« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

2014年10月31日 (金)

HALLOWEEN

今日は、言うまでも無くハロウィンの日である。

元々は古代ケルト人〔アイルランド〕の秋の収穫を祝うお祭りが由来らしい。

Img_0203

ハロウィンと言えばカボチャのオバケが定番だけど、

かつてはカブを使っていたようで、アメリカ大陸発見以降にカボチャになった。

Img_0191

これをくり抜いて目鼻をつけ玄関前において、悪魔祓いをする習慣から始まっている。

このハロウィンが、この日本でも各地で盛大に行われるようになった。

Img_0209

西洋の歳時記が何時の間にか定着しつつある訳だが、

四季折々、この日本列島には沢山の季節の行事があった。

Img_0207

その多くは稲作と密接に関わっていて、

正月を祝い、田起しから七つ粥に始まって・・・・・・秋の祭りから大晦日へと年中続くのだ。

Img_0202

神事から祭事・仏事と生活の中に何気なく挟まって、日々に彩を添えていた。

いずれも自然と共に生きてきた人々の営みだったはずだが、

Img_0197

経済発展に伴う生活環境の変化と共にその多くが衰微してしまっている。

娯楽が増えたことも、昔からの行事が無くなっていく一因でもある。

Img_0196

その一方でクリスマスやハロウィン、バレンタイン・ホワイトデーなどと、

幾分商業主義と結びついた行事が盛んになっている。

Img_0192

ともあれ四季折々の季節の行事は、淡々と流れる日々の大切なアクセントになっている。

朝起きて一日働いて、食べて眠って・・・・

Img_0218

私達の営みは色々とドラマもあるとは言え、それ自体けっこう退屈なのかも知れない。

歳時記は、その日々の生活に句読点を打つ役割を果たしている。

そういう意味では、時代や生活に即した行事を楽しめば良い訳である。

Img_0198

先日、ハロウィンキャンペーンをやっているレストランを見つけた。

人気メニューが半額だと言う。Img_0206

それで早速、家族全員で繰り込んでハロウィンの恩典に浴することにしたのである。

普段は仮装を楽しむなんてできないが、ハロウィンを決め込めば堂々と出来てしまう。

Img_0229

何も西洋の祭りだからって堅いことを言ってなくっても、要は人生を楽しめば良いのだ。

そういう意味では、日本人は若者を中心に極めて合理的な生き方をしているのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月30日 (木)

五年後の私と近所

5年後のことを考えたことがあるだろうか。

自分と家族、そして近所がどうなっているのかを想像してみることだ。

Img_0223

所得やら健康、社会的な役割、地域の変遷、或いは家族や友人のことetc。

普段は明日のことで精一杯なんだけど、時にはじっくりそんな連想をしてみたい。

Img_0112

私の場合、五年後には女房共々後期高齢者の一歩手前に達しているし、

子供達も全て出払っているだろうから、近頃急増している純高齢者世帯だろう。

Img_0225

ならばこんな大きな家屋敷は不要だし…・となる。

向こう三軒両隣を見渡しても、年寄りばかりで果たして何人かは減る筈だ。

Img_0158

つまり私の近所も、超高齢集落になっている。

この国では今、歴史上始まって以来の壮大なドラマが始まろうとしている。

Img_0222

その原因が人口ピラミッドの逆立ち現象だ。

人口ってのは、普通は生まれた時が一番多くって、歳と共に次第に減っていくものだ。

ところが弥生時代来続いてきたはずのその三画の山が崩れ、逆三角形になろうとしている。

Img_0193

このままで推移すると、2080年には年少人口(~14歳)と老年人口(65歳以上)が、

生産年齢人口〔15~64歳〕を上回ってしまう。

Img_0221

生産年齢ったって15歳から働いている人はいないから、

「一人」の働き手が2人を支えるような社会が来るってことになる。

高齢者が増えるってことは、年金や医療費が限りなく増えるってことで、

Img_0200

そいつを「一人」で払うなんてことが出来るはずがない。

消費税を2%上げたくらいでは、当座を凌ぐだけの措置だが、それだって…?

成熟と高福祉で実績のあるのは北欧諸国だが、いずれも人口5~6百万人の小国だ。

Img_0220

このデンマーク(538万人)やノルウェー(455万人)などでは、所得の40%は税金だ。

それに男女共に働いてみんな税金を払う仕組みになっている。

だから年金も教育費も公的負担が可能なんだ。

Img_0011

この国でも、配偶者手当や配偶者税控除なんて制度は直ぐにでも廃止すべきなんだろう。

皆が働いて税金を納めることが必要な時代なんだ。

そして高齢者も、自分の力で何事かをすることを考えないといけないようだ。

Img_0005

例えば、福祉ボランティアだね。だって、明日は我が身だもの…・。。

どうやら福祉とは特別な人の事ではなくて、自分自身の問題になりつつあるようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月29日 (水)

小笠山トレランを前に

来月3日は、私達のホームコースを走る第8回小笠山トレイル大会である。

それでこの2週間ばかり、走路の20kほどの山道を仲間で点検したりしている。

Img_0159

全体を回ってみて驚くのは、殊のほかスズメバチが多いってこと。

それで迂回路を作ったり、枯れ木を撤去したりしているんだが、

Img_0157

どうしても迂回できない場所は、スズメバチを駆除する他ない。

スズメバチの集団には必ず見張蜂がいて、その蜂を打ち払ったりすると、

Img_0156

攻撃されたとのシグナルが飛んで、その仲間の蜂に襲われる可能性が高い。

だから大勢が連なって走るトレランでは、ススメバチには細心の注意が必要になる。

Img_0155

そんな訳で、もう何度か駆除スプレーを持って山に分け入っている。

急坂を登ったり下ったり、一旦山に入れば簡単にゃ出て来れないから、

Img_0154

目印の白線を引いたりと、何日かを要しての準備作業になる。

とは言えこの時期の山の中は、空気が澄んでいてランニングには素晴らしく心地良い。

Img_0153

特にスタート地点のエコパから小笠山山頂にかけては、ケスタ地形の絶壁を登っていく。

隆起した丘陵の縁だから北側は深い崖になっていて、覗き込むのが怖いくらいだ。

丘陵ができたのは20万年程前らしいが、自然のダイナミックな営みが見て取れる。

Img_0152

そう、この丘陵はその昔大井川の河口にできた扇状地なのだ。

それが大きく隆起して標高264mまでせり上がって、

Img_0151

その後の侵食で、手の広を伏せたような形に幾つもの尾根ができた。

その尾根道を辿るのがこの大会のコースなんだ。

Img_0150

由来が扇状地なんだから、この山は全て川原の石っころで出来ている。

だから降った雨は殆どが地下に浸透して地下ダムとなり、水は山裾に湧き出している。

Img_0149

かつてはこの水と山の薪炭を使って、醤油や酒造りが盛んに 行われた。

尾根部分は乾燥するのが常で、

Img_0148

その乾燥に耐えられるウバメガシだけが残り、その純林になっている。

ともあれ、大会当日までに危険を出来る限り排除しておきたい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年10月28日 (火)

人柄次第の人生

人生色々、そして人もその人生模様も驚くほど多様である。

それで何が幸せかってことも考えるけど、結局は人柄に尽きると思うのだ。

Img_0211

やたら怒りっぽい人やら、不満ばかりでグチまみれの人、謙虚な人、

はたまたクルクル豹変する人、それにやたらエバル人だっている。

Img_0183

一体人間って何だろうと思ったりするが、

多分に育った環境やその環境適応力の差が、その人柄に繋がっているんだろう。

Img_0105

ともあれこの世の中で成功するには、その才能よりも先ずは体力と人柄だという。

仮に才能があったとしても、人柄に問題があったんじゃ成功できないってことらしい。

Img_0213

もっとも、例外は別にして個人の才能なんてたかが知れているけどね。

ともかく人柄を伴ってコツコツ努力している人が成功するんだ。

Img_0130

それに成功した人々の心得〔座右の銘〕だっても、とりわけ特別なものじゃない。

大抵は、時間を守るとか嘘をつかない、感情に振り回されない、

Img_0204

明るく挨拶、微笑を絶やさない習慣などと月並みだ。

誰だって出来るじゃんと思う様な事ばかりなんだが、

Img_0133

実はそんな平凡な事さえ出来ないのが人間なんだろう。

人は誰も目先の利害得失に目が行きやすいし、自分の体温や脈拍で物を考えてしまう。

Img_0201

出来れば自分を認めて欲しいという願望も誰にだってある。

尊大な態度をする人のように、自分に欠点が有ればなお一層その傾向は強くなる。

Img_0129

それにしても、人柄ってのはどうしたら育つのかなぁ~?

