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2013年10月 5日 (土)

追憶の日

五月の連休に日本最南端そして最西端を訪れた。

エメラルド色のパラダイスの日々であったが、

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今日は旅をご一緒した皆さんとの同走会である。

会場は森町三倉と言う山奥のムーハウスと称す山荘。

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夕方山荘に着くと、皆さんは午後からのトレイル走を終えて帰ってきたところだった。

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夕食は専任料理長のI藤さんの手料理で、大きな鯛の姿造りにマツタケご飯etc。

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囲炉裏端でたっぷり時間をかけて焼いた鮎などである。

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お腹も膨れほろ酔い加減になると、今度は波照間と与那国の映像上映である。

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何時の間に撮影したのか素晴らしいDVD30分物が二本も!!

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美しいBGMの流れるK地ディレクターの労作である。

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今春を振り返りつつ、私達は随分素晴らしい旅をしたものだと、改めて感心してしまった。

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実は、今日は朝から私の父の7回忌の法要があったんだ。

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それでこの法要を終えて、前期の同走会に合流させてもらったのである。

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ともあれ父が逝ってほぼ7年になるのだが、随分昔の事であるような、

或いはつい昨日のことであるような不思議な思いである。

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人は死ねば過去の人になって、次第にその記憶も薄くなっていく。

仏壇に飾られているのは、まだ父の63歳の時の写真である。

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議会の長をしていた頃か、如何にも若々しく張り切って見える。

私は既にその写真を追い越してしまっているのだ。

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そうして、何時も自分の脈拍や体温でしか考えられない自分を意識している。

時は過ぎ去ったその瞬間から、全てを過去の出来事にしてしまう。

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ともあれ、この法事に合わせ、米寿を迎えた母の祝いをさせてもらった。

矍鑠として、気を張って生きているし、

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私の農作業も随分と助けてもらっている。

介護老人を抱える家庭が激増する折、まったくこの母には感謝しきりである。

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コメント

兄貴、お疲れ様です。
色々と忙しい一日でしたね。
私は、相変わらずのんびりとした一日です。
先月の18号台風で壊れた家の見積もりを持って来たホームメーカーと対応と畑仕事の一日でした。
 今回の台風被害の修理は、2010年10月の18号被害の50万円の二倍で、100万円を超えていたので、慌てました。修理ついでに太陽光発電を勧められ悩みます。
 だいぶ昔より安く設置出来る様だと思いました。


 私の両親が死んで20年が経ちます。
到底その年までは届きませんが、いつか越えて行けたら幸せだと思います。
 私の部屋の机の横には、2人り並んだ写真があります。
そんな親に見守られ生きている自分は、幸せです。
 『大空のサムライ』の著書でゼロ戦乗りで、海軍のエース搭乗員だった酒井三郎さんとは、二つ違いだと今日知りました。
 教育勅語や修身の言葉をよく話す父でした。
 戦後教育や曲げられた歴史感を持たない父でしたね。
 そんな男がおやじで良かったと幸せに思います。
私の心に毎日生きてる一番に尊敬する男です。

投稿: ひろ | 2013年10月 5日 (土) 19時37分

そう、親を尊敬できるってのは、素晴らしいことだと思います。

 誰もそれなりの歳になってくると、親の苦労ってもんが身に浸みて分かって来るからでしょうね。

 私も良きにつけ悪しきにつけ、父親の背中を見て育ちましたからね。

 実は、私の風貌だって、随分親父に似てきているようです。
               山草人

投稿: 山草人 | 2013年10月 6日 (日) 15時16分

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