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2014年8月22日 (金)

老者を活かす

世は、高齢者のあふれる時代である。

私も定年〔60歳〕をとっくに過ぎたという意味で、老者の部類に入るのだろう。

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そして今日ただいま、この国には私と同年輩者が溢れかえっている。

而して、その老者の多くが年金にぶら下がるしかない無為徒食生活で、

何時の間にか老人の境涯に追い込まれつつある。

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その年金だって、何のかんのと減らそうとする力が働いているのだが・・。

ともあれ個人差はあるにしても、70歳なんてまだまだ働ける年代ではないかと思う。

現実に企業人や政治の世界じゃ70歳程度ではバリバリの現役だ。

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老害などと揶揄するむきもあるが、何もすべてが若けりゃ良いって限りは無い。

バリバリの彼らは、矍鑠としてこの時代をリードしなお盛んだ。

一方のサラリーマン諸氏は、定年になった途端に老い込んでしまう。

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もとより両者の気力体力にそんなに違いが有る訳じゃない。

その違いは、マラソンで言えば通過点とゴールの違いだろう。

60歳定年をゴールと決め込んで全力疾走してきたら、やれやれってなるのも当然だ。

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もう走らんでも良いってね。

人間はメンタルが肝心で、何ほどかの課題を抱えていたほうが毅然と生きられる。

それを定年というゴールラインによって、引退の引導を渡しちゃっている。

一方のバリバリ組にとっては、60歳はせいぜい何番目かの関門通過地点でしかない。

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行動力だって判断力だって、経験に裏打ちされて十分役割を果たしている。

まあそれにしても、不景気〔失われた20年〕が続いたこともあって、

この国では老者を生かす仕組みが出来ていない。

以前高齢者ももっと働くべきだと書いたら、「若者の仕事場を奪うな」とコメントがあった。

しかし、それなりに歳をとっているからこそ出来る仕事だって結構あるはずだ。

歳をとったら引っ込め・・・などと言う発想はもう御免こうむりたいものである。

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