は、市県民税の年金特別徴収金200,200円也の請求が来た。

勿論私は、給与から所得税も市県民税もちゃんと引き落とされている。

それなのに、なけなしの年金から20万円余の徴収をすると言う。Dscf8118

そしてまた今日、介護保険料特別徴収8万8千円余の請求である。

如何に何でも高齢者から…・・この後何の請求があるのかと戦々恐々としている。

さらに新聞を見れば、高齢者の年金減額とかの活字が躍っているじゃない。

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ついつい、言わでもの愚痴を書き始めてしまったが、今日はゴミ問題である。

街の廃棄物減量化等推進協議会に臨んだ。

古紙や金物などの金になる廃棄物は減っても、廃ブラを始め一般廃棄物は増える一方だ。

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それで昨年の総排出量は約4万3千トン。

これを燃料を添加して焼却している。

ゴミは、一人一日平均すればたかが(?)688gの排出だが、

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一人当たり処理費として、年間に8,566円の税金を使っていることになる。

高い税金を減らすために、せめて皆でゴミを減らそうよ。

私の市県民税が減る保証はないけど、それでも何とかしてよ!!!

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2013年7月29日 (月)

古里は何処に

この国は、高度経済成長と引き換えに古里を無くしてしまった・・・のだと思う。

長く住んでりゃ、そこが古里になるかって言うとそうでもない。

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「ふるさと性」とでもいうか、人々が助け合て暮らす共存の仕組みが崩壊した。

人々はくっつきあって生活しているにもかかわらず、心理的には赤の他人ばかりだ。

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ミーイズムが当たり前になって、近隣忌避の心情が蔓延している。

仕事も生活も別個だし、手間ゆいも味噌しょうゆの融通なんてことも無くなった。

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それに携帯で好き同士が勝手に繋がってるからか、近所に仲間を求めることも無い。

近所と没交渉でも一向に困ることが無いんだ。

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親同様に、子供だって近所で群れるなんてこともない。

私達の子供の頃の草野球や鬼ごっこなんて、既に古典遺産になっている。

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居住地ではあっても、何時までたっても自分の古里にはなりそうもない。

だから定年になって家で暮らすようになっても、一向に親しく付き合える人がいない。

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それどころか、歳を経るに従って近隣との些細なトラブルが増えていく。

そんな被害妄想が重なると、人を殺して放火なんてとんでもない事まで起こるんだ。

先日訪れた駒ヶ根市では、「隣組」の復活で災害時の共助単位にと目論んでいる。

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イザ地震でも安否確認や救助がスムーズに出来るだろう。

日頃から、その時のためのコミュニティーにだって心がけてほしい・・そんな期待もある。

阪神淡路の震災時にも、実際の救助は近所の力が大きかった。

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イザとなれば、遠くの親戚よりも近くの他人なんだけどね。

かては極普通に「おすそ分け」があったし、学校の帰りにゃ「お帰り」って声が飛んできた。

ちょつと煩わしいけど、軟らかくって温かな地域社会があったんだ。

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それがこの半世紀、豊かさを求めた筈なのに、多くの孤住を生み出している。

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2013年7月28日 (日)

ランナーの気持ち

かつて一人で走っていた頃、自らの記録更新が励みだった。

懸命に練習距離を伸ばして、サプリなんかにも気を使って、

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自分の努力の成果を追い求めていた。

それが歳と共に、記録の低下を如何に食い止めるかに変っていった。

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やがて、走り続けることが必要なウルトラが中心になっていく。

そのウルトラだって、「もう止めよう」「否、ここで負けてたまるか」と葛藤の連続だ。

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このところ熱暑が続いていて、山を走っていても体が気怠い。

つい歩こうとする誘惑に駆られる。

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でも別の脳が「いやいや、ここを踏ん張れ」と命令を出す。

そしてその苦しさを乗り越えると、今度は淡々とした走りが続くんだ。

日頃のランであれレースであれ、確かに自分の「脳」との駆け引きなんだ。Dscf7618

よく「ランニングって、中毒になるんだよね」などと聞かれたりする。

もちろんランニングと縁のない人の言葉だが、全くの勘違いと言える。

中毒になれるんなら成りたいと思うんだが、そりゃ無理な相談だ。Dscf7441

何故なら人間は、何らかの意思がない限り、安きに流れるように出来ているからだ。

ランナーがお互いを思いやるのは、自分に挑戦しているその心を知っているからだ。

隠岐の島で「馬鹿、馬鹿・・・・」と呟いている若い女性と一緒になった。

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「どうしたの?」と聞くと、フルマラソンも走ったことがないのに

50kにエントリーしてしまったことを悔いていると言う。

25kまで走れたけど、もう歩くのも限界だと言う。Dscf7300_2

私は80k地点だったけど、「若さでしっかり歩きゃ、何とかゴールできるぞっ」って、

励まして先を急いだ。

彼女は、果たして大きな壁を乗り越えられたかどうか?Dscf7021

人は大抵、経験したことの無い事態に遭遇すると脳が拒否反応を起こすのだ。

何度も何度もそんなことを経験して、ウルトラの距離にも耐えられる脳になっていく。

とは言え、もう100レース近くウルトラを走ってきた私だって、ウルトラの完走は難しい。

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ランナーの共通の心は、前向きな気持ちでいるってことさ!!

だからどのレースでも、共に走る人達の顔が大好きさ。

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2013年7月27日 (土)

茶草場へ

この春、世界農業遺産に認定された茶草場とは一体何なのか。

焼畑農法とか棚田と言うのは分かるが、如何なる農法か御存じだろうか?

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そんな疑問を胸に、茶草場農法の本拠地、掛川の東山に出掛けてみた。

掛川の山間、小夜の中山の北方に位置する粟ヶ岳(514m)を中心とした地区だ。

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講師は、世界遺産認定への立役者静大の稲垣栄洋教授である。

彼は、雑草生態学の権威としても知られている。

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ともあれ、茶草場農法である。

簡単に言えば、草刈り場から刈り取ったススキやササをミンチして茶園に施す農法だ。

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茶園のまにまに草刈り場があって、その草をもう半世紀以上セツセと茶園に敷いてきた。

そのことによって、生物の多様性が維持され、美味しい茶が生産されてきた。

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何ということは無い、日本人の極自然なかつての農村の営みである。

化学肥料の無かった時代には、何処の地区にも「入会地」があって、

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田畑の肥料にするための草を刈り取ることを専らにしていた。

