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2013年7月17日 (水)

ジャンプへの感懐

私は1947年、団塊の世代の先頭に生まれている。

戦地から命辛々帰還した男達の生き残った実感と共に生まれた世代だ。

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子供の頃は食べるものも着る物も無くって、それが敗戦国日本の当たり前だった。

それが10年足らずのうちに飽食の時代へと転換を見せる。

そしてやがて、物が有り余ってデフレが20年以上も続く時代になった。

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思えばその激変の時代の只中で、私達はいつも熾烈な競争を強いられていた。

同年の数が一挙に倍にもなったんだから当然で、数の分だけ競争は激しくなる。

高校・大学と入試は戦争と称された。

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もっとも学校も定員を相応に広げたし、進学率も今ほど高かった訳でもない。

やっと大学に入ったら、今度は70年アンポやら大学紛争だった。

時代の転換点の必然だったのか、それとも流行り病だったのか・・・。

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ともかく社会ってものに目を向けさせられたことは事実だった。

卒業後社会人になると、この同級の大きな塊は出世戦争へと駆り立てられるのだ。

だって、誰もが組織の長になれる訳じゃないからね。

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これも結構長い戦いだったけど、

その世代が、もうあらかた定年退職して年金世代に突入している。

ホップ・ステップときて、とりあえず競争やら戦争とは無縁な存在になった。

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さてこそ、それで最後のジャンプはどうするって思いがある。

これまでの余勢をかって大きくジャンプすりゃ良いんだが、着地はどこなのか?

二つの戦争を生き残ってきたんだもの、やはりその実感を共有したいよな~。

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これからの時代のために・・・・・。

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