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2014年4月30日 (水)

Efficency

一昨日から、猛烈な勢いで葡萄の棚付けと花房整理を進めている。

一本一本の蔓の余分な巻き髭と側枝を全て除き、花房も必要な花の数に整理する。

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私の作っている葡萄は大部分大粒種だから、適切な時期にジベレリン浸漬が必要になる。

花が咲く前にその準備をしなければならないのである。

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兎に角、長時間上を向いてホールドアップの作業は中々大変である。

乱暴に扱えば枝が根元からポッキリと折れてしまうし、慎重に且つ繊細に作業を進める。

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そんな作業をしながら、「効率」ってことを考えていた。

実は最近時間に追われているためか、自分自身がかなりスマートな動きをしている。

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例えば、辻立ちから帰って僅かな時間にハウスの作物に潅水を済ませ、

時計を睨みながら整髪をして二階に上がる。

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パソコンのスイッチを入れると、ネクタイを手にそのままトイレを済ます。

服を着ながら立ち上がったパソコンをチェック、手には鞄を持ったままである。

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直ぐに車で学校に向かうと言った具合で、この間30分位だろうか。

もっとも、誰だって出勤前はやっていることだろう。

只私の場合は、ランニングの時間を作らなきゃならなかったりする分、

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万事動きは機敏になる。

必要な事を少ない手数で済ませて、他のことのための時間とエネルギーを得るのだ。

安部首相が「新しい働き方」を提唱している。

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この提案に対して朝日新聞などは「残業代カットだ」などと、例によって猛烈な批判をしている。

だけど、どうだろうか・・・・仕事は中身が肝心じゃないのか。

できるだけ長く仕事場にいることが、果たして良い仕事に繋がっているんだろうか。

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自分の仕事を済ませたら、定刻前だってサッサと退社したって良いではないか。

勤勉性は兎も角、この国の働き方は確かに合理的ではないようだ。

仕事はとっとと終わらせるに如くはない。

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私達の働き方について、もっと真剣に考えたらどうかと思うのだ。

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2014年4月29日 (火)

昭和は彼方に

時の流れのままに、既に平成も26年まで来ている。

昭和に生まれ青壮年期を過ごした私なぞは、随分遠くなったものだと思う。

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昭和は1945年を境に全く正反対の時代だった。

そして後半の昭和は、まったくのゼロから出発してバブルの絶頂で終わった。

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安保騒動やら労働争議、学園紛争なんてのもあったけど、

良くも悪くも、この国が最も輝いた時代ではなかったか。

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同様に私の思いでも悲喜こもごも、この昭和の時代のもので占められている。

学生時代やら就職し結婚してからのあれこれ、正に走馬灯の世界である。

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数えきれないほどの失敗もし、挫折もほんの少しの成功もした。

そうして、今ここに立っている。

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つらつら考えてみれば、人生に無駄なことなどありはしなかった。

一方、この国はどうなのか?

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平成2年のバブル崩壊以降、ずぅ~っと変調が続いてきた。

殊に先年の政権交代はともかく、その担った政権が余りにもひどかった。

正に失われた3年として歴史に記録されるかも知れない。

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まあそれとても、あの他罰的な独善の政治を教訓として、

政治の進化に繋がれば良かろうと思うのだが・・・。

ともあれ、激動の昭和はこの国の形を変え、今日のこの国へと誘ってきた。

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戦前の昭和が外交の障害になっていたりするけれど、

既にこの国は別の国に生まれ変わっている。

昭和とは何だったのか、個人も国家もじっくりと考えるべき時期だと思う。

今日は、昭和の日である。

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2014年4月28日 (月)

唯我独尊

昨日は、叔母の三回忌の法要があって、しばし坊さんの話を聞かされた。

白隠禅師の教を詠んでから、しばし「衆生みな菩薩」の解説を始めた。

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生きとし生けるもの、誰もがそのままで菩薩足りうる・・・と言うのだが、

分かったようで誠に分からない。

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地獄の存在が現実味を持たなくなった今日、信仰としての大乗はかなり危うい。

それに哲学としての仏教は余りにも難しすぎるようだ。

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この国は、聖徳太子以来の法華経の国である。

法華とは、あの清らかな花を咲かせる蓮の花にちなんでいる。

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泥の中に根を下ろし、なおかつこの世のものとも思われぬ見事な花を咲かせる。

我々も数多の煩悩を抱えながらも、煩悩即菩提・・・・つまり仏になれると言うのである。

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煩悩の塊の様な私にとって、有難いような有難くもないような教えである。

仏教が葬儀と観光の専売特許になって久しいが、

言葉にしても行動にしても、私達の日常に染み渡っている。Img_0744

そもそもこの国の人々の価値観は、儒教と仏教、それに神道の混合でできている。

形骸化したとは言え、折に触れて経文を聴けば何となく納得するのである。

ともあれやっと説教が終わり、痺れた足を摩りながらドッコイショと立ち上がった。

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おやおや、ドッコイショは六根清浄の訛りだった。

ところで一昨日、福知事を務めた同期の男が亡くなった。

学校法人の理事長を務めていたのだが、最近顔を出さないんで不審には思っていた。

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彼は若い頃からお寺周りが好きで、御朱印を集めるのを趣味としていた。

多分信仰心も厚かったのだろうが、余りに若すぎる死のように思う。

彼には彼の生き方があったし、私にだってそれなりの思いはある。

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とどのつまり、自分はこの宇宙に只一人の存在だし、他人と同じなんてことはない。

そして、ただ一人の存在だからこそ、大切に精一杯燃焼させねばなるまいと思っている。

唯我独尊は釈迦の教えである。

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2014年4月27日 (日)

人生のエネルギー

生きる力は、躊躇や失望からは生まれることは無い。

人生のエネルギーは、希望からだけ湧いてくるのだ。

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然して人間の能力の差と言うのは、希望を持つ力の差なんだろうと思っている。

人は「自分にも何とか出来る」んじゃなかろうかと思えば、そこに向かって歩いていく。

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「どうせ無理さ」って思えば、決して前に進むことはできないだろう。

子供の頃、「何の取り柄も無い自分は駄目さ」って信じていた。

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「僕にもできる」って思い始めたのは、宿題の工作や書初めで優等を貰ったことからか?

「やりゃ、出来るじゃん」って、全く根拠のない自信を持つようになってからだ。

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それから少し勉強をするようになって、満点の答案を目指すようになった。

就職した時、心に誓ったことがあった。

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それは「決して前年(前任者)踏襲をしない」と言うことだった。

主体的な創造性こそが、自分を生かすことだと生意気にも信じていた。

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だから何時も、自分なりの工夫をしながら仕事に取り組んだ。

同僚からは、「無理すんじゃないよ」と言われたこともあった。

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先輩からは随分生意気な若造だと思われていたろうが、

やがてそれが私の流儀として組織の中でも通るようになった。

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そして気が付いてみると、企画部門の中心で仕事をするようになっていた。

内心はオドオド・ビクビクしていたかも知れないが、

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眠れなくなったり苦しんだりもしたけど、それでも私には不思議な自信があった。

「豚も煽てりゃ木に登る」って言うけど、私もそいつに登っちゃったんだ。

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或いは今日只今だって、そんな具合かも知れない。

かつて学歴が偏重される時代が続いていた。

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だけどそれは、幾ばくかの学識が自信となって百般に繋がるだろうと言うことだった。