勿論、今ではそんな農法は絶えてしまって久しい。

この東山地区にも棚田があって、入会地の草を肥料にしてきたのだろう。Dscf8109

何時の頃からか田は茶畑に代ったが、山間地独特の地形を上手く使う農法として、

それに味の良い茶が生まれる秘訣として茶草場が残されてきた。

当然ながら、傾斜地で草を刈って茶園に入れる作業は並大抵の労働ではない。Dscf8107

それでもその農法が綿々と維持され、茶草場にはササユリやオミナエシが育ち、

人間と農業と自然の典型的な調和がそこには残されていた。

粟ヶ岳の登り口に「いっぷく処」という茶業青年たちの店がある。Dscf8106

そこで彼らの育てた在来の「加久良」と言う美味しいお茶を頂いた。

その粟ヶ岳の頂上近くには、巨大な「茶」文字がある。

この茶文字は縦横130mもあって檜で「茶」と言う文字を描いている。Dscf8102

昭和8年に作ったらしいが、この茶文字は茶草場の真ん中に描かれている。

遠くから手旗信号で指図しながら檜を植えて行ったと言う。

そう、昭和の初めにだって、この地区にゃユニークな人達がいたんだ。

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そんなこんなひっくるめて、FAO(国連食糧農業機関) の職員は圧倒されたんだろう。

兎に角、農家の人々の営々たる営みが世界農業遺産「茶草場農法」なのだ。

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2013年7月26日 (金)

自分への栄養

人には四つの義務があるという。

それは給料をくれる組織への義務、家族への義務、自分への義務、

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そして地域社会への義務だ。

これが全部出来ない人は、一人前じゃないらしい。

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・・ってえ~ことは、この世の中じゃ半人前が多すぎるってことだろうか。

ともあれ、組織への義務は四十年近く十二分に果たしたつもりだし、

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家族には十分でなかったにしろ不自由はさせなかった。

地域社会への義務は…・・・何とか果たそうと奮闘中だ。

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だが、自分自身に対してどんな義務を果たせば良いと言うんだろうか。

最近、それは自分の為に生きると言うことではないかと思いだしている。

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もっと言えば、納得して死ぬる覚悟が出来るか否かと言うことだ。

現役時代、人生の多くが組織の一員としてのものであり、

そのことによって家族の生計を成り立たせていた。Dscf8086

自分自身を組織に不可欠な人間として自負し、場合によっては権勢をふるっていた。

ところが定年と同時に、その全てを失ってただの私人になる。

仕事が無くなるのは当たり前だが、肩書も無くなると同時に人間関係まで消えてしまう。

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家庭からだって、収入のない亭主は只の産業廃棄物だ。

まさに、突然社会の無用者になったと思い待むのもムベ成るかなだ。

先日の厚労省の調査では、

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一人住まいの高齢者の16%が2週間も人と口をきいていないと言う。

一人寂しく生を費やすのは、如何にも空虚だ。

かと言って、隣人を片っ端から叩き殺して火付けするのは奇人の沙汰だ。Dscf8049

人には仕事や家族以外に、自分に対してやらなければならないことがある。

それは一個の人間としての「私生活」を確立することだ。

趣味であれ交友であれ、はたまた奉仕でも良い。

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そのことで人生はピリッとしてくるはずさ。

自分にどういう義務を果たすことが出来るかが、これからの課題だと思っている。

言って見りゃ~、自分への栄養だな!!

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2013年7月25日 (木)

身勝手

ほんの少し前までの時代には、人々は自然と妥協しつつ我慢して生きていた。

それが一転して、人々は高速で動き回り欲しい物を手に入れるようになった。

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それでみい~んなが、それぞれ勝手なことを言いながら生きるようになった。

しかも私達は、猛烈な勢いで地球の自然を破壊しながら生きている。

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それなのに、そんなことはお構い無しで生きている。

例えば、この暑い夏をしのぐためにクーラーが飛ぶように売れていると言う。

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当然ながら大量の電気が必要になる。

片や、多くの人々が原発再稼動反対と叫んでいる。

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核廃棄物の処理も出来ないのに、原発をどんどん稼動させるには当然無理がある。

しかし、風力や太陽光で大量の消費電力を賄うのは当分無理な話だ。

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かと言って火力発電を増やせば、大量の石化エネルギーが必要になる。

地球の石化資源には自ずと限りがあるし、地球温暖化だって自ら招いた事態だ。

それに価格高騰する石油や天然ガスを、何時まで買い続けることが出来るのだろうか。Dscf8040

電気料金もじわじわ上がり始めようとしているのだが、

ともあれ、そんなことはお構い無しで快適な生活は欲しいのである。

これまでの暮らしは既得権であって、その上で勝手な事を言っている。Dscf8044

豊かさを享受することと、文明への懐疑は別物として捉えているのだ。

それにあれだね。

むしろ「自分だけ良けりゃ、あとは知ったことか!」Zていうミーイズムに因がある。

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「原発は動かすな。我が家じゃ冷暖房は使わない」って言ってほしいね。

近世の人間は、墓穴を掘りながら生きているのかも知れない。

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2013年7月24日 (水)

嫌地

ほんとうに久方ぶりの雨だが、どうも雨量は十分ではなさそうだ。

もう一か月以上雨らしい雨が無くって、田畑はひび割れだらけになっている。

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毎日ジョロで灌水してきたが、干ばつによる害は避けようもない。

実は多くの植物には、同じ場所で育つの(連作)を嫌う性質がある。

特にナスやトマト、ピーマンなどのナス科の植物では顕著で、

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連作すると枯れてしまったり、枯れなくても収穫は激減することになる。

私の栽培しているオクラも連作障害があって、一年間休耕したのに生育は今一歩だ。

連作障害の原因は未だに良く分かってはいないのだが、

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作物の出す毒物質(アレロパシー)が貯まって、様々な悪さ(嫌地現象)をするらしい。

アレロパシーを洗い流すのが十分な降雨だから、今年の作柄の悪化は如何ともし難い。

この点、日本の水稲は何千年も連作してきている。

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田圃に水を張ることによって毒物質を流し去ってしまうからこそ可能な農法なのだ。

この営々たる山紫水明の水田風景が、私達の風土や美意識を形作ってきた。

それに急峻な国土故の速い水の流れを田圃に貯めながら流すことで、

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貯水や地下水の涵養にもなってきたのだ。

日本人の風土と文化、そして私達の生存は水田によって支えられてきたと言える。

その水田が、長年の生産調整で痛めつけられ、Dscf8083

そしてまた今回のTPPで決定的な危機にさらされようとしている。

そもそもコメは、経済的な側面だけで論じられるべきものではない。

仮にこの国から水田が無くなれば、

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この国土を形作ってきた精緻な自然のメカニズムが狂って、

食の崩壊に止まらず民族の生存基盤にも影響が出るのではないかと思う。

あの悪名高い管総理などには、軽薄にもそんな思慮の片鱗すらも感じられなかった。

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しかして今、安倍政権の交渉力に一縷の望みを託す他ない。

話しは変わるが、今日、本校の野球少年たちの夏は終わった。

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毎回絶好のチャンスは作り出すのだが、結局得点に結び付けることが出来なかった。

後は、富士市立高校の静高戦での健闘を祈るばかりだ。

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2013年7月23日 (火)

