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2015年7月31日 (金)

もう少し??

日本人女性の平均寿命が世界一で、更にその年齢を86歳余まで更新したんだげな。

ついでに男も、80.5歳と〔香港・スイスに次ぐ第3位〕になっていると言う。

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寿命も一種の豊かさだし、これが健康寿命なら誠に結構なことである。

ともあれこの記事を呼んで、最初は「ふぅ~ん」程度の感想でしかなかった。

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誰もが自分だけは死なないって思っているし、自分にゃ関係なかろうって感覚だ。

しかしこれは、自分達は若い若いと思って過ごしてきた団塊の世代にだって、

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「残り十数年だよ」って宣告されたのに等しいのである。

憎まれ者世に憚るらしいから、私の場合には該当しないだろうが統計は統計である。

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しかしなぁ・・・・・改めて考えるまでも無く、十年なんてアッと言う間でしょ!!!

そう言えば、このところ夢見が悪くってかなわない。

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熱帯夜が続いて寝苦しい為って思ってたけど、或いは寿命が関係しているかも知れない。

今暁も目が覚めると汗びっしょりで・・、学生時代の進級試験に落第する夢を見た。

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ホラッ、昔の夢を見るのは老いた証拠・・・とか言わなかったっけ?

しかしまあ、起き出してブドウの収穫をしてるうちに、そんな弱気も消し飛んでしまう。

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まぁそんな具合に人は現金だから、安心して生きていられるんだろう。

ただ「残りの寿命は、平均的には十年と少し。」というのは変えようも無いのである。

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こいつを過ぎると、後はサッカーのロスタイムの様なもんで、

何時笛が鳴っても可笑しくないってことになる。

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それに肝心なことは、健康寿命となると10歳くらい下がるってことだ。

そうすると・・・・ホントかよ…残り数年しか無いじゃん。

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それにしても俺の一生・・・大した仕事もしてこなかったし、これから何が出来るだろうか?

「残された時間を、もう少し頑張ってみるか・・」ってなことだな。

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それに・・・あれもこれもって訳にゃいかないか ?

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2015年7月30日 (木)

小さな旅

思い立って、愛知県は西尾市の小さな離島・佐久島にと行ってきた。

動機はと言うと変だが、地方創生の掛け声はすれど果たして何が出来るのかと思っていた。

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そんな折、三河湾のほぼ真ん中に浮かぶ東京ドーム3つ程の広さの島を知った。

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離島と言えば離島そのもので、一色さかなセンター港から渡船で20分の距離だ。

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その小さな島に今、若い男女が押し寄せているというのである。

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「嘘でしょ」と思いながら港に着くと、何と乗船券を買うための長い列が続いてた。

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しかも年配者?は申し訳ないが私だけで、その他はピチピチの善男善女??なのである。

それもホットパンツは勿論、縊れたその腰も丸出しで…・目線のやり場に困る程なのだ。

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ともあれ渡船はもの凄いスピードで、アッと言う間に西港の異空間に到着する。

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さてどうしたものかと思案しながら若者の後に続くと、皆レンタサイクルで島を巡るらしい。

最初に訪ねたのは・・・訳が分からないが、崇運寺ガリバーの目。

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古刹に二つのカーブミラーがあって、「もし、巨人になったらどんな風に・・・」がテーマ???

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次にこの島独特の黒壁集落の細道を辿っていくと、これがなかなかに風情があるんだ。

島の生活が息づいているというか、「過疎で生き絶え絶えなんでしょ」って雰囲気ではない。

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その黒壁集落を抜けると海岸に「おひるねハウス」なるものがあった。

黒壁をモチーフに幾つものマスに区切られた箱が建っていて、海からの風と景がとても良い。Img_1901

その一とマスにぶらりと足を垂らし、暫し静かな海を眺めていると、あのギャル達が・・・・。

しかしながら、ここはオジンよりもギャルの方が遥かに見栄えが良いのである。

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止む無く島の中央に自転車を走らせ、大島に渡る途中の「イーストハウス」に向かう。

ここはさっきの黒壁とは正反対の白い箱で、これは俺に似合いだと思いつつ近づくと、

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既にここも若い女性たちで占領されていて、しかも人魚かと思しき二人連れに圧倒される。

