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2014年1月31日 (金)

生々滾々と

30才の小保方さんの笑顔と研究の成果に触発されて、生きるってことを考えている。

人間は誰もが死ぬまで生きることになっているけど、細胞はどうも永遠に生きるようだ。

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増殖技術で古くなった臓器を新品ととっかえ引っ変えできたら、

人間の寿命だってかなり伸ばせる可能性が出てきた。

STAP細胞が、秦の始皇帝の目指した延命の妙薬に一歩近づいたことは事実だ。

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しかしながら、人間が永く生きるってことにどれ程の意味があるんだろうか。

ピリオドがあるからこそ、懸命にその人生の中身を考えるんじゃなかろうか。

締め切りがあるから原稿を書くようにね。

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どうせ何時かは死ぬんだから、それまで精一杯生きようってね。

そもそも命ってのは、湧き出る泉の様なもので、

滾々と湧き出ている間を生きればよいのだ。

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水脈が枯れりゃ自ずとその人生は終わる。

何故生きるのかとか、何の役に立つのかなどを考えるのも大切だが、

生々滾々(こんこん〕と生きているから生きるのだろう。

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この言葉の、命の限りに滾々と生きるイメージが好きだ。

とは言え、生きるからには生老病死に加えて、

悩みの種は次々と沸いて出てくるし、喜怒哀楽も日々変転する。

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実は生きるってことは中々大変なことだ。

それを季節の変化を慈しむように楽しめればもう言うことは無い。

苦労して高い山を越えるのを楽しむようにね。

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目の前の岩を一つずつ乗り越えて行って、やがてゴールに達する。

一つ達成したら、涌く水のある限り次の目標に向かうんだ。

小保方さんだって、常識の壁と戦いながらの笑顔になったんだね。

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要するに、挫けずに自分のやりたいことをやることだ。

とにかくSTAP細胞は、私達の生きる力にもかかわる大発見だと思う。

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2014年1月30日 (木)

ネグレクト

世は、本格的な長寿高齢化社会を迎えている。

更に団塊の世代が後期高齢者となる2025年には、高齢人口がピークとなる。

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長寿自体は寿ぐことだが、現実はそうばかり言ってられない。

介護保険制度が出来て、制度的には一見整ったかに見える。

しかし、この制度にだって圧倒的多数の高齢者を支えるのは無理なようだ。

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俄然、在宅介護の方向に行かざるを得ないのが現実だ。

それに家族の事情も様々で、その皺寄せは弱者〔高齢者〕に否応無く降りかかってくる。

このところ高齢者虐待が増えてきている。

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虐待には、身体的・心理的・性的・経済的、更には放任・放棄〔ネグレクト〕などがある。

その虐待に嫁姑問題や認知症、更には経済問題などが絡んで事は複雑化する。

失業して認知高齢者の年金に依存して生活する人すらいるし、

離婚や兄弟確執もこの世の常となっている。

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介護疲れからの神経症・・・暴力の日常化、介護放棄などなどである。

人間誰もが歳をとって身も心も老化する時が来る。

終活などと言ってられるうちは良いが、それすらも朦朧となる時が来ないとも限らない。

そんな、排泄もままならないあなたの面倒を見る家族の苦労は想像以上のものだろう。

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夜昼無い介護をする方もされる側も疲弊してしまう。

言う事を聞かない高齢者が打たれたとて、その息子や嫁を責めて済む事ではなかろう。

しかしなぁ~、皆でサポートする他無いんだが・・・・・・。

誰だって、明日は我が身かも知れないんだぞ。

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今日はそんなこんなを考える講演会があって、満員の盛会だった。

長寿・高齢化時代への対応は、世界で最初にこの国が直面している課題だ。

介護の世話にならないって生き方ができりゃ、それに越したことは無い。

当面私は、ピンピンコロリを追及しようと考えているのだが・・・。

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2014年1月29日 (水)

生活の臭い

匂いではなく臭いだが、言うまでも無く老人臭や体臭の臭いではない。

かつては、その土地土地に独特のにおいがあった。

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工業地帯には鉄や石炭のにおいが溢れていたし、鋳物工場の脇でも独特な臭いがした。

島田市はパルプの街で、大井川を渡ると何時もパルプの異臭がしていたっけ。

それより何より、田舎の香水の臭いは格別なものだった。

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そもそも化学合成肥料の普及は戦後のことで、それ以前の下肥は貴重な肥料だった。

だからそいつを貯めておく肥溜もあちこちにあって、

子供の頃には、落ちたり足を突っ込んだりの笑うに笑えない記憶もある。

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農家なら何処の家にも大きな糞だめがあった。

昔の我が家にも玄関先に二本板を渡したポットン便所があって、

今でも時折、その便所が溢れ出す夢を見る。

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当時の我が家の臭いは、多分そのにおいだったろう。

それに加えて、鶏やヤギ糞も近くにふんだんにあった。

だけど当時は生活と臭いは一体のもので、何の違和感も無く生きていた。

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ところが今では下水の普及や諸々の規制、更には畜産業の追い出しなどで、

臭い物に蓋をして何処も無臭が当たり前になった。

大変なコストを掛けた訳だが、それはそれでまことに結構な生活環境になったと言える。

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しかし一面、人間の感性や町の活力がにおって来なくなった。

臭い暑いと言いながら泥臭く生きてる方が、人間臭くって本当は良いのかもしれない。

無菌室で生きる様な方向を限りなく追及していくと、免疫力の減退に繋がりかねない。

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無菌状態のところでは、特殊な菌が異常発生して悪さをしたりするからね。

ともあれ、今でも臭いの残る海岸や港町が好ましく思える昨今なのだが・・・。

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2014年1月28日 (火)

自分語

先日ある方から、「山草人ブログは、自分を赤裸々出してる珍しいブログだ」と言われた。

沢山のブログを覗くけど、大抵は自分を隠していると。

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確かに私は、作り事を書いても何も伝わらないと思っている。

それに、ことさら伝わらないものを書いたって意味が無いとも。

まあ~、地のまんま書くしか能が無いってのが本当のところかな。

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だけど自分を出すってことは、

その弱さや稚拙さも曝け出すんだから、幾分の勇気がいる。

利口な人は、そのリスクを嫌って大抵良い子の〔猫〕皮を被って生きている。

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ブログのみならず、職場はもとより無礼講の飲み会でさえ、本音の言葉で話すことは少ない。

何時もお仕着せの当たり障り無い付き合い言葉で話すのである。。

その理由は、その方が社会的に安全だからである。

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マスコミの流布する一般語を「常識」にして、羽目を外さない様に自分語を封印する。

間違っても〔そう思っていても〕「慰安婦は常識だった」とか「原発賛成」「セクハラは?」

などは避けるし、況や自分の弱さを晒すなんてことはしない。

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流に棹差せば角が立つってね。

だけど人生の諸々は、すべてが綺麗事で終始するはずが無い。

人の前で話すんでも、人の話を聞くのでも、気持ちの入らない話はまったく面白くない。

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むしろ訥々とした話でも、心からの叫びは人の心に響く。

誰もが自分の言葉を発するようになれば、もっと社会の幅が広がるんじゃないか。

ところで話は変わるが、最近のマスコミは自分の言葉で語る人を過剰に攻撃する。

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攻撃することで、単純な正義の味方を演出しているかのようだ。

昨日来攻撃の的になっている某会長も、単に歴史の事実を語ったに過ぎないだろう。

攻撃の的にして萎縮させ自由な発言を封じるのは、

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政府の秘密保護よりかなり悪質なのではないかと思うが如何だろうか。

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2014年1月27日 (月)

凌寒独自開

昨日の温かさが一転し、今朝は厚い氷が張った。

そして、今日は朝から会議の一日だった。

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毎日動き回っている体は、ジッとしていると心なしかもぞもぞとしてくる。

そう、諸々の春を迎える準備を急がねばと思うからだ。

剪定を終えた葡萄には堆肥を、馬鈴薯の植え付けや二度目のホウレンソウ撒きやら

レタスの植え付け、ハウスで育てるキュウリの育苗もと・・・・切が無い。

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それに、春から夏にかけてのレースのエントリーもこの時期だ。