第三戦を終えて次へ

今日は島田球場での第三戦(対浜名高校)に臨んだ。

立ち上がりから前半に5点を楽々と先取した。

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快勝と思いきや 20番(古瀬)、5番(彦坂)、1番(川窪)と継投の間に2点を献上する。

継投は中々難しいが、

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この継投が上手く行けば、今年は意外な成果を出せるかもしれない。

結局試合は5対2で勝利することが出来た。

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しかし、浜名高校も伝統校だけあって、応援合戦では圧倒されていた。

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切れ目のない応援についつい目がひきつけられる。

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野球は、がっぷり四つのチーム対チームの勝負だけど、

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その真剣勝負を通じて球場の皆が多くのことを学んでいく。

応援だって、精一杯の応援が出来りゃ、そこから学ぶことも多いさ。

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実は私は野球はからっきし苦手だけど、チームプレーを見るのは大好きだ。

日頃の鍛錬でお互いの信頼を培い、それをベースにチーム戦を展開する。

野球の正に醍醐味だろう。Dscf8072

しかし私は、チームの期待を背にした時の大一番に弱い。

もっともそれが得意なら、かつての長島選手の様になれたかもね??Dscf8073

冗談はともかく、この高温注意報発令下で選手も応援団も良くやった。

次を勝てば、とりあえずベスト8になる。

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その先は多分、一昨年決勝戦で敗れた静高との対戦が控えている。

あの時の借りを、たっぷりと返すことが出来ればと願っている。

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2013年7月22日 (月)

夜店市の賑わい

私の住む町は、かつてガチャマンと言われたほど賑わった街だ。

町じゅうに鋸屋根の職布工場が立ち並び、全国から女工さんが集まっていた。

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ガチャンガチャンと織機の音が絶えることなく響いていた。

その別珍コールテンと言う厚手の布は、戦後の物不足の中で珍重され、

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ガチャマン景気は永遠に続くと思われていた。

そして商店街には若い女工さんなども含め人が絶えることは無かった。

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だが、昭和48年のオイルショックあたりが止めだったろうか。

そして今、職布の工場は数えるほどになって、音も人も静かな町になった。

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商店街も名ばかりになって、それだって客足はまばらだ。

かつての賑わいを知る人すら少数派になっている。

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それで瞬間的ではあっても「かつての賑わいを再び」と開催されたのがこの市だ。

先日の夜店街には路上に所狭しと露店が並び、歩くのも難儀なほど人が集まった。

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特に夏休みを前にした子供たちは、連れ立って徘徊し束の間の非日常を楽しんでいた。

ともあれ地域も町も、そして人だって産業と共に変遷する。

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あのデトロイト市の破綻だって、産業の空洞化に由来する。

このところ沈む夕日のように下降傾向にあった日本の産業だが、

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強力な政権の誕生と共に、息を吹き返すことを祈念したい。

産業は栄枯盛衰とは言え、産業が元気でなけりゃ雇用も賑わいも生まれないんだから。

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この国の夜店市(デフレ脱却)も、真夏の夜の夢であってはなるまい。

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2013年7月21日 (日)

人生走り旅

朝曇りは暑くなる。

その通りの一日だったけど、爽やかな風が湖面を伝ってきて良い一日だった。

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浜名湖半周35kmを走りながら、この暑い中何故走るのかって考えていた。

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或いは自分の生きていることの確認かも知れないし、

一歩一歩走ることによってしかこのレースは終わらない。

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その人生と同じことを、この浜名湖を舞台に私はやっている。

そうさ、走るってことは自分の生き様を確認することなんだ。

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暑くったって、苦しくったって、仲間と共に目的地に向かう。

走友は共に生きる仲間だ。

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もちろん人それぞれ、色んな思いでこのマラニックを楽しんでいる。

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でもね、突き詰めると自分の生を確認するために走っているんだと思う。

今日もその過程で愉快な出会いが幾つもあった。

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人は色んな裃を着て生きているけど、裸になれれば皆近しい存在さ。

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35kmは、今日参加した人をそれぞれに結びつける35kmだった。

呼びかけ人のHさんが、7年前のこのサマーランの写真を持ってきた。

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私の7年前は初々しく、颯爽とした姿で写っていた。

それから今年まで、うぅ~ん、随分年月を経たような経ないような。

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人間なんてのは、今を生きているんで、今が人生において一番若いんだ。

そうさな~、私も偉そうにゃなったけど、昔とちっとも変っちゃいない。

そういう意味でこのマラニックは、素晴らしいサロンなんだろうと思う。

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大自然を味わい、自分の人生を噛締める。

一年に一度の浜名湖サマーランさ。

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2013年7月20日 (土)

ハンドルネーム

山草人のペンネームを使いだしてから、もう10年になる。

静岡新聞社から「スローな気分で生きてみたら」と題した本を出版した。

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その際、現役だし本名じゃまずかろうと「山草人」と称することにした。

思いは、草莽とか月並み、山の中のぺんぺん草と言ったところだったろうか。

極普通のペンネームと思ったが、意外に同名がなかった。

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と言う訳で、今では私の専売特許である。

時折「山草人、読んでますよッ」って声がかかる。

勿論、このブログを時折のぞいているってことだ。

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だけど、「山草人さん・・」と言われることは無い。

姓か名か判然としないハンドルネームだからだろうか。

それとも、固いことばかり書いているから敬遠されるのかな?

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ともあれ実は私自身、今では本名よりもこのハンドルネームが気に入っている。

姿の良い印章もあって、押す度に清々しい気分になる。

山の草も日陰ながら必死で生きている。

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踏まれても虫に食べられても、それでも健気に生きている。

そんな自分でありたいと念じているんだ。

それで今日は、少し気分を変えて浜名湖北の「尉ヶ峰」を走った。

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片道5km弱のコースだけど、ほとんど平坦な所は無い。

標高400~500mの石灰岩の尾根道である。

勿論この道にだって、私の友達(山の草)は性強く生えている。

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時折、浜名湖や奥山を一望しながらゆっくりと走る。

土曜なのに案外ハイカーが少なくって、やはり暑さが嫌われるのかな。

とは言え、湖面から涼しい風が渡ってくる。

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誰が名付けたか尉ヶ峰、一種不思議な空間だと思っている。

そう、私のハンドルネームの様な存在だ。

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2013年7月19日 (金)

ネット 社会雑感

ネット選挙解禁とやらで、一際その影響度が注目されている。

既に個々人にとって大なり小なり、ネットと言うツールは不可欠なものになっている。

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不肖ネット音痴の私だって、パソコンと携帯が無くっちゃやっていけなくなっている。

メールやネットトレードはともかく、ブログは既に私の生活の一部だ。

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かつては、日記を書くことを習いとしていた。

しかし日記は8年前にパタリと止めて、ブログと言う形にした。

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それで、今日の書き込みは2,636日目である。

勝手な思いを書いているのだが、この間42万余のアクセスを頂いた。

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これまで、励ましも含めて多くのコメントを寄せていただいた。