還暦をとっくに過ぎて、今頃そんなことを考えるのは如何にも晩生だろうか。

Img_0194

三つ子の魂100までもって言うから、考えるだけ無駄なのか?

いやいや、やっぱり人柄だってその人の努力の積み重ねでしかあるまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月27日 (月)

いつものように日が昇り

夜が明けて、今日も愛の歌を歌う訳でも、そして特別に退屈している訳でもない。

只思うのは、するすると滑るように月日が流れていくことの感慨に過ぎない。

Img_0110

その一日の段取りは前日の夜までに十分承知している。

ベットから起き出して予定通りの行動に移るのだが、「良し、今日も張り切って行こう」と思う一方、

Img_0109

「あぁ、これで今日も一日が終わっちまうのか!!」っていう諦めがある。

ちあきなおみの歌「いつものように幕が開き、愛の歌・・・♪」のメロディーが浮かぶんだ。

Img_0136

特別疲れている訳でも、日々の生活に飽き飽きしてるなんてこともない。

一日一日を精一杯生きているつもりである。

Img_0135

しかるに、又しても今日ももうすぐ終わろうとしている。

今日も暗いうちに起き出してホウレン草の植え床を耕し、街頭に立って子供達を見送る。

Img_0214

そして9時からは三役会、午後は連合会の理事会が晩まで続いた。

様々なことが諮られ決定されて、次の動きへとつながっていく。

Img_0216

日が昇り沈むのと同様に、物事も一つ所に留まっている訳ではない。

そうして、自分にできる事には自ずと限界がある。

Img_0215

恐らくは、限りある命への自覚をして、幾ばくかの焦りがあるのかも知れない。

これは私だけの事なのかどうか?

Img_0219

日々充実しているあなたには、そんな憂いなんてありませんよね。

Img_0220

続きを読む "いつものように日が昇り"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月26日 (日)

昭和100年

子供の頃、明治100年って言葉を見て、随分時代ががった言葉だと思った。

だって明治ってのは、あの封建時代から近代に変わった節目だし、Img_0190

江戸時代はそれこそ太古の時代の様に隔世を感じたものだ。

だけど、その明治元年から高々146年しか経過していない。

Img_0219

そして昭和100年を数えるのも、あと僅か11年でしかない。

しかもこの年(2025年)は、私たち団塊の世代が全員75歳を超える年にあたる。

Img_0189

何歳まで生きるかは分からないが、高齢者問題がピークに達するのがこの頃からだ。

年金財政の危機、介護や医療の公的負担も限界に達するだろう。

Img_0182

労働力人口も少なくなって、財政的にも信じられないほどの負担になる。

国はそいつを睨んで「包括ケアー」なんて言い始めているけど、中身は??だ。

Img_0181

簡単に言うともう国で面倒は見きれないから、医療も介護も地域でやってと言う感じかな。

消費税を10%に上げるのも中々大変なのに、とてものことそれで足りるモデルなんて描きようもない。

Img_0178

多分、この世の中のスケールを小さくすることでしか成り立たないのではないか。

とは言え、この十年そこそこで生活水準を切り下げられるものかどうか?

Img_0177

特に都市国家化したこの国では、深刻な時代が待っているような気がする。

逆に言うと、地方には活路があるということ。

Img_0176

野菜や花を育て自分の力で生活を作ることができるからだ。

とことん困っても自給自足がある程度可能だし、互助の力だって残っている。

Img_0174

そうさね、団塊の世代は今のうちに田舎への移住を考えるべきなのだ。

そういう意味で、私は悠々自適の昭和100年を迎えられそうである。

それにしても、世の変遷は考える以上に目まぐるしいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月25日 (土)

民主主義の果実

イスラム国だの独裁国家だの打ち続く争乱や悲劇を見聞きするにつけ、

あぁ~民主主義の国に生まれて良かったとつくづく思う。

Img_0196

確かにこの議会制民主主義なるものは、無駄に溢れているし、

その維持コストだって馬鹿にはならない。

Img_0195

膨大な政務調査費や政治資金の不正使用が頻発しているけど、

そもそも政務調査費などと言うものは、議員の選挙対策費に他ならない。

Img_0193

本来無くたってよい代物なのに、そいつも税金で賄っている。

議員だって、歳費を得るための職業として議員を演じている人も多い。

Img_0197

それに第一、市町議会から県議会、更には国会議員まで、毎日何をしているのだろう。

この国や地域のことを粉骨砕身考えているならまだしも、

Img_0191

下から上まで、その日々の行動の大部分は選挙運動。つまりは保身なのだ。

おまけに議員活動の多くは支持母体の利権擁護になってしまう。

Img_0198

まさに、この制度の欠陥なのである。

私自身、勧められたとしても(誰もそんな酔狂はいないが)成りたくないのが議員だ。

Img_0190

さりながら、この無駄が社会の安全弁になっているのである。

自分の託した一票がこの政治を動かしているのだから、武器を取って反逆なんて出来るはずもない。

Img_0173

議員が何をしてるのか分からんという意見があって、何とか理解を進めようという動きがある。

その一環で、今日は市議会の議会報告会が開かれた。

Img_0171

「議会の報告なんか聞いて何が面白いの?」って声もある。

しかしこれ、議員も必至だし結構面白いのである。

政調費の使途やら福祉、防災から教育まで、直近の話題で盛り上がる。

民主主義はさ、こんな下積みな努力が支えていくんだろうね。

Img_0167

私の地区の会場では、40名余りが出席して、それなりに意味があったんじゃなかろうか。

それに議員だって人間で、立往生なんてこともある訳だしね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月24日 (金)

もやい

「もやい」とは、本来船を係留する綱のことらしい。

時にこの言葉は、人と人をつなぐ絆の意味で使われる。

Img_0175

考えてみればこの今と言う時代は、

この大和民族始まって以来の繋がりの疎な時代ではなかろうか。

Img_0179

{秋深し、隣の人は何する人ぞ}である。

人と人が切り離されて、勝手放題に寂しく生きるのが今日だと言っても過言ではあるまい。

Img_0180

人と人の信頼関係は、共通の物事があって始まる。

それは地縁なら防災でも防犯でも、はたまたこの地域をどうするってことでもよい。

Img_0184

そういう関係を作ることを止めたら、この国は孤独列島になるだろう。

そりゃ、「お早うございます」「今日は」だって、大切なコミュニケーションさ。

Img_0186

そうして、いざって時にゃ助け合うことができるんじゃなかろうか。

今日は沼津で、全国自治会連合会の大会があって、そんなことを考えていた。

Img_0187

全国から1,200人程が集まって、地縁を育てることの大切さを考える。

とりあえず、3.11の大震災は、色々と地域のつながりを考えるきっかけになった。

Img_0188

「自治会なんて、俺にゃ関係ない」って人も多い。

だけどさ、遠い親戚よりも近所の親しい関係の方が役に立つぜ。

Img_0192

所詮人間は、最後の最後は地縁に尽きてしまう。

なのにね、隣の息子の顔も分からないってのは、まさに異常だね。

Img_0194

成熟を標榜される今日、私達は本気で地域を考えるべきだと思う。

他人事じゃない、あなたの事なんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月23日 (木)

