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2015年2月28日 (土)

たった、これっきり

今日は、掛川南部の長福寺に出かけた。

長福寺住職の大谷さんが一家言を持った人で、その囲炉裏端談義に出かけたのである。

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掛川駅から15kほどの昔の塩の道を辿りがら歩いていく。

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近世になって山を崩しトンネルを掘って、次々とバイパスを造ってきたのだが、

昔の道には、こんな山道だったのかなどと、それなりの風情がある。

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ともあれ15時過ぎには長福寺に到着して、そこから少しだけ長い旅をする。

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長福寺には少々広大な裏山があって、そこに640mの遊歩道が作られている。

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しかもそこは、この地球誕生以来64億年の歴史が刻まれているのだ。

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いやなに、10mを一億年に見立てて、その距離で自分の人生を考えると言う趣向だ。

山に入って一億年ごとを歩いていくと、海の誕生ら酸素の生成やら、・・・・

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やがて生命の誕生に至るのだが、人類の登場はずぅ~っと後のことになる。

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640mを進んで最後の1mmに満たないのが人類の歴史なのだ。

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そうして私達は、その最先端の先っちょを生きていることになる。

それも64億年の地球の歴史からすれば、計測することも出来ないほどの期間が人生だ。

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汗をかいて登ってきて、「たったこれっきり」でしかない。

だけど私達は、たったこれっきりの人生を息せき切って必死に生きているんだ。

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囲炉裏端の四方山話は時にあちこち寄り道をしつつも、最後は生き方に辿り着く。

小さな囲炉裏を囲んで世界の話をしながら、個の生き方になるのだ。

人それぞれの道を歩んできて、そうして今ここに立って居る。

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どんな経歴を経て来たとしても、人間裸になればみんな同じ様なものだ。

やがては、一人で死んで行かねばならないんだからね。

それにしても、精一杯生きているこの時間が、たったこれっきりなんだ。

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まぁ裏を返せば、たったこれっきりだからこそ悔いの無いように生きねばならないのだ。

人は誰も、一度は64億年を歩いてみた方が良い。

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