だけど勉強だけが優秀でも、実は何の足しにもならないのは自明のことだ。

ともあれ、人生のエネルギーは明日を考えることから生まれてくる。

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ともかく、自分を鼓舞して一歩前に出ることだ。

やれば出来るんだから。

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2014年4月26日 (土)

同窓の絆

今日は学校の会合の後少し時間があって、磐田大祭りの会場を散策した。

大祭りは旧見付宿の通りを通行止めにして、手踊りや大名行列、舞い車など、

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手作りだが盛大な地域おこしイベントである。

知り合いの何人かがその大名行列の武士に扮していて、その激励のつもりで向かったのである。

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通りをキョロキョロしながら歩いていると、「俺○×だけど、忘れた?」と声を掛けられた。

見覚えのある顔で、高校の同級生と知れた。

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イベントのボランティアスタッフとして来ていると言う。

彼と別れて、その足で図書館に立ち寄った。

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やがて帰ろうとして振り返った時、孫を連れた女性に声を掛けられた。

「もしかして、同級の・・さん?  私分かります?」との声であった。

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はて誰なのかさっぱり見当もつかない。

もとより奥手な私の事で、余程の事がない限り女性に記憶などありはしない。

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どぎまぎしながら記憶の糸を探したんだが、どうも無理なようである。

仕方なく適当な会話をして、別れることとなった次第だ。

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偶然の同級生との出会い、そして今夜は学校の同窓会役員会へ出席を求められている。

学校の方は創立から50年と少しで、同窓会の成熟はこれからである。

そもそも青春の一時を共に過ごした「その時は」卒業と共に過去のものになっている。

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多少の懐かしさがあるとしても、日々の仕事や生活に追われるまま忘れているのが常だ。

思えは私も、高校を卒業して以来そろそろ50年の節目を迎えようとしている。

半世紀も過ぎて、やっと若き青春の一時を振り返る余裕を持てるのだろう。

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偶然にもお二人に声をかけて戴いたのも、その成熟の故であろうか。

そうやって、人生の日々は流れるように過ぎ去っていく。

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2014年4月25日 (金)

成せば成るだろう !

3月から様々な行事や会議が続いていて、追われるような毎日を送っている。

今日も午前・午後・夜と三つの会議があって、今帰宅したところだ。

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その時その時でお会いする顔ぶれは変わるけど、その人たちには共通項がある。

何らかの契機があって選ばれて、その場に来ている人達ばかりなんだが、

一種のプライドなり自信をそれぞれお持ちになっていると言うことだ。Img_0709

人は少し難しい課題に直面すると、大抵は「私には、無理です・・・」と尻込みしてしまう。

易きに流れた方が楽だからだ。

そして、安易な方向へと自分の人生を向けてしまう。

一方何事にも積極的になれる人は、少し楽天的で「何とか、出来るさ・・」って思える人だ。Img_0710

自治会連合会やPTA役員になっている人は、大抵そういう人なんだ。

物事は、出来ると思わない限り決して出来るものではない。

前向きな人は、不安はあるにしても、Img_0775

「何とか出来るんじゃないか」と根拠のない自信を持てる人だ。

100kマラソンだってそうだ。

100kもの途方もない距離を走るなんて、Img_0776

「そりゃ、無理」って思ってたら出来るもんじゃない。

出来るかできないかってことより、兎に角実現する為のあらゆる努力をするようになる。

目標に向かって歩き出すと次々と見える景色が変わってきて、

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やがて目標に向かって最後のジャンプが出来る環境が整うのだ。

人生の極意は「出来るだろうか?」と躊躇うことではなく、「出来るんだ!」と思うことだ。

そういう意味じゃ、小利口な人よりも少し鈍感でも自信を持てる人の方が大成するな。

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人生は、すべからくやってみなきゃ分からないからね。

つくづく、馬鹿で良かったと思っている。

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2014年4月24日 (木)

自分との付き合い

もう随分と永い付き合いになった。

十代の頃を思い出すと、この付き合いはかなり辛いものだった。

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内気な性格も骨格も駄目だし、何時もオドオドとしていて好きになれなかったからだ。

学校の成績だって小学校はずっと中の下、オマケに体育もダメだった。

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何時だって野性的な悪餓鬼に苛められて、ある意味かわいそうな子だった。

中学に入ってから少し勉強を覚えて、少しだけ回りが見えるようになったらしい。

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だけど、ただ真面目なだけのそんな男が、女の子にモテる筈もない。

高校に入ると、確固たる意見を持つ男や流麗な古文を書く人、スマートな身のこなし、

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そんな同級生に圧倒されて過ごす毎日だった。

「人間って、こんなに差があるんだ。」って、正直そう思った。

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それでも彼は、大学に入ってからその鬱屈から解放されて、

やっと自分の世界を求めて歩き始めたようだった。

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ともあれ、平凡で面白味のないこの男と私はずっと付き合ってきたのだ。

私が彼を受け入れられるようになったのは、

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彼が仕事に没頭するようになってからだろうか。

彼自身が、やっと自分の生きる場所を見つけたんだろう。

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それはさ、傍目にも彼は十分に役割を果たしたんじゃないかな。

それもやがて定年を迎え、仕事からも家を支える義務からも自由を得た。

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自由を得た彼は心のままに動きだし、そして私の好きな男になった。

今では、このダサイ男と根気良く付き合ってきて良かったと思っている。

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2014年4月23日 (水)

走る禅

走り始めてから、もう四半世紀になる。

仕事と睡眠以外では、ランニングのために最も多くの時間を使っている。

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走るのが好きッて言うよりも、走っている自分が好きなのだろうと思う。

走っている時には、頭の中はほとんど空っぽになっている。

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そして時々、ハッと気付くと思いも寄らない課題打開のヒントが浮かび出てきたり、

あの弱気の「もう一人の自分」が登場したりするんだ。

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これって、まさに走る座禅ではないかと思う次第だ。

これまでの永い間のランニング習慣の中で学んだものがある。

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それは、一度始めたら簡単にゃ止めないと言うしつこさだ。

際限も無く続く葡萄の管理作業、ホウレンソウの間引き・・・・・etc

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人生にゃ黙々と根気強く作業し続けなきゃならないことが、山ほどある。

「もぅ、やだぁー」と悲鳴を上げたいのは山々だが、そこはランナーの強みである。

エイドステーションに辿り着くまでは、休むことすらしない。

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振り返ってみれば、管理を終えた畝には清々と気持ちよさそうに作物が続いている。

そうして、「日本人は、こうやって黙々と生きてきたんだ。」って思ったりする。

100k走は気が遠くなるほど長いけど、人生はもっとずぅ~っと長い。

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その人生だって、途中でやめる訳にゃいかないから走り続けるだろう。

それと同じで、苦しんだり問いかけたり、笑ったり泣いたりしながら走っている。

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私にとって、走るのは一種の人生の修行なのかもしれない。

だからずぅ~っと、生きている限り走り続けているのではないかと思う。

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2014年4月22日 (火)

アクセスの50万

このブログの左側にアクセスカウンターが付いている。

そのご覧頂いた方々のワンクリックの積み重ねが、50万回を越えた。

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この数字の多少はともかく、私にとっては随分価値のある数字である。