白髪に思う

この10年ばかりの間に、随分と髪の毛が薄くなった。

それも已む無いと思っていたら、最近では白い物がパラパラと混じり始めている。

Img_0174

どうやら頭髪はその年齢を忠実に映すものらしい。

ふさふさとした鬘などを被れば、先ず10歳ほどは若返って見られもしよう。

Img_0176

だが、若く見られたところで然したる意味も無い。

ともあれこの数日、その白髪を気にかけつつも「こども憲章」について考えている。

Img_0177

実は、これからの時代を託す子供たちの為の理念と行動指針を示すことになった。

この国には欧米のキリスト教のような明確な行動規範が無い。

Img_0181

例えば、私達が子供の頃親から教えられたような規範だって、

それは多分に「修身」の影響だったろうが、それも今ではプアーになっている。

Img_0182

第一親自体が子供を導けなくなっているって指摘すらある。

今の子供は団塊の世代ジュニアの子供だから、

Img_0183

その責任は団塊の世代にあると言っても過言ではないのだが、

やはり子供はその育った時代に大きく影響されて大きくなる。

Img_0184

地域の跡継ぎを育てるんだから、市民共通の子育ての指針がほしい。

それで、市民みんなが目標に出来るような子供の目標を作ることになったのだ。

Img_0186

平明で語呂良く、口を付いて出てくるような標語が望ましい。

そいつを12項目程も作って、月ごとの行動目標にしたらどうか・・・と言うことである。

Img_0188

然りながら、生き方にかかわることだから、

時代を超越した普遍性だって求められるし・・・。

Img_0190

やはりこれは、そんなに容易な事ではなさそうである。

思いとは別に、白髪交じりの頭を叩いてみてもスキッとした智慧は出てこないしね。

Img_0202

それにしても、青雲の志は今何処である。

唐の時代の張九齢という人に「白髪」と題した五言絶句がある。

Img_0208

 宿昔青雲志 〔宿昔 青雲の志〕

 蹉蛇白髪年 〔蹉蛇たり 白髪の年〕

 誰知明鏡裏 〔誰か知らん 明鏡の裏〕

 形影自相憐 〔形影 自ら相い憐れまんとは〕

かつての青雲の志も既に過ぎ去り白髪の歳を迎えている。

鏡の裏には、この過ぎ去った月日が映されているだろうがそれも分からないだろう。

この自分の姿を相憐れんでも詮無いか・・・と言ったほどの意味であろうか。

Img_0111

子供たちに託したい思いは、山のようにあるのだが・・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月22日 (水)

虎の皮?

何だか、切ないことを考えている。

人は誰でも死ななきゃならない訳だけど、一体全体この世に何を残し得るのかって事だ。

Img_0212

特別財産が有る訳でもないし・・・・、

否、ささやかなそれだって、死ぬまでには使い切ろうと思っている。

Img_0198

もう随分人生をやってきたのに、これと言って業績〔発明発見や建築〕がある訳でなし、

子育てだって、数人の孫にしか恵まれていないから、多分失敗だったろう。

Img_0197

育てたものと言えば、ホウレンソウや葡萄程度でしかない。

そう考えてみると死ねば終りで、皮を残すどころか忽ちにして全て霧消してしまうだろう。

Img_0193

人生とはそうしたものと諦めるべきかもしれないが、何やら寂しくも感じる。

この点、学校の先生は羨ましい限りの存在である。

Img_0196

勿論先生にも色々有るだろうが、熱い思いと愛情を注げば必ず反応が有るからだ。

それに教育ってのは、生きるってことを教えるに尽きる。

Img_0195

成績だけがその人間の価値ではないし、生きる〔努力する〕姿勢を育てることこそ大切だ。

諺に「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」とある。

Img_0194

名を残すとは立身出世などではなく、人の心に長く残像を残すことではなかろうか。

「あの人のお陰でね、あの人には影響を受けたなぁ~」ってな具合だ。

Img_0191

誰にだって、そんな恩師の忘れ得ぬ一言があるのではないか。

昨日の強歩会でも「先生ってのは、良いなぁ・・」と感じた次第だ。

Img_0189

ともあれ益軒先生の養生訓に

「貧賤なる人も、道を楽しんで日をわたらば、大なる幸なり」とある。

Img_0118

他人を羨んでばかりいても詮無いし、自分なりの道を楽しむ他はあるまい。

それに虎の皮など望むべくも無いから、日々心をときめかせそして楽しむことにしよう。

Img_0113

さすれば、残すものが無くってもそれで良かろうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月21日 (火)

中一生と共に

今日は、恒例の強歩会に参加させてもらった。

中学一年生はこの時期、掛川の日坂宿から磐田の学園まで26kmを歩くのが恒例になっているのだ。

Img_0175

午前9:30、日坂宿をスタートした55名は4~5人の班ごとに集団行動する。

江戸期の街並みの残る日坂を出る頃はポツリポツリと雨交じりの天気だった。

Img_0178

まずは最初に立ち寄るのが事任(ことのまま)八幡宮だ。

この神社の由来は坂上田村麻呂の東征の頃にさかのぼり、

Img_0179

枕草子などにも登場する古 社である。

願い事のままに叶うというのだから、それは有難い神様である・・・・!

Img_0180

この社は、未だ歩き始めたばかりに立ち寄ったのだが、

一行は延々と西進を続け掛川入口の七曲りを抜けて、やがて掛川城に到着する。

Img_0187

この城は、関ケ原合戦の頃には山内一豊の居城であった。

一豊は軍議の折、居並ぶ武将に先駆けて家康のために城を明け渡すと宣言する。

Img_0192

結果として、戦後、高知四十四万石の大大名への出世する足掛かりになったことで知られる。

規模は小さいとはいえ、元市長が寄付を集めて建てた木造の城郭である。

Img_0199

ここで三々五々昼食を済ませる頃には、空は随分と明るくなっていた。

坂川に沿って下ると、間もなく十九首塚がある。

Img_0201

ここは平将門他18人の武将の首塚で、

乱が終息し、首実検のために都に向かう途中で首を埋めたとされる。Img_0203

律令国家に背いた犯罪人とは言え貴人故に、この地に埋葬したと伝わる。

この辺で半分くらい歩いただろうか、子供達にも疲れの色が見え始めている。Img_0204

今の子供は、耐久力と言う点では昔よりも脆弱なのかもしれない。

しかし、淡々と歩くしかない訳で、ところどころ残る松並木を抜け、Img_0205

やがて東海道ど真ん中茶屋を通り、木原許禰神社へ。

ここには見方ガ原合戦の直前に家康と信玄が対峙した折、Img_0206

家康が腰かけたとされる石がある。

歩くことでしか分からない風景や言い伝えがあると言うことだろう。Img_0207

やっと磐田市に入るころには、既に日が傾いていた。

もうすぐ、もうすぐ・・・・と歩いて来て、17時近くになってやっと学校に帰着した。

Img_0209

ともあれ、班の仲間同士が助け合い励まし合って歩きとおした26kmである。

こんなことの積み重ねで、絆は少しずつ強まっていく。

Img_0210

100kを走る私にすればたかが26kだが、子供達にとっては初めての距離なのだ。

Img_0211

ゴールした子供達の顔には、疲れだけではない達成感も垣間見えた。

Img_0213

ホントに、みんなよく我慢して歩いた。

それに、郷土の歴史にもちょっとだけ触れることができたしね。

Img_0214

だけどこれは人生のほんの一ページ、

何時かきっと何かの足しになる時があるだろう。

Img_0215

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年10月20日 (月)

