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2013年9月23日 (月)

峠の風

既に峠の存在すらが歴史的なものになっている。

国道にしても高速道路だって、今ではトンネルで峠らしきものは無い。

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それでもつい近世まで、私達の先祖は何処に出掛けるにも自分の足が頼りだった。

このマウンティアスな国では、峠を越えることなしに旅をすることは不可能だった。

そして大きな峠の前後には、それなりの宿場があった。

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思い立って、今日は薩唾峠を走ることにした。

由井と興津の間に連なる山の裾を渡る峠である。

この駿河湾に面した急斜面の下には、明治以降海を埋め立てJR線、国1バイパス、

東名高速道と国の幹線が走るようになった。

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天気が良ければ東に海越しの富士、

そして駿河湾の縁を走るこれらの幹線道が絶妙なコントラストを描く。

由井宿の東端に本陣跡があって、現在ここに広重美術館がある。

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展示品はあいにく木曽路に関連したものだったが、広重の版画はほぼ収蔵している。

彼もこの崖の上を伝って峠を歩いただろうし、

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そうしてあの富士の絵だって、一歩一歩この峠を踏みしめる中で構図を考えた筈だ。

ところで街道も街も激変してきた近世だが、宿場には古い時代の香りが残っている。

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往時をしのばせる家並みを保存するのは大変なことだが、

やはりそこを歩き走ると、何百年もの人々の往来の気配がしてくる。

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その街道を、昔と同じ海風が渡っていく。

由井の宿場は、海と山に挟まれて田畑とて乏しく、

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多くを海の幸や旅人を迎えることで営まれていたのではないか。

風光明媚で住めば都だが、決して住みよい所ではなかろう。

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でも人々は、これまでの歴史をしょって営々と暮らしを立てている。

峠は、誰にとっても越え難いものなのだ。

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コメント

 兄貴、何故に昔の人は、越え難い峠を道としたのでしょうかね~?

 昨日、湖西連峰の廃寺跡で、にぎり飯を食べながら私も峠について考えていました。
 あの場所も湖西方面から豊橋方面に渡る峠の山です。

 村から村へ近道の峠が繋がり山ばかりを歩く事に成ったのかな~?とか思いました。

 江戸時代に新しい東海道が南に出来て、そして湖西連峰の大きな寺も人の通らなぬ峠となり廃寺と成ったのでしょうかね?
越えてしまうと『峠』って響きも良いもんですね。

投稿: ひろ | 2013年9月23日 (月) 20時49分

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