それに毎日読んでくださっている人の存在が、私の励みになってきた。

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中にはF(男)の様に誠に不埒な書き込みを続ける奴もいたが、

人それぞれにネットへの接し方があるものだと、一面で興味深くもあった。

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よほど鬱屈した人間なんだろうが、顔の見えないネットでは平気で破廉恥が出来てしまう。

まあしかし、ネットの負の部分だが、

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ネットで欲求不満を晴らそうなんて技は私にはできそうもない。

そもそもツイッターにしろブログにしろ、

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閉鎖的な日記が公開されたトークに変わったことに意味がある。

特定のブロガーの書き込みを毎日読んでいると、

私の場合はどうなのか分からないが、その書き手の心の振幅が見えてくる。

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そして、その生き様への共感と言うか関心が、ブログを読む原動力になる。

ネットは、書き手読み手双方に新たな心の広がりを提供したのだ。

このネット社会、如何に生かすかは私達の才覚だね。

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2013年7月18日 (木)

夏の一日

暑い暑いと過ごしている。

それに、もう随分と雨が無くって、畑の灌水が大変な作業になっている。

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暑いのは更にこれからが本番だが、日長は夏至から既に朝晩で10分短くなった。

今日は、珍しく予定のない一日である。

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早朝のブドウの出荷・調整作業を終えて、子供達を見送る街頭に立つ。

子供達も23日から夏休みと言うことで、少し違った雰囲気を醸している。

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そう、誰にもあったあの気怠い夏休みの匂いだ。

ともあれ、こんな予定の無い日は何時もの山に向かう。

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ウバメガシに覆われた緑道とは言え、夏の暑さは避けようもない。

だが、ときおり谷から吹き上げる風が何とも心地よい。

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帰宅して昼食の後、参議院の期日前投票にでかけた。

何時もはあやふやな投票だったけど、今回は期待を込めた投票となった。

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嘘つきや混迷の政治はもうこりごりだ。

右翼でも左翼でも構わないし、原発も論外だ。

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この国の未来を力強く牽引してくれそうな政治に期待を込めて投票した。

半ズボンで投票所に出向いたんだけど、

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立ち会いの女性から「キュッと締まって、すごい足ですね!!」と言われた。

やはり女性から言われると、少しうれしくなる。

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実はこの足、自慢の丈夫な足なんだッてね。

よぉ~し、週末も走るぞッ !!

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2013年7月17日 (水)

ジャンプへの感懐

私は1947年、団塊の世代の先頭に生まれている。

戦地から命辛々帰還した男達の生き残った実感と共に生まれた世代だ。

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子供の頃は食べるものも着る物も無くって、それが敗戦国日本の当たり前だった。

それが10年足らずのうちに飽食の時代へと転換を見せる。

そしてやがて、物が有り余ってデフレが20年以上も続く時代になった。

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思えばその激変の時代の只中で、私達はいつも熾烈な競争を強いられていた。

同年の数が一挙に倍にもなったんだから当然で、数の分だけ競争は激しくなる。

高校・大学と入試は戦争と称された。

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もっとも学校も定員を相応に広げたし、進学率も今ほど高かった訳でもない。

やっと大学に入ったら、今度は70年アンポやら大学紛争だった。

時代の転換点の必然だったのか、それとも流行り病だったのか・・・。

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ともかく社会ってものに目を向けさせられたことは事実だった。

卒業後社会人になると、この同級の大きな塊は出世戦争へと駆り立てられるのだ。

だって、誰もが組織の長になれる訳じゃないからね。

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これも結構長い戦いだったけど、

その世代が、もうあらかた定年退職して年金世代に突入している。

ホップ・ステップときて、とりあえず競争やら戦争とは無縁な存在になった。

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さてこそ、それで最後のジャンプはどうするって思いがある。

これまでの余勢をかって大きくジャンプすりゃ良いんだが、着地はどこなのか?

二つの戦争を生き残ってきたんだもの、やはりその実感を共有したいよな~。

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これからの時代のために・・・・・。

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2013年7月16日 (火)

姉妹校

台中にある正徳高級中学〔高校〕と姉妹校になっていて、

毎年生徒達の交流が続いている。

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先日は日本語専攻の16名の生徒が本校を訪れ、歓迎会が開かれた。

台湾国歌〔地域歌〕の演奏に始まって、歓迎の挨拶の後、

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訪日生徒一人ずつが日本語でスピーチをした。

それぞれ語学力の程も分かるし、時折笑いも出て和やかな歓迎会になった。

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彼女達は、ホームステイも含めて約一ヶ月間滞在する。

様々な機会を作って交流の実をあげてもらいたいと思っている。

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それは兎も角、姉妹校と言うのが気になった。

何故、兄弟高や友好親善高じゃいけないのか?

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それに、どちらが姉でどちらが妹なのか判然としないのも気になるところだ。

都市間の交流でも同様で、大抵は姉妹都市縁組と言うことになっている。

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そもそもこうした縁組は、交流の拡大による戦後復興を提唱したアイゼンハワー米大統領に始まるらしい。

彼が姉妹都市と言ったのかどうか定かではないが・・、

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シティと言う言葉が女性名詞〔英語には性別は無いが〕の流れを汲む言葉だから、

それでシスターになったと言う説が有力らしい。

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まあさしたる理由は無い訳で、私が育てている葡萄を「彼女ら」と呼ぶようなものだろう。

ちなみに先日訪れた駒ヶ根市と磐田市は友好都市である。

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当然ながら、昭和42年の友好提携の折には、「姉妹」への反対意見があったらしい。

かつてハリケーンに女性の名をつけていた米国だが、今じゃ男女交互になったと言う。

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とは言え、穏やかな親善関係には姉妹関係のイメージも悪くない。

肝心なのは、中身次第か!!

