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2013年11月16日 (土)

S34の思い出

レイテ島の台風30号の被害は、どうやら死者5,000人超になりそうだ。

この台風で思いだすのが、昭和34年9月26日夜の伊勢湾台風だ。

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929HPと言う前代未聞の台風が、紀伊半島から能登方向に高速て横断して行った。

最大風速49m、この時満潮を迎えていた伊勢湾には海水が吹き寄せられ、

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高潮は5mにも達して名古屋市域を襲った。

当時の名古屋港には幾つもの貯木場があり、この巨大な丸太が凶器となって市街地を襲ったのだ。

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結果堤防はあちこちで決壊し、名古屋市の半分が3週間余にわたって水没した。

そして、死者5000人余の大被害を残したのである。

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この時、私は12歳だった。

大きな台風が来ると言うんで、親父を手伝って戸板を釘で打ち付けたり準備をした。

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夜半、猛烈な風になって瓦が音を立てて飛び、玄関の戸が弓形になった。

その戸を家族が必死で内側から押さえていた。

その時親父が「逃げよう」と言いだした。このままじゃ家が飛ばされると言う。Dscf9374

それで槇囲い隅の柏の木の下に逃げ、家族五人が抱き合って暫く過ごした。

記憶はそこまでしか残ってないが、翌朝の惨状はおぼろげに覚えている。

実は今日、自治会長研修会で名古屋市港防災センターを訪れたのである。Dscf9375

このセンターでは幾つかの疑似体験が出来るのだが、

この伊勢湾台風の再現が最もエキサイティングで、S34を思いだしたと言う次第だ。

あの雨戸の鳴る音からして、不気味な予兆を感じさせた。Dscf9376

台風にしろ津波にしろ、自然の猛威の前では人の力など取るに足りない。

しかし、私達は座してその災害を甘んじる訳にはいかない。Dscf9380

あの伊勢湾台風の教訓は、むしろ今日の災害に強い名古屋を作り出したのだ。

補強に次ぐ補強の防潮堤だって、今度の4連動に対しても備えようとしている。Dscf9368

果たして私達のところは、補強しようにもその資金のめどすら立っていない。

市は当面、防潮堤建設の呼び水に5億円の基金を集めることを決めたばかりだ。Dscf9377

まだまだ先は長いが、一歩ずつでも前進させる他ない。

伊勢湾台風は、私達が学ぶべき重な教訓を残している。

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コメント

 フィリピンの台風は、とても大きい台風でしたね。
 伊勢湾台風の話は、父親に毎年の様に聞かされました。
 風当りの強かった実家は、毎年台風時期になると雨戸を板で打ちつけて居ましたから子供の頃から台風は、怖いモノだと磨り込まれました。
 妻もそうで有った様で、台風が来ると家の周りを早々片付けてくれます。
 
 しかし、2010年の18号と2013年、今年の18号で私の自宅は、被害に遇いました。
 双方で修理費用は、160万・・。
 海に面しいるので、陸地ですが海並みの風となります。
 2010年は、50m田原市で吹きました。
今年も豊橋港で約40m吹きました。
 伊勢湾台風の頃は、風速計が沢山ありませんから、実際の各地の風速は、あやふやですね。
 噂では、70m位は、吹いたであろうと言われて居ます。
 フィリピンでは、最大が約90m瞬間最大では、105mと米軍が観測とています。

 日本の建築では、70mを想定して設計がされて居ます。
 日本に来ても被害は、甚大だったでしょう。
 我が家は、だいたい陸地で60mを越えたら、海では、70mを越えるでしょうから、その辺りが限界でしょうね。
 避難する用意が必要に成るでしょうね。

 各地で台風で被害を出す時に、家を捨てて避難するという意識が有れば、命を落とす事も無いだろうにと何時もニュースを見ると思いますね。

投稿: ひろ | 2013年11月16日 (土) 23時25分

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