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2014年7月18日 (金)

自分の言葉

言葉は過ぎれば聞き苦しく、足りなければ意味を成さない。

聴き心地が良くって自然な話をしたいが、何時も終わってから後悔ばかりだ。

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げに、言葉は誠に難しい。

先日の会合で、会長が惚れ惚れすると言うか素晴らしい挨拶をされた。

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聴衆が頷くように分かりやすく話し、その内容にも成る程と思わせるものがあって、

しかも〔何時ものように〕語尾がしっかりとしていた。

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私も立場上あちこちで挨拶を求められるが、何時もお仕着せのモンキリ調でしかない。

如何すれば上手く話せるのかと悩むのだが、

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その極意はどうやら「自然さ」と「自分の言葉」、そして「語尾のメリハリ」らしい。

自然さとは、言いたい放題あるがままと言う事じゃなく、自然な姿勢とでも言うべきものだ。

とかく話を強調しがちなものだが、誇張も飾りもせずに自然に話す。

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自分を飾ったり隠したりするような言葉は使わない。

それも当然ながら、話そうとすることが消化され「自分の言葉」になっているのが前提だ。

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自然体で自分の言葉を紡ぐことが出来れば、それは本物になる。

とは言え、不特定多数の人達を前にして自然に話せったって、そりゃ容易ならざることだ。

話に詰まったらどうしようと心配したり、緊張から早く開放されたいという誘惑もある。

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だからして、構えることなく在りのままの自分で話すことは中々難しい。

この点、私には書くことのほうが性に合っていると思う。

この3000日を越えたブログだって、書き表すことの訓練と言えなくも無い。

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何処かで出会った言葉の切れ端を材料にして、自分の言葉にする試みでもある。

まあ~話すことも書くことも、とどのつまり自分の体験や腹中から出てこないと、

中々相手には伝わらない。

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心で話すというか、自分を晒す勇気こそが肝心なんだと思う。

それとあれだね、物事は最後のセンテンスまではっきりさせないとね。

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コメント

葡萄が、大きく成長しましたね~。
美しいですね。

お話上手だと思います。
兄貴には、沢山途絶えることなく夢があります。
文字が言葉と成るのでしようね。

私も頑張ります。

投稿: ひろ | 2014年7月19日 (土) 06時48分

 そうですね、ひろさん。

 人生は一度っきり。悩みながらも、悔いなく突き進むことです。

 何事も、やってみなきゃ分からないからね。
                山草人

投稿: 山草人 | 2014年7月19日 (土) 21時33分

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