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2013年11月 5日 (火)

年齢感覚の針

人間は誰しも、時代に拘束されて生きざるを得ない。

その時代の空気の中で育ち考え行動する他ないからだ。Dscf9190

しかして、私は1947年の生まれである。

だから当然ながら、還暦をとうに過ぎてかなりの熟年と言わざるを得ない。Dscf9191

しかし、年齢の感覚が発達していないようで、その自覚に誠に乏しい。

さりながら、たまたまGHQ占領下の1947年に生まれ、一貫して戦後を生きてきた。

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日本国憲法の発布も1947年だし、労働争議の頻発する時代が続いていた。

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食糧難からようやく解放されたのが1960年頃だった。

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1970年頃からは、猛烈な勢いで経済成長が始まる。

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1970年に就職した時、初任給は33,150円だった。

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それが数年のうちに10万円を超えたんだから、目の回るような成長と言えるだろう。

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団塊の世代の先頭で、今では考えられない位の数の同級生と生存競争を続け、

その結果が今日の私なのだ。

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年齢感覚はさておき、改めて数えれば六十有余年という、

信じられない程の年月を生きたことになる。

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本人は、「未だ、そんなに人生をやってないよ!!」と言いたいのだが、冷厳たる事実だ。

先日のふれあいまつりで、一人のお婆ちゃんから声を掛けられた。

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「あの・・・、私覚えてる?  同級生なんだけど!!」と言う。

はてさて、こんな婆さんと同級である訳ゃないと思いつつ・・・・・・、

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記憶の片鱗を辿ると、少し似た女性がいたような気もするのだ。

それにしても、生まれてからこの方、

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どんな生き方をしてきたのかによっても歳の取り方は違うだろう。

そして私は、生まれてこの方何を考え何をしてきたのか。

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そしてもっと大事なことは、これから何をするかってことかな。

1947年は遥かな昔だけど、時には来し方を振り返ることにも意義がある。

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