やくざ者の未来

今時、ヤクザなんて流行らないと思うのだが…

しかし、最悪のヤクザ集団が国を名乗って跋扈している。

Img_0160

言わずと知れたイスラム国だが、武器を片手に略奪を思うままにする無法集団だ。

略奪した女性たちを戦利品として山分けするなど、山賊と何ら変わりがない。

Img_0161

いずれにしろ彼らは、シリアやイラクの政権動揺の隙間から湧き出した。

貧困や不正、無秩序が彼らの温床である。

Img_0162

この日本にだって、反社勢力は依然としてはびこっていて6万人以上がマークされている。

昭和59年浜松市に忽然と「ブラックビル」が建てられた。

Img_0163

堂々と一力一家の組事務所としての看板が掲げられ、地域は騒然とし始める。

自治会は事務所撤回を求めて運動を始めるが、やくざが容易には応じるはずもない。

Img_0164

やがて顧問弁護士が刺される事件、関係者宅への放火などの嫌がらせが続くようになる。

それでも地域の人々は粘り強く戦って、三年後、遂に裁判で組事務所の差し止めを勝ち取る。

Img_0165

やがて和解が成立し、一力一家はビルを売却し撤退することになったのだが、

これが全国のヤクザを追い詰める市民運動の契機となった。

Img_0168

国会で暴力団対策法が制定され、続いて平成19年「企業が暴力団を排除するための指針」が決定された。

暴力団排除が企業の内部統制システムとして明確に位置づけられたのだ。

Img_0170

更には平成21年からは各地で「暴力団排除条例」が定められるに至り、

ようやく暴力団員の数も減り始めている。

Img_0172

しかし、振り込め詐欺に見られるように暴力団の顔を隠蔽し、深く潜行しているという説もある。

Img_0174

つい昨年の大手都市銀行の暴力団への融資事件のように、油断も隙もないのが現実だ。

暴力団の存在は、その社会の脆弱性を示すものに他ならない。

Img_0175

そういう意味では、暴力団に手を貸すような企業は、廃業を覚悟かしてもらうべきだ。

望むらくは、暴力団を孤立させ、組員をやめない限り生きられない社会にすべきだろう。

Img_0176

今日は、暴力追放・銃器根絶県民大会があって、改めて認識を新たにすることになった。

最後に「海の星高校吹奏楽部」の演奏があって、この全国一の吹奏楽を楽しんだ。

Img_0177

「権キツネ」のオペレッタもあって、一発の銃声の重みも考える機会となったのである。

実は、この海の星の吹奏楽は全国一なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月19日 (日)

海と私達

遠州灘海岸から5km程の所に住んでいる。

台風が近づくと海鳴りが聞こえてきて、それで海のソバってことを意識するくらいで、

Img_0131

めったに海を意識することなんてありゃしない。

日本人は四囲海に囲まれているんだから、もっと海に親しんだら良いのにとは、

Img_0132

海には縁の少ないう米人の言うことだ。

実際彼らにとっては、米フロントは憧れの地でオーストラリアなどでは別荘が立ち並ぶ。

Img_0134

傍らにはヨットが浮かんでいて、実にのどかな絵のような風景が広がっている。

だけどこの日本列島には、浜名湖にだってそんなに見られないし、外洋はいわんやをやである。

島国なのにとてものこと、ポリネシアン文化など育まれようもない。

Img_0140

何故なのかと考えると、日本海溝を前にして遠浅の海岸が少ないことがある。

それにも増して、遥かに海を渡って移住してきた折の先祖の恐怖が有りはしないか?

Img_0142

この列島に住む人々の祖先は押しなべて、南の島々や中国大陸、朝鮮半島から移り住んだ人々だ。

恐らくは平穏無事に辿り着いた何てことはなく、かなりの確率で海の藻屑と消えたはずだ。

Img_0143

そんな遠い遠い記憶が私達のDNAに刻み込まれていて、それで海に親和出来ないのではないか。

サーフィンがブームと言っても、ごく一部のことでしかないし、海とは釣り位がせいぜいか。

Img_0144

ともあれ今日は、年に一度の海岸一斉清掃であった。

海岸の砂浜が狭くなったとはいえ、清掃活動をやろうとすると広大な広がりがある。

Img_0146

子供達も含めて6~700人が海岸に広がっても、パラパラと点在する程でしかない。

それでも小一時間でトラック10台に一杯のガラスやプラスチックなどが集まった。

Img_0147

皆が引き上げた海岸を見渡すと、何だかスカーッとした気分になった。

それにしても、海は畏敬するに値する。

Img_0138

やはり欧米人のように、気楽なレジャーの対象には出来なかろう。

津波を考慮しないとしても、寄せては打ち返す波を見ているだけで圧倒されてしまう。

Img_0139

海は広いな大きいな・・・♪・・海は、それだけではあるまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月18日 (土)

靄の中の未来

昨日のことを振り返る間もなく、夢中で今日を過ごしている。

それに明日の予定は分かっても、実際に何が起こるのかそれは靄に包まれている。

Img_0119

そんな靄に突っ込んでいくような、幾分刹那的な毎日を生きている訳だ。

とは言うものの、その場に立ってみれば大抵は平凡な流れに終始する。

Img_0121

御嶽山の噴火の様なことはめったに起こるもんじゃない。

Img_0122

だけど未来が靄の中にあるからこそ、不安も期待もあるし毎日を退屈せずに済むんだ。

ところで秋晴れの今日は、小学校の運動会に招かれた。

Img_0123

昔と違って、運動会は家族のリクリエーションの日である。

テントを張ったり、シートで場所取りをしたりして、

Img_0124

お昼を子供と共に過ごすピクニックの様な風景が広がる。

子供にとって運動会は非日常なんだけど、それに娯楽性が加わっている。

Img_0125

そのテントの下では、「結構、頑張ったジャン・・・」などの会話が飛び交っている。

小学生にとっての未来は無色透明で、霞もかかっていないし、それ程の不安とてない。

Img_0126

だからこそ人生は永遠に続くと思っているし、今を精一杯生きられるのだ。

そうなんだ、熟年者だって未来には霞がかかっていた方が良い。

Img_0128

何があるか分からないから、とりあえず生きてみようとも思えるんじゃないか。

懸命に走る子供達の無心さに、無理を承知で自分の人生を重ねてみたりする。

Img_0129

はてさて、少しばかり老いたりと言えど、俺だってまだまだ走れるぞってね。

運動会をそこそこに失礼して、一時間余りマーケットの前に立った。

Img_0130

この10月から年末までが、赤い羽根共同募金の運動期間になっている。

Img_0131

戦後の貧しかった頃に比べれば社会保障も行き届くようになった。

とは言え、それでも制度の隙間があって募金で助けられる人達がいる。

Img_0132

ボランティア活動を支えているのも、募金だったりする。

この国は欧米の様な募金に理解のある国ではないけれど、

Img_0133

並んでいる私達の呼びかけにほとんどの方々が募金してくださった。

たまたま出っくわして不運って方もいたかも知れないけど、

とにかく生きてみないからには、お互いに未来は分からんさね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年10月17日 (金)

心は身の主

今日も動き回って、たった今パソコンの前に座った所だ。

数えれば朝の旗振りおじさんに始まって、6つのステージ(場面)に身を置いた。

Img_0102

子供達やら学校関係、はたまた先輩やかつての職場の後輩など多くの人に会った。

そうして体を動かせば、少しずつ物事が動いていくのが実感できる。

そんなこんな、近頃では気持(心)が自分を動かしているんだなぁ~ってつくづく思う。Img_0105

当たり前のことだが、自分の体はその心次第で動くのだ。

それで、気の向くままに体を動かせば、それは健康へとつながっていく。

貝原益軒の養生訓に「心は身の主也、しずかにして安からしむべし。」とある。Img_0106

つまり、養生は心の在り方次第だと言っている。

走り、人と会い、文章を書き、そして作物を育てる。

自分としては、特別にとんがった生き方をしている訳でもない。Img_0107

「まあ、俺の人生この延長線でよかろうか」と思い始めているんだ。

今夜は静岡で同窓会の支部総会があって、様々な方とお会いすることができた。

国会議員から企業のトップなどと社会的にも様々な役割を担っている人も多いが、Img_0108

皆さんそれなりに歳を重ねている。

正に歳の取り方も人それぞれで、やはり心の在り様で大きな違いが出てくるのだ。

話は飛ぶが、静岡駅の南口にルノアールのブロンズが2体ある。

Img_0101

「洗濯する女」と「勝利のヴィーナス」だ。

仮にこれがロダン館の様な立派な美術館に飾られていたら違うだろうが、

鳩が糞をしているし、駅前を行き交う多くの人々の目には只のブロンズでしかない。

Img_0100

要するに、人間はその気持ち次第で観るものすら変わってしまうのだ。

養生訓のその続きに「身うごきて労すれば、飲食滞らず、血気めぐりて病なし」とある。

人間は、やはり用事を作ってこまめに動くのが養生の秘訣だね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月16日 (木)