しかしまあ、どの角度から見ても絵になるのが不思議な具合だ。

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気を取り直して次は隣の弁天島に向かう。

この別名筒島には、秘密基地アポロなるものがあって、あの月に着陸したアポロ11号をイメージして造られていて、確かにこの小さな島のそのまた島に相応しい造形である。

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何となく、恋人二人がこの中で外を眺めるってイメージが浮かんできて…・

ともあれ外からあの黄色い声が近づいてきて、この秘密基地も瞬く間に占拠されてしまった。

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昨夜は人口が少なくなってやがてと書いたばかりだが、この島の歴史は極めて古い。

縄文・弥生の遺跡が50か所もあって、かつての海部族の罰越した時代を偲ばせる。

若者が何故この島を訪れるのか・・・・それは、古〜ぅい昔と超近世が同居しているからではないかと思った。

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島の辻々には弘法さんの八十八か所の祠があって、弘法巡りもあるんだとか。

小さな島だけど、佐久島は存在感のある島だと思った。

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2015年7月29日 (水)

寿限無

毎早朝、私がブドウの出荷調整をしていると、90歳に喃々とするお袋が起きてくる。

「早かったねぇ~、ご苦労様」と言い、ブドウを差し出すと「美味しくなったねぇ~」と食べる。

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毎朝のパターンは決まっていて、そうして朝のウオーキングに出掛けるのである。

昨今の35度を越えるような炎暑の中でも、日陰を選んで草取りをし、ジョロで水を掛ける。

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毎日の自分のやることをキチっと決めているし、グランドゴルフに出掛け、

新聞を隅から隅まで読んで、そして一日の終りには日記を書いている。

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その日記には、日の出と日の入りの時刻から始まって・・・・・誠に几帳面なのである。

健康で長生きは誰もが望むところだが、そのコツは心は「静かに」体は「動かす」ことらしい。

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貝原益軒先生の養生訓にも「心は身の主也、しずかにして安からしむべし。

・・・身うごきて労すれば、飲食滞らずも血気めぐりて病なし。」とあるごとくである。

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命などと言うものは何時何があるか分からないものだが、生きている限りは大切に生きる。

そう心掛けているつもりだが、ついつい暴飲暴食をしたりと思うに任せない。

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お袋にあやかって、何とかボケないで元気でありたいと思う。

それで私にも年と共に安定的にと言うか・・・生活習慣として定着していることがある。

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それが毎日の畑仕事だし、人と会うこと、そして走ることと書くことだ。

その四つが自分のエネルギーの程良い循環で、体の健康にも結び付いている様だ。

それにあれだね、何事もわくわくと今を楽しまなくっちゃ損だな。

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特別に長生きしたいとは思わないが、人生はポンポコピーのポンポコナーでありたい。

いやなに寿限無寿限無のあれだよ、・・・パイポパイポ、パイポのシューリンガンってね。

寿限無とは、「いのちながし」ほどの意味かな。

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2015年7月28日 (火)

日本人の立位置

私達がどんな時代を生きるのかは、それは正に運命だろうと思う。

そして今、私達日本人はその運命的な歴史の分岐点に立たされている。

先日野村證券金融公共公益法人部の和田理都子研究員の話を聞いてそう思った。

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日本の人口がついこの間ピークアウトして、いよいよ人口減少時代が始まっている。

そうして統計予測によると、2100年には4,959万人になるとされている。

2100年と言ってもそんなに先でなく、高々85年先〔今年生まれた子供が85歳〕に過ぎない。

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そもそも明治の初めには、この日本列島には2,700万人しか住んでいなかった。

それが20世紀に入ってから3倍強の12,700万人まで異常な急膨張をしたのだ。

途中に第二次世界大戦を挟んだにしても、その人口の急増が今日の時代を創った。

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生産年齢層の拡大と相俟って、際立って高い経済成長を実現させたのである。

この国の制度〔年金生徒や医療保険〕もこの人口の拡大成長を前提に創られたものだ。

そしてこれからの80年間には、20世紀の人口急増と真逆のことが起ろうとしている。

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一層の少子化が続くことはもとより、超多死化社会がやってくるからだ。