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2013年7月15日 (月)

初戦

第59回全国高校野球選手権大会の開幕である。

静岡県では117校が甲子園出場を目指して争う。

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そして、その本校の第一戦が城山(磐田)球場で開催された。

対戦相手は、何と私の母校の磐田南高校である。

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校歌が聞こえてくる度に不思議な気持ちがするが、

勿論、応援するのは本校の選手たちの活躍による初陣だ。

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当然圧勝との思いでの観戦であったが、初回から先取点を献上する。

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それに磐南は毎回のように走者を出してくるし、当方のピッチャーがピリッとしない。

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磐南の応援団の意気も上がって、当方の応援を圧倒する勢いだった。

と言う訳で4回表まではどうなることやらと心配したのだが・・・。

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しかし4回裏ではっきりと流れは変わった。

双方共に様々な見せ場もあったが、結局12対3で6回コールド勝ちとなった。

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それにしても野球と言うものは、場面が少し変わるだけで別物になる。

人生と同じで、野球の面白さでもあるが、

今年は何処まで勝ち進んでくれるのか、大いに楽しみである。

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ところでこの城山(球場)は、家康が武田の備えに築いた城跡である。

球場の南は、城之崎という洒落た名の集落である。

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城跡には城跡だが、城として機能することは無かったようである。

武田の勢力が強勢な頃で、家康は天竜川の東のこの地では勝ち目がないと見た。

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それで「この城は、水が出ないから・・・」という理由で撤退している。

逃げ出したと見られたくなかったのか、「水」を理由にしているのが家康らしい。

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2013年7月14日 (日)

人間ってやつ

・・って書いて、「俺がどれ程人に通じているか?」と少々臆した気持ちになったが・・。

確かに半可通には違いないが、もう半世紀以上人と人の間で生きてきた。

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だから少しくらいなら、人間について語っても良かろうと思い直している。

人はオギャーと生まれてこの方、人に依存しながら生きる他ない弱い存在だ。

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幼くしては父母の、長じては関わる全ての人に依存する。

否それどころか、商品流通を考えれば関わらない人にも、

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脈々とした技術の積み重ねを思えば過去の生きた人にだって助けられて生きている。

そうして関わった全ての人から影響されて、今日の自分があると思った方が良い。

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だから、その過程において「誰と」出会い、深く関わりを持つかで人生が決まる。

私の場合だって、父母に基本的な影響を強く受け、

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学生時代には開放的な人間関係を学び、

そして決定的なのは、縦の関係である職場での出会いだった。

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人が依存しなければならないのは、一人では何もできないからだ。

まだヒヨコの頃、私はかなり議論好きで生意気だった。

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議論を吹きかけることで目立とうとしていたのかも知れない。

しかし30代になって、議論は何の足しにもならないことに気付いた。

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議論のための議論は敵を増やすだけで、只の自己満足だってね。

信じたことを粛々と進めることが肝心で、議論なぞ子供のすることだったのだ。

実は、議論で恐れられていた先輩から、そのことを学んだ。Dscf7895

何時の頃からか、私に講演の依頼が続くようになった。

産業組合や地域、大学や女性の勉強会、職場の研修会や○×協議会などからだった。

私の話にショックを受けた生産者も数少なくはない。Dscf7945

だが果たして私の講演で、

どれ程の成果(ダメージ)が生まれたのか検証のしようもないが、

お話しすることで私が学んだことも多かった。Dscf7956

ともあれ、正真正銘の中身は程ほどでも、

権力や権威という衣を着れば価値が変わると言うことは事実だ。

話しは脱線した。

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人は何かに依存したがる生き物で、親だって子供への依存を無意識に考えている。

力があると見れば寄り添っていき、少しでも安寧をと願う。

つまりは自己の利が世の中を動かしている。

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2013年7月13日 (土)

窓辺から

人は、窓から時を眺めている。

教室の窓、職場の窓、会議室の窓、書斎の窓、・・・そして心の窓から。

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窓枠で囲われたその景色は、期待やら戸惑いも含めて時に人生の断面でもある。

現役時代の9階の執務室の窓からは、中学校の校庭が見えていた。

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来客が途絶えてた一時、その校庭を見下ろしながらあれこれと考えもした。

特に放課後の学校は居残りの数少ない子供達だけで、

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俄かにその子供の身の上を考えたりしたものだ。

自治会の会議が開かれる市役所の窓の下には、遠近江国分寺跡が広がっている。

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かつて100年程寺があった場所は、只の礎石だけが残る広場になっている。

蒼や丹色の草堂を髣髴とさせるなら兎も角、何とも中途半端な空間だ。

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どれ程の人がその価値を感じ、物思うことが出来るだろうか?

その広場を見る度に、歴史とその価値は殊更難しいと思う。

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私の書斎からは、水田の連なる「とおもん(稲門)」の広がりが見える。

勿論水田の景色だって四季折々に移り変わっていくが、

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もうこの景色を半世紀以上も眺めてきたことになる。

耕地整理などを経て農村の佇まいも変わっては来たが、

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時に安堵し、時に思案し、喜び悲しみ、・・・・みい~んなこの景色と共にあった。

この頃は、ブドウの部屋の窓を覗くことが多い。

丁度ピオーネが少しずつ色付き始めていて、この何とも神秘的な景色が好きだ。

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一幅の絵の中にあるブドウが熟れていくような気がする。

枠で切り取った景色は、その時々の自分の心の窓かも知れない。

あることに集中していれば、枠の中でそのことが動き出す。

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ベッドの上に横たわっていても、頭の中の窓辺では次々と新たな展開を見せる。

さてこそ、今度は何処の窓辺に立っているのだろうか。

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2013年7月12日 (金)

初老にて

初老とは、何歳くらいからを言うのだろうか?

最近、何故か平均寿命が気になるようになった。

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現在の日本人男性の平均寿命は79.59才なそうな。

この年齢が男の生きる目安だとすれば、残り幾ばくも無くってオイオイと言う事になる。

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現実には、幼くして亡くなる人もいる訳だから、もう少し長かろう・・・。

そんな慰めをして心の動揺を誤魔化してはみるが・・・はてどうだろうか。

それに、女性の平均寿命が7年も長いと言うのも合点がいかない。Dscf7919

好き放題に生きた方が寿命が長いってことになるからな・・・。

男を看取ってくれるから良かろうとの意見もあるが、

その刹那は兎も角、半年もすりゃ「ほんとに清々した」なんて過ごすに決まっている。Dscf7906

それはともあれ、肝心の初老の生き方について考えたい。

私なぞ、まだまだ気持ちは36歳程度のままで、初老などと言う自覚は皆無だ。

まだまだ、何だって出来ると思っている。Dscf7862

その思いに立ち塞がるのが寿命の壁だ。

識者は「初老からは自分の人生で何が大切か考え、

効率よく集中して時間を使え」などと、分かったような???ことを書いている。Dscf7852

ただしかし、初老以降の生き方が人生の成否を決めるのは確かだ。

100kマラソンなら、最後の20kをどんな気持ちで走られるかだな!!!

苦しんで辿り着くのか、それを乗り越えて歓喜に溢れるのか、それとも挫折するのか。Dscf7832

そりぁさ、寿命がある限り夢には限度があるだろう。

だからったって縮こまることは無い。

80歳でエベレストに登頂する三浦さんのような人だっているんだ。Dscf7831

初老からこそ夢を膨らませるべきだ。

寿命なんてのは、明日かも知れないし、30年後かもしれない。

要するに、日々自分なりの出来る限りの生き方をする他あるまい。Dscf7813

ちなみに近頃の初老ってのは、57歳位からを言うらしい。〔昔は、40歳から〕

さてこそ、あなた!  納得できる生き方してますか?