とりあえず、今週の森町ハーフに始まって、伊豆と神戸・それに清水のマラニック、

掛川マラソン、四月の富士五湖100k、5月の八ヶ岳100k、6月の飛騨高山100k、

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それに5月の連休には北海道を走る。

手帳を確認しないと忘れてしまいそうだが、その辺までのエントリーは終わった。

後は日程の遣り繰りと体力の増強である。

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私は団塊の世代の一員だけど、この世代にゃ二通りの生き方があるようだ。

何かしてなくっちゃ生きてられないって人種と、なんか「もういいやっ」って人種だな。

私は当然ながら前者で、前半生の慎重居士とは正反対の生き方をしている。

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何時までもぐずぐずと生きて介護保険のお世話になるくらいなら、

山の中ででもパーッと散ったほうが世のため人の為でしょって思っている。

寒かったら体を動かせば暖かくなるんだから、エアコンもコタツも要らない。

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年金が減って消費税が上がるって、愚痴ってたって何にもならない。

余のため人の為何が出来るか考えるのが、今の団塊の世代の役割だ。

まったくの放言になったが、今日は文天祥の詩「梅花」に感じ入った。

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梅の花のごとく「寒を凌いで 独り自らを開」かねばなるまい。

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2014年1月26日 (日)

激変の世代と挑戦

とてつもなく大きな変化の中を生きてきたと、改めて思う。

団塊の世代の生き様である。

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私達はラジオを聴いて育った。

正義の味方「赤堂鈴之助」や「「紅孔雀」「笛吹童子」にハラハラどきどき、

学校から帰ると真空管ラジオの前にくっ付いていたっけ。

大晦日の紅白歌合戦だって、コタツにもぐってラジオで聴いた。Dscf0070

除夜の鐘ってのを何時か聴いてみたいと思いつつ、何時も眠ってしまった覚えがある。

遊びだってビー玉やパンコ、馬跳びやカクレンボ、長じては草野球かな。

TVをはじめて見たのは、小6の頃近所の金持ちの家でだった。

晩方になると大人も子供もその家に観に集まった。Dscf0069

田を耕すのは牛だったし、牛を操って如何に早く耕すかって競技会なんてのもあった。

親父がそれに出場して・・・・・

やがて原動機付自転車や耕運機が普及し始める。

それが東京オリンピックあたりを潮目に激変を始める。

新幹線、東名高速道ができて物流が様変わりし、車・冷蔵庫・カラーTVが普及する。

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日本列島改造から地価高騰のバブルの時代を経て、H2年パタリとその動きは止まった。

団塊の世代は40代半ばの、まさに働き盛りだった。

今日よりは明日と目まぐるしい変化が当たり前だった彼らは、当然ながら面食らった。

三万円目前だった株価は1/3に暴落、銀行の破綻や住専問題・・・・・Dscf0160

失われた20年のトンネルに入ってしまったのだ。

進歩=発展が当たり前だっ彼らにとって、それは成す術とて無い茫然自失だった。

人間は、挑戦し「新しい景色」を見たくって生きている。

団塊の世代は、自分の努力よりも経済発展のお陰でそれを味わうことが出来た。Dscf0158

それがH2を境に、無限にあると思っていたチーズが消えてしまっていたのだ。

意気消沈の時代を経て、やっと今トンネルの出口が予感できるようになりつつある。

団塊の世代は、もう既に古希に向かって歩いている。

しかし、変化を味方に生きてきた世代である。Dscf0161

これからの長寿成熟社会に向けて、変わらなきゃならない事が山積している。

健康も福祉も教育も、社会の仕組みだって変わらなきゃね。

だから団塊の世代の挑戦は、まだまだこれからじゃないかと思うのだ。

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2014年1月25日 (土)

春の兆し

毎朝の街頭に立っていて、建物の影が日に日に短くなっていくのがうれしい。

小笠山の走路脇の梅は、もうかなり蕾を膨らませている。

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それに先日の久能山では、早咲きの梅2輪が咲いているのを見つけた。

本格的な寒さはこれからだけど、微かながら春の兆しが感じられるようになったのだ。

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高校三年生は受験シーズン入りして、もう実質的には卒業を待つばかりになっている。

ともあれ、春を待つ気分がどんどん膨らんでくる。

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今夜は、今年の浜名湖100k大会に向けての準備会があった。

会場は浜松の飲み屋だけど、これまでの総括を踏まえて本格的な大会への準備だ。

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これまでの2回は私達のまったくの手作りでやってきたけど、100kの長さをフォローするには限度がある。

出来れば自治体や観光関係者の支援を期待したいところだ。

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先日参加した宮古島だって、隠岐の島だって町をあげての大会になっている。

浜名湖って言ったって、グローバルに考えりゃかなりの田舎だ。

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自ら、その故郷の良さを主張しなきゃ誰も分かっちゃくれない。

私達は、全国のランナーにこんな素晴らしい所があるって紹介したいんだ。

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今年の大会からは、地元の観光協会と新聞には是非とも後援名義を貰いたいと思っている。

そうして、地域一丸となって元気を作りだしゃ良いんだ。

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俺たちゃ、そのきっかけを作れば良いのさ。

その決意を込めて、皆で乾杯したんだ。

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今年の浜名湖100kは、これまでと違った大会になるぜ!!

全国のランナー諸君、一度は浜名湖をぐるっと走ってみようぜ。

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2014年1月24日 (金)

及時当勉励

陶淵明の句だが、「出来る時に大いに楽しめ」と読める。

 及時当勉励 〔時に及んでまさに勉励すべし〕

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 歳月不待人 〔歳月は人を待たず〕と続く。

私は親父が戦地から九死に一生を得て帰還して生まれた団塊の世代に属する。

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戦後の経済成長のお陰で就職難も無くって、良い時代を生きてきたとも言われる。

しかし数が多すぎて、私なぞ幼稚園にも入れてもらえなかったし、

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学校は寿司詰教室で、高校大学は正に他人を押しのける激烈な競争だった。

それに子供の頃は、食べるものも着るものも無かったな。

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団塊の先頭の私の同級生には独身を通した女性が多いし、年下の配偶者が多い。

団塊の世代より年上の男は半分もいなかったからだ。

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親達は濃厚に家父長制をはじめとした儒教の世界にいたが、

私達は初めてのジーパンを履くスニーカー世代になった。

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価値観の大きな変わり目の中を生きてきたのだ。

数が多いと言うことは因果なもので、職場でだって最後までポスト争いが続いたんだ。

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そんなこともあって、団塊の世代には押しなべて同年代の心許せる友人が少ない。

その団塊の世代が大方退職し、残された膨大な人生の時間を持て余している。

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かと言って、これまでの利益追求的生き方から卒業できずに、

ボランティアに精を出そうという気配も無い。

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これからの時代、コンビニのレジなどパート的な仕事は引退世代が担えばよいと思う。

団塊の世代が、パート的な軽い仕事を担うのが当たり前になれば、

若い人達は人生を燃焼させる仕事へと移っていくのではないか。

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ともあれ、我々団塊の世代に残された時間はそれ程多くは無い。

だからこそ、何事にも一心に勉励するのだ。

 今年花落顔色改 〔今年 花落ちて 顔色改まり〕

 明年花開復誰在 〔明年 花開いて また誰か在る〕

 己見松柏摧為薪 〔すでに見る 松柏 くだかれて薪となるを〕

 更聞桑田変成海 〔更に聞く 桑田 変じて海となるを〕

 古人無復洛城東 〔古人 また洛城の東に無く〕

 今人還対落花風 〔今人 また対す 落花の風〕

 年年歳歳花相似 〔年々歳々 花 相似たり〕

 歳歳年年人不同 〔歳々年々 人 同じからず〕

 寄言全盛紅顔子 〔言を寄す 全盛の紅顔子〕

 応憐半死白頭翁 〔哀れむべし 半死の白頭翁を〕

今、この歳に及んで、何事にも勉励する他ないではないか。

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思えば、団塊の世代故に、我が心の小心の故にやり残したことが数多ある。