8年余に亘って毎日書き続けられたのも、この数字のお陰と言っても過言ではない。Img_0165

ブログは日記じゃないから、常に外の誰かに向かって書いている。

反応の有無に関わらず、ご覧いただいている誰かを意識して書いている。Img_0183

とは言えこの3000日、遭遇した出来事や考えたこと、マラソンや自然について書いてきた。

それに近年、寄る年波の故か「人生」を伏線に書くことが増えたかな。Img_0164

考えてみると、ブログを書くようになってから私の行動はかなりアクティブになった。

昔なら「めんどぉ~」と思って行動しなかったことも、躊躇なく体を動かしている。

何時もデジカメを持ち歩くようになった。Img_0184

変哲もないような事にだって、「オヤッ」と恣意的に関心を向けるようになった。

自分の引出が増えたと言うか、会話にも多少の話題の広がりを感じている。

それに何よりブログに書いたことは、正に自分の人生の1ページ以外の何ものでもない。Img_0194

ともかく、ブログを書くことの副次的効果だ。

それはさておき、50万回の原動力は何かと考えている。

身勝手で自己満足かもしれない稚拙なブログを多数の方にご覧いただいている。

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毎日欠かさずご覧いただいている方だっている。

勿論、大多数の方はサイレントであって、その感想は知る由もない。

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だけれど私は、その一人一人とどこかで共鳴し合っているのではないかと思っている。

面白い事なんて書けないけど、ひたすら前を向いて歩いている。

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50万回を機に、これからもそんな生き様を書き続ければ良いと改めて思う。

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2014年4月21日 (月)

ハイヤー・セルフ

手元にある富士山の形の完走メダルを眺めながら思い出そうとしているのだが、

一夜明けて、不思議な事に昨日のレースの辛かったことなど全て忘れてしまっている。Img_0705

しかしながら、アイツ(もう一人の私)が居たのは確かだ。

あいつが現れるのは、大抵が60kを過ぎた辺りからだ。

足が硬直し、時々カクっと膝から力が抜けたようになる。Img_0679

スピードは出ないし、1k1kがとても遠く感じられて制限時間が気になってくる。

そう、富士五湖の場合は西湖への急坂を登る辺からだ。

ヤツは高い所から私を見下ろしながら、「そろそろ、止めた方が良くはないか?」と言う。Img_0684

私は「大分えらくなって来たけど、ここは我慢さ。同じリズムで行くんだ!」と応える。

西湖を過ぎて精進湖を一周する頃には、もう頭は真っ白になって何も考えられない。

そんな時「ほらっ、そろそろ限界だぜ。歩いたって良いんだぜ・・・」と聞こえてくる。Img_0687

湖には、あちらこちらにボートが浮かび、釣り人が糸をたれている。

気温が低いためか、その湖面からしきりに霧が沸き立っている。

その静けさの中をランナーの列が延々と連なって動いていく。

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何のために、100kも先に向かって走るのか?

75kを過ぎて折り返しの登りが続くようになると、私も限界点に達しつつある。

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本栖湖から引き返す道では、ランナーが対面走行になってすれ違っていく。

関門に間に合わないと分かっているランナー達も、続々と本栖湖に向かって下っていく。

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半ば口をあけて放心状態の人、少しからだが左右に揺れている人だっている。

何故ひたすらに走っていくのだろうか。

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多分、誰もが自分からレースを放棄したくないのだ。

関門で「もぉー、駄目!」と止められない限り、希望のある限り走るのがランナーだ。

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これはマラソンだけじゃない。

人生の日々だって、同じようなことが何時も繰り返されている。

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ヤツは「もう止めろ。走って何になる。間に合やぁしないさ。」と繰り返している。

それでも私は、スローだけど、もくもくと足を前に運んでいる。

「きっと、間に合うさ。諦めたら終わりさ。」と呟きながら。

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富士五湖はどの湖だってたっぷりと大きい。

その単調で大きな湖をぐるりと回っていくのは、ひたすらの根気と根性でしかない。

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その間、弱気の自分と強気の自分との葛藤が際限も無く続く。

そして昨日は、とうとうヤツの誘惑に勝つことできたのだ。

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2014年4月20日 (日)

100kを楽しむ?

疲れた。たっぷりと疲れてしまった。

チャレンジ富士五湖100kウルトラマラソンである。

予報どおりスタート時の北麓公園は摂氏0度と冷え切っている。

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それにその後も時々霧雨といった感じで、一日中寒い〔最高気温5度〕日だった。

しかし昨年が酷かっただけに、「よぉ~し、今日は100kを楽しんでやろう」と勇んでスタートした。

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ペースの合ったランナーと話をしたり、咲き始めの桜を観察したり、

湖面の釣り人を観察したりと精一杯の楽しみ方を探していた。

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そんなこともあって、当然ながらペースはゆっくり目である。

予定よりもかなり遅くって、50kの通過が6時間と10分になってしまった。

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後半は更にスピードが落ちることを考えると、貯金はほとんど無いと言える。

と言う訳で、西湖を通過する辺りからは時間との競争になった。

それでも1kを10分で走れば何とか間に合う計算である。Img_0694

登りも下りもあるけれど、これだと歩くことが出来ない。

歩けば、どうしても1kのラップは11分位になってしまうからだ。

遅くっても一定ペースでどうしても走っている必要がある。Img_0696

だけど70kを過ぎて上り坂を走るのはかなり苦しくなる。

この100kを楽しむどころか、頭の中は真っ白で何度と無くリタイアを考えるようになった。

その度にもう一人の弱気の私と強気の私の葛藤になる。Img_0697

その肝心の強気の私すらがグラグラと弱気派に同調し始めるのである。

この辺の話は改めて書くことにして、今夜は先を急ぐ。

それでもやっとのこと、後10k地点までたどり着いて時計を見ると、Img_0698

門限まで2時間が残されていた。

やっと、何とかなるところまで来た訳だが、最後の10kは富士山麓の北麓公園まで急な上り坂が続く。

今度はとてものこと、走り続ける訳には行かないだろう。Img_0701

それでも可能な限り走ろうと頑張り続けた。

もう、考えることは何も無く、ひたすらゴールまで駆け上るのである。

えらい、疲れた、もう歩きたい・・・という囁きがひっきりなしに続く。

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やっと小雨の降りしきる中にゴールの燈が見えてくる。

ゴール近くでは大勢が「お帰りッ」と大声を出している。

その一人ひとりが手を伸ばしタッチを求めてくる。

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「諦めなくて良かった。」と、そう思ったとたん涙が溢れてきた。

ゴールがその涙で後光のように見えていた。

13時間25分、朝の暗いうちから随分と長い時間走りっぱなしであった。

又しても、100kを楽しむことはできなかった。

それにしても、100kという距離は途方も無く長い長い距離なのである。

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2014年4月19日 (土)

リベンジ

富士吉田に来ている。

明日の富士五湖100kを走るためである。

昨年世界遺産に登録されたばかりだが、

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富士は文化はもとより自然資源としても実に多様な顔を持っている。

胎内や溶岩風穴・氷穴、それに忍野八海や柿田川、

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勿論独立峰としての富士の山容もしかりで、青木が原樹海だってある。

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それで今日は、その風穴と忍野八海を訪ねることが出来た。

玄武岩で出来た溶岩洞窟の中は寒く、氷柱が続いていた。

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かつては冷蔵庫として、はたまた夏に氷を切り出して売ったりとしていたようだ。