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2013年7月11日 (木)

個性の源泉

子供達のことを考えている。

子供だって百人いれば百の個性を持っている。

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問題はその百の個性が、それぞれ納得できる人生に結びつくか否かである。

話しの入口を変えるが、今日は中学校の給食を頂いた。

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297円の昼食だが特別の日らしくって、何と鰻丼にありつくことが出来たのだ。

牛乳の他、汁には鶉の卵が3個入っていて、

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我々の頃のコッペパンに脱脂粉乳に比べかなりカロリーも高そうである。

ともあれ、給食は廃止すべきと言う意見がある。

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そもそも戦後の食糧難のなかで生まれた制度を飽食の時代に続けるのはおかしい。

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自分の子供を叱ることさえできない失格母親の手抜きのヘルパーじゃないか。

同じ物を食わせて金太郎飴のような画一人間をつくる要因だ。

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ついでに制服反対、校則反対、宿題反対・・・・、と言った意見?だ。

では給食を廃止したら個性は育つんだろうか。

世はテイクアウト全盛時代である。Dscf7924

果たして母親が作る?お花畑のような弁当を持っていくだろうか。

金を渡して、コンビニでって・・ことになりはしないか。

今の母親は、子供の我儘を個性だと勘違いしている。Dscf7922

友達関係の親子は、そりゃそれで勝手にすりゃ良いが、躾けが出来ないのは困る。

百人十色の子供だけど、一定の規律もとで生活出来て勉強もする。

そんなベーシックな生きる力を育むことこそ肝要な訳で、Dscf7922_2

訳の分からない我儘放題は個性でもなんでもないと思う。

生きる力のない個性など、人生に何の足しにもならないのだ。

ミーイズムの親たちは、事の意味も分からずに個性尊重などと言う。Dscf7946

個性と言うのは、ベーシックな生きる力の上に育つのだ。

義務教育時には、みんな同じ給食を食べればよい。

当たり前のことが出来て、そこから個性と言うものが育つのだ。

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私なぞずうっと没個性で来て、還暦を過ぎてやっと言うべきことを言っている。

ハチャメチャな個性は世の中を破壊する。

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2013年7月10日 (水)

田舎暮らし

定年を機に田舎へ転居して暮らすのが一部で流行ってるらしい。

英国では、「第二の人生は自然豊かな農園で・・」ってのが昔からステイタスだ。

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牧草地を中心とした英国の田園風景は絵のようだからね。

そこに行くと日本はモンスーンの国だから、ことはそんなに簡単じゃない。

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美しさはともかく、雑草との格闘が必要だからだ。

奇しくも私は田舎で生まれ、田舎に育って、そのまんま田舎で暮らしている。

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そりゃ~、長年の田舎からの通勤は大変だったけど、

今は田舎に暮らしていて良かったとつくづく思っている。

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第一、足を地に着けて広々と暮らしている実感がある。

外を見渡せば一面の青田が広がっていて、これが秋には黄金色に変わっていく。

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生活空間のすべてが季節なのだ。

第二に、その四季折々に様々な作物を育てつつ愛でることが出来る。

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梅雨の試練を潜り抜けた葡萄たちは、最後の成熟期を迎えている。

早生のサマーブラックは、この15日辺りから収穫を始めようと思っている。

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もちろん毎朝のオクラの収穫も始まりつつある。

ナスにキュウリ、ゴーヤにトマトはピーカンの青空を謳歌している。

空いた畑にはニンジンに枝豆、それに大根を育てている。Dscf7941

そりゃ朝晩の潅水はちょっと大変だけど、その汗だって爽快そのものだ。

今のところ草一本も無い畑を眺めつつ、その汗と努力に自ら感心している。

保育園の子供たちのサツマイモと落花生も順調に育っている。Dscf7942

そうしてこれから暫くは、夜明け早々から葡萄の収穫・調整の朝になる。

今年は潅水調整にほぼ成功して、裂果も最小限にとどまっている。

時間があれば、その可愛い葡萄たちを愛でて歩くのがこよなく楽しい。Dscf7944

殊更言うまでもなく、田舎暮らし万歳である。

心も体も、この古里に同化できることに感謝せずばなるまい。

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2013年7月 9日 (火)

新聞の未来

昨日夕刊を読もうとしてメガネを掛けようとしたら、

なんと既にメガネを掛けているのに気づいて慌てた。

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もうろく云々は別にして・・・、新聞とメガネは切り離せない取り合わせなんだな~。

ともあれ長年の習慣とは恐ろしいもので、新聞を読まないと一日が始まらない。

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そんな訳で、朝は購読している三紙に一通り目を通す。

さらに仕事場で朝日と中日にも・・・

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だから新聞とは、かなり結構深い付き合いをしている訳だ。

しかし考えてみると、近ごろ新聞を読んで良かったと思うことが無い。

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大方のニュースならTVやネットの方がずっと早いし、

TVの番組だってテレビの画面で見れる。

株式なんて、ネットでリアルタイムだから近ごろ新聞で見たこともない。Dscf7888

おまけに発想の種すらも無いんじゃ、めがねを探して目をしょぼつかせる価値はない。

まあ~それでも、見出しとローカル面、連載漫画くらいは仕方なく読んでいる。

近ごろじゃネット上で新聞の閲覧が出来るようになった。Dscf7859

それこそ見出しを見て、読みたい記事だけ読めば良いんで、紙の無駄遣いは無くなる。

他人ごとながら、新聞の未来を心配してしまうのだ。

それに記事の中身の無さを自覚してか、読者にこびるような偏った記事が多くなった。Dscf7858

ついこの間の民主党のごとく、ポピュリズムで買ってもらおうと言うのだろうか。

特に、原発再稼動反対とかアベノミクスへの疑問などのオンパレードだ。

それも、日本の経済やエネルギーの将来への提案の欠片も無しにである。Dscf7843

つまり二流のエセ知識人に安上がりの記事を書かせているんだろう。

全国紙をしてかくのごとくなら、政党同様に新聞は滅びの道を歩んでいるのだろう。

かつては朝日を隅から隅まて読んだんだけどな~。Dscf7837

今じゃ、朝日新聞の記事に読む価値を見出すのは難しくなった。

新聞は一方的な広告ではないのであって・・・、

残念ながら編集者の見識を疑うばかりだ。

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思い切って、新聞読むの止めようかと考えている。

かなり、財政的にも助かるしね。

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2013年7月 8日 (月)

20億回?