正に、歳月人を待たずなのだ。

 

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2014年1月23日 (木)

若さを讃えん

確かに若い人達を見ていると、危なっかしくて何となく落ち着かない。

だけど、彼らには無限の可能性がある。

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彼らは、自分の命は無限に続くものと思っている。

馬齢を重ねた私なぞに比べれば、手持ちのカードは何十倍も多いんだから無理も無い。

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それに頼りなく感じるのは、彼らが自分のスタンスを決め切れていないからに過ぎない。

人生の諸々の体験を経ていないから、

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自分と言う楽器がどんな音を奏でるのかすら知らないのだ。

人間の能力は生まれつき決まっている訳じゃない。

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キッカケ次第で大化けするのが若者ってやつさ。

例えば、大数学者のガウスが数学を始めたきっかけは、先生に褒められたからだった。

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ある時先生から授業で「1から100まで足し算しろ!」と課題が出た。

クラスの皆は「えぇ~ッ」とか言いながら足し算を始めたんだけど、

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ところがガウスは瞬時に5050と解いてしまった。

1から100まで足すには1+100、2+99,3+98・・・が50個だとたまたま知っていたんだ。

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その時、先生に褒められたのがとっても嬉しくって、

それで大数学者になっちゃつたと言う次第だ。

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褒められると、その経験が励みになって雪だるま式に得意になるからね。

今日はエコパで校内マラソン大会があって、

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そんな可能性を一杯持った若者達と一緒に走ることが出来たんだ。

男子高校生の最後尾からスタートして、どこまで前に進めるかが今日の私の課題だ。Dscf0145

とは言え、部活で体を動かしている若者はやはり早い。

それに距離が12k程で瞬発力が武器の若い力には敵わない。

せめて20kあれば持続力の勝負に持ち込めるんだが。。。。Dscf0142

ともあれ全体の中間ほどの順位でゴールできたが、

昨年よりも、かなり順位を落としたようだ。

ともあれ表彰式でトップを走った生徒たちは、生き生きとして素晴らしい顔をしていた。Dscf0146

何でも良いから、若いうちに自分の良いところを見つけることだ。

その良いところをどんどん伸ばして自信を育てることができりゃ、

人生は半分は成功したようなもんさね。Dscf0147

若者は「自分はこの程度」なんて自分を限定することは無い。

「無限の可能性」があるってことを信じて生きろって言いたい。

今頃になって、後悔を含めつくづくそう思っている。

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2014年1月22日 (水)

久能山と家康

家康は人質時代の子供の頃、久能山に登ったことがあったのではないか?

久能山は、言うまでもなく徳川家康が葬られたところだ。

その身長155cm体重60kの小太りの家康が、江戸260年の太平を作り出した。

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豊臣家との確執や権力奪取などから狸親父とも揶揄され、

駿府に隠居してなお江戸政権の基礎固めに粉骨した男だ。

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その家康が1616年、75才で亡くなると、

彼の遺言によって、その夜の内に久能山の山頂に葬られた。

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東照宮本殿の裏手を登って50m程の所に家康公の廟がある。

家康公を収めたその廟は、西に向いて建てられていて、Dscf0089

死後400年近く経た今もなお西国大名に睨みを利かすポーズをとっている。

昨日は、その墓所を訪ねながら、彼の生涯を思い浮かべていた。

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駿府で暮らした人質時代、信長の下で長男信康を殺した苦節の時代。

武田信玄と戦った三方原合戦の敗北、武田滅亡後の勢力拡大。

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本能寺の変で京都から生駒・山城・伊賀へと逃げ延びた家康。

そして豊臣との和睦と秀吉没後の権力奪取の謀略。

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晩年はもっぱら権力確立への布石であったろうか。

艱難辛苦の末に天下を得たとされるが、

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時に細心で臆病でもあり、人間の機微にも通じた実に人間くさい男だった様に思える。

私たち誰もが持っている要素があちこちに露出しているからだ。

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その男が葬られた久能山は、日本平〔有東山307m〕の谷を隔てた南隣〔270m〕にある。

駿河湾を眼下に見下ろし、その南裾には一面に石垣イチゴのハウスが広がる。

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久能山は、もともとは久能某によって開かれた寺の地で、

西暦600年頃から久能寺として戦国末期まで続いていた。

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その寺を東麓〔今日の鉄舟寺〕に移して、城砦を築いたのは武田信玄だ。

1225年に今川氏が滅んだ後、信玄はここを久能城としたのだ。

その久能城の跡に築かれたのが今日の久能山東照宮である。

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久能山に葬られた家康の遺体は、その19年後には日光東照宮が造営されて、

日光に移されるのだが、家康の意思はこの地に眠って東を守ることだったろう。

この2月、本能寺の変直後に、

家康が伊賀忍者に守られつつ辿った逃避の道を走ってみようと考えている。

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2014年1月21日 (火)

三保

世界文化遺産に加えられてから、あの三保がどうなっていくのかって気になっていた。

それで今日は思い立って、久能から三保半島・清水にかけて走ることにした。

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三保は言うまでもなく清水湾に突き出た砂州である。

半島の中ほどには折戸と言う所があって、江戸期には茄子の産地として知られた。

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家康の、あの一富士二鷹三茄子の折戸ナスである。

江戸期には、この地を美穂神社を基点とした信仰の地として開発は抑止されていた。

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結果として、富士山に通じる信仰の出発点にもなりえたのだろう。

歴世、この地を訪れた文人墨客は押しなべて富士の雄大さに圧倒されている。

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私がこの半島を目にしたのは、小学校の5年生の子供会の旅行だった。

日本平〔307m〕の頂に立って、眼下に広がる港と砂州・そしてその向こうの富士に驚いた。

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この世には、かくも整った美しいものがあるのかと言う驚きだった。

しかし今日、多分同じ場所に立って眺める三保半島は別物だ。

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半島の北側半分は開発されてほとんど市街地になっているし、

港の周りはコンビナート群などで埋め尽くされている。

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その向こうに富士山だけが変わらぬ姿でいるが、三保はかつてのものでは無い。

そういう意味では、世界遺産指定から一旦は外されたと言うのも納得できる。

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ともあれ久能海岸を走って三保に入ると、観光バスが何台も訪れていた。

お目当ては羽衣伝説の松であろうか、それと半島の先に浮かぶ富士山である。

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私は三保半島を回って清水へ、その途中の鉄舟寺を訪ねるつもりだった。

この寺は元は久能の頂にあったが、武田信玄が城を築くために北矢部に移させた寺だ。

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荒廃していたその寺を再興したのが山岡鉄舟だ。

今日こそはと出向いたのに、残念ながら休館日と表示されていた。

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まあ、大寒の一日、こんな風に贅沢に過ごすのも一興だと思う。

自由と言うか、自分の心と対話しながら走ることが出来るんだ。

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一個の人間は大自然の前にはちっちゃなものだけど、それでも営々と歴史を刻んでいる。

三保は、そんな人間の営みと自然を考える場所だ。

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2014年1月20日 (月)

感動ってこと

私はどうも、人よりも涙もろいと言うか心の振れが大きいと昔から感じてきた。

映画をみても本を読んでも、感情移入のあまり泣けてしまうのだ。

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それを私は、自分の心のナイーブさだと思ってきた。

強靭な心とは程遠くって、弱虫で感じ易いんだって・・・・・。

先日も宮古島100kのゴール間近で涙が出たことを書いたばかりだ。

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涙の理由は、ゴール近くなってそれまでの諸々を思い浮かべてしまったからだが、

かなりの苦しさを乗り越えてきた自分への感動の涙だと思っている。

昨日走友から「泣いたんだって?」と笑われたが、泣くってことには惰弱なイメージがある。

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実はこのことで、脳科学者の茂木健一郎さんの著書を読んでいて、

我が意を得たりと感じるものがあった。

茂木さんは、「脳には、今の自分を守ろうとする免疫反応の様なものがある。

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これは異質なものや変化を拒絶する保守的な脳だ。

これとは別に[可能無限]と呼ばれる変化に対応しようとする能力が有る。」とおっしゃる。

この能力の高い人が、より感動して涙することが多いのだそうだ。

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そうして、感動は大きく楽器を鳴らすことと同じで、脳の進化の原点らしいのです。