糸が半分

あの大震災があって、俄かに「絆」って言葉がクローズアップされた。

もともと「絆」とは動物のつなぎ紐らしいから、少し奇異な感じを持ったりもした。

Img_0292

だけど人と人の繋がりや助け合いと考えれば極めてしっくりする。

それに考えてみれば、社会福祉活動も自治会もその絆を深めると言うことに尽きる。

Img_0249

それから家族にしても、地域コミュニティや友人・恋人だって、その絆の一つの形に過ぎない。

只、一筋縄でいかないのは、人間関係には利害相克や感情のもつれ、

Img_0302

意見の対立などは日常茶飯だからだ。

ところでこの「絆」の字は「きずな」と読むけれど、「ほだし」とも読むと知った。

Img_0282

「ほだし」とは、人間同士の束縛を意味するようだ。

つまり絆には両面があって、繋がりが深まれば当然束縛されることも多くなるってことだ。

Img_0256

それでやっと、糸が半分と書く意味が分かったという次第である。

実は今日、ある会合で「言いたい放題で無責任な人が増えた。」ってことが話題になった。

Img_0270

人それぞれが勝手なことを言うから、ちっとも地域はまとまらない。

とかく特定の「大きな声」に引きずられて、良識が沈黙し進歩がないってことに成りがちだ。

Img_0310

今夜は地区社協の役員会もあって、「生活応援クラブ」の設立などの相談をした。

わずかな経費でお互いに支援し合う仕組みを作って、高齢化社会に備えようと言う試みだ。

Img_0048

当然ながら、絆を深めようとすればするほど負担は大きくなっていく。

しかしなぁ~、束縛があるからこそ自由に動き回れるのだし、

Img_0085

何の束縛もなくって「あなたの時間は全てフリーです。」ってなったら、

今度は動くに動けないだろう。

Img_0100

まあ、今夜は「絆と束縛」について、そんなことを考えていたんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月15日 (水)

メディアの犯罪

政治向きの事は極力避けてきたつもりだが、今夜は少しだけ踏み込むことにする。

かつて天声人語や斬新な記事を載せる朝日新聞が好きだった。

Img_1523

それで通勤時には、毎朝朝日新聞を持って電車に乗ったものである。

それがもう20年位前からだろうか、随分と違和感を感じることが多くなった。

Img_1517

それ以上に、朝日新聞の記者の行動に辟易とさせられることも何度かあった。

朝日の若い記者に絡まれて、新聞記者の常識の無さを感じたのもこの頃だろうか。

Img_2117

ともあれ今、自宅では日経新聞と静岡新聞を読み、更に職場では朝日と中日に目を通すようにしてきている。

しかしながら、何故か朝日の記事には違和感を感じることが多くなった。

Img_2118

特定のテーマに関する徹底した政治的偏向である。

読者を意識して殊更左翼偏向こそが朝日の生命線と意識しているかのように感じる。

Img_2126

政治家にも支持者に阿る余り自分の本音とは別の主張をする人も多い。

しかしながら、日本を代表するメディアがそうであったら、この国は悲劇だ。

まさに朝日の従軍慰安婦報道は、単に誤報でしたでは済まされない問題だ。

Img_2191

事は32年前、吉田清治なる男のデマ(済州島で200人の女性を駆り集めた)を詳報したことから始まる。

程なくそれが嘘と分かって記事自体は取り消したのだが、事は国際問題に発展していく。

Img_0038

やがて国際人権委員会で「性奴隷20万人」などとした報告書が採択されるに至る。

今日の日韓関係、そして米国での慰安婦の像などに発展していくのだ。

こうした流れに対して、朝日新聞はこの32年間、その謝罪すらしてこなかったのである。

Img_0097

まさにメディアの国と国民に対する犯罪と言うべきだろう。

メディアは、その主張は兎も角として事実に立脚していることが大前提なのだ。

戦争の罪過を問う余り慰安婦のデマに乗っちゃつたでは済まされない。

Img_0144

それは戦時の話だから、常識外の事が幾つもあったのだろうが、

日本人の常識は世界の中では平均の水準以下では決してないはずだ。

Img_0300

過去を問い反省することは大切なことだが、デマを真実に置き換えるメディアは否定されるべきだ。

根本的な社風が改まらない限り、朝日の購読を止める決意をしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月14日 (火)

いろんな私

多重人格でもなんでもないが、自分にも色々な顔がある。

意気消沈した自分、戦闘的な或いは困り切った自分、冷徹に考えている自分、

Img_0080

狡い自分、諦めている自分、涙を流している自分、怒っている自分。

考えてみると得意満面なんて場面は思い浮かばない。

Img_0099

旗振りのオジサンの顔、自治会役員としての顔、学校での顔、農園主としての姿、

親父としての風姿、爺ちゃんの顔、男としての立ち居振る舞い??、ランナーの顔、

Img_0082

それも70k過ぎを淡々と無心に走る顔、限度を超えちゃって呆けた姿だってある。

本当の俺は何処にいるのかと思っても不思議はないのだが、

Img_0041

だけど、全部ひっくるめて自分なのだろう。

実は今、「いまから帳」(エンディングノート)を書き始めている。

Img_0039

相続遺言は勿論だが、その中に友人・知人、思い出や趣味なんて項目もある。

自分の色々な場面を俯瞰しながら、

Img_0038

ホントの自分は何処にいるなんて思いながら、書き込もうとしているんだ。

一人の人間が長いこと生きてれば、様々な場面に出っくわす。

Img_0400

人生の面白さってのは、その波乱万丈の程度で決まるってことだ。

何にもしなけれゃ、それだけの人生になるってこと。

Img_0344

そう言う意味では、色々な顔を演じ分けられるのは幸せなことだろう。

時に、自分の時間ってなんだろうと考える。

Img_0304

何も予定の無い時間が自分の時間なのかと言うと、そりゃ違うだろうと思う。

忙しく動き回っていても、その中に自分がいるのかどうかが肝心さ。

Img_0070

こき使われてるんじゃなく、主体的にそこに関わってりゃそれで良い。

要は、自分の命の燃焼のさせ方なんだ。

Img_0049

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年10月13日 (月)

嵐を前にして

外は、台風19号の風と雨が次第に強まってきている。

海岸までは5kmも離れているのに、海鳴りがゴーゴーと大きく響いている。

Img_0098

このスーパー台風とやらは、どうやら日本列島を縦断する構えのようだ。

高齢者世帯が多くなって、必要以上に不安を抱く向きが多くなった。

Img_0099

それで私の街でも、予備的に17時から10か所の避難所を開設したと連絡があった。

望むらくは、「避難するまでもなかった。」となって欲しいのだが…・。

Img_0100

しかし今度の台風は、内陸を進んでいて、この地は進路の右側に入ってしまう。

当然ながら強烈な南風が吹いて大量の海水を運んでくるだろう。

Img_0101

この秋に入って植え付けた白菜やキャベツ、レタスなどの葉物は全滅するのではないか。

ミカンやリンゴの産地でも収穫を目前にして、大被害が予測される。

Img_0102

自然を相手の農業とは言え、TPPなどの無責任な議論とも併せやるせない思いがつのる。

ところで今朝は、温室の戸締りと割れたガラスの補修を済ませてから山に向かった。

Img_0106

小雨のうちに走りたかったのである。

先週は、山に入ると18号の残した倒木やらが走路に一杯散乱していて、

Img_0105

邪魔な枯れ木を片付けつつ進むのがやっとで、2km程で引き返したばかりである。

しっとりと濡れて黒っぽくなった木肌のウバメガシ達も、嵐を前に身構えているようだ。

尾根の礫土の上に根を張っているから、強い風が吹けば根こそぎ倒れてしまう。

Img_0104

自然のなせる業とは言え、何十年も乾燥や風に耐えてきた彼らも必死である。

そんなウバメガシを横目に、雨にもかかわらず私も含めて3人が山に入っていた。

Img_0103

昭和34年の伊勢湾台風、あの恐ろしさを思い出しているのだが…

ともかく今夜はしっかりと戸締りをして、この嵐をやり過ごす他為す術もない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月12日 (日)

お祭礼

村の鎮守の神様の、今日は楽しいお祭りでドンドンヒャララ ドンヒャララ・・・♪ 

久しく歌われなくなった歌だ。Img_0099

どんどん時代が移り変わって、祭りが農事とは切り離されていったからだ。

収穫を前にした豊作祈願と村人の親睦が目的だった祭りは、Img_0098

何時の間にか若い人たちだけの人の金で騒ぐ遊びになっていた。?