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標高は800m位かと思うが外気温は5.cくらいで、外だって十分に寒い。

次いで訪れた忍野の桜は未だこれからというところ。

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「ねぇ~、例年なら満開なのに・・」は、駐車場のおばちゃんの言葉。

初めての八海だが、この辺り一体の八つの泉からこんこんと清水が噴出している。

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八海の佇まいは、もうすっかり観光地として美しく整えられていて、

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まあ、かつての富士の裾野の村の風情を演出している。

忍野八海もすごいけど、良く考えてみれば明日巡る富士五湖は巨大な涌水池とも言える。

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ともあれ、問題は明日のレースである。

雨予報が曇りに変わったとは言え、もともと雨の多いところだし、随分寒くなりそうだ。

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昨年は、朝起き出すとあたり一面が雪景色だった。

猛烈な寒さとシャーベット状になった道を走って体力を消耗し、遂に90kでリタイアとなった。

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今日も霧雨が降っていて、昨年のあの苦い記憶が頭をよぎる。

しかしまあ、まさか雪は降らないだろう。

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あせらずにゆっくりとスタートして、着実な完走を目指したいと思っている。

明朝は2時起きである。

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2014年4月18日 (金)

朝の輝き

私の朝はかなり忙しいが、取り分けこの時期は駆け足の毎日が続く。

朝は明るくなるのを待ち焦がれて始まる。

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葡萄の成長に合わせて沢山着いた花房を整理したり、無駄な側枝除去に追われるのだ。

それにハウス栽培のキュウリやほうれん草への潅水も不可欠だ。

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兎に角、家族が起き出して朝飯になるまで忙しく立ち働く。

その朝食もそこそこに、何時もの辻立に出かけて「おはよう」っと大きな声を出し続ける。

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雨の日も風の日も、もうこの辻立ちも6年目になった。

小学生も中学生も、そして高校生も、既に馴染みの日課なのだ。

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その子供たちの通学班の切れ間にはストレッチだ。

レースを控えているから、少しでも耐久力をつけたいとの思いが体を動かす。

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辻立ち30分の後、一旦家に帰って再びハウス内の作業に没頭するのだが、

それとて学校に出かけるまでのことで、時計を気にしながらの作業になる。

殊更この朝の時間は貴重で、耕運などの重労働もこなしている。

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ハウスの外には、朝のウオーキングの人が何人も通っていく。

早起きは三文の徳って言うけど、私の場合は朝日を追いかける朝なんだ。

朝がスムーズに動き出せは、一日はすべからく順調に動いていく。

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ともあれ今日は、午前に葬儀にも出かけねばならなかった。

それに夕方は、新任の先生方との懇談である。

それで一日の終わりにこのブログを書く。

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農夫から始まってボランティア、監査事務、葬儀への出席、フレッシュな先生方との懇談

今日も私の一日は、くるくると幾つものステージに移り変わっていく。

そんな変化をどこかで楽しんでいる自分がいる。

今日の様な雨の日だって、朝は輝いていなければならない。

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2014年4月17日 (木)

もう一人の自分

葡萄の管理作業や走っている時、独り言を言っている自分に気付くことがある。

大抵は無意識のうちに自分と会話している時だ。

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萎れた自分を慰めていたり、挫けそうな自分を叱咤したり、

はたまた時には褒めることだってある。

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人間ってやつは孤独な生き物で、

女房や子供がいたとしても必ずしも真の会話が出来るとは限らない。

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でも、それぞれ自分という相手は納得して愚痴にだって付き合ってくれる。

それで何時の間にか、

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苦しいとき、悲しいとき、そして怠惰な時と、かなり頻繁に自分と付き合うようになった。

例えば100kウルトラマラソンを走る時、かなりの頻度でこのもう一人の自分が登場する。

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ウルトラマラソンには必ず予期せぬドラマが待っている。

それは突然の風雨だったり、動けなくなったり、出会いだったりするのだが・・・、

40k位までは何事も無く走れたとしても、60k、70kと進んでいくうちに、

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それも急な坂道を上りながら、唯ひたすらに苦しくなることがある。

そんな時、「お前、何やってんだ。」「このままじゃ、死んじまうぞッ」「もうも止めようッ」

「こんな苦しい思いして、何になる」「もう、歩こう」などと、もう一人が囁き始める。Img_0470

雨に打たれながらショボショボ走る私を彼は見下ろしているんだ。

そんな彼に対して、もう一人の私は「ここで、止めてどうするんだ。」

「お前は、この程度で人生止めるって言うんかね」Img_0484

「俯くな、胸を張って前を見ろ」って言い返す。

すると彼は、「何時まで強気でいるんだ。ほら、あいつだってリタイアだ。」

「止めろッ、死ぬぞお前」・・・・、

そんな声に「なにくそ、負けてたまるもんか!!」「今が、俺の勝負なんだッ」って言い返す。Img_0225_2

90kを過ぎ、やがて遠くの闇の中にボォーっとゴールの明かりが見えてくる。

するとあの弱気のもう一人は引っ込んで、そう、強気の私が勝利するんだ。

にわかに足取りは軽くなって、目の前が見えなくなるほど涙を流しながらゴールする。

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「それみろ、やったじゃないか」って、もう一人の自分に勝利宣言するんだ。

弱気の自分と強気の自分、優しい自分と怒りんぼの自分、怠惰な自分と真面目な自分、

何時も相反する自分が同居している。

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そりゃさ、何時も正義が勝つとは決まってないさ。

この長い人生、結構怠惰な自分と妥協してきたような気がする。

そしてさ、最後の最後にどちらの自分が支配しているのかな~?と、思ったりする。

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2014年4月16日 (水)

世間虚仮

「この世は虚仮(コケ)であり、ただ仏のみが真である」とは聖徳太子の言葉だそうだ。

昨夜の続きになるが、その仏が人間の作り物だとすると、この世は虚仮ばかりになる。

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実のところ、私だってもこの現実の社会で毎日忙しく生きている。

それで時には、時間の上を走っているような感覚にさえなることだってある。

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毎日いろいろな人と会い、作物を育て、あれこれ考え、事務処理だってしている。

ことほど左様に、それなりにみんな懸命に生きているんだ。

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それなのに、「それが、みんな虚仮かよッ」って声が何処からか聞こえてきそうである。

だけど、何故生きるのかってことを考え始めると、空虚な現実に直面するって訳だ。

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まあそれはさておき、人の命は限られている。

それを頭で分かってはいても、死なんて自分とは無縁と感じているのが常だ。

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つまり、命の限界を知らないふりをして生きているのが私達だ。

それに尚且つ、自分が何時まで生きられるのかも分からない。

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さらに自分がこの世から消えた後だって、この世は何の揺るぎも無く続くんだ。

要するに、人間一個の死なんてどうって言うことも無い。

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マクロに考えりゃ、この一個の命なんて正に虚仮でしかない。

だからって、その空虚な人生を止める訳にもいかない。

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人生は、それそのものが現実だからだ。

仮に虚仮な世界だとしても、そこにしか私達は生きる場所は無いのだ。

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あのアップルのジョブズ氏のように

「・・毎日を人生最後の日であるかのように過ごす」なんて、

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凡庸な私などとてものこと出来るものではないが、それでも精一杯生きるさね。

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2014年4月15日 (火)

