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2015年6月15日 (月)

当たり前

このところ深酒などをして奇妙な夢を見たりする。

だが夢などというものは、起き上がって暫くすれば日常の出来事が押し寄せてきて、

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夢の中身など5分もしないうちに正に霧消してしまうのが常だ。

ブドウのハウスに入って一仕事済ませ、牛乳を飲みながら新聞を読む。

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日々の出来事が当たり前の様に伝えられていて、不幸なニュースさえ日常になってしまう。

大昔なら仰天するような事だって、今では慣らされてしまって単なるニュースなのだ。

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朝起きて・・・・仕事をして、ご飯を戴いて・・・風呂に入って寝る。

そんな平和な日常はとても素晴らしい事なのに、時にその日常がとてもやりきれなくなる。

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「こんな同じ繰り返しで良いのだろうか」という不安に駆られるのである。

時の流れるままに当たり前の日常を過ごし、人生の日々を費やして良いものだろうかと。

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恐らく誠に贅沢な不安なんだろうとは思う。

だがその不案が、非日常を求めて次々と行動を求めている。

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ほぼ一か月の間に3つの100kレースに挑戦したのだって、そう言うことかも知れない。

昨日の仲間内の会合で「気違いの様に…」と紹介されたが、確かに何かに急かされている。

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しかしである・・慣れ切った生活は何時しか生きている実感を失わせるのではないか。

先日訪れた飛騨の鍾乳洞を思い出している。

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石灰岩の山に出来た洞窟は、そしてその鍾乳石は太古の時代からの産物だ。

人間の一生などはその数ミリにも満たないのだろう。

そんなに短いからこそ、最大限コンクな人生を生きたいと思うのだが・・・・。

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確かに心配や悩みが無い訳じゃないなく、日常生活だってそんなに容易じゃない。

それでも、そんなことは至極当たり前だと思うのだ。

その当たり前の世界にだけ埋没したくはないのである。

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