その片手落ちの祭りが、高齢少子化の波の中で少し変化を見せてくれた。Img_0090

老若男女が集う祭りへのアプローチである。

ともあれ、神前に海の幸里の幸とお神酒を供え、神明宮の宮司の下で神事が始まる。Img_0091

それぞれ村の役員がサカキを奉てんして、ふるまい(餅まき)が始まる。

それから例年のごとく甘酒が振る舞われるのだが、今年は少々様子が違っていた。Img_0088

神社の広場に桟敷が広がっていて、そこでオデンと牛丼が全員に提供される。

その前で、子供達が祭囃子を披露するのである。Img_0086

集まった人達も例年との違いに戸惑いながらも、等しく一時の祭り気分を味わっていた。

子供の頃は、この小さな鎮守の祭りにも露天商がずらりと並んだ。Img_0095

イカ焼きや綿菓子、プラモデルや玩具だったろうが、欲しくって・・・・

でも、一度も買ってもらった記憶はない。Img_0096

それでも祭りと言うものが物珍しく楽しかった思いがある。

今時の子供達は食べきれない程のお菓子を抱え、夢中で遊んでいる。Img_0094

毎朝顔を見ている子供達だけど、化粧のために大人っぽく見えるのが不思議だ。

それにやはり祭りの意味なんて、誰も考えないんだろう。Img_0093

娯楽がふんだんにある時代だけど、地縁集団が集うのはこの祭りくらいのものだ。

そうだな、これからは祭りも地域ぐるみで創っていく時代かもしれない。Img_0100

そういう意味で、今年の鎮守の祭りは大成功であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月11日 (土)

普請

嵐(台風19号)を前にした静かな夜空に祭り太鼓が響く。

この時期は、あちこちで秋祭りが行われている。

Img_0083

かつて秋祭りは、稲作の収穫を前にした豊作祈願の行事だった。

しかし今では収穫はあらかた済んでしまって、何時の間にか祭りの為の祭りになった。

そういう意味では明日の神社での式典も、何のための式典かあやふやになってしまった。

式典にも祭りにもお神酒は付き物で、日本人は日本酒と共に生きてきたようだ。Img_0049

それはさておき、今夜は息子夫婦の家普請について書こうとしている。

そもそも自分の家を建てるなんてことは、一生一代の重大事件である。

私も15年ほど前に自分の家を建てたが、それは慎重に慎重を期して準備した。Img_0050

貯金を準備するだけではなくって借金にだって細心の心配りをしたし、

普請中の家を毎日のようにグルグルと回って歩いたものである。

まさに一生一代の大事業という思いであった。

Img_0051

しかるに、未だ若い息子夫婦には、さっぱりそうした緊張が見えないのが不思議だ。

むしろ私の方があれこれ心配し過ぎて、息子に叱られる始末である。

まぁ~そう言う時代なのかと思う一方で、上棟式を終えてみるみる出来上がっていく家を楽しみにしている。Img_0052

しかし、果たして「感謝の宴」など準備する余裕は無かろうから、

「こっちの提案でやるか」などと、勝手に目論んでいる。

この普請に際しての地鎮祭にしても、上棟式でもお供え物のピンはやはりお神酒だ。Img_0053

神様はよほど酒好きなんだろうと推察するが、やはりこれは米がすべてなのだ。

上棟式でも生米の上にお神酒をたらして工事の無事を祈願する。

そうさな、日本人は長いこと米さえあれば生きて来れたのだ。Img_0054

上棟式だって、かつて上棟は村の人々の仕事で、それに感謝する儀式だったのさ。

さてこそ今日の建て舞いは住建会社の仕切るところで、そうした風情はなくなった。

餅撒きは、そうしたかつての名残になった。

Img_0055

ともあれその餅撒きを終えて、親父としては息子夫婦を見守るばかりである。

「こいつがお前らの城だ。しっかり、守れ。」ってね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月10日 (金)

コケル

私は、よく扱ける。

子供の頃から数限りない失敗をしてきたし、今でもしょっちゅうやらかす。

Img_0080

先日も会議の予定を度忘れしてしまったし、違和感を感じてした発言が不適切だったり・・

若い時の失敗は…などと言うが、私の場合その学習効果がさっぱり現われない。

Img_0081

只昔と違って、扱けても立ち直りが幾分早くなったようだ。

それは「今更、カッコ付ける事もあるまい。」という開き直りの賜物だ。

うん、それとかなり辛抱強くなったな。

Img_0042

先日も、ある飲み会があったんだけど・・・・

昔の職場の同僚や先輩の集まる会だ。

Img_0008

人それぞれだが、既に退職して何年も経っているのに上司風を吹かす人がいる。

或いは、同僚であっても退職後の世界を認めようとしない人もいる。

要するに、御身がすべてであって他人を認めたくないようなのだ。

Img_0006

人は、相手が自分を無視しようとする場合、大抵は腹を立てるものらしい。

しかし「あぁ、この人はこれまでの人だ。」と納得出来るようになっている。

Img_0413

これは、これまで散々扱けてきた成果かも知れない。

ともあれ、山を走っていて疲れてくると足が上がらなくなって、扱(こ)け易くなる。

Img_0417

同様に疲れるということは、生命力(精神力)をも弱くするものらしい。

実は、人の前で話をしていて自分がコントロール出来なくなったことが何度かある。

Img_0243

一種の自律神経失調症なのだが、理由がさっぱり分からなかった。

それが先日、人前で扱けたのがいずれも100kマラソンの一週間後頃だと気付いた。

Img_0150

どうやら体力の損耗が精神力をも著しくプアーにしたものらしい。

扱けてこけて、こけ続けてきたのだけれど、転ぶのを恐れていたら歩くも走るも侭ならない。

Img_0152_2

やはり、傷付いたとて走り続ける他あるまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 9日 (木)

生きている時間

世間では、65歳からを高齢者と言うことになっている。

私もそのボーダーラインを幾つか過ぎているけれど、年寄りだとは露ほども思っていない。

Img_0301

むしろ同年輩の者が、やたらと自分は年寄りだから・・などと言うのを聞くと、

「お前さん、本気かよ?」と舌打ちしたい程うっとうしい気分になる。

Img_0306

人生の経験こそ積んで来たとは言え、年寄りだと思う必要はまったく無いと思っている。

実は「年老いた」と感じる人は、死んだ時間を生きているからではないかと疑っている。

Img_0307

年老いたことを言い訳に、自らの主体性を放棄しているのではないか。

人間は、幾つになったって主体的に「今を生きている」っていう時間が必要だ。

Img_0309

私達は只でさえ仕事や雑事に振り回されて、何時の間にか夢中で歳をとってしまう。

なかなか「俺は今、生きてる。」って感じられる場面には恵まれないものだろう。

Img_0314

でもそれじゃぁ~、命を消耗しているだけじゃなかろうか?・・・・って思うんだ。

だから時々、自分を上空から俯瞰してみることにしている。

Img_0315

「オイお前、今を生きているかよッ?」ってね。

それで「あぁ~、いい気分だッ」って答えることにしているんだ。

Img_0316

とは言え人生は人それぞれで、生きているっていう価値観も色々だ。

損得勘定ばかりで打算的に一生を終わる人、

Img_0317

人の悪口や不満を言い募って、そいつを生き甲斐に生きる人。

勿論世のため人の為に尽くす人だって数多い。

Img_0318

それにしても、幾ら退屈だとて、

イスラム国に行こうとした26歳北大生の「生きる」とは何だったのか。

Img_0319

斡旋した某元大学教授は「勝手に死ねば良い。」と思っていたと言うが・・・・。

時間は、活かしてこそナンボだろうが!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 8日 (水)