泣くってことは心が揺れている証拠だけど、

むしろ芯の強い人ほど脳の表面が軟らかくって、感受性が高いらしいのだ。

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醒めた反応しか出来ない人は、弱い自分を守ろうとしているに過ぎないってことになる。

つまり、感動した時には思いっきり泣きゃ良いんだ。

この間俺が泣いたのだって、

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100kクリアーを目の前にして嬉しさを感じるドーパミンが溢れ出したに過ぎない。

そんなことを考えながら、西郷隆盛を連想した。

彼は実に感情の量が多い男だったらしく、大きく感動することで人を魅了したようだ。

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「大きく打ては大きく、小さく打てば小さく」反応したとも言われるが、

それが強靭な意志力と併せて西郷の魅力だったんだ。

ともあれ、維新回転の英雄とはもとより比べるべくもないが、

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自分に正直に泣いたり笑ったりすることで進歩出来れば、それに超したことはない。

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2014年1月19日 (日)

心のサプリ

昨夜は遠来人の会で、村瀬登志夫さんの話を伺った。

演題は「心のサプリメント101錠」と言うのだが、言葉に想いをという感じかな。

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言うまでも無く人類は、言葉によって今日まで文明を発展させてきた。

私達だって、その言葉によって喜んだり悲しんだり、

はたまた心動かされて、日々を送っている。

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そう、言葉は人を動かすのだ。

例えばこの国の明治維新は「尊皇攘夷」の一言で成就したと言っても過言ではない。

言葉は時代すらを作り変えてしまう力を持っている。

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私もこれまで実に多くの様々な言葉に影響されて今日に至っている。

いやさ、このブログだって、ワンフレーズを基点に発想していることが多い。

しかしながら、私達は常日頃から言葉を決して大切にしてはいない。

かなり放漫に使っているし、時には人を傷つける武器にしてしまっている。Dscf9965

それにほんの少しの言い回しの違いで、話しかけられた人の心は大きく変わる。

例えは「頑張ってね」と言うよりも「頑張ってるね」と言う方が良いかも知れない。

「人に褒められる」のも良いが「人を褒められる」方が数段上だろう。

「手間が掛かる」のと「手間を掛ける」のとでは雲泥の差だ。Dscf9968

何気なく使っている言葉だけど、出てくる言葉にはその人の体験に基づく背景がある。

みんな自分の人生を言葉にして発しているんだ。

それだけじゃない。

言葉は、自分の行動を律してくれる規範でもある。Dscf9959

座右の銘に始まって、誰だって自分をコントロールする魔法の言葉を持っているはずだ。

例えば・・・「人生、常に本番さ。」「気張るこたぁ~無い。自然体で良いんだ。」

「せっかく、生きてるんだろぅ。」「今やらなくって、何時やるんだ。」「大丈夫、何とかなる」

「動け、さすれば景色は変わる。」・・・・・etc

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みい~んな、無数の言葉に支えられて生きている。

まあ~、101錠ものサプリメントは要らないけど、

自分と言葉ってことを改めて振り返る機会を与えて頂いた。

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2014年1月18日 (土)

いつか、きっと

過去にこだわって生きたくは無いと、かねてからそう思っている。

しかし今日は、久方ぶりに昔の職場の集まりに顔を出した。

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往年の諸先輩やかつてお世話になった方々の年に一度の集まりである。

中にはかつての私にとって雲の上におられた方もいるが、

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押しなべて懐かしい顔ぶれで、人生の最も重要な期間をこの人達と過ごしたのだ。

この組織に在籍した頃、「何時かきっと、トップになってやる。」そう思っていた。

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当時、友人には「そんな、夢みたいなこと!」などと馬鹿にされたっけ。

だけど、「きっと」は念ずれば叶うものであった。

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そう言えば、もうすっかり忘れちゃったけど、

子供の頃には幾つもの「いつか、きっと」があった。

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「親孝行してやる。」とか「僕ならこんな農場作る。」「億万長者になってやる。」・・・

「喧嘩に強くなって、悪餓鬼を懲らしめてやる。」なんてのもあったかな~?

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そしてそれは単なる思いに終わって、実現したものはほとんど無い。

人は大抵「今」と付き合うのが精一杯で、何時の間にか「目標」を見失ってしまう。

目標ってのは、思うことじゃなくって、思い立った時に始めることなんだ。

それは幾つになったって同じで、Dscf0049

歳をとれば、明日と言う手持ちのカードが残り少なくなるだけさ。

だから、したいことは今やるに限る。

エベレストに登頂した三浦雄一郎さんのように、全ては行動することから始まる。Dscf0051

今、サハラ砂漠を走る計画がある。

私の年齢で走り通すことが果たして可能なものかどうか?Dscf0052

三浦さんを思えば当然出来ることだろうが、

こいつを「何時か、きっと」にするかどうか逡巡している。

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2014年1月17日 (金)

人の値打ち

人生の夕暮れ時近くなって、人の価値なんてことに頭を傾げている。

人には、初めっからの存在価値なんてありゃせんってこと。

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農家に生まれた私は、将来は親父の後を継いで農業をやるものと信じて育った。

終戦直後で、この国も村も我が家も貧しかった。

ところが、間もなく新幹線が出来、オリンピックが開催され、TVが普及して・・・・と、

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時代が物凄いテンポで変わり始めていく。

私が就職したのは、そんな最中の昭和45年だった。

初任給は33,150円だったけど、この額よりも10円でも多く働くのが自分の役割だと思った。

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勤め人の在り様を知らなかったこともあって、組織の中での自分の存在価値を考えた。

と言うよりも、自分がこの組織の中で生きられるのかどうか不安だった。

だから、無意識に一生懸命自らの存在価値を作り続けてきたようだ。

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ひたすら懸命に走り続けたって感じだな。

だけど、定年退職してフリーになった途端に、そんな価値は胡散霧消してしまった。

簡単に言うと、ただ起きて寝て、飯を食ってウンコする存在になった。

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山に行って走ることを続けたが、自分の価値を保証してくれる人も組織がもう無い。

まったくもって、あてどない存在になっちまった。

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その事が一番の戸惑いだったな~。

そんなこんながあって、今度は定年後の自分作りに精を出すことになった。

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結果的に今日に至っている訳だが、そもそも「自分」そのものに値打ちなんぞは無い。

ボランティアであれ何であれ、その役割が存在価値を作り出すんだ。

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世の中には職場のポストを自分の価値だと錯覚してる人がいるけど、

そんなのはその組織の都合上のことで、まったくの虚構でしかない。

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生き甲斐は、自分で育てる他無いのだ。

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2014年1月16日 (木)

人生の目撃者

よくよく考えてみると、自分の人生の目撃者は自分しかいない。

例えば恋人など、誰かが見ているとしても、それはほんの一部分に過ぎない。

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人生には失敗もほんの少しの成功も付き物だし、

紆余曲折様々な遍歴や幾つもの転機を経て今日に至っている。

その全てを誰が見ていると言うのか?

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最も身近に家族がいると言ったって、かつての家父長制時代ならいざ知らず、

卓袱台を前にして自分の毀誉褒貶を子供たちに話したところで、

残念ながら彼らは聴く耳を持たない。

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親父の経験など自分の人生にゃ関係ないと本能的に感じているからだ。

つまり、親父が外でいくら苦労しようと、それを語る場所とて無くなっている。

それに子供などと言うものは、もとより父親に反発しつつ成長していくものなのだ。

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かつて愛した女房だって、とっくに自分独自の人生を歩んでいる。

実は・・などと弱音をはいたところで、逆に愚痴を聞かされるのが落ちだろう。

と言うことで、男はひたすら黙って晩酌する程度が関の山となる。

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この世の中随分広いが、家族も他人も含めて、

自分のことなんて誰もそれほど関心を持っちゃくれないものなのさ。

そして、人生は流れ流れていく。

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ところで、私がこのプロ具を書き始めたのは、定年を少し前にした頃からだ。

「職場を去れば、人は私なぞ歯牙にもかけちゃくれないだろう。」

だけど俺の人生はまだまだ続くし、要するにその生き様を誰かに話したかった。

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かてて加えて、自分の人生を自分で意識し続けたかったのじゃないかと思っている。

だって、「俺は、ここに生きてるぅ。」って声を出さなきゃ忘れられちゃうでしょ。

それに人間と言うのは、自らを語っていないと自分が分からなくなるんじゃないかな。

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そう思って振り返ってみると、確かに自分の人生を物語っていることが多い。

自分の人生を目撃者の証言としてブログに書いてきたような部分がある。

あの余命幾ばくも無い年寄りが、人に会う度に話したがるあれさ。

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でも、人生について語る時、何故か自分を愛おしく感じている。

だから語るほどに、元気になるのかも知れない。

俺たちゃ、誰にも関心をもたれず淡々と生きている。

それでもさ、必死に生きている姿を誰かに気付いて欲しいんだよね。

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2014年1月15日 (水)

井戸の思い出

団塊の世代が、井戸を知る最後の世代になるのかも知れない。

子供の頃、屋敷の裏に掘り抜き井戸があって、コンコンと水が湧いていた。

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炊事や洗濯・風呂など一切をこの井戸水に頼って暮らしていた。

そうそう、夏にはスイカを浮かべて冷やしたりもしたし、

夏は冷たく冬は暖かくって、水場は子供たちの遊び場でもあった。

私はその井戸水に育てられた訳だが、小学校の修学旅行の折、Dscf9984

親父から「水には、気をつけろよ。」と言われたのを覚えている。

井戸の水は、その土地土地の土質などから皆違っていたんだ。

多分、私は土臭い水で育ったんだろうが、お陰で今でも土臭い???。Dscf9985

その井戸が、中学に上がる頃だったか枯れて急に水が出なくなって、

毎日、隣家に貰い水したりと暫く大変な騒ぎになった。

間もなく簡易水道が引かれたが、その頃にはどの家の井戸も枯れかかっていた。Dscf9988

その原因は、3km程離れた内陸部に出来た工場の汲み上げだった。

更にその数年後、地下水の塩水化でハウスに大きな被害が出るようになっていく。

内陸部で地下水をどんどん汲み上げるんで、地下に海から海水が入るようになったんだ。Dscf9990

上水道の普及した今日、誰もが地下水なんて気にもしなくなっている。

でも私達は、つい最近まで自然の水に依拠して暮らしていたんだ。

そんなことを思い出したのは、先日の宮古島では地下水が頼りだったからだ。

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サンゴ礁が作り上げた小さな島に、水の流れる川などあるはずも無い。

だから地下水を大切に使っているという次第だ。

島を覆うサトウキビ畑にはスプリンクラーで潅水がされるが、

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これも地下水や溜池に集めた雨水を使っている。

私達が走った道路脇には、幾つもの導水碑などが見えた。

島の暮らしは、水の確保無しには成り立たない。

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水の確保と同様、生活の糧をどうするのか?

TPPで関税が撤廃されたら、サトウキビの栽培だって不可能になるだろうし、

海洋国家日本のありようを考えないといけない。

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2014年1月14日 (火)

心の遊び

今朝の目覚めは、布団の中で久しぶりの心地良い疲労感(?)を感じていた。

疲労感が心地良いとは奇異に感じるかもしれないが、

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ハードな練習の疲れと違って、達成感を伴っている快さなのだ。

手足を伸ばすだけでスーッと伸びていく、そんな爽快感だ。

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時に知人から「動き回ってないと、不安なんだろ。」と言われたりする。

確かに私は朝から晩まで動き回っているし、100kのレースだって走る。

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諸々の仕事も走りも、そしてボランティアも野菜や果物作りも楽しみでやっている。

このブログを書いたり、本を読むことも大好きだ。

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もっと好きなのは、親しい仲間との馬鹿話かな。

自分のなかでは、そうやってのんべんだらりんと生きている。

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いやさ、時にはここ一番の急所には力を込めることもある。

だけど、気負った時ほど結果は思わしくはない。

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出来れば肩の力を抜いて、これまでの蓄積を自然に出せれば上手くいく。

あとは、その時の気力次第だ。

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だから、ここ一番と言う時にはその為の準備を周到に進める。

とは言え、自分の思う通りになるんなら、そんな楽なことは無かろう。

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そこには様々な伏兵が潜んでいて、波瀾万丈に遭遇することになる。

一昨日の100kレースを振り返ってみている。

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奇しくも準備万端、万全の態勢で臨んだレースだった。

暑かったとは言え、昨年よりも1時間も遅いゴールになった。

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その原因は歩いたことだが、そこには「歳と共に・・・・」などと言い訳する自分がいる。

辛うじて踏み止まったが、一事が万事、これは全てに渡って影響しかねない。

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ともあれ、心地よい疲労感と共に宮古100kが、もう既に懐かしくなり始めている。

心の起伏は、より大きな方が面白いのではないか。

緩急、山谷乗り越えてこそ、人生は楽しくなる。

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2014年1月13日 (月)

キビの島にて

昨日の気温は23度、露出していた足が真っ赤に日焼けしている。

動く度にあちこちの筋肉が引きつって、ギィギィと身体不自由が続いている。

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昨日の激闘が終わっても、全体の疲労感と精神の興奮が続いているのだ。

宮古島全体の半分ほどは、サトウキビの畑だろうか。

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時たまカボチャの花やニラの畑を見かける程度で、

ガジュマルや椰子の並木が続き、ブーゲンビリアの花が咲いている。

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サトウキビは収穫期を迎えていて、走路にも里坊がトラックから零れ落ちていたりする。

ともあれ、100kレースでの思いを書こうとしている。

温かな気温もあってかなりゆっくりとしたペースでスタートした。Dscf0025

辺りが明るくなる頃、K藤さんに追付かれたこともあって、

自分のペースがかなり遅いことに気付いた。

しかしペースを上げようとしても、疲労が嵩んで一向に上がらない。Dscf9969

一昨年は最初から飛ばして50kで5時間05分だったが、後半ひどい目にあった。

それで今回、50Kを6時間丁度で通過したのである。

前半の余力を後半に活かす作戦だったが、気温は初夏並に上がって、Dscf9999

水分補給を幾ら摂っても直ぐに喉がカラカラになってしまうんだ。

50K過ぎまでは、自分への挑戦と言う意味で、気持ちは前向きだった。

それが仲間が次々と後方に去り、疲労がピークに達した60k過ぎから大きく変わりだす。Dscf9998

「順位何て、もうどうでも良いんじゃないか。」「歩きたい。」「歩こう。」・・・・

「野辺山の登り70Kは歩くだろう。だからさぁ・・」と誘惑が続く。

要するに、次第に考える力が減衰していくんだ。Dscf9986

とうとう10k近くを歩いてしまったか訳だが、体が辛いのはみんな同じなんだ。

自分だけが苦しい訳じゃない。

それを克服していくのが、自分との戦いなんだ。

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そう分かってはいても、50Kから先の東海岸を東平安名崎に向う30kは心が折れる。

サトウキビの畑に沿ったほぼ直線の道が30Kも、果てしなく続くんだ。

100Kたって、たかだか十数万回足を動かすだけなのに、これがとても大変になる。

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途中、憔悴したランナーが点々と座り込んでいる。

「俺だけが、辛いんじゃないんだ。」・・・とは言え、辛いものは辛い。

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とは言え、100Kなんて途方もない距離を何で走っているんだろうか。

ライバルに負けたくないからか?

否そうじゃなく、自分との戦いなんだ。

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その為に、日常のもろもろを振り切ってこのキビの島に来ている。

それで完走せずに何とするのか!!!

「何が何でも、時間内にゴールまで辿り着くんだ。」ひたすらそう言い聞かせていた。

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赤い絨毯を踏んでゴールした瞬間、今日のすべてが終わった。

自分への責任を果たし終えたからだ。

ジャミセンを奏でる加々美さんの笑顔に癒された。

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2014年1月12日 (日)

走思走愛

午前2時45分、目覚ましがなって身支度を始める。

3時からは朝食で、もう食堂は人で溢れていた。

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午前5時、真っ暗な中、上野ドイツ村を680名がスタートする。

昨夜来の風も治まって、満天の星空である。

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だが普段見覚えのある星が見つからないほど、正座が違っている。

やっと、地平線近くに北極星を見つけて、この星に向かって走っていく。

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25K程走って、7時30分頃から明るくなり始めるのだ。

それまでは、ランナーのシルエットと星空を眺めつつ足を進める。

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随分温かな風が吹いていて、直ぐに汗ばむ気候だ。

池間島に渡る長大橋を渡る頃にはすっかり明るくなって、

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えも言われぬエメラルド色の海が広がっている。

実はこのレース中、二つの海を渡る橋をがあるのだが、

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来間島に渡る際には、真っ暗で何も見えなかったのだ。

池間大橋を楽しむ暇も無く、遅れているペースを取り戻そうとするがスピードが出ない。

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50k地点で既に6時間を費やしてしまっていた。

暑さのためだろうか、リタイアするランナーも多い。

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先行して走っていたY辺さんが、ここで倒れていた。

「もう、動けない・・・・先に行け」と言う。

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その私をK藤さんが追ってきていて、50K過ぎ私を抜き去っていった。

55K前方を走るK藤さんが歩いていて、今度は私が彼を抜き返した。

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さらに暫く行くと、やはり先行していたN山さんが歩道に座り込んでいた。

「熱中症で動けなくなった」と言うんで彼を尻目に先に進んだが、その先がいけなかった。

60Kを過ぎるあたりから、足先から首筋まで一斉に悲鳴を上げ始めたんだ。

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決して歩かないつもりだったのに、とうとう60Kからの10Kを歩くことになってしまった。

この間に、N山さんが追いついてきたし、東京のM女子に軽快に抜かれてしまった。

道端には、何人もが放心状態で座り込んでいる。

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私は暫く歩いたことで、かなり筋肉が安らいで、70Kからは再び走ることが出来た。

と言うよりも、制限時間に追われて、遅くても走らざるを得なかったのだ。

東平安名崎〔80K〕までが途方も無く遠く感じたが、ここで福の神の応援を頂いた。

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マンゴーのソフトクリームを準備して待っていてくださったのだ。

漸く元気を得て、ここからは急な上り下りが続くんだけど、かなり頑張ったな。

それでも昇りは歩いて下りを走るパターンだ。

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後4kの表示を見つけて、流石の私も次第に元気を回復して行った。

あと2キロ地点では、期せずして嗚咽が止まらず涙が流れて仕方が無い。

それでも13時間21分、305位でのゴールとなった。

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想像以上の暑さに加えて、やはり後半の持続力に問題を残すレースになった。

でもまあ、今年一番のウルトラはこんなものなのかも知れない。

こんなにも苦しい思いをして何故走るって、それは走ることが好きとしか言いようが無い。

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2014年1月11日 (土)

南へ2000k

静岡空港から那覇経由2000K、宮古島に来ている。

厳寒の地から、ここはもうサトウキビの葉がザワワザワワと揺れる常春の地である。

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ANAの機内誌をめくっていると、2014年の干支別運勢の記述があった。

私の亥年のページを開くと、何と今年は大吉だと言う。

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しかも、あちこちどんどん旅行に行く年で、旅先でも良い事があるのだそうだ。

そう、今年もあれこれ計画しているから、先ずは得たりである。

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今日は、小野裕史さんの著書マラソンジャンキー〔中毒者〕を持って旅に出た。

南極や北極、世界三大砂漠を走った凄い青年実業家の手記である。

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南米の高地アカタマ砂漠250k走破の記録を読みながら、熱く込み上げるものを感じた。

困難を乗り越えてゴールを目指すランナーの思いは、誰も同じなんだろう。

ホロリと一人涙を流しつつ、明日の100kレースを思っていた。

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宮古までの2000kの20分の一、100kは長いのか短いのか?

そして明日は、どんな思いでゴールできるものやら・・・・。

宮古には17:15に到着したのだが、夕方のはずが何と未だ陽が高いのだ。

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南に来るほど日没は遅く、その代わり夜明けも遅くなる。

それに、気温も20度はあるんじゃないか。

ともあれ仲間と共に夕食を囲んた゜。

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仲間は東京のMさん神奈川のKさん福岡のKさん夫妻とここで知り合った方々だ。

話題は過去のレースを振り返っての明日の自分である。

さてこそウルトラは走ってみなくっちゃ分からないが、

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この4ヶ月間、無理に走り過ぎずに可能な範囲で精一杯走り込んできた。

明日の走りが今年の試金石になるだろうし、

機内誌の運勢を信じて頑張ってみようと思っている。

それから、この南の島を満喫しよう。

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2014年1月10日 (金)

寒さに向かって

今冬一番の冷え込みらしく、今朝はグッと冷え込んだ。

スクワットをしながら子供達を待つ間も、寒風に耳が冷えて痛かった。

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だけど子供達は、寒さなぞへっちゃらで元気だ。

厚い氷を素手で学校まで持って行く子供すらいる。

若さには、燃えるようなエネルギーが保持されているのだ。

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いやいや私だって、多少老いたりと言えどもこんな寒さなど、どおってことも無い。

仮に痩せ我慢なりとも、寒風に胸を張って進み続けたい。

その寒風の源、北方の山をのぞむと、遠くに雪をかぶった南アルプスが見える。

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この冬季にだけ、「俺もここにいるぞ」って頭を見せるのだ。

アルプスの山々に負けず、私もここにいるぞって大きな声を出したいんだけど、

生まれつきの内気と幾分の遠慮、それに周囲を憚って自制している。

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それにしても、このところの時の流れはいよいよ速まっているように思える。

我が人生は二度と繰り返すことが無いと言うのに…・。

ぬるま湯に浸るのではなく、もっと寒く、もっと厳しい冬に身を晒すべきなのだ。

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なんのかんのと、最早あれこれ気を使うこともあるまい。

かくなる上は、家財を傾けてでもこの人生を謳歌すべきだろう。

子供に財を残すなんて、チャンチャラ可笑しなことだ。

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子供は子供で、それなりにやっていくだろうに・・。

陶淵明の雑詩を眺めながら、そんな夢想をしている。

 前略

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 求我盛年歓 (我が盛年の歓びを求めること)

 一毫無復意 (一毫も思うこと無し)

 去去転欲速 (時の流れはいよいよ速く)

 此生豈再値 (この生 あに再びあわんや)

 傾家時作楽 (家を傾けて 時に楽しみを作り)

 竟此歳月駛 (此の歳月の駛するを終えん)

 有子不留金 (子あるも 金を留めず)

 何用身後置 (何ぞ用いん 身後の計らい)

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2014年1月 9日 (木)

剪定

毎年のことながら、ブドウ栽培でこの作業が一番骨が折れる。

年が変わってから毎日のように昨年の葡萄の枝を剪定している。

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実は葡萄は、その年に伸びた新梢に実を稔らせる。

だから、毎年古い枝を全て切り落として、新梢の伸びる場所を確保しなくっちゃならない。

それが剪定作業なんだが、この作業には設計思想が求められる。

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古くなった母枝の更新やら伸ばすべき新芽の方向などを斟酌しつつ、均等に枝を整える。

無数の枝を前に、設計思想に基づいて瞬時に残すべきか否かを判断する。

それを逡巡してたんじゃ、忽ちにして陽は沈んでしまうのだ。

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この剪定如何で今年の稔り具合が決まる。

更に大変なのは、切り落とした大量の枝葉の処分である。

ハウスからの運び出しも一苦労だが、山の様な薪は焼却する他無い。

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それも今じゃ薪を必要とする場面は無いから、一日掛けて野焼きするのだ。

ともあれ剪定の終わったハウスの葡萄は、残した新芽にパワーを集中させていく。

未だ緒についてばかりの作業だけど、ともかく寒のうちに済ませたいと急いでいる。

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さて、そんな作業をやりながら葡萄の生き方?に感心している。

