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2015年2月27日 (金)

同級のよしみ

刻一刻と春の足音が聞こえてきて、もうじき卒業・進級の季節である。

そして近世以降、この国では同じ年度に生まれた者は、原則として同級生になる。

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小学校から大学まで、子供達を年齢によって秩序だって教育するのが、この国の制度だ。

子供によって相当な幅があって当たり前だが、そんなことは斟酌されることはない。

そして「同級」ってことが、進学でも就職でも大きな意味を持ち続けてきた。

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だけど江戸時代の寺子屋は年齢に無関係だった筈だし、

そもそも教育に「年齢での区分け」が必要なのかどうか?

それに同級生との付き合いってのは、常に比較の対象であって中々厄介でもある。

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私の経験でも、巨大な集団だった故か嫉妬や不要な競争的警戒心を抱かれたり、

とかく心の内に屈折した競争意識を抱く間柄になりがちなのである。

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しかしまあ顔を合わせれば「オォ、元気だったか?」などと親しげに話しはするが、

その心底には容易に心許せぬ何物かが居座っているかのように思う。

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この同年齢同級と言う制度は、平等の名の下での幾ばくかの偽善を感じるのだが如何だろうか?

ともあれ今朝も一年生はそれぞれ蛍光色の鞄カバーを背負って、登校していく。

私も子供の頃から「人並みであれ」と育てられ、何とか落ちこぼれないで今日に至っている。

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たが、実際には中学校段階での不登校が5%にも達しているんだし、

人間の幅を認めずに、子供の段階で落ちこぼれを出す制度は一考の余地ありだ。

そもそも人を鋳型にはめ込むような教育は、そろそろ考え直すべきだろう。

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それは兎も角、鋳型教育の結果かどうか、

このところ自分勝手なことを主張する御仁が増えている。

国会の傍聴席から靴を投げ入れた男が有罪になって「秘密保護法は違憲だ。

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言論の自由を守るために靴を投げたんで、だから正当防衛で無罪だ」と公言していた。

シリア渡航を企てて旅券を没収された御仁は「自由渡航の権利侵害だ」と記者会見。Img_0009

毎日の様にこの種の「身勝手」が報道されるご時勢だが、

人間の幅を許容するって事とは大分意味が違うのである。

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