もともと人口急増の一因は長寿化という側面を含んでいたが、その限界が来るのだ。

私を含めた団塊の世代などの分厚い高齢層が居なくなる自然減だ。

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政府は1億人で止めると言っているが、この自然減を食い止めるなんて不可能だし、

少子化阻止だって、とてものことそんな訳にゃいかないだろう。

だから85年後の4,959万人は、かなり固い数字だと考えた方がよさそうだ。

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問題は何が起るかだが・・・少なくとも過去の様々な制度は組みなおす必要に直面する。

不要な土地・家屋が増えるだろうし、都市集中が一層加速する。

限界集落の増加や消滅地域〔市・町〕もどんどん出てくるはずだ。

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年金や医療・介護などの制度疲労は、毎年のように政治課題になっていくだろう。

もっとも、江戸時代の人々は、かなり〔それなりに〕ゆとりある生活をしていたようだし、

人口が減ったって実際に困るかどうかは別の話かも知れない。

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ともかく、間もなく人口急減社会が到来することを覚悟しておいたほうがよさそうだ。

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2015年7月27日 (月)

貧乏性で結構

私は水飲百姓のこせがれだから、根っからの貧乏性である。

幾分余裕が出来た頃だって、安い靴を履いて青山の背広〔二着一万〕で過ごしてきたし、

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又、そんな安物を後生大事に捨てずに溜め込んでいる。

毎日履いている草履だって、山の仲間からは「ゴミ捨て場に捨ててあるヤツの方がまし」って言われている。

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それに机の引き出しでも、何処に何があるか何時も定まっていないと気に喰わない。

時々女房が電卓やらハサミを持ち出すのだが、一度として戻ってきたためしがない。

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根っから性分が違うらしく、彼女は思いっきり放漫で、私とは真逆の行動を取る。

まぁ・・・割れ鍋に閉じ蓋って訳で、私がケチに徹しても蓄財など夢のまた夢である。

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山田風太郎に言わせると「人には本来金持性の人間と貧乏性の人間があるようだ。

貧乏性の人間が金持ちになると決して闊達にも親切にもならず、ケチで傲慢で猜疑心が強くなる。」らしいのである。

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しかし・・・私の場合に限って、金持ちになったら絶対に闊達で親切な人になると思う。

だから試しに、誰か私を金持ちにしてくれないかしら。

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そう思っていた矢先、先日のサマーランでサマージャンボ籤を一枚ゲットした。

日頃宝くじも買わないのだが、只でゲットしたそのジャンボの当選を心待ちにしている。

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ところで、これからの年金暮らしを考えると、およそ余分なものは要らない。

ほら徒然草にも「身死して財残る事は、智者のせざる処なり。・・・朝夕なくて叶はざらん物こそあらめ。その外は、何も持たでぞあらまほしき。〔第百四十段〕とあるでしょ。

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だけど元農家のこととて、納屋や農地・農機具を始めとして不要なものが山ほどある。

そいつらに皆税金がかかっているんだから、処分するにしくは無い。

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ところが、処分するにも大枚が必要なのであって、如何したものかと悩んでいる。

貧乏性は貧乏性なりに苦労するのである。

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2015年7月26日 (日)

盛年はまた

今夜は、山を走る仲間について書こうと思っている。

かれこれ25年に渡って小笠山の尾根道を走ってきた仲間たちのことである。

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かつては週末の一時を過ごすランナーズサロンで、共に汗を流した後の談笑が魅力だった。

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今もそれは変わらないが、お互いに随分と歳をとったのである。

従ってタイムを競い合ったのは過去のことで、今では健康度を競うようになっている。

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定年を迎えてフリーになる人も多くなって、大抵は平日でも誰かが山に入っている。

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ところでこの小笠山は不思議な山で、普通の雑木林とは随分と様相を異にしている。

かつて20万年前に大井川の河口に出来た扇状地が隆起してできた礫の丘陵である。

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その扇状地に幾筋ものエロージョンが起こり、結果残った痩せ尾根が私達の走路だ。

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痩せて乾燥する尾根だから干ばつに強いウバメガシの純林になった。

そのウバメガシが、暗く何かを語り掛けるかの様な姿をしていて、不思議な森になっている。

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雨後の霧に包まれた時などは、まさに幻想的な空間を作り出すのである。

