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2015年2月26日 (木)

春や春

門前の3本の河津桜が、このところの温かさにたまりかねて一斉に花開いている。

その花が、この雨で幾分しょげている様な風情なのである。

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その風情に誘われて、昨日に続いてついつい我が人生を思っている。

私の生まれたのは戦後間もない1947年で、もう既に68歳になんなんとしている。

何歳から老年と言うのか知らないが、随分生きて来たもので、もう若くないことは事実だ。

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いや本人は兎も角、世間の常識からすれば老年のとば口を少し進んだところか。

しかしながら、自分がその老年と言う区分を素直に受け入れているかと言うと、

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明らかにノンであって、とてものこと自分が老人だなんて自覚は微塵も無い。

ウルトラマラソンを走って何時の間にか山中に入り、随分と登って来たなぁてな感想かな。

それもこのコースは初めてで、自分が老人になるなんて考えた事もなかったし、

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それに第一、こんな山中のコースはかつて体験したことがない。

人は誰もが生きている限り、若者から中年へ、そして老人へと階段を登っていく。

そうして誰もが初めてその場所に到達するのであって、眼前の景色だって初めてのものだ。

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だからして、これから何処まで行けるのかと考えても、答えなぞある筈もない。

それに私が老年を受け入れられないのには、もう一つ訳がある。

それは昭和30年辺りを境にして栄養や衛生環境が大きく変わったと言うこと。

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今日の日本人の年齢は、かつてそれ以前の人々の7カケ位になっている。

それが証拠にかつて20歳前後で結婚していた女性も、30歳でまだ若いって言っている。

つまり私だって、今日ただいまに至って45歳を少し回った所と言うことになる。

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「未だ盛年」と言ったところで、誰はばかることもなかろうと思う。

常々、人間は目的によって生かされるものだと感じている。

殊に男は生殖が終わって定年を過ぎると、一種の諦念で「もう、いいや」って気になる。

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自分で自分を殺す方向に動き始めるのであって、それが老化だと言える。

例えば、セックスもそのバロメーターの一つになるのかも知れない。

確か養生訓には「還暦を過ぎたら月1以下にすべし」なんて書かれていたと思うが、

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それは多分に江戸時代の事であって、今日の貝原益軒なら果たして何と書くだろうか?

その気になれば俺だって…・・・チット無理があるのかしらん?

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