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2014年7月 8日 (火)

歴史の佇まい

近頃は、日本全国何処に行っても代わり映えしないのが常だ。

しかし先日訪れた近江八幡市の旧城下の風情は、

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この数百年の人々の気概を感じさせてくれる。

旧城下町の中ほどに白雲館という明治10年に建築された建物がある。

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当時の人々が金を出し合って、文明開化の子供達のために建てた小学校である。

費用は当時の金で6千円と言うから1億円くらいだろうか?

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望楼は、ヨーロッパの教会の名残なんだろう。

この小学校では、当時の児童は200名余だけど何と女児の方が多かったという。

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商人町のことで男児は大都市に丁稚奉公で出ていたとしても、

女性教育にも早くから熱心だったことが伺える。

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やがて生徒数が急増して、学校としての利用は15年ほどで終わってしまって、

その後は役場や信金として使われてきたようだ。

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だがそれも、建物の老朽化のために戦後は空き家状態が続いた。

現在の建物は、平成に入ってから修復された建物である。

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この白雲館に対面して先ず、磐田市に現存する見付小学校とそっくりだと思った。

見付の町でも当時の人々が力を合わせて洋館の小学校を建てている。

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当時はこの国全体が国づくりへの黎明の中にあって、

学校づくりに見られるように地方でも市民の力があちこちで勃興していたのだろう。

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白雲館は一例に過ぎないが、古くからの町並みや八幡堀はこの地の歴史そのものだ。

八幡で忘れてならないのは名誉市民第一号のウィリアム・ヴォーリズだろう。

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彼は若くして布教のために来日したのだが、後に建築家として一生を終えている。

彼がこの国に残した洋風建築は無数で、もちろんその多くが八幡に現存している。

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ただ白雲館は、彼の設計ではなく地元の大工によって立てられたものだった。

八幡のたたずまいは、確かに私たちに歴史の積み重ねの何事かを伝えている。

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普段私達は、自分が生きているこの時代のことしか考えない。

だけど昔からの積み重ねのを踏まえて暮らしている。

現代の私たちが、果たしてどれ程の価値ある歴史を残すことが出来るだろうか??

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