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緑陰の道は厳しいが心地よく大いに気に入っているが、欠点は時たまマムシに遭遇することだ。Img_1860

仲間たちは朝8時ころが三々五々走り始めて、11時過ぎにはみんなが集まる。Img_1861

そこでは自作のスイカやブドウ、旅行土産などが提供されて、楽しいひと時を過ごすのである。

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今日もわざわざハウスの西瓜を届けて下さった方が居て、それがまた皮まで美味しいんだ。

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ともあれ、ひとりひとり愛すべき仲間たちである。

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「若者達」って歌があって「若者は、また歩き始める・・♪」って歌ってて、

あの歌を時々思い出して「盛年は、また走り始める・・♪」って口ずさんでいる。

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2015年7月25日 (土)

人の強さ

今日も30度を超えて、とびっきり暑くなった。

暑さは関係なく山を走るのが日課だから、水を十分持ってゆっくり走り始めていた。

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ところが7k程の折り返しを過ぎるとWさんが歩こうと言い出して、結局4k近くを歩いてしまった。

身体がえらいのは当たり前で気力で走っているのに、その気持ちが萎えるともう駄目だ。

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そもそも人間の強さと言うのは、精神的な部分が極めて大きい。

訓練や技術、更には伝統もさることながら、気持ちが弱くては勝負事は絶対に負けてしまう。

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勝とうと思ったら、「自分に絶対できる」って気迫(気持・自信)をいかに育てるかではないか。

いやなに、高校野球を観戦していても、その実力はみんなかなり拮抗している。

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でもそれを勝ち進んでいくチームは、やはり気力を育てたチームではなかろうかと思った。

何時の頃か「根拠なき自信」の大切さについて書いたことがある。

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見方を変えると「自尊感情」であって、「どうせ、俺なんて・・」って奴に幸運は巡って来ない。

それに「俺にだって、出来るんじゃないか」って思う気持ちが、人をして前に進ませるんだ。

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学歴に意味があるとすればその誇りとか自信だろうし、大学で学ぶことなんて高が知れている。

ともあれ、高校野球も含め勝負事は一瞬にして勝敗が決まってしまう。

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しかしどうだろうか、人生は自分の切れ味(自信や安心)を磨く過程ではなかろうか。

何度も何度も挫折して、その度に「何くそ」って起き上がって、そうやって生きてきた。

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そうなんだ・・・「もう、駄目だぁ・・・」って萎れてしまっては、それで終わりさ。

始めっから強靭な精神を持っている訳じゃない、自分で育てるのが自分の精神だ。

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そうだな・・、高校球児たちも含め、負けが自分たちを強靭に育てていくんだ。

私もノミの心臓しか無いちっぽけな男だけど、「痩せ蛙 負けるな一茶 これにあり」ってね。

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2015年7月24日 (金)

カントリー・ライフ

30代の頃、英国の農家にホームステイしたことがある。

農場の親父は広い牧場を管理していて、トラクターなど大型の機械が納屋に納まっていた。

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経営の中味を聴けなかったが「息子はロンドン住だから、いずれ農場は売る」と言っていた。

奥さんがB&Bの農家民宿を切り盛りしていて、結構楽しんでいる風情に見えた。

英国には丘はあっても山がなく、どこまでも大地の起伏に沿って農地が広がっている。

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その大地は大方が緑の牧草地なんだから、正に絵に描いたような景色が広がる。

モンスーンの日本との決定的な違いは、雑草の繁茂がないことだろうか。

そんな理由でかどうか、人生の後半を田舎で暮らすのが英国人のステイタスになっている。

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と言っても彼らが自ら農作業するのかどうか別にしても、

農場を取得するんだから相当な財力が必要な事は事実だ。

日本でも定年帰農がブームになったこともあるが、まぁ一つの人生の過ごし方ではある。

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しかし現実には雑草ばかり茂るし、英国の農村の様な訳にゃいかないだろう。

それに現実の農作業は中々大変だし、高温多湿な環境は害虫や病害の温床で決して楽しいことばかりではない。

ところで私の場合は、毎日がそのカントリーライフであって、所在に困るなんてことはない。

農場の企画・設計・労働は全て一人で切り回すのだから、仕事は無限にある。

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前代から受け継いで止む無くやっている面が無くもないが、その自然相手の生活を楽しんでいる。

何が楽しいって、毎日何がしかの収穫があるってことだ。

それにしても、英国の農村(ファーマー)と随分イメージが違うけど・・・・・。

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2015年7月23日 (木)

何とかなるさ!