生涯時間

謡曲「敦盛」に「人生僅か五十年」と謡われた様に、そんな時代が長く続いた。

そんな時代に長生きした徳川家康は、お陰で天下太平を磐石に出来たのだ。

Img_0018

その家康没後400年になるが、今日の寿命は当時とは比較にならない程長くなった。

お陰で、古希が近くなりつつあるのに、あの世は未だずぅ~っと先だと思っている。

そうして年金や医療保険制度の上に胡坐をかいて、

Img_0016

惰眠を貪りながら馬齢を重ねていると言っても過言ではない。

家康は熾烈な戦国時代を生き抜いた男だから戦達者は勿論のこと、Img_0416

人間の性格や心の機微に通じ、その上での政略展開で徳川時代を創り得た。

秀吉の短命と比べるまでも無く、まさに長寿の一大成功例と言っても良いだろう。

今日この時代、44万時間程度だった人の生涯時間は75万時間程になった。Img_0405

大病しなければ90歳超も可能だから、長すぎるほどに長くなったとも言える。

そもそも、今日の諸々の制度を構築した高度成長経済の頃には、Img_0415

こんな長寿時代は想定していなかったのではないか。

だから人口爆発でも起らない限り、制度の破綻が危惧されるのは当然のことだ。

問題は、長くなった寿命を生かす仕組みが出来ていないことにある。Img_0394

定年は依然として原則60歳のままだし、年金支給だってあんまり変わってはいない。

ところで、世の団塊の世代は、

かつての経験を世のため人の為に生かし得ているだろうか?Img_0393

彼らがその気になればボランティアだって何だって出来るはずだ。

その方が、健康寿命が長くなって医療保険だって助かるだろうし、Img_0382

第一この国全体が活気付くのではないか。

早々の定年に甘んじたのはと已む無いとしても、Img_0348

その後の長ぁ~い「余生」を若い人達に負ぶさって生きるのは心苦しい。

長寿になったとは言っても「生年 百に満たず」であり、その持ち時間は限られている。Img_0321

たとえ老いたとしても、可能な限りの自活を目指そうではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 7日 (火)

今日の納得

台風一過の秋晴れの筈が、小雨交じりのうすら寒い一日になった。

朝の立哨ご寒く感じたが、何時ものランシャツ短パンの夏の服装である。

Img_0023

今朝は6年生が市内合同陸上競技会で5年生以下での登校である。

今朝は、立哨に6年生のお母さんが一人加わってくださった。

Img_0022

実は地元の子供会が「私達も何かしなければ申し訳ない・・」と、

この4月から週に一度加わってくれるようになったのだ。

Img_0021

さすがに子供たちの反応も良くって、私に対する反応とは温かみが違っている。

もう立哨を始めてから6年、やっと具体的な反応が出てきたと内心嬉しい。

Img_0020

自己満足かどうかは別にして、人間にはそれなりの「納得」が必要だと思っている。

私の場合には、「今日は、○×が出来た。」と言う納得である。

Img_0019

例えば、白菜を二通り定植したとか、▽△の種を播いたとか・・目に見えることが良い。

或いは、部屋の模様替えをしたとか、懸案のアレを片付けた、あの本を読むことができた、

Img_0017

この宿題を片付けたなんてのもありだ。

でも、「今日は会議の一日でした。」ってだけの受動的なのは面白くない。

Img_0015

自分の意志でこれを一歩前に出したっていう、自分なりの納得が欲しいのだ。

そんな具合に懸命にやつたとて、台風で吹き飛ばされたり、害虫に全滅にされたり、

Img_0013

物事は紆余曲折が常である。

それでも、「俺は、今日ここに存在した。」って言う証みたいなものを求めたいんだ。

Img_0010

まあ、一種の貧乏人根性なんだけど、

大げさに言うと、人類はそんな具合に今日の世界を創ってきたんだろうと思う。

Img_0009

それでベッドに横になると、今日はこれが出来た・・明日はこれをして・・と眠りにつく。

これは性分なのか・・・、「ひねもす、のたりのたり」が苦手なのである。

Img_0414

だからって、うちのカミさんが心尽くしの一品を用意してくれる訳でもないが、

多分、ずぅ~っとこんな調子で生きていくんだろうなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 6日 (月)

先々のこと

昨夜来の台風で桜樹にぶら下っていた大きな冬瓜が落っこちるし、

潮風が吹いたのか畑のキュウリもナスもほぼ全滅状態である。

Img_0080

それに我が家だけが断水し、市役所の担当者が嵐の中を駆け付けてくださった。

何故か水道管が破断していて、

Img_0081

それを雨風の中で探しあて緊急用の水袋も持参してくれたのである。

とにかくこれで急場を凌いだのだが、頭の下がる早朝の出来事であった。

早朝からの停電も加わって、かくのごとく先々ことは何が起るか分からないものである。

Img_0042

殊更遠い先々のことを心配しても所詮無駄な事が多い。

昔は旅行などの計画が、数ヶ月も前からうきうきと待ち遠しかった。

娯楽が少なかったのかも知れないが、それでも先々に希望が満ち満ちていた。

Img_0035

それが歳月を重ねるに従って、そんな楽しみも次第に色褪せてしまって、

年々歳々のスケジュールをこなすのに汲々としている始末だ。

それにかつては予定はすべからく頭に入っていて、手帳を持ち歩くなんてことは無かった。

Img_0032

然るに昨今、手帳を開かないと一日が始まらなくなった。

その黒い手帳にはスケジュールが犇めき合っていて、

これがないと忽ち立ち往生してしまう始末なのだ。

Img_0031

かてて加えて、どうも先々ことを記憶しないし事前に算段することも少なくなった。

先憂後楽と諭す諺もあるのに、

これ怠惰な本性が露になるのは老化の故かと半ば諦めている。

Img_0029

実は人前であれこれ話す機会が多いのだが、予め考えておいた型にはまった話よりも、

その場で感じたことを自由に話す方が分かって戴けるような気がする。

Img_0026

それで、事前にあれこれ考えずに出たとこ勝負で良しとすることが多くなっている。

まぁ~案ずるより産むが易しと達観してた方が楽だからね。

Img_0025

とは言うものの、昨夜は激しい風雨の為だろうか、立往生して困っている夢を見た。

悩みの種は尽きまじと言うことかしら・・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 5日 (日)

遊びこそ人生

懸命に遊ぶべきだと書いた昨夜のブログを、少し補足しようと思っている。

「遊びせんとや生まれけん。戯れせんとや生まれけん」などの言葉があるが、

Img_0056

何も刹那的なことを考えている訳じゃない。

人生って、結局は懸命な遊びじゃないかって思い始めているだけだ。

オギャーと生まれて以来、働いて結婚して子供を育て、そしてやがて死んでいく。

Img_0057

人生とは、この間に何を為し得たるかと言うことだが…。

つらつらと考えてみても、所詮さしたることが出来た訳でもない。

Img_0058

仮に博士か大臣になって「大成」したんだとしても、だからってどうと言うこともない。

高々それだけのことであって、そう言う下世話なことよりも、

Img_0063

人間の一生は如何に遊ぶことが出来たかではなかろうかと思うのだ。

もとより遊びには一種の「敢為」が必要だろうし、遊びこそは主体的なものだ。

Img_0064

言うならば、遊びとは自分を活かすことだと思う。

ただ肝心なのは、この人生をどのように遊ぶのかなのではないか。

Img_0065

かつて毎日無我夢中で仕事に没頭していた時期がある。

思えば、あれは人生の一時期の実に充実した遊びではなかったろうか。

仕事の上での人付き合いにも、自分の考えた事が実現していくことにも喜びを覚えていた。Img_0069

そりゃ~あさ、困ったことも苦しいこともあったけど、それも遊びの要素に過ぎなかったような気がする。

成人式や結婚式・就職なんてのも人生の大切な区切りだけど、

人生の重要なイベント(遊び)と考えるべきじゃないか。Img_0077

この四半世紀マラソンを楽しんでいるけど、まったく仕事と同じだね。

困難を乗り越えて物事を成し遂げていく、その達成感こそは遊びの醍醐味でしょう。

要するに人生の極意は、物事を遊びに出来るのか否かだろうと思うのだ。Img_0080

不真面目だと叱られるかもしれないが、

結婚だって子育てだって、はたまた仕事だって人生の一つのゲームに過ぎない。

決して思うようにはならないけど、それでもそこに心血を注いでいく。

Img_0068

そしてやがて老い、最後は一人で死んでいくんだ。

やはり、人生は懸命に遊ぶことに尽きるのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 4日 (土)

同走会

今夜は、北海道を走って旅した仲間の同走会である。

あれ(北海道走り旅)から5か月でしかないが、もう既に遥か昔の出来事のようである。

Img_0846

寒さに震えた納沙布岬、宗谷岬に立っての安堵感と国境への思い。

一人ではとても不可能な旅をみんなの力で走り切った。

Img_0859

雪の中や流氷を横目に目的地を目指したんだ。

そうそう、黙々と走る道程だけど、道すがら色々な話もしたっけ。

Img_0866

あの20kも続く一本道を飽くことなく走り続けた。

そんな思い出を新たにして、来年のことも考えようとの算段である。Img_0939

もちろんランナー仲間だから宴会ばかりではなくって、走ることもするんだけど。

しかし・・・明日の天気は果たしてどんなものだろうか?

