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2013年12月23日 (月)

何処を目指すか

「一寸の光陰 軽んずべからず」と心していても、時の流れには如何とも抗し難い。

このところ急かされるように、あれもこれもと精一杯手掛けてきた。

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しかし時に、一体全体私の目指すところは何処なのかと戸惑うことがある。

今更子供を育てる訳でもなく、年金生活者として平凡な日々を送ったって良いのである。

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それにもかかわらず、日々あくせくと動き回っている。

「そりゃ、何なのか」との逡巡である。

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悪戯に大切な人生の時間を費やしているだけかもしれないし、

倒れるのが怖くって必死に自転車のペタルを踏んでいるのかも知れない。

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かと言って、何もせずになど居れないのも事実だ。

人はその命を、突き詰めれば自分のために燃焼させて生きる。

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望むらくは、それが少しなりとも世のため人の為になれば幸甚であろう。

乱世なら、華々しい死に場所を探したかもしれないが、

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所詮この世に天国など無い以上、遮二無二生きる他あるまい。

それにしても、残余の時間はたっぷり有るような気もする。

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さすれば、何処を目指すべきかと改めて考えている。

 下馬飲君酒 (馬を下りて 君に酒を飲ましむ)

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 問君何処之 (君に問う 何処に行くのかと)

 君言不得意 (君の言 その意を得ず)

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 帰臥南山陲 (帰りて 南山のほとりに臥せんと)

 但去莫復問 (ただ去る 復問うことなし)

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 白雲無尽時 (白雲 尽きる時無からん)

「南山の辺りに隠居するつもりさ。このうえ、もう何も聞くまい。

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あそこなら・・・勝手にするがいい。」

王維の心境を吐露した一節だ。

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白雲とは、人生諸々の伴侶であろうか。

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