歳をとるとたいてい、人は臆病になって、危ないことには手を出さないようになる。

それで関心ごとは貯金に年金、ローンの残りに保険・・・ってなことになる。

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もちろん普通に無難に暮らすってことは大切だし、それだけでも大変だ。

だけど私は、自分の人生の方がもっと大切だと感じている。

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生活なんてどうにでもなるし・・・安定よりも過激に生きてみたいって願望が強いんだ。

とは言え現実は小心で、毎日の出来事への対処に追われているのだが・・・。

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栽培しているブドウの収穫が早生から始まっていて、・・・・実は異常事態が出来している。

果物を好物にする輩は、キツネやハクビシン、そしてスズメと数多いが、今度は虫だ。

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糖度の増してきたシャインマスカットに襲来したのが、果物に集まるあの小さな虫だ。

家庭でもよく見られるあのちっさな虫がブドウの房を攻撃して、ブドウを破裂させ、

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その果実をみんな食べながら繁殖していくのである。

ドンドン増殖して、各ハウスのブドウを次々と襲っている。

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パニックなのだが今更農薬とてなく、一房ずつ食害顆粒を摘出して袋掛することにした。

今日は朝からその作業に没頭し、やっと一部屋(一品種)を終えたのである。

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そんな訳で、人生には次々と事件は起こるのである。

そんなこんな、何があろうと人生は続くんだから、なかなか無難に暮らせないんである。

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しかしながら、特に根拠がある訳じゃないが「何とか、なるだろう」って思っている。

税金も国保税も信じられないほど高いけど、最後にゃ何とかなるってね。

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ブドウが少しばかり不作でも、何とか生きていけるだろうって。

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2015年7月22日 (水)

熟年肯定派

昨日山を走り終わって車の位置まで戻ると、数人のチャリンコの人達が居た。

その中の一人と目があって・・・、それは私の住む集落の一人だった。

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とその人は、やおら私を「この人は、近所で奇人として有名な人で・・」と紹介したのである。

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どうやら年甲斐もなくあちこちの100kマラソンを走り回っている奇人として有名らしいのだ。

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人の年の取り方には色々あるらしく、多くは歳をとったことを嘆く人たちである。

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確かに若い時のように瞬発力や力強さには欠けるかも知れないが…・

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私は逆に「歳をとるって、それなりに面白いじゃん」って思っている。

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100kを完走できるんだから体力だって老いぼれてる訳じゃなし、

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社会的な意味での発言だってそれなりに重みを増している。

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世の中の知己だって、かつてないほど多くなっているだろう。

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子供のころ、学生のころ、職業人として過ごした時代、そして今日を比べてみても、

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喜怒哀楽はどの時代にもあったが、思うに今日のほうが自分の本当の人生を感じる。

英国の紳士並み(?)の農園があって、汗を流して作業し収穫を楽しむ場所がある。Img_1775

休日の度にどこかで仲間たちと楽しみ談笑できるステージがある。

ヘルマン・ヘッセが「人は、成熟するにつれて若くなる」って言っている様に、Img_1776

気持ちは年々若くなっているようにも感じるのだ。

人生は、スライドショーの映像のように四六時中輝いている必要はない。

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淡々と、ひたすら淡々と走って行って、時々美しい景色と出会うことが出来ればそれで良い。

人生を楽しむとは、そういうことだと・・・・やっと分かる年代になったと言うことか。

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評判の奇人で大いに結構だと思っている。

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2015年7月21日 (火)

性分

人には無くて七癖なんて言われるし、還暦を過ぎればもう癖を直すなんて思いも及ばない。

それに何時も自分中心(真ん中)で考えているから、その癖そのものに気が付かないんだ。

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そうして、かなり「俺は、これで良し」って気持ちで生きようとしている。

だから、こと改めて自分の性分を直そうなんて少しも考えてはいない。

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そして何時も思うのは「俺って、目立たないよな」ってこと。

