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2015年6月 1日 (月)

俺の方が・・・

「隣の家に蔵が建ちゃ腹が立つ」ってなもんで、人間はみみっちい存在かも知れない。

逆に言うと、優越感こそが人を支えているところがある。

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その優越感を隠して、外面は慇懃無礼で謙虚を装っていたとしても、

心の底には他人よりも少しでも前に出たいと願っている本性がある。

他人よりほんの僅かな優位を探して、それで安堵するのが人間の本性と言っても良い。

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俺のほうが・・・とか、あの人よりもと思う心である。

しかし表向きは誰もが自分の内心を隠して、平穏な仮面舞踏会を演じている。

だけどその競争心を掻き立てて、優劣を競わせているのが実は教育の世界だ。

テストに現れる学力は絶対的で、他の多くの中での自分の位置が決まってしまう。Img_1151

優位に立ちたかったら勉強するしかない訳で、それを競わせるのが学校だ。

その結果が難関大学への切符だったりするが、逆の見方をすると振るい落とす装置だ。Img_1159

だから教育者は、よくよくその修羅場を分かった上で、生徒達と接するべきだろう。

先ずは、一人ひとりの子供達をとことん愛情をもって好きになることだ。Img_1150_2

その上で彼らが生きて行くのに必要な知識と技術〔読み書き算盤〕を教える。

そうして子供達が、その知識を自分で組み合わせ発展させるように促せば良いのだ。

幸いにも多様な価値が認められる時代が来ているし、人生は色々でもある。

そういう意味じゃ、教師の人間力こそが肝心なんだろうと思う。

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今日の私学協会の総会に出席してそんなことを考えていた。

それぞれの私学は原則として転勤がないが、それはむしろ本当の教育にはベターだ。

江戸期の「塾」が様々な人材を育てたように、教育は実は人なのである。

私学の教師は、大抵自分の教え子とは一生の付き合いになる。Img_1139

そうならば、子供の将来を俯瞰しながら導くことが出来るのではないか。

大勢の子供達を見ている訳で、生徒ごとの向き不向きも大まかには分かるだろう。

それに人の生涯の師になれるとすれば、それは教師冥利に尽きるだろう。

私学は、もっともっとその個性〔優れたところ〕を発揮出来るだろうと思う。

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