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2015年4月16日 (木)

認められてこそ

人は一人では生きられない・・・で、その訳を考えている。

それは先ずは、自らの存在を他人に承認されることが必要だからだと思う。

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人は誰もが「人から認められたい」と基本的に欲している。

幼い頃には親に認めてもらうために泣き、甘え、反発さえしてきただろう。

長じても人間関係の最大の関心は、やはり友達や先生、上司から認められることだった。

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人は他人に認められて初めて自分への信頼(自信)も生まれる。

俺にも出来るのではないかと言う、その自分への信頼さえあれば、

成功するって根拠など無くっても難しい課題に向かってだって行動に移れるのだ。

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そういう意味じゃ母親の影響はとてつもなく大きくって、

厳しく育てるにしろおだてるにしろ、母親の愛は子供を信頼してやることから始まる。

言葉にしなくっても「貴方ならできる」っていう心からの支えだね。

少なくとも、私はそうだったと今にして思う。

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こいつは子供も大人も同じであって、実は大のおやじも同類なのである。

先日の遠来人の会で、ある女性が自分の亭主の事を熱く語っていた。

「自分が惚れた男だもの、何があったって信頼している。」

「悪く言う人がいると、だけどこんな良い人だよって必死で反論する・・・・」んだって。

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事実ご主人は一風変わったユニークな人だけど良い人である。

細君にそう言わせられる男は幸せ者であって、そして男はおだてりゃ動くんだ。

ともあれ認められたかったら、先ずは自分が相手を認めなきゃいけない。

認めるってことは、反論するんじゃなくって言い分を素直に聞いてやることから始まる。

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「あぁ、そうなんだァ~。それかからどうしたの?」「なるほどなぁ~」ってな具合だ。

・・・と分かっちゃいるんだけど、兎角「だけど、お前なぁ・・・」とやってしまうのである。

それと私が100k走るのも、自分を確認(信頼)したいからなんだと思う。

それにしても・・・信頼されるってのは難しいなぁ~。

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