Img_0979

ともあれ、所要を済ませて森町のムーハウスに駆けつけた頃には、既に宴が始まっていた。

Img_1003

料理の大部分は何時ものようにIさんの手配りで、至れり尽くせりの男料理だ。

Img_0059

マグロのブツ切りや特製トン汁、マツタケご飯やイクラどんぶり、アユの塩焼きなどと豪華である。

Img_0062_2

お腹が膨れほどほどにアルコールが回ったころ、

7日間のあれこれを上手くまとめた映像を観て、それぞれの思いを語る。

Img_0066

そして、正に仲間がいてこそできた旅だったことを再認識もするのだ。

Img_0067

いよいよ酒が進むと、人生論も含めてよもやま話の花が咲き、来年の計画へと発展する。

Img_0073

それに飽くと今度はオカリナの演奏を聴きながらしばしくつろぐ。

Img_0070

I さんの読み語りは、今回は男女の機微をつづった短編だった。

Img_0075

その物語を巡って再び人生論へ。

いずれにせよ、「真剣に遊ぼう」と言うことで衆議はまとまっていく。

Img_0076

人生、そんなに時間がある訳じゃないからね。

この同走会も、それぞれの人生の栄養になれば幸せだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 3日 (金)

人はか弱きもの

人の魅力は、どうやらその人の強さにあるようだ。

私が憧れるのは、意志の強さとか行動力、或いはそういうものを感じさせる人格だ。

Img_0182

表面的に威張ったり高圧的な人間は勿論論外である。

あれは偽者で、内面が弱いからそれを覚られまいと振舞っているに過ぎない。

Img_0184

本当に強い人間は繊細で、虚勢を張るなんてことは無くその強さを内に秘めている。

しかし現実の人間は、誰だって実に弱いものだと思う。

Img_0189

不肖私なぞも何時もグジグジと迷い、人の前に立ってもドギマギと戸惑うことが多い。

どうすれば強くなれるのかと思い悩んできた一人なのだ。

Img_0191

だけど最近、人間はもともと弱いものであって、

人の強さはその使命感や責任意識から生まれるのではないかと思い始めている。

Img_0194

そして、そんな人間を支えるには三本の柱が必要らしい。

その一本が「自分だけの世界」をもつこと。

Img_0211

趣味だったり読書だったり・・・・このブログもその範疇かもしれないなぁ~。

兎に角、自分と対話したり考えたりする時間を持てるかどうかってこと。

Img_0212

中々難しいけど、自分の内面を作るってことでもあるようだ。

二本目の柱が「親しい仲間の存在」らしい。

もとより人は一人で生きるなんてことは出来ないから、

Img_0253

家族や知人を含め親しい人達によって支えられている。

でも、その誰かの為に頑張ろうって気持ちの有る無しで人の強さは左右される。

良き理解者が身近にいる人は幸せさね。

Img_0290

それで三本目の柱が「目標を持つ」ことだと言う。

目標に向かって徐々に進み、そしてやがてそれを達成することが大きな支えになる。

歳をとると、どうもこいつが希薄になりがちだ。

Img_0298

確かに100kマラソンを走るのだってその達成感を求めてのことだ。

一事が万事、人生の目標を確かめながら進むってことかな。

ともあれ、良くも悪くも自分を支えるのは自分でしかない。

自分は弱い人間だってことを忘れないで、足元を見詰めながら歩くことが肝心だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 2日 (木)

うつろい

キンモクセイの花はいっときで、その微かな香りでそれと気付く。

よく見るとオレンジ色の小さな花を一斉に咲かせて、この秋の盛りを知らせている。

Img_0001

この花を見ると何時も思い出すのが、浙江省西湖のギンモクセイだ。

浙江省ではキンよりもギンのほうが一般的で、所変われば・・・と感心したことがある。

Img_0028

20年ほど前に訪れた西湖マラソンでは、そのギンモクセイの咲く並木を走ったのだ。

娯楽が少なかったからか、私たちの走りを見物に数万の人垣ができていた。

Img_0034

あの頃の中国は、まだまだ経済発展が緒につく前で、数少ない車が夜でもライトを消して走っていたし、

信じられないことだが、沿道には跳ねられて怪我をした人が何人か倒れていた。

Img_0040

そして、肥だめを乗せた牛車もあったし、夜店では生きた蛇やニワトリを売っていた。

この20年間の発展を考えれば、まさに隔世の感がある。

Img_0043

ともあれキンモクセイは既に散り始めて、その樹下に金色の絨毯を作り始めている。

そうかと思うと、その隣にサルスベリの花がまだ咲き残っている。

Img_0045

サルスベリは夏の花なのにダラダラと頑張っているのだ。

あの刺すように降りそそいでいた日光も随分柔らかになって、やがて日差しが恋しくなる。

Img_0044

季節の移ろいは、人の心をも微妙に移ろわせていくようだ。

コスモスやパンパースの花が風に揺れて、いよいよ秋を深めていく。

Img_0046

さてこそ花は嬉しいが、併せて人生の秋をも連想させるのはいかんとも哀しい。

歳と共にその役割も立ち位置も替わって行かなければなるまい。

Img_0024

この秋は、そうした幾つかの決断を迫られることになりそうである。

人には、サルスベリの様な咲き方も、はたまた桜やモクセイの様な生き方もある。

或いは厳しい冬に咲くビワの様な花だってある。

Img_0014

どうせ咲くなら一気に散るおじん桜かモクセイか。

何かと逡巡する秋の夜長である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 1日 (水)

少々の無理

人生には、食塩の様なほんの少々の無理が大切だと確信している。

結婚するんでも家を建てるんでも、逡巡してたんじゃ何も解決しない。

Img_0374

ある時、エイヤーと少々の無理を決断しなきゃいけないだろう。

中学生の頃だったか、「僕は、勉強が出来るんだ。」って自慢してる子がいた。

Img_0375

「ふぅん、そうなんだ。」と思いつつ眺めていても、特に勉強してる様子でもない。

虚勢を張っていたのかも知れないが、兎角慢心癖のある子だったように思う。

そして何時の間にか、私の視界から消えていった。

Img_0372

それでその頃、「あぁ~、人間ってのは自慢するようになったら、それが限界だな。」

「俺は、絶対に慢心はすまい。」と誓った。

Img_0371

人も企業も同じで、新しいチャレンジが無くなったら成長はできなくなる。

老舗企業が没落するのは、過去のヒット製品に安住するからだ。

Img_0370

チャレンジが成功に直結するとは限らないが、留まっていたらやがて井の中の蛙になる。

人間も同じで、自分をいつも少し無理のある状態に保つことで前に進む。

Img_0369

とかく人は、新しいことは面倒とか嫌だなどと忌避しがちで、歳と共にこの傾向が強くなる。

だから、自然な状態で待つのではなく、敢えて少しだけ無理をしてみる事が大切だ。

Img_0368

勿論、プツンと糸が切れる程の無理は禁物で、負荷は徐々に掛けなくっちゃいけない。

私が100kを走るのも、少しずつの無理を25年余り積み重ねた結果でしかない。

Img_0367

そして、あの子供の頃の決意を時折思い出す。

先日、町の文化祭を覗いた。

Img_0350

三味線や琴などの楽器演奏、舞踊、合唱、詩吟、書画などと多様なジャンルで、

一年に一度その努力の結果を披露するのだ。

文化活動をしている人たちも、何時も挑戦だろうなって思った。

Img_0389

常に「ほんの少しの無理」を続けるってのは簡単に出来ることじゃないけど、

ほんとに大切な事だとつくづく思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »