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2014年1月26日 (日)

激変の世代と挑戦

とてつもなく大きな変化の中を生きてきたと、改めて思う。

団塊の世代の生き様である。

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私達はラジオを聴いて育った。

正義の味方「赤堂鈴之助」や「「紅孔雀」「笛吹童子」にハラハラどきどき、

学校から帰ると真空管ラジオの前にくっ付いていたっけ。

大晦日の紅白歌合戦だって、コタツにもぐってラジオで聴いた。Dscf0070

除夜の鐘ってのを何時か聴いてみたいと思いつつ、何時も眠ってしまった覚えがある。

遊びだってビー玉やパンコ、馬跳びやカクレンボ、長じては草野球かな。

TVをはじめて見たのは、小6の頃近所の金持ちの家でだった。

晩方になると大人も子供もその家に観に集まった。Dscf0069

田を耕すのは牛だったし、牛を操って如何に早く耕すかって競技会なんてのもあった。

親父がそれに出場して・・・・・

やがて原動機付自転車や耕運機が普及し始める。

それが東京オリンピックあたりを潮目に激変を始める。

新幹線、東名高速道ができて物流が様変わりし、車・冷蔵庫・カラーTVが普及する。

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日本列島改造から地価高騰のバブルの時代を経て、H2年パタリとその動きは止まった。

団塊の世代は40代半ばの、まさに働き盛りだった。

今日よりは明日と目まぐるしい変化が当たり前だった彼らは、当然ながら面食らった。

三万円目前だった株価は1/3に暴落、銀行の破綻や住専問題・・・・・Dscf0160

失われた20年のトンネルに入ってしまったのだ。

進歩=発展が当たり前だっ彼らにとって、それは成す術とて無い茫然自失だった。

人間は、挑戦し「新しい景色」を見たくって生きている。

団塊の世代は、自分の努力よりも経済発展のお陰でそれを味わうことが出来た。Dscf0158

それがH2を境に、無限にあると思っていたチーズが消えてしまっていたのだ。

意気消沈の時代を経て、やっと今トンネルの出口が予感できるようになりつつある。

団塊の世代は、もう既に古希に向かって歩いている。

しかし、変化を味方に生きてきた世代である。Dscf0161

これからの長寿成熟社会に向けて、変わらなきゃならない事が山積している。

健康も福祉も教育も、社会の仕組みだって変わらなきゃね。

だから団塊の世代の挑戦は、まだまだこれからじゃないかと思うのだ。

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