平年よりも13日も早く、暑い暑い夏がやってきた。

ところで哺乳類の心臓と言うのは、大抵が20億回打つと死ぬんたそうだ。

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ハツカネズミの鼓動は一分に700回だから、2年で使っちゃう。

小さな動物は、ちょこまか早いペース生きて、

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逆に大きな動物は心臓もゆっくりで、ゆったりと生きるのだそうだ。

例えば、ゾウは1鼓動が3秒だから60年の寿命になる。

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これがネコなら0.3秒で・・・・ってな具合だ。

しかし人間の脈拍は一分で60回程度だから、

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逆算すると寿命はせいぜい50年と言うことになる。

事実、人類の長い歴史を考えれば、確かに「人生50年」位だった。

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それに老眼とか白髪、閉経なんてのも40代の後半からの老化現象だ。

人間以外の動物は、老いて動きが鈍くなりゃ忽ちにして弱肉強食の餌食になっちまう。

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ところが人間は、年金に医療保険で生き延びるって訳だ。

としてみると私なぞも、気張ってはいてもおまけの人生ってことになる。

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それも誰から貰ったと言う訳でもなく、純粋に「自分の時間」なのだ。

何もしなければ、その時間は止まったままってなことになりかねない。

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行動するエネルギーの注入で、自分の時間は動き出す。

おまけならばこそ、十二分に有効に使わにゃ損だ。

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もっとも私の場合、スポーツ心臓で脈拍は50程度だから、かなり得俵がありそうだが。

おまけの人生か~ッ !!!

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2013年7月 7日 (日)

石巻山

俄かに梅雨が明け、汗をかきかき走るサマーランの季節である。

それで今日は、地域の行事がフリーになったんで、突然の参加ということになった。

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我儘を受け入れてくれるあたり、Hプロダクションの良い所である。

ともあれ石巻山は豊橋の北部、標高370m程の石灰岩の山で、

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戦国期には石巻山城があった所である。

勿論山頂からは、豊橋市街を眼下に渥美半島や知多半島が見渡せる。

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その山の登り降り2往復と+αする15kmが今日のコースである。

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走り始める頃から雲が切れ、カッと晴れ渡って思いっきり暑くなった。

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それでも林間の木陰に入ると、ヒャッと汗が冷えて心地よい。

汗をかきに来ているとはいえ、流石にスピードは上がらない。

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結局、山頂近くの石山荘へのゴールまで1時間59分も要してしまった。

ビッショリの汗で重くなった着衣を抜き捨てて、風呂に飛び込む。

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これが何ともサマーランの醍醐味である。

さて、この大会はここからが本番で、大宴会が始まるのだ。

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一通りの参加者のスピーチの後は、のど自慢。

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それに名物の大槻麗子さんの泥鰌すくいである。

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今回はスーパーじいさんこと、

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70歳でハワイトライアスロン日本代表となったNさんも参加している。

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それで皆で激励の寄せ書きをして・・・・・・。

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彼は、ウェットスーツ無しで3.8kmを泳ぎ、180kバイクを走らせ、

その後に42.195kmを走るのだ。

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スーパージイジとは言え楽じゃないが、この10月の壮挙が楽しみである。

ともあれワイワイと、たっぷりと楽しんで一日を終えた。

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でもさ~、何故か走るより宴会の方が疲れたかも?

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2013年7月 6日 (土)

深山幽谷

正に梅雨真っ盛りの湿度100%の曇天である。

こんな日の何時もの山は、全山もやがかかって雲の中に没する。

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さしずめ遠景ならば深山幽谷の趣だし、林間は幽玄の世界になる。

そのそま道を走る。

たかだか364mの山だが、気分は霧(?)中に漂う。

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良い気分で走っていくと、突然眼前に鋸を持った男が現れた。

この霧の中で、走友が走路に倒れた姥目樫を切っていたのだ。

何しろ往復15kmに及ぶ山道である。

草も生えれば蛇も出る。Dscf7875

嵐が来れば木も倒れるのだ。

それを誰かしらが少しずつ整備して、少しでも快適に走ろうと努めている。

この山を走り始めて二十幾余年、孔雀やカモシカ、イノシシも現れた。

コジュケイやタヌキ程度だった頃からすれば、随分と賑やかになった。Dscf7876

それに・・・今日は若い人達が何組か私達の走路を走っていた。

若い人達と言わなきゃならない程、俺達が馬齢を重ねたのだ。

それでも山自体は、ちょつとも変わっちゃいない。

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これからだって、俺達が居なくなったって、多分変わることなく時を刻むんだ。

ウバメガシだって、倒れた後には又新たな木が育つ。

我が物顔で走ってるけど、俺たちゃこの山のほんの一時の間借り人のようなもんさね。

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2013年7月 5日 (金)

しっぺいの古里

磐田市は、昭和42年以来長野県駒ケ根市と友好都市として交流を深めている。

その縁は、約700年前の悉平太郎(犬)の古里だからである。

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見付宿に巣食っていた狒々を退治して宿場の人々を救ったのが、

旅の僧侶が伴っていた駒ケ根生れの悉平太郎だったのだ。

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その悉平太郎は見付天神社の奥の院、やな姫神社に祭られている。

だがこの霊犬の墓は、駒ケ根の古刹、平安時代に建立された光前寺にある。

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光前寺は、南信州随一の祈願霊場として知られる寺だ。

樹齢数百年の杉の巨木を辿ると、古色慄然とした堂塔が並んでいる。

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その傍らの三重の塔の前に立派な墓があった。

犬の墓でこれ程古く立派なものは、多分他にはないのではなかろうか。

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悉平太郎は、この駒ケ根では早太郎と呼ばれていた。

ともあれ今日は、駒ケ根市の区長会の皆さんと防災対策について懇談した。

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両市の市長もオブザーバーとして加わっていただき、

この地の「隣組」を基礎にした地道な防災対策を学ぶことが出来た。

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駒ケ根では、隣組単位で安否確認・避難・救出などを進める仕組みになっている。

抽象論でなく、イザと言うときに誰が何をするのかが極めて明確にされてもいた。

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我々も大いに学ぶべき点が多い。

2時間余の懇談の後、市庁舎前に友好記念の植樹をさせて頂いた。

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まあ~ともかく、友好の絆をまた一歩進めることが出来たと思う。

それから感心したことがもう一つ。

「こまがね子育て10か条」である。

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長野県の教育熱心はつとに知られているが、ここではより具体的だ。

一、アルプスに響く挨拶 心が通う

二、早寝早起き 家族で愛の朝ごはん

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三、ほめてしかって抱きしめて、目を見てうなずき 最後まで

・・・・・・・・・

この十か条を月替わりで庁舎正面に掲げている。

南アルプスと中央アルプスが映える街、駒ケ根市が好きになった。

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2013年7月 4日 (木)

つつじヶ崎

今日は、甲府市を訪れている。

災害時相互応援協定を結んでいる縁を深めるべく、

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こちらの自治会連合会との交流である。

この5月に完成したばかりのガラス張りの市庁舎を訪れたのである。

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それはさておき、この甲斐の国は武田信玄の地である。

彼は甲府盆地の北端の一角、つつじヶ崎の館で国政を執った。

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さしたる石垣も天主も無く、まさに行政庁としての館の趣があった。

「人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵・・」武田節の一節のごとくである。

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今その城館跡には、武田神社が建てられている。

信玄の残したものに信玄堤と呼ばれる釜無川の築堤がある。

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試行錯誤の末に氾濫を抑え、新田の開墾を可能にした一大事業だった。

