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2014年4月11日 (金)

花の命

咲き競う春の花々を見ながら、少しくメランコリックな気分である。

桜を始めとして、それぞれ花の命はあまりにも短い。

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先日の山辺の道マラで立ち寄った万葉の森公園では、カタクリの花は終盤で、

僅かに数輪が咲き残っているだけだった。

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山桜は散り残っているがソメイヨシノも終わりだし、ミヤマツツジも葉を茂らせ始めた。

小笠山のヒカゲツツジは未だ頑張って咲いているけど、来週にはその存在すら消えてしまう。

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花は総じて、咲くことによってその存在を意識させる。

桜もツツジも、勿論チューリップなどの草花はみんなその様である。

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「花の命は短くて 苦しきことのみ多かりき」と書いたのは、47歳で亡くなった林芙美子だ。

人生の半ばを苦節放浪していた林ならではの言葉だが、

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考えてみれば桜の花も人の命も同じように短い。

人間の花は、多少なりとも人々の役に立っている間を言うのだろうか。

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・・としても、つらつら振り返って己が盛花は何時だったのかと思う。

いやさ、生きている今こそが花さって、言い聞かせて見たりもするが、

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爺桜かあだ花ではないかって声が聞こえてきそうだ。

「花の色は 移りにけりな いたずらに 我が身世にふる」とは小野小町の述懐だが、

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今ではこのうたが我が事のようにも聞こえる。

毎日毎日、夢中になって日々の課題と格闘してきた。

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しかしながら、苦労した割に挙げた成果は余りにも少な過ぎる。

思い通り進んだ事どもなんて、思い出すだに苦労する。

大抵は、まぁ~この辺でしぁあないかって、そうやって咲いてきた。

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さてこそ老樹も老樹、既に古希が彼方に見えている。

「如何に咲かせん 爺桜 懸命に 我が身世にふる」ってな心境である。

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