Efficency
一昨日から、猛烈な勢いで葡萄の棚付けと花房整理を進めている。
一本一本の蔓の余分な巻き髭と側枝を全て除き、花房も必要な花の数に整理する。
私の作っている葡萄は大部分大粒種だから、適切な時期にジベレリン浸漬が必要になる。
花が咲く前にその準備をしなければならないのである。
兎に角、長時間上を向いてホールドアップの作業は中々大変である。
乱暴に扱えば枝が根元からポッキリと折れてしまうし、慎重に且つ繊細に作業を進める。
そんな作業をしながら、「効率」ってことを考えていた。
実は最近時間に追われているためか、自分自身がかなりスマートな動きをしている。
例えば、辻立ちから帰って僅かな時間にハウスの作物に潅水を済ませ、
時計を睨みながら整髪をして二階に上がる。
パソコンのスイッチを入れると、ネクタイを手にそのままトイレを済ます。
服を着ながら立ち上がったパソコンをチェック、手には鞄を持ったままである。
直ぐに車で学校に向かうと言った具合で、この間30分位だろうか。
もっとも、誰だって出勤前はやっていることだろう。
只私の場合は、ランニングの時間を作らなきゃならなかったりする分、
万事動きは機敏になる。
必要な事を少ない手数で済ませて、他のことのための時間とエネルギーを得るのだ。
安部首相が「新しい働き方」を提唱している。
この提案に対して朝日新聞などは「残業代カットだ」などと、例によって猛烈な批判をしている。
だけど、どうだろうか・・・・仕事は中身が肝心じゃないのか。
できるだけ長く仕事場にいることが、果たして良い仕事に繋がっているんだろうか。
自分の仕事を済ませたら、定刻前だってサッサと退社したって良いではないか。
勤勉性は兎も角、この国の働き方は確かに合理的ではないようだ。
仕事はとっとと終わらせるに如くはない。
私達の働き方について、もっと真剣に考えたらどうかと思うのだ。
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