否、そもそも目立つのが嫌いなんだ。

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確かにこの世には目立つ人間と目立たない人間の二種類が居て、私は明らかに前者だ。

目立つ人ってのは、何時も人の先頭に立っているし、発言力と言うか求心力がある。

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明朗闊達で人の気を引く言葉が途切れない人って居るよね。

そういう意味じゃ俺なんて、群れからこぼれ落ちないようにジッとついていくタイプかな。

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それも、できるだけ自分の気配を消してね。

ところで、このブログは既に3,300日余書き続けている。

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勝手気ままなことを書いてきたし、ご承知のように毎回多くの写真を掲載してきた。

文章を書いて開陳するってことは、とりもなおさず自分の胸中を見せることだ。

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それに問題は写真で、どんな写真を撮るかでその人の嗜好が明確に分かるんだそうだ。

してみると既に数万枚も貼付してきた私としては、もう真っ裸と言うことになる。

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思考(嗜好)も人柄も馬鹿さ加減も、さらに何を見ているのかさえ開陳してしまっているのだ。

まあ〜、多かれ少なかれブログってのは、そうしたものなんだろう。

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今更ジタバタしても始まらないから、とことんこのままで突き進むけどね。

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2015年7月20日 (月)

高校野球日和

肌がじりじりと焼けるような日差しの中、今日は高校野球の応援である。

山を走ってから、おっとり刀で浜松球場へ駆けつけたのだが、ここには駐車場が無い。

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周辺をぐるぐると探して、やっとのことでプレイボールに間に合うことができた。

今年は惜しくもシード校を逃したために、地元で戦う訳にいかないのである。

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ともあれ試合は、得点機に恵まれながらもその度にチャンスを潰して7回まで0:0のまま。

どうなることかとヤキモキしていると8回裏に2点を先取して、そのまま試合は終了となった。

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高校野球はその実力がかなり反映されるとは言え、結果は戦ってみなければ分からない。

何処まで勝ち上がってくれるか楽しみだが、その度にハラハラしなければならないのである。

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ところで、人間には「ここ一番」でうまくやる奴としくじる奴がいる。

今日の試合はなかなか流れに乗れなくって、結果的にしくじる奴が多かったが、

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2アウト2・3塁でバッターボックスに立った時、我がナインは十分に落ち着いていた。

しかし、たまたま打球が外野手の正面に飛んでしまっただけである。

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スポーツに限らず人生には様々なシチュエーションがあって、それぞれのここ一番がある。

私の場合は、幸か不幸かこれまで明確なここ一番・乾坤一擲なんて場面には遭遇しなかった。

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だけど衆人注視の中でアクションするなんてのは、胸がバクンバクンしっちまって駄目だな。

いやさ、必ず失敗するという確信がある。

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つまり私は、ここ一番でしくじる派なのである。

どうすればプレッシャーを乗り越えられるかだが、結局は練習に次ぐ練習しかない。

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人生における大舞台には、周到なる準備をして臨むにしかずである。

それにしても、オリンピックの選手などはみんな「うまくやる奴」の筈だけど、大変だよなぁ〜。

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2015年7月19日 (日)

サマーラン

果たして梅雨が明けたのかどうか、朝の霧雨が上がって俄かに熱暑になった。

なんのその、その暑さこそがサマーランの醍醐味である。

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弁天島のスタート地点に集まったのは、多くが顔見知りの34名である。

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ここから舘山寺までの12k余を走って、対岸の浜名コスタまで船で渡り、

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新居のゴールまで33.5kの浜名湖の半周を走るのが今日のコースである。

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気温は32度位まで上がって、・・実は暑い中を走ると日頃のランの成果が如実に表れる。

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力のある人たちはワイワイと語り合い、時には大きな笑い声を上げながらグイグイと進む。

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何とも羨ましい限りだが、こちらは体がどんどん重くなっていく。

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ということで・・、日頃鍛錬しているランナーから次第に置いていかれることになった。

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大変な汗をかいて、結果として後半の10kくらいを歩くことになってしまった。

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既にこの十数年、このコースは何度となく通った道筋だけど、

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こんなランの機会が無ければ知らなかった道筋だ。

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家々の佇まいや庭の花々を見ながら、何となくこの土地ならでは生活を感じている。