天国の在処

私達は3.11の震災で、地獄絵図と言うものを目の当たりにした。

だけど地獄の存在など誰もが信じていないし、

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人は死ねばゴミ(灰)になると納得しているから、私達には極楽浄土も不要だ。

天国ってとこは、暑さ寒さも飢えもない安心して暮らせるところらしいけど、

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それはエアコンがあって、飽食を謳歌し娯楽も溢れてるんだから、改めて求めるまでもない。

そういう時代に私達は生きている。

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仮に経済的な不安や病気の心配があるとしても、言うならば天国に生きている訳だ。

それはウクライナとかアフガンなどと、騒乱の渦中にある人々もいる。

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だけどこの日本列島に住む人々は、中国が攻めてくるなんて誰も思っていない。

世界の常識の中ではかなり甘いのかも知れないが、

それを前提に、政治や経済をあれこれと評論しているにすぎない。Img_0467

奈良や京都を訪れて、例えば平等院の壁絵を見ると、

当時の人々の切ない浄土(天国)への思いが伝わってくる。

同じ人間なのに、かくも感性が違っているのかと不思議なくらいだ。Img_0487

先程電話があって、知人の訃報に接した。

つい先日まで元気で働いていたのに、心筋梗塞で突然倒れたのだと言う。

人の死は、昔だって今だって変らない。Img_0532

その時代によって様々な生き方があり、様々な死があったはずである。

時代は変わって宗教心のない時代ならばこそ、

自分を信じて精一杯出来ることをやって死ぬまで生きるしかあるまい。

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今日のさまざまなストレスは、見方によっては生きる栄養なのかも知れない。

天国は、今ここに在る。

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2014年4月14日 (月)

ゴール目指して

合図のピストルが鳴れば、ひたすらゴールを目指すのがランナーの性だ。

何故走るなどと自問しているのは無駄なことで、

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それは、何故生きる?って問いかけと同じことだ。

私にとってマラソンは毎度のことで、数えきれない程の大会を走ってきた。

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だから最初の完走時の様な感動に浸るってことは無くなった。

しかしそれとは別に、この大会もやり遂げたぞって言う感慨はむしろ深くなっている。

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昨日の大会も、実は20k以降は結構無理をして走って、かなりの疲労感が残った。

その疲労感だって、夜の内にゆるゆると回復していくのが分かるのだ。

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明け方目が覚めて、布団の中でグゥ~っと足腰を伸ばすと、それが実感できる。

勿論、昨日の頑張りの満足感を伴ってだ。

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マラソンのゴールは、あらかじめ決められているから戸惑うことは無い。

だけど人生のゴールは、一体何処なのか知らされることは無い。

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それでも懸命に生きるのが、私達の性なのだ。

そして人生の感慨は、日々の出来事ではないだろうか。

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毎日同じような繰り返しだとしても、人は何かに感動しているはずなんだ。

いやさ、その感動を得る為に行動しているだろう。

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私は、今日もホウレンソウの種を播いた。

例年3月で終わる栽培だけど、今年は種を大量に余してしまった。

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それで初夏の栽培に挑戦しているのである。

私の9品種のブドウは、順調な品種とそうでない品種が毎年入れ替わる。

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その年の環境に微妙に影響されているのだろう。

私達だってそうさ、少しずつ違った繰り返しだけど、それでも懸命に走っている。

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2014年4月13日 (日)

懸命に

花曇りの絶好のマラソン日和である。

茶樹の芽が萌える頃、毎年走ってきた掛川新茶マラソンである。

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開会の前には掛川の大獅子が登場したりして、つま恋の広場一杯にランナーが広がっている。

このスタート前の、ワクワクとして少し不安な気分は独特のものだ。

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はて、走り出してみなければ結果はどうなるのか分からないのだ。

私の場合は毎週の長距離だし、先週はその間に山を2度走っていて、疲労も溜まっている。

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むしろ、その方が好結果を生むかもしれないし・・・・・

と思っていたのだが、そんなに甘いもんじゃなかった。

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出走者は7000人近いから、道路の上を人の川が流れるように動いていく。

その波に乗ってかなり快調に飛ばしていった。

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とにかく意識していたのは、臍を前に出すイメージで走ることだった。

海岸近くまで南下して、20k地点を1時間50分で通過したんだから、これで4時間は切れると思った。

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しかしその後、ぐぅ~んと速度が出なくなって、ドンドン抜かれることが多くなった。

懸命に足を運ぶんだけど、スピードが出ない。

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やはり中1日では、疲れは抜けきっていなかったんだ。

仲間にもどんどん抜かれて、4時間26分でのゴールとなった。

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とにかくも、疲労困憊の体である。

それでも仲間たちと共に、芝生の上に車座になって蕎麦を頂くと、かなり元気になった。

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出発の合図と共にランナー達は、例外なく懸命に走り始める。

それぞれ色々な戦略や作戦があったとしても、懸命な競い合いに没入するのだ。

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そんなひた向きなランナーであることが好きだ。

決して思うような走りは出来ないけれど、ゴールに向かってそれなりに懸命なのだ。

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マラソンは、私達の人生に良く似ている。

他人の助けなど叶わない孤独な自分との戦いだけど、だからこそ毎度挑戦するのだ。

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それでもまあ、2224位/5958(男子)中だったから、かなり頑張ったと言えるかも?

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2014年4月12日 (土)

進化を求めて

進化のない組織は衰退するのが常だが、自治会は辛うじて維持されている。

か細いながら地域社会の紐帯だからだ。

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その昔は、この集落組織が冠婚葬祭から防災・防犯まで全てを差配していた。

だからこそ、村八分などにされたら、それは生殺与奪に関も近い事態と言えた。

だが戦後の民主主義と機能文化によって、常設消防の設置や葬儀屋・住建業業の登場、

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旅行業や金融などの発展などで、かつての村の機能は細ってきた。

お陰で村八分など何も怖いことではなくなって、勝手放題・言いたい放題の集落になった。

それでも自治会は、防犯灯の設置や行政への要請活動、防災訓練や情報伝達など、

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かなり広範な末端自治組織としての役割を果たしている。

だが冒頭に書いたように、この組織を進化させるのは至難の業だ。

その最大の原因が役員の交代制で、自治会長以下が毎年交代してしまうために、

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前年踏襲以下の事しか出来なくなっているのだ。

自治会のトップにしてからが、4月に就任して右も左も分からず半年は過ごしてしまう。

やっと慣れて問題点が見えてきた頃には階前の御用既に秋声となるのだ。

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そして来年の役員を決めて、やれやれと肩の荷を下ろすパターンが一般的だ。

従って、この習風が続く限り自治会に進歩は無いと言っても過言ではあるまい。

とは言え、我が町の自治会連合会では、「地区自治会」を組織して、

単位自治会では解決困難な課題にも対処すべく組織的な運動を進めている。

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304の自治会を31の地区に括って、この地区毎に毎月役員の集まりを持つようにしている。

今度はそれぞれの地区長の資質が大きく問われることになるのだが、

地区長が集まる毎月の理事会と相俟って、この磐田市の自治組織は少しずつ動き出している。

連合会が主導する防災対策プログラムを始めとして、防犯活動も活発だ。

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実は今日、連合会の総会が開催されたのである。

冒頭にはジュビロ磐田の社長とGMの加藤久氏が駈け付けて、

J 1復帰に向けた決意と支援要請を行うなど、地域の自治会への期待も大きい。

ともあれ、ジュビロこそJ 2に転落したが、

我が自治会連合会は全国の中でJ 1を走っていると自負できると思うのだ。

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2014年4月11日 (金)