人間の場合、長年勤めた職場を去ると途端にやる事が無くなってしまう。

決して楽しいばかりではなかった筈だが、定年退職した途端に体調を壊す人も多い。

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これから悠々自適などと構えるのだが、忽ちにして無気力状態に陥ることが多い。

或いは、大変な仕事をやり終えてホッとした途端に病気になったりする。

何事も、事が済んでしまうと燃え尽き症候群になり易いのだ。

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この点、葡萄はえらい。

稔りを終えると同時に、既に次の年の新芽の用意をしている。

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そうやって、ちゃあ~んと翌年の実りを約束してくれる。

私の切除しているのは、もう燃え尽きてしまった古い枝なんだなぁ~。

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この新年は私も古きを捨てて、新しい枝を伸ばさねばなるまい。

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2014年1月 8日 (水)

隣人

夜明けが遅くなっていて大変だけど、子供達は今日も元気に学校に行く。

そんな彼らに、「今日も頑張れよ!」とか「今年も元気で行って来い!」などと声を掛ける。

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約100人の子供達からは、人それぞれの反応が返ってくる。

「あと三ヶ月で卒業!!」「僕の勉強やってよ!」「何時も、ありがとう」などである。

時には、喧嘩して泣きながら登校なんてこともあるが、大抵は仲が良い。

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ところで聖書のキリストの言葉に「汝の隣人を愛せよ」とある。

誠に結構な事だけど、敢えて大切な教えにしているのは、それだけ難しいからだろう。

何処の家でも、隣家とは敷地境やら雨水やら煙やら、はたまた落ち葉やら、

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あまりに近すぎるが故にしっくり行かないのが常だ。

人と人の関係だって、他人同士の場合は中々微妙だ。

だから電車に乗ったって、他の乗客とは一定の距離を保って座るだろう。

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そんな間合いは、国と国の関係にも当てはまる。

隣国間には、領土や歴史問題やらと常に多少のトラブルを抱えているのが常だ。

故に紛争が頻発してきたのが近世の歴史だ。

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この点日本人は四方を海に囲まれている為か、この隣人意識が極めて希薄なようだ。

殊に東西対立の構図が消えて以降は、それぞれのナショナリズムが隆盛になった。

中国も韓国もロシアも強い国家意識のもとで統治をしようとしている。

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米国から「隣同士仲良く」などと声がかかるのは、それが米国の国益だからだ。

仲良くしたいのは山々でも、それぞれの国には都合ってものがある。

例えば中国なら、尖閣でも過去の歴史、はたまた靖国でも、

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とっかえ引き換え火種を燃え上がらせるだろう。

それが経済に自信を持った中国の東夷政策なんだろうし、国内統治上好都合だからだ。

隣とやたら仲良く出来ると考える日本人の方が、能天気でお人好しなんだと思う。

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靖国参拝問題はその象徴的な事象だろうし、事ほど左様に隣人関係は厄介だ。

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2014年1月 7日 (火)

マスコミの心底

「この国は短命内閣が続く故に肝心なことが出来ない。」と言われ続けてきた。

私はその理由の一つに、この国のマスコミの有り様が関わっていると思っている。

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今夜は、昨年末に「マスコミの心底が見えた。」と書いた理由を述べたい。

マスコミと言うのは、ニュースを製造して売るのが商売である。

商売である以上、消費者〔読者〕の関心を呼び起こすおもしろい記事が望まれる。Dscf9907

野次馬は、「火事とけんかは大きいほど面白い」と言われるように、

何故か他人の不幸を喜ぶようなところがある。

私達は気の毒な人の話を聞くと同情したりするけれど、

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何故か反面で、そんな目にあっていない自分に安堵する心がある。

だからマスコミは、事件やら他人の不幸、スキャンダルなどを集めてきて毎日報道する。

いよいよ事件が無いと、動物園のパンダや白熊の写真でお茶を濁す。

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だけどそんな記事ばっかりじゃ、ニュース販売業は続けてはいけない。

それで、いよいよニュースが無くなれば、タレントのプライバシーを暴いたり、

時には火の無いところに煙を立てて、大変だと騒ぎたてる。

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週刊誌化する訳だが、これもマスコミの性癖だと思っておく必要がある。

マスコミが正義の味方ぶりを発揮できると思っているのが、政治や官僚批判だ。

こいつをやっていれば、反対勢力があるから必ず一定の支持を得られる。Dscf9860

4年程前には有ること無いことを針小棒大に報道して、

それでよもやの政権交代を実現してしまった。

正に大きなニュースを作り上げたマスコミの面目躍如だったろうか。Dscf9858

マスコミに踊らされた結果は、3年余の混迷を余儀なくされた訳だが、

ニュースの種には事欠かなったマスコミにとっては大成功だった。

ところで、あれ程騒ぎ立てた特定(国家)秘密保護法反対の報道も、Dscf9848

喉元過ぎればすっかりと書くことが無くなったようだ。

あれはどうも煙を立て過ぎたと反省しているのかも知れないが、

「この国の安全をどう担保するか」と言う記事は遂にお目にかからなかった。Dscf9574

今やネットの普及で、私達にもマスコミと対等の情報を出せる時代になっている。

マスコミの良識を問うのも、国民の役割だと思うのだが…・。

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2014年1月 6日 (月)

人生気持ち次第

少し長めの年末年始休暇を終えて、今日からは人も経済も本格始動である。

休日には色々とやることがあるとは言っても、まぁ気楽なものである。

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さりながら逆に休暇の後の始動は、少々億劫なんてことにもなる。

車が発進する時に多くのエネルギーを必要とするようなものだ。

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ブラックマンデーなんて言葉があるように、株だって月曜に下がることが多い。

ともあれ、人の気持ちが世の中を動かしている。Dscf9902

天気が良けりゃ少しく陽気になるし、雨なら陰気になりがちだ。

天気の変化と同様に、人にも色々な気がある。Dscf9884

陽気や陰気、強気や弱気、勝気etcである。

その気がその場の雰囲気をつくるし、経済の動きにまで影響していく。Dscf9880

平成2年のバブル崩壊以来ずっとデフレが続いたのも、縮みこんだ空気の故だろう。

ところで、今年は午年。Dscf9878

午年は、それまで蓄えていた力を思いっきり発揮する年なんだそうだ。

私もその尻馬に乗って、この一年を疾駆してみようと思っている。Dscf9877

否、確かに馬齢は少々ロートルになったんで、

ダービーは無理だとしても、まだまだ若いもんにゃ負けられませんよ。

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取りあえずは、今週末の宮古島100kを楽しみながら走ってきます。

常春の宮古は、この新春の気分を明るくしてくれる絶好の舞台なんだナー。

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それに今年は、レースにも仕事にも陽気に一工夫したい。

兎に角、老いも若きもより良い気を漂わせあって、

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今年も、より良い時の流れを作りたいものです。

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2014年1月 5日 (日)

ソチ五輪にブラジルワールドカップ、それに消費税アップの1014年が始まって5日。

随分ゆったりとさせてもらった年末年始だけど、今日は寒の入りである。

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そして明日からは仕事も始まるし、明後日からは子供達も学校だ。

日の出は今少し遅くなるから、子供達の朝は少し大変な時期が続く。

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そんな寝ぼけ眼の子供達に何を語りかけようか?

やがて朝が少しずつ早くなって、鶯が鳴き春がやってくる。Dscf9893

この寒の間の一時は、そうした春から夏への力を貯める時なのだ。

暫く前から、葡萄の剪定を始めている。

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この枝を切り落とす作業が、ブドウ栽培で最も大変な作業なんだ。

何とかこの寒の間に全ての剪定作業を終えたいと思っている。

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馬鈴薯の植え付けも、寒中の作業の一つだ。

もう随分長いこと、この季節の移り変わりと付き合ってきたけど、近年はより味わいを感じる。

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季節と命とは、実は密接なつながりを持っていて、

その一年一年の繰り返しが自分の年輪なんだと言う思いが深くなる。

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例えば、私のブドウ栽培だって、この後何回収穫できるだろうかって思うこともある。

多分先祖代々、そうやって生きてきたのだろうと思う。

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山を走っていれば3~40代の私だけれど、

自然の摂理には謙虚に自分を認めざるを得ないようだ。

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さて、たっぷりと英気を養って、明日からは何時もの今年が始まる。

一期一会、一期一会と念じつつ毎日を送ることが出来れば、きっと何かが変わる。

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人と人は、やはり気持ちだからね。

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2014年1月 4日 (土)

みんな元気で!!