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浜名湖を渡る船の上はしばしの休息でもあって、何時も気持ちが楽になって会話も弾む。

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船上からカモメにやることを期待してワザワザ餌を買ってきた方もいたが、

何故かカモメは夏休み?とかで、結局はビールのつまみになってしまった。

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ともあれ船を降りてからの21kが長いのだが、途中でよっぴーさんが待っていてくれた。

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スイカや梅ジュースをたっぷりと戴いて元気を取り戻す。

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ともかくも、ゴールの宿にはやっとのこと14:30に到着した。

宿の前は海水浴場になっていて、例によってランパンのまま海に入ったのであった。

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全員がゴールすると例年通りの暑気払いの宴会である。

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而して今年も、大いに楽しみ汗をかいてサマーランが終わったのである。

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2015年7月18日 (土)

人身受け難し

何やら難しいが、三帰依文(仏教)の冒頭の一言である。

「この世に人間として生まれてくるのさえ難しいのに、私達は人として生を受けたのだ。

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だから私達は人として生きている今、この時に救われなくて、何時救われるというのか。」

と言う三法への帰依を説き、人生二度なしと教える象徴的な言葉である。

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人生に二度は無いのだから、悔いのないように生きたいが、さてどうするかと誰もが思う。

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それに「人として生をこの世に受けたことの真の意義」を自覚しろと言われても・・・・・。

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凡夫の私などに悟り得られる筈もなく、ただただ夢中で生きる他なかろうと思っている。

ともあれ今日は、「絶対不変の法則、森信三に学ぶ」と題したHさんのミッションなのである。

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集まったのはランナーが多く、顔見知りの12名である。

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とてものこと、人生を学ぶにしては少しばかりロートルかも知れないと思いつつ、

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最初にHさんの講和があって、「今日のキーは、これか」と思った。

人間は、陰のある人と味わいのある人の二種に類別できるようだ。

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人生の途上には様々な艱難辛苦が待ち受けている訳だが、これをどう乗り切ったかで分かれてしまう。

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物事を愚痴と他罰でいやいややらされる人は、まぁ人に嫌われる陰の人になる。

ところがその苦労を自ら(主体的に)乗り越えていく人には、自ずと味わいが生まれる。

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同じことをやっても、結果はまるで違うものに成るのである。

マラソンに例えれば、いやいや走って得られるものなんてありゃしないだろう。

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ところがゴールを目指すランナーは、今その時を生きているのである。

そんな話を伺った後、三々五々近回りを2時間近くランニングした。

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私達のグループは戦国夢街道(森町)の入り口付近まで行って帰って来た。

さてこそいつも思うのだが、人生に絶対なんてことは無い。

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況や「普遍的な人生の真の意義」なんて有る筈もないと思っている。

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あるとすれば、先祖父母に感謝しつつ自らの命を自分なりに燃焼し尽くすことだ。

でもまあ、楽しく人生を語る集いも、これはこれで趣がある。

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それに手作りの美味しいデザートも頂いたしね。

「これの世の ふたたびなしと いふことを 命に透り 知る人すくな」(森信三)

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2015年7月17日 (金)

寿命ってもの

還暦を過ぎてもう久しいんだが、若い頃には60歳なんてとんでもない老人に思えた。

ところが、その歳をとっくに過ぎたのに、還暦や古稀などという言葉がまるでピンと来ない。

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とにかく、殊更若ぶっているの訳でもないのに、

老人になったという感覚がまったくないのは如何したことだろうか?

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「人には、各々天寿と言うものありて・・・」と、昔の人は皆そう思って生きていた。

それも江戸時代以前の日本人は、人生50年と覚悟して生きていた節がある。

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織田信長は、今川義元との戦いの前夜に幸若舞の敦盛を舞って桶狭間へ出陣した。

その歌謡には「人生五十年。化天の下を比ぶれば、夢幻の如くなり。一度生を得て、滅せぬ者のあるべきか。」とある。

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信長の人生観と心境を感じさせるが、実際に彼が本能寺で生を終えたのも50歳だった。

ついでに、忠臣蔵のあの大石内蔵助が切腹したのは44歳に過ぎなかった。

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今日とは医療や栄養・衛生環境が格段に違うとしても、50年の生涯では流石に忙しい。

