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2014年1月17日 (金)

人の値打ち

人生の夕暮れ時近くなって、人の価値なんてことに頭を傾げている。

人には、初めっからの存在価値なんてありゃせんってこと。

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農家に生まれた私は、将来は親父の後を継いで農業をやるものと信じて育った。

終戦直後で、この国も村も我が家も貧しかった。

ところが、間もなく新幹線が出来、オリンピックが開催され、TVが普及して・・・・と、

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時代が物凄いテンポで変わり始めていく。

私が就職したのは、そんな最中の昭和45年だった。

初任給は33,150円だったけど、この額よりも10円でも多く働くのが自分の役割だと思った。

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勤め人の在り様を知らなかったこともあって、組織の中での自分の存在価値を考えた。

と言うよりも、自分がこの組織の中で生きられるのかどうか不安だった。

だから、無意識に一生懸命自らの存在価値を作り続けてきたようだ。

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ひたすら懸命に走り続けたって感じだな。

だけど、定年退職してフリーになった途端に、そんな価値は胡散霧消してしまった。

簡単に言うと、ただ起きて寝て、飯を食ってウンコする存在になった。

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山に行って走ることを続けたが、自分の価値を保証してくれる人も組織がもう無い。

まったくもって、あてどない存在になっちまった。

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その事が一番の戸惑いだったな~。

そんなこんながあって、今度は定年後の自分作りに精を出すことになった。

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結果的に今日に至っている訳だが、そもそも「自分」そのものに値打ちなんぞは無い。

ボランティアであれ何であれ、その役割が存在価値を作り出すんだ。

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世の中には職場のポストを自分の価値だと錯覚してる人がいるけど、

そんなのはその組織の都合上のことで、まったくの虚構でしかない。

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生き甲斐は、自分で育てる他無いのだ。

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コメント

私も
おなじ境遇でした。

自分のことは
他人が見て、他人が決めるような気がします。他人が評価する。

自分の鏡は・・・相手だから。

投稿: ヒロボー | 2014年1月18日 (土) 10時57分

兄貴達の生きた若い時代は、変化に富んだ時代でしたよね。
 夢が国中に溢れた大きなイベントも数多くありましたね。
 国が大きく近代化しました。
 大きなお金を動かす、組織に居ると確かに自分の大きさや価値と錯覚もしたのでしょうね。

 30年台に生まれた私も変化に満ちた時代でした。
 私の仕事は、リアルに私の稼ぐ金額が1円単位に見えるので、過剰に評価する事は、有りません。
 いつも自分のちっぽけさを感じる毎日です。
 それでも会社や社会にお役に立てている意識は、励みです。
 しかし、そこだけに生きる場所、生き甲斐を置くと不幸かも知れませんね。

 会社やお金のしがらみを脱ぎ捨てても、
人から慕われる魅力的な人となれたら素晴らしいですね。

 それが、格好いい本物の男の生き方ですね。

投稿: ひろ | 2014年1月18日 (土) 17時43分

 ひろさん、自分の存在価値輪冷静に計ることが出来るってのはすごいことだと思うよ。

 私なんか、自分がまるで分からなかったもんね。
 ヒロボーさんの言うように、公演依頼があったり、感謝されたりで少し自信を持つようになったけど、それだって立場上それが可能なだけだった。

 正味の自分の価値ってのは、今だって捜し求め、さ迷っているのが現実さ。
               山草人

投稿: 山草人 | 2014年1月19日 (日) 18時06分

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