この三十数年、週末には決まって小笠山を走ってきた。

その仲間が小笠山RCなんだが、

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何時の頃からか初詣に法多山尊永寺に行くようになった。

年の初めに揃って山稜を走り、法多山に詣でるのである。

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これはもう、かれこれ二十年にもなるだろうか。

だから当然ながら、あれから二十歳も歳を重ねた人も多いと言うことである。

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昔は若さに任せて裸同然で参拝客の間を走り抜け、善男善女を驚かせたんだが、

流石に寄る年波には勝てなくって、今では普通の集団になった。

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とは言え、その思いは「今年も、元気に走らせてください」ってことだ。

元々走るってスポーツは孤独なもので、一人でこつこつ努力するには限界がある。

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私達が生涯スポーツとして楽しめるのも、やはり身近な仲間の存在が大きい。

馬鹿を言ったりしながらも、心底で繋がりあっていられるのも共通の思いからだ。

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例えばTさんが故障して暫く顔を見かけないってだけで、少しく寂しい思いがする。

好敵手のYさんの調子が今一つなら、私まで意気消沈する。

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あちこちの大会に出かけるんだって、何人か出揃って行けば楽しさは倍増する。

と言う訳で、このメンバーで今年もあちこちの大会に挑戦する。

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取敢えずは、来週の宮古島100kマラソンが控えているんだが・・・。

ともあれ今日は、こうやって毎年走ってこれたことが殊の外嬉しく感じたのである。

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年々歳々月日は流れているんだけど、自分は同じ所にいるって気分だな。

社殿には三々五々だが皆慎重に「今年も、元気に走れますように・・」って手を合わせた。

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その後は、やはり五体満足の名物団子を揃って戴くことになる。

よぉ~し、今年も怪我の無いように走り通すぞ。

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その健康を基礎に、八面六臂、出来ることはみんなやってやろうぞ。

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2014年1月 3日 (金)

郷土消防

随分と穏やかな年末年始に恵まれた。

みんな等しく、穏やかに過ごすことのできる一年であって欲しいものだ。

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南海トラフや台風・水害と心配すれば切りないが、

殊の外災害の無い一年であって欲しい。

今日はその最前線に立つ自衛消防の初出式に臨んだ。

式典はラッパ隊の演奏に合わせて粛々と進んで行く。

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規律と厳粛さの中でこの大きな組織が維持されている。

しかし、自衛消防も一昔前とは様変わりしつつある。

かつては、その地域に住む若者が消防団員で、それで十分足りていた。

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しかし今や、団員は押し並べてサラリーマンである。

昼間サイレンが鳴っても、数人しか集まらない分団が増えている。

実は、6名以上の団員が集まらないと消防車は出動できない。

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それでとうとう、分団の再編成を余儀なくされるようになって、

地区ごとの分団を廃して、数か所に招集して人数に応じて出動する体制にするのだ。

止むを得ないとはいえ、コミュニティーの基礎であった地区消防は様変わりする。

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思えばバラバラになった地域社会を辛うじて結び付けていたのは、

この消防団組織じゃなかったか。

同じ地域に育ったとは言え、今じゃ顔を合すこととて稀になった。

それが消防の集まりがあって、やっとのこと繋がっていたんだ。

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人と人が仲良くなるのには、やはり共通の基盤が必要だ。

それは職場であったり、同好の会であったりするのだが、

中でも消防団は地域を基礎に共通の意識で結ばれている。

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今、女性消防団員を増やそうとする動きが出てきている。

在宅の可能性とも併せ、消防団の魅力づくりにもつながる。

とは言え、トイレなど受け入れのインフラはまだまだ未整備だ。

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分団の再編成と併せ、新しい時代の消防組織づくりを急ぐ必要があるだろう。

「今時、軍隊調で命令されるのなんてまっぴら・・」なんて声もあるが、

そうした規律が地域社会を辛うじて支えているような気がする。

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2014年1月 2日 (木)

新春のフク

新春の初走りは、例によって遠州三山を巡る初詣マラニック。

今年はどうしたことか、43人もが参加して賑やかな初ランになりました。

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先ずは袋井駅をスタートして、北に向かって可睡斎を訪れる。

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ここでは荘厳な経が流れていて、600年余の歴史の寺である。

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参拝を終えて、温かな甘酒を頂いた。

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次は東の油山寺に向かう。

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この数年来塔頭が造営されていて、今年はその御堂が金色に輝いていた。

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奥の院の三重塔にも回って、・・・ここでも敬虔なる初詣である。

次は最後の法多山まで十数キロを南に走る。

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コパスタジアムに近づくと、既に長い渋滞の車列が見えてくる。

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みんな法多山に向かう車だ。

その渋滞の車を尻目に、気持ちよく加速して本山に向かう。

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今年は年末年始の休みが多いためか、混雑も幾分少なめのようだ。

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ともあれその人垣をかき分けて、山頂の社殿まで走り続ける。

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参拝の後は、やはりあの法多のダンゴを皆で頂いた。

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今年も五体満足で走り続けられますようにってね。

法多山からは、5km走ってゴールの和の湯に到着する。

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地下深層から組み上げた少し塩辛い重炭酸温泉とかで、走った後の体はまったりと温まる。

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さても、風呂の中から箱根駅伝のゴールを応援していた。

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風呂から上がると、今日の本番のトラフグ料理での新年会である。

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河豚はフクとされる。

テッチリから河豚雑炊までしっかりと戴いて、今年の福(フグ)を祈念したのである。

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走り終えてのワイガヤとご馳走は、何よりの人生の栄養だね。

それで早速、少しだけ一期一会も実践できましたよ。!!!

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それにしても、走るってことは気分をこんなに軽くしてくれるんだ。

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2014年1月 1日 (水)

一期一会

取りたてて大きな心配事事も無く、新しい年を迎えることが出来ました。

先ずはこの一年、笑顔がどんどん増えていく一年になるよう祈念したいと思います。

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そんな一年の計を胸に、神社に詣でてきました。

私の一年の計と言うのは、何も新しい事じゃなくって実は簡単なことです。

それは、一日一日をどう大切にできるかってこと。

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その大切ってのは、どうやら出会いを活かすってことだなと考えたんです。

今年もあちこち走り回るし、毎朝の立哨も欠かさないし、このブログも書き続ける。

でもそんな毎日に一工夫したい。

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例えば、立哨では子供達に「お早う!!」だけでなくって、その日の思いを一言付け加える。

その日その日の子供達の反応を育ててみたい。

走り回りつつ出会う皆さんとも、もう一つ謙虚に絆が創れないものか。Dscf9866

ブログは・・・・・そうだな、コメントにキチットお返しの書き込みをすることかな。

地域社会でも学校でも、もとより自治会でもよって件の如し。

この一年、どれだけの皆さんとお会いできるか分からないけど、

その出会いを、望むらくは一期一会で大切にしようって誓ったんだ。Dscf9865

そんな事を考えていたら、今日は山で偶然にも一人の女性と出会った。

彼女が珍しい楽器を抱えていたんで、

つい「その楽器は、何て言うんですか?」って声を掛けた。

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すると彼女は「一五一会って楽器、弾いてみましょうか」と、なだそうそうを唄ってくれた。

三味線とギターのあいのこのような楽器で、優しい音律に心癒される思いだった。

それに「一五一会」だなんて・・・・、「こりゃ、神意だわい。」と感じた次第。

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もとより神頼みは15の歳以来したことがないんだけど、偶然ってあるんだな~。

多分この365日、出会う事の出来る方とそんな接点を持つことが出来れば、

少しは笑顔を増やすきっかけ創りが出来るかも知れない。

せっかく生きてんだから、楽しく生きなきゃね。

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