昼休みの時間に抜け出して、その堤の上に立ってみた。

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今でこそ釜無川の水は少ないが、

当時は南アルプスや八ヶ岳の水で溢れていたのではないか。

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そこに櫓を組んで大きな布団籠を沈めていく。

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そんな工事を続けたのだろう。

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川岸に復元されている布団籠を眺めながら、しばし人々の働く姿を思い浮かべていた。

甲斐の国は新年の国として私の憧れの地である.。

信玄と言う 英雄を生んだ地には、やはりそされなりの風格がある.。

歴史はそれ、あなぞれないぞなもし。

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2013年7月 3日 (水)

ネジバナ

道端に小さく咲く山野草である。

花を螺子のように螺旋状に咲かせるのでその名がある。

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よく観察すると、右回りのものだけではなくて左回りもある。

それにラセンにならずに真直ぐに花が繋がっている株もある。

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人間と同じで草それぞれだが、まあ~6割り方は右巻きかな。

さてこそ、その捻じれの理由を考えてみた。

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小さな草花が存在感を示して生き残るには、ラセン状の花列が良かったのではないか。

その証拠に直線花の株は、ごく稀だ。

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右と左が6対4で拮抗している。

このネジバナを眺めていたら、この国の政治の世界を連想してしまった。

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折りしも明日からは参議院の選挙戦が始まろうとしている。

しかも、最大の争点はネジレだと言うではないか。

私は参議院と衆議院は機能が違うんだから、捻じれてたって構わないと思う。

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だけど参議院が只のカーボンコピーで、政争の道具でしかないから問題なんだろう。

現実にこの10年近く、日本の政治は混迷を極めてきた。

何も決められないことが日本の政治そのものだった。

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先日の閉会間際だって、多くの議員が成立させるとしていた法案を廃案にしてしまった。

国民のための法律なんかより、選挙の方が大事なんだなもし。

つまりは、参議院議員に良識が無くって、おまけにネジレていることが原因だ。

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大体において参議院議員は政党に所属すべきではない。

勿論投票だって、政党名を書くなんてことは止めるべきさ。

・・・・とは言え、そんな参議院はできっこない。

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それならいっそ、この国は一院制にしたらどうかと思うのだ。

もっとも、その前に憲法を改正しないといかんから・・・・これも無理か!!

ネジバナよ、君達は何故捻じれているのか?

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2013年7月 2日 (火)

コンビネーション

オギャーと生まれて、どんな家庭で育ち、周りにどんな人々がいたのか。

学校や地域、はたまた人との出会い次第で運命は変わっていく。Dscf7811

誰と会ってどんな感動を覚えたか。

どんな先生や先輩と巡り合えたかが人生を決めていくのだ。

私はドン百勝の長男として生まれ、赤貧の中で妹の子守をしつつ、Dscf7813

8才位から炊事や風呂焚き、家業の手伝いをしながら育った。

苛められっ子だったけど、「何クソッ、何時か見てろ」ってな気持ちを持ち続けていた。

近所の御婆さんから「僕は、偉いね・・」なんて言葉が随分励みになった。

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母親は厳しい人で、常に叱咤し続けていた。

今思えば我ながら、あんな小さな子供が良くやってな~って思う。

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子供達は、そんな周りの環境に敏感に影響されながらオトナになっていく。

成長の過程に応じて、家庭から学校、そして地域へと活動のテリトリーが広がっていく。

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家庭で体験できなかったことに学校と言う新世界で遭遇し、

生意気な言葉を覚えたり不良の真似をしてみたり、

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ゴッチンごっちんと、あちこちぶつかりながら成長していく。

地域社会だって同様で、教育は学校の専売特許じゃない。

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家庭と学校と、そして地域のコンビネーションが子供を一人前にするんだ。

時々、中学生の無軌道が問題になる。

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それは地域が見て見ぬ振り(無関心) を装っているからだ。

一昔前なら「コラッー」と誰かが怒鳴ってただろうことだって、知らんぷりだ。

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「俺にゃ関係ない」って、ミーイズムが子供の教育にまで影響している。

今日は「子供の安全を守る会」の総会があって、子供達とも会した。

みい~んな良い子ばっかりだ。

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何としても健やかにこの子達を育てたい。

それに先日我が学園の『父母と教師の会(PTA)』があって、

その会に先立って「浜松マンドリンオーケストラ」の演奏を聴くことが出来た。

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実はこのサロンコンサートは11年目になっていて、

親と子、父母と教師、学校と地域のハーモニーを祈念して開催している。

オーケストラのコンビネーションが醸し出すハーモニー、Dscf7799

これこそが子供を健やかに育てる要諦ではなかろうか。

少子化ならばこそ、子育てに地域がもっと真剣にならにゃいかんのだ!!

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2013年7月 1日 (月)

暇つぶし

定年退職したら、たっぷりと自由な時間があって暇つぶしに困るだろう。

そう思っていたんだが、現実は現役時代よりもむしろ多忙になった。

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それは暇恐怖症の結果でもあるのだが、そもそも暇とは如何なるものなのか?

我々団塊の世代は、勤勉を持ってよしとするよう鍛えられてきた。

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暇人なんてのは、およそ軽蔑すべき無為徒食の輩のことではなかったか。

大切な時間を無駄に使うことを「暇つぶし」と言う。

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あたら残された虎の子の時間を無駄に過ごして良いはずがなかろう。

欧米では南フランスやイタリアあたりで夏を過ごすのが一般的?だ。

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リゾートライフとかバケーションと呼ばれるやつだ。

とは言えあれは、日照に恵まれない高緯度地に住む人々の必要性から生まれたものさ。

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この国じゃ永遠に定着しないんじゃなかろうか。

その証拠にバブル期に出来たリゾートや別荘などは、押並べて閑古鳥が鳴いている。

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そもそも「暇」ってのは、私達にとっては負の概念だ。

「暇だな~」は商売人にとっては悲劇だし、暇は人生の敗者の繰言だ。

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もっとも私の場合、あちこちに出掛けて走ったり、

様々な作物を育ているし、何品種かのブドウをも愛でている。

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自治会活動やらボランティア、社会活動に忙しい訳で、

別段糊口をしのぐのに汲々としている訳ではない。

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時間を見付けては日に何度となく、ブドウを見て回りcareしている。

すべて遊び=暇じゃないかと思うかもしれないが、実はその通りなのである。

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時間を目一杯遊んでやろうと思っているが、決して暇つぶしではない。

体力でもメンタル面でも充実した活動が暇つぶしである訳が無い。

暇ってのは、頭も筋肉をも弛緩させるおおもとなんだから、

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暇に慣れっこにな.るってことは、その人間が空っぽになるってことさね。

私は、そんな人生はやりたくないと思っている。

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