花の命

咲き競う春の花々を見ながら、少しくメランコリックな気分である。

桜を始めとして、それぞれ花の命はあまりにも短い。

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先日の山辺の道マラで立ち寄った万葉の森公園では、カタクリの花は終盤で、

僅かに数輪が咲き残っているだけだった。

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山桜は散り残っているがソメイヨシノも終わりだし、ミヤマツツジも葉を茂らせ始めた。

小笠山のヒカゲツツジは未だ頑張って咲いているけど、来週にはその存在すら消えてしまう。

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花は総じて、咲くことによってその存在を意識させる。

桜もツツジも、勿論チューリップなどの草花はみんなその様である。

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「花の命は短くて 苦しきことのみ多かりき」と書いたのは、47歳で亡くなった林芙美子だ。

人生の半ばを苦節放浪していた林ならではの言葉だが、

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考えてみれば桜の花も人の命も同じように短い。

人間の花は、多少なりとも人々の役に立っている間を言うのだろうか。

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・・としても、つらつら振り返って己が盛花は何時だったのかと思う。

いやさ、生きている今こそが花さって、言い聞かせて見たりもするが、

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爺桜かあだ花ではないかって声が聞こえてきそうだ。

「花の色は 移りにけりな いたずらに 我が身世にふる」とは小野小町の述懐だが、

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今ではこのうたが我が事のようにも聞こえる。

毎日毎日、夢中になって日々の課題と格闘してきた。

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しかしながら、苦労した割に挙げた成果は余りにも少な過ぎる。

思い通り進んだ事どもなんて、思い出すだに苦労する。

大抵は、まぁ~この辺でしぁあないかって、そうやって咲いてきた。

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さてこそ老樹も老樹、既に古希が彼方に見えている。

「如何に咲かせん 爺桜 懸命に 我が身世にふる」ってな心境である。

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2014年4月10日 (木)

買い物へ

めったに買い物などをしないけど、8%後の巨大マートの様子に興味があった。

それに、週末以降の大会のためのランニングシューズを是非新調したい。

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更に先日来宿題にしていた、どっしりと重たい革靴が欲しい。

この三点の理屈で自分を納得させて、買い物へと向かったのである。

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16時過ぎのララポートは、確かに先月の賑わいに比べると客が少ないように見えた。

デフレ脱却と財政確保の極めて難しい政策が進行中な訳だが、

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私も率先垂範??買い物をしようと言う訳ではない。

たまたま、消費税UP後の方が気分が良かろうと考えただけのことだ。

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そもそもこの国がデフレに陥ったのは、新興国の安い賃金による生産で、

価格破壊やら100円ショップやらを流行にして、安物買いを基調にした社会にしたからだ。

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何もバブルの頃の再現は困るが、経済にとって一定の物価上昇が必要なのは自明だ。

やはり個々人が豊かになるには、社会全体が成長しないと駄目だろう。

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その為には、金も時間も恵まれている熟年者が、その身の丈に合った消費をするべきだ。

・・・・とまあ、かなり屁理屈をこねつつ「決断」をしたのである。

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先ずはスポーツショップでNBの26cmシューズをゲットしたのではある。

だがレジで「カードを作れば10%引き」の言葉にフラフラっと動いてしまった。

やはり消費税も上がったことだしなぁ~意識が先立ったのだ。

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ともあれ、週末からの大会はこれで万全である。

さて問題は、不要不急の革靴を買うかどうかである。

ともかく「高級靴?」を売っているコーナーをウロウロしている内に、

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客は私一人だし、一つ二つ履いてみる。

そのうちに何故か買うのが使命のように思われてきてしまったのだ。

そして若い店主の軽妙な話術に引き込まれ、何と24.5cmサイズの革靴を値段も見ずに買うことにした。

私の買った最も小さなサイズの靴なのだが、

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店主に言わせると「これこそ、あなたの靴」なのだそうだ。

流石に窮屈な感じなんだけど、次第に靴が足に馴染んでぴったりになると言う。

てやんでぇ~どうでもなれッ・・・と、清水の舞台から飛び降りた次第である。

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2014年4月 9日 (水)

春がゆく

午前中の自治会連合会の役員会を終え、久しぶりに山に向かった。

静かな一人きりの山だが、小笠山は全山春一色である。

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崖の際にはヒカゲツツジが黄緑の花を咲かせているし、

クロモジを始め雑木たちもそれぞれの花を精一杯咲かせている。

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それにマムシソウが独特な頭をもたげ始めている。

いやいや山だけではない。

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私の葡萄達は、新枝を伸ばし始めたと思ったら既に幾つもの花房を着けている。

「そんなに急がんでも春は未だ・・・」と呼びかけても詮無い自然の摂理だ。

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来週からは、その花房を一つ一つ整理してやらねばなるまい。

昨日は我が校の中学・高校の合同入学式があって、268名の新入生が勢揃いした。

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少し緊張気味な新入生だけど、直ぐにこの中高時代を謳歌するようになるはずだ。

そうそう、誓いの言葉で「僕はプロ野球の選手を目指します」と公言した新入生がいた。

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それも良し、希望は大いにはばたいてこそのものだ。

それに人生における中学高校の三年間なんて、この春の様に瞬くほどの間でしかない。

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この間に自分の長所なり得手を見付けられるなら、それは上々と言うべきだろう。

競い合って咲いている花達だって、これからの可能性に向かってひたすら正直だ。

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或いはこの先、干ばつや嵐が待ち受けているかもしれないのだが、

それでも、健気に今を精一杯生きようとしているように見える。

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ともあれ、もう既に60数回も春を見てきたことになるのだが、

春と言うのは少々眩し過ぎるのではないかと感じるようになった。

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いやさ、春に嫉妬して何とするとも思うが、

この春も若々しい青春も、希望と可能性に溢れているではないか。

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それに比べると、私などせいぜい気張っても20年の命であろうか。

まあそれでも、この命の限り燃やし尽くそうと思っている。

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2014年4月 8日 (火)

心の運動

植物の成長は驚くほど速く、特に私の育てている葡萄は芽が出ると爆発的な成長をする。

それで三日も留守をすると、見るも無残な何じゃもんじゃになってしまう。

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作業に追われ始めると、流石の私も今年も大変だぁ~と思ってしまう。

いやさ、自分の体力維持には余念がなく、毎朝のストレッチから始まって、

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農作業やら週末のランニングまで、かなりの時間を費やしてきている。

だけど心のストレッチは??で、それで「大変だぁ~」になったのかと気になった。

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心技体と言うように、健全な肉体と健全な精神はツインなのだと思う。

体の衰えは、白髪や皺が増えたりと誰でも目に見えて自覚できる。

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だが心には形が無いから、その衰えには容易に気付かないのではないか。

体より心の方がずっと衰え易くって、直ぐに硬くなってしまうのかも知れない。

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この私だって、最近は冒険が少なくなったし、新たな驚きだって減っているようだ。

とかくマンネリズムの故か、感動そのものが薄くなっているような気がするな~。

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最初はドキドキしながら挑戦したことでも、何時の間にか当たり前になっているし、

だんだん保身的になって、その新たな挑戦をすら厭うようになっていないか。

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最近「敢えて、苦労を背負い込むことは無かろう。」と時々思うようになった。

ひょっとすると、これも心の老化なのかも知れない。

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ところで心の若さを保つ秘訣は、日々の冒険と発見にあるらしい。

それが小さな冒険だとしても、毎日続けるってことは中々出来ることじゃない。

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そして冒険は、新鮮な気持ちがその源泉だ。

新鮮な気持ちがあれば、小さな野に咲く花にだって驚くことが出来るかも知れない。

しからば、フレッシュを保つ心のストレッチを如何にせん !!

