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2013年12月 9日 (月)

盛年不重来

「盛年 重ねて来たらず」陶淵明の詩の一節である。

昨日の東山三十六峰MMは、第20回の記念大会と言うことで、

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スタート前に桜の記念植樹が行われた。

この大会は、京都のランナー達が「このコースが余りにも素晴らしい」

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と語りあうことから始まった手作りレースだと聞く。

最初の頃は、ほんの少人数で始まったのに、今では人数制限を余儀なくされる大会だ。

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私が参加し始めたのは10回大会当たりからだったろうか?

昨日は、その20年と言うことに感じ入って、この言葉を思い出した。

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二十年前と言やぁ~、私が走り始めて間もない頃だ。

以来私は馬齢を重ねつつ走ってきたんだが、勿論、一日に二度の朝などある筈も無く、

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この大切な二十年の再来なんて期待すべくも無いのである。

それにしても、この「盛年」と言う言葉の響きは素晴らしい。

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昨日、私を追い越して行ったのは最終組でスタートした若い人達だった。

そしてその後姿に、彼女達の弾むような「若さ」を強く感じていた。

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身のこなしも声の調子も自ずと違う。

だが、それは若者であって盛年ではないと思った。

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還暦を過ぎた身からすれば、我々こそが盛年ではなかろうかと言う意味だ。

若さとは、家事や仕事に忙殺されて、尚且つ不安定と同居の意味でもある。

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多少枯れては来たが、

生活に憂いもなく自由に生きられる我々こそが盛年ではないかと思うんだ。

もちろん負け惜しみなどではない。

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それに既に定年も無いし、

かてて加えて、こうやって元気に野山を走り回ることが出来るのだ。

これが盛年で無くって何であろう!!。Dscf9632

そもそも陶淵明は、盛年は二度と来ないから心ゆくまで楽しむべしと詠っている。

それはまさしく、私達世代へのはなむけであろう。

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盛年不重来 一日難再晨〔盛年 重ねて来たらず  一日 再び明日成り難し〕

及時当勉励 歳月不待人〔時に及んでまさに勉励すべし  歳月は人を待たず〕

勉励とは、「せいぜい楽しもう」と言う意味に他ならない。

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「人生論」カテゴリの記事

コメント

来年は(成人1年生)
参加したくなりました。

投稿: ヒロボー | 2013年12月10日 (火) 12時15分

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