« 富士の高根に | トップページ | ほどほどの自信 »

2013年8月15日 (木)

68回目の夏

我が家は長男(叔父)が戦死して、舎弟が復員してきて家を継いだ。

我が家に限らず何処の家だって一人や二人、戦没・戦災死者を出した。

Dscf8295

連日の空襲や艦砲射撃で、街と言う街は押し並べて焼け野原になった。

当然ながら、爆撃の餌食になった人も数知れない。

Dscf8307

原爆は、広島と長崎をそれぞれ一発で人もろとも壊滅させてしまった。

「行ってきます」と広島の学校に行った子供は、8時45分の爆発でもう帰ることは無かった。

Dscf8305

それから、68回目の暑い夏を迎えている。

もう既に8割以上の人々が戦後生まれになって、悲惨な戦争を知る人々は少なくなった。

Dscf8298

余りにも多くの犠牲の上に、戦後の平和と豊かさがある。

何処かの知事じゃないが、アラブの様に喧嘩ばかりしている所に比べりゃ遥かに幸せだ。

Dscf8306

その代り民主主義の名のもとで失った物も多い。

それは家族の連帯や個々人の責任意識、思いやりや恥意識だったりする。

ともあれ今日は、戦没者・戦災死者追悼式に参列した。

Dscf8304

追悼式とは言え、遺族は年々少なくなる道理だし、

靖国を問題化する勢力の日本人のアイデンティティを風化させようとの働き掛けもある。

確かに東条英樹達を参拝するのは抵抗があるが、

Dscf8302

日清・日露・そして軍部によって戦地に送られ殺された、

その余りにも多くの人々に手を合わせなくて何とする。

今日は市内の小中学生の顔も見えたが、学校による社会見学と言った風情だ。

Dscf8296

無理もない…戦争はゲームでしか知らないんだ。

もっとも私だって、知っているのは戦後の残照でしかない。

憲法改正と戦争を結び付けたがる勢力がある。

Dscf8301

統帥権を別にすれば、何も帝国憲法が戦争をした訳ではないのだ。

|

« 富士の高根に | トップページ | ほどほどの自信 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 68回目の夏:

« 富士の高根に | トップページ | ほどほどの自信 »