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仲間との交流、本や映画、花や作物作り、美術館に出かけるのも・・・・・、

兎に角、「あぁ~、これで若返った」って思える瞬間を求めたいのだが・・・

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そう思うこと自体、一種の老化現象なのかなぁ~?

いやいや、この人生が空虚だからこそ、若々しく生きたいと思うんだろう。

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2014年4月 7日 (月)

自分を語る

ブログを書くのは、自己顕示と自己満足だと言った方がいる。

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うぅ~ん、確かにそのような要素もあるとな思いつつ伺っていた。

人は誰だって虚栄の動物で、格好つけて自分を表現したがるものだ。

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駆けっこだって、仲間より一秒でも早く走りたいって思うようにね。

当然ながら、私にだって多分にそんな気持ちがあるだろう。

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だけど、どうだろうか?

虚栄で文章を書き続けることが可能だろうか?

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仮に可能だとしても、多少なりとも共感を得られることを書くのは難しいのではないか。

むしろ逆に、自分の失敗を含めた経験や心の遍歴を書く方が楽だと思っている。

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かと言って、パンツまで脱いで裸になる訳にも行かない。

パンツこそ脱がないが、私はこのブログで結構裸になっているつもりだ。

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そもそも文章は人の心をかなり正直に映し出すものだ。

だから利口な人は自分を語らないし、況や書き物などを人にさらけ出すなんてしない。

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利口でない私はこの二十数年来、随分と文章を書いてきた。

元来人間は、自分で自分は中々分からないもののようだ。

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表現するってことは、その自分をさらけ出して、自分で確認するってことにもなる。

だけど、自分を語るってことにはかなり勇気がいるんだな。

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ともあれ、格好良く言うと、弱気な自分を鼓舞しながら懸命に生きようと書いている。

或いは、このブログで自分を語りながら自分探しをしているのかも知れない。

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2014年4月 6日 (日)

桜舞う日本平

咲き急いだ今年の桜だけど、日本平は桜吹雪が続いていた。

心身共に春を体感する日本平桜マラソンは30回目である。

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私がこの大会に出場するようになって、既に25年程になる。

草薙陸上競技場をスタートして最初の8kは、307mの山頂に向かって駆け昇る。

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次の8kは、山頂から清水港方面に駆け下りる。

そして最後の8kは清水から草薙に有度山を回り込む平坦な道だ。

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好天に恵まれた今日のマラソンは、総じて快調に走れたようだ。

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頂上の日本平ホテル前の広場は、ランナー達が絵の様に流れていく。

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下りに入るとランナー達は眼下に清水港を見下ろしながら走る。

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残念ながら富士山は望めなかったけど、三保半島や港の舟までが見渡せた。

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その桜のトンネルを高速でひた走るのである。

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だけど登りと下りとでは体の使い方が違うし、

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下りきって平坦な道に入ると、当然体が重く感じるようになる。

その分沿道の応援が増えるのだが、

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レースは、この平坦なコースで如何に走れるのかが決め手になる。

流石に昨日の疲れも残っていて、かなりの減速となったがそれでも心は軽かった。

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それに心は、既に来週の掛川マラソンへ、

そして再来週の富士五湖100kに向かっているからだろう。

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ともあれ2時間12分、1097/2251でゴールすることが出来た。

一昔前は軽々と2時間を切っていたことを思うと、寄る年波を感じざるを得ない。

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それにしても、マラソンも元気な年配者が急増している感じだ。

70歳を越えても桜を愛でながら急坂を登るパワーは素晴らしい。

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とどのつまり、人は気力次第だね。

今年も、日本平で元気を一杯吸収してきたぞっ!。

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2014年4月 5日 (土)

遠州山辺の道

三方原台地の東縁には、天竜川に削られて出来た河岸段丘が続いている。Img_0513

そしてその河岸段丘に沿って秋葉山に向かう古くからの街道が通じている。

道幅も細く、場所によっては朽ち果てていたりもするが、

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古い街道故に、

沿道には古墳や古刹が延々と連なる道でもある。

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台地の縁にあって天竜川の水辺に近い所だから、

古くから人々が住み着いていたんだろう。

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だから、古墳や古刹が多いのは当然なことかも知れない。

その古道が、地域の歴史・文化・自然を親しむ散策ルートとして注目されている。

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今日は、その山辺の道を辿るマラニックなのである。

距離はともかく、あっちに寄りこっちによる旅だから時間はかかる。

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今朝は西鹿島線が一時運転休止になったり、なかなか大変だったけど、

ともかく、M塚さんの呼びかけに出発地点の小松駅に集まったのは11名である。

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8:30小松駅を出発して山辺の道に出て北に向かうと、

まもなく古墳群が現れる。

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赤門上古墳や内野古墳、山の神古墳、稲荷山古墳など円墳が中心だ。

しかし、いずれも規模は大きなものだ。

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古墳の中からは三角縁神獣鏡などが出土しているから、

かなりの豪族の墓なんだろう。

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その古墳群の北端に大規模に積石塚群があって、これはちょっと変っていて、

朝鮮風の古墳だと伝えられている。

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しかしながら、この地域にこれ程の古墳が連なっていようとは、

思いもよらなかった。

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私達は、秋葉山常夜燈が所々に現れる街道をさらに遡っていく。

咲き残った桜も、枝垂桜など見事な樹にも数多く遭遇する。

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ともあれ、ダジャレが飛び交い、

ワイワイと楽しみながらのジョグではある。

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途中、庚申寺の手前で身麿蕎麦を食す。

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身麿(むまろ)とは万葉歌人に由来する名の様である。

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休息の後は、興覚寺後古墳に立ち寄ると、

そこは前方後円墳で中に入ることが出来る。

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とは言え、墓の中に変わりなくあんまりいい気なものでもない。

更に進んで浜北北部丘陵に入ると、街道は高根山を回り込んで続いている。

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その高根山の山頂にも6世紀中頃の横穴式石室があった。

奈良の石舞台を小回りにしたようなものだ。

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大きな石を組み上げた立派なもので、

Kさんなぞはここにもしっかりと入り込んでいた。

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浜北原人の発掘された石灰岩広場から岩水寺へ。

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更に向野古墳へと辿って森林公園へ。

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広い広い森林公園を横切って、

ゴールのあらたまの湯に着いたのは15:10であった。

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たかだか総延長27k程に過ぎなかったが、たっぷりとこの土地を味わう一日になった。

とにかく、M塚さんの呼びかけに感謝しなければなるまい。

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ゆっくりと湯に浸かって、仲間との談笑は又これ最高の娯楽だろうか。

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2014年4月 4日 (金)

誉れをあげむ

窓の外には、桜花には無粋な強風が吹いている。

だが今日は県内の先頭を切っての、私の地区の小学校・中学校の入学式である。

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小学校には着飾った母親に連れられて141名の新入生がやってきた。

そして体育館の2階には、ずらりと父親たちの撮影隊がひしめき合っている。

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緊張気味だった子供達も、すぐに足をぶらぶらとさせて・・・少し落ち着きがない。

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それでも、二年生が登場して立派に学校のガイドをすると、ちゃんと聞き入っていた。

40分程で入学式が終わると、

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そこにシッペイとジュビロ磐田のジュビロ君にジュディちゃんが登場、といった塩梅である。

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そして午後は中学の入学式へ。

あの小学一年生が6年するとこうなるのかと感心する成長ぶりだ。

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その170名が入場し、校長は呼名に合わせて一人一人と握手を交わしていく。

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時に、荒れる中学などと言われるが、精神と体の最も不安定になる時期だ。

その子供達と向き合って、先生たちは「啐啄(そったく)」に努めるのである。

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啐とは、ひなが卵の殻を破って出ようとして鳴く声であり、

啄とは、母親が外から殻をつつき割る音だと言う。Img_0505

この呼吸がびたりと合ったまたとない好機が啐啄である。

久しぶりに小中母校の校歌を聞いた。

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中学の「いざわれら、・・・の誉れをあげむ」の歌詞に、

はるか昔「誉れ」とは何かも分からぬままに、身を震わせていたことを思った。

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校歌とは、若い若い心の底の何かを揺り動かすものらしい。

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そして私にも、彼らと同じ童心の頃があったのだ。

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2014年4月 3日 (木)

私の遊び

いい歳をして、毎日のように遊び惚けている。

遊びって言ったって、大人のあの「飲む・打つ・買う」ってのは、

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湯水のように使う金がある訳でも無いから、やりたくたって出来っこない。

それじゃ、遊びとは何かと言われそうだが、

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一人で映画見て、買い物して、飯食って、酒飲むってことでもない。

あれは・・・・ただの時間つぶしの様な気がして、そもそも躍動感が無いでしょ。

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それにしても子供の頃には、鬼ごっこだのトランプだの・・

兎に角自分達で遊びを創って時間を忘れて夢中で遊んだものだ。

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この点今の子供達は、

自分で創造する遊びよりもゲームやTVに閉じ込められているようだなぁ。

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ともあれ私の遊びである。

私の一番の遊びは、やはり園芸遊びだろう。

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ハウス葡萄4棟〔1200㎡〕を始めとして、ホウレンソウやレタスなど色々と育てている。

機械力を一切使わないんだから、これは体力勝負の遊びだ。

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園芸遊びの良いところは、私が何をしていようが植物が勝手に成長してくれることだ。

今日と明日では必ず進歩があって、そのグッグッと育つ過程が素晴らしい。

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もっとも、その成長に追われるようになると、遊びか遊ばれているのか分からなくなるが。

ともかくこの春先からは、寝る間も惜しんで葡萄たちと遊んでいる。

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園芸遊びの次は、やはり走ること。

中でも週末ごとに参加しているマラニックや大会だ。

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そこには共通の話題を持った仲間がいて、汗をかき競い合うことをこよなく楽しんでいる。

出かけた先のあちらこちらで、風土や歴史を味わうことも出来る。

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正に遊びの中の遊びかもしれない。

それから恐縮ながら、このブログを書くのも私にとっては一つの遊びだ。

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時に、「何時休むの?」などと言われたりもするが、

生きている限り「遊びせんとや、生まれけん」と懸命に遊ぼうと思っている。

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2014年4月 2日 (水)

春や春

今年は一気に春がやって来て、桜が瞬く間に満開になった。

今週後半の天気は下り坂だから、今日あたりが見納めになるやもしれない。

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そう思ったら動くしかなく、浜名湖花博パーク会場に足が向かっていた。

朝早くフラワーパークに着くと、車は満杯でその上に桜吹雪が舞っていた。

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「よしっ、間に合った」と、先ずは桜とチューリップの庭に向かった。

流石に、50万球のチューリップと桜のコンビネーションはココだけのものだ。

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うぅ~んと見渡したまま、一日座って眺めていたい様なロケーションであった。

水鳥の池に浮かぶ虹のチューリップも見事と言う他ない。

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春や春、もはや春爛漫の季節が到来しているのである。

ところで春は、言うまでもなく蘇生の季節である。

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植物も人も、そして人の心も新たな躍動を始める。

勿論私だって、この躍動期を謳歌すべくあれこれと準備に余念がない。

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この春には、北海道を走ることもその一つだ。

とは言え、こうやって飛び跳ねていられるのは何時までかとの不安もある。

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かつて人生五十年と言われたが、今日では70迄は誰でも生きられるし、

その辺りまでは、年老いたと言う自覚が芽生えないのだそうだ。

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問題はその後だが、調査によると明らかに二通りに分かれるらしい。

90歳位まで生きる人と70がほぼ限界の人との二通りである。

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それで90歳型には幾つかの共通の要素がある。

① デブ(肥満)でないこと。

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② 生活習慣病と無縁なこと。

③ 運動習慣(週4回以上 )があること。

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④ クリエイティブに頭を使っていること。・・・・・以上の四つである。

私の場合、頭を使うこと以外は全てクリアー出来ているから、

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85歳位まで生きないといけないのかも知れない。

これから20年・・・・・これは豪いことだ。

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だけど、花の命は桜の様に短いからこそ良いんだよなぁ~。

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2014年4月 1日 (火)

馬子には馬子の・・

自分の服装について書こうとしている。

歳をとったら、それなりに自分の服装に気を配れといわれる。

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かつて現役時代には自意識過剰と思うほど、自分の格好〔目立たない〕に気を配っていた。

だけど還暦あたりから、一種のボケでもあるまいが、

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まったく無頓着になって格好そのものを意識しなくなった。

本音は「今更、格好つけて何になる!」と開き直ってしまったのだ。

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それで、普段のズボンは何年も着古した作業ズボンだし、

草履に至っては既に10年も同じもので裏なんぞ半分は剥がれている。

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そんな格好で山に走りに行くから、仲間からは「浮浪よりみすぼらしい」と言われる。

だが本人は、見かけは兎も角その楽な格好が至極気に入っているのである。

先日、愛用?の腕時計が電池切れを起こした。

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雑貨量販店に行って入れ替えてくれと言うと、「新しいのを買って下さい」と言う。

それで止む無く、1980円の新品を買ってきて使っている。

事ほど左様に消費税up何のその、まったく持って金のかからない生活をしているのだ。

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とは言え、改まった場に出る機会もあるから、それなりの格好も必要になる。

そんな折に、一番後悔しているのは安物の靴である。

退職してもう革靴は良かろうと安い実用品にしたのだが、どうもこれが足にしっくり来ない。

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と言うよりも、その靴を履いて立っている自分の気持ちが落ち着かない。

しかしながら根が貧乏性だから、履かずに捨てるわけにも行かない。

それで、なぁ~に磨いておきさえすりゃ体面は保てると、我慢して履いているのである。

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人に言わせると、男は靴と腕時計で決まるんだそうな。

女性と違って、見えない所のおしゃれこそが、男の値踏みのポイントだと。

もっともな意見だが、所詮馬子は馬子だから何を履いても同じだろう。

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しかし、一点豪華ってこともある。

消費税も上がったことだから、とびっきり高価な靴でも買ってみようか。

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