その忙しすぎる分、「人、死を憎めば、生を愛すべし〔徒然草〕」と、生を大切にしていた。

だがそうした昔の人達の、死を身近に意識した生き方は中々理解しにくくなっている。

だって病気になったり怪我をしても、病院に行きゃ何とかなるって、

死に結びつけて考えるなんてことはめったにないからね。

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そんなこんなで私も馬齢を重ね、やがて古稀になんなんとしているのである。

だけどなぁ~、年金と介護でだらだらと生きるより、

太く短く生きる方が余程人間らしいと思うのだが、その寿命を自らコントロール出来ないのが難しいところだ。

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望むらくはピンピンコロリでありたいし、三日も寝たらサヨナラとできたらと思っている。

その代わり、それまではあちこちを走り回って、自分自身のために今を生きようと思う。

人生の価値は長さでなく、その中味だろうから、数寄者で良かろうと思うのだ。

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2015年7月16日 (木)

自分の居所

「今、何をしているんですか?」と聞かれることが多くなった。

定年退職して後、人はどうやって自分の時間を充実させているのかと言うことに、

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多くの人が関心を持っているようである。

殆どの人々はどこかの組織に所属して、そこで活動することに人生の意義を見出してきた。

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その組織を通じて社会と繋がってきたんだけど、定年で社会が彼を必要としなくなった。

当人にとっては身の置き所に困る深刻な事態な訳で、それで「今、何を・・・」となるのだ。

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それで大学に通ったり、山歩きを始めたりとなるのだが、それも何か空しいと感じている。

それは社会と繋がっていないという空虚感なんだろうと思う。

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かつての肩書が無くなって、ただの一個の人間でしかないというのが不安でもある。

この私だって、持つ名刺が無くなって戸惑ったこともあったし、毎日サンデーも困りものだ。

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と言う訳で、自分なりに様々な自分の役割を作って来た。

毎朝街頭に立つのもブドウ栽培も、学校や自治会との関わりも、そしてランも楽しみだ。

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山に行けば仲間に合えるし、子供たちともみんな知り合いだし、ブドウは私を待っている。

どうやら迷惑がられているのは、我が山の神だけらしいが、まぁそれは気にしないことだ。

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ところで今日、市役所から「国民健康保険税納税通知書」が届いて、507,700円の請求である。

この保険税は年々増高してきたのだが、如何に何でも50万円超とは・・・・・

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一体全体どういう計算をすればそんな額になるのかと読んでみると、

加入者一人当たりの医療費は301千円になっているとかで、

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山の神と私で本来は602千円になる勘定だ。

それにしても、僅かな年金からこれだけの金子を天引きされるのは大変なことだ。

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社会的な繋がりも大切だけど、こういう繋がりもあって、高齢化社会ってのは大変さね。

まぁ、週末には懸命に走って憂さを晴らすしかないか。

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2015年7月15日 (水)

明日は明日の風

空がまぶしいほどに青く、ムシムシした暑さが続いている。

とは言え今年の季節の移ろいは、台風11号をやり過ごした後が夏本番なのである。

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その暑さを嘆きつつ・・そうやって季節の移ろいに体を同調させて日々が過ぎていく。

アレをやって、これを済ませて、それから・・・・と、忙しく体を動かしている。

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だがその割に躍動感が伴わないのは何故なのかと考えている。

何というか・・、正体の知れないけだるさとか無力感とでも言うべき感じかな。

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もっと大げさに言うと、人生そのものの寂寥感なのであろうか。

ところで徒然草の137段に「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。」とある。

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「何にしろ満開の桜や満月だけが見所ではない」と、絶頂期が全てではないと言う。

花も月も、いわんや人間だって盛衰があるのが必定だから、もっと全体を見ろってね。

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しかし、私にはその衰えが如何とも気に喰わないのである。

否、自らの衰えを自覚している訳ではなく、衰えたと観られることが気に喰わない。

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先日、少し年配の方と年齢の話になって、その方は何と80歳と見られたと嘆いていた。

いずれにしても人間は見掛けではなく、それに人によって随分な差があるのも事実だ。

なかんずく私なぞは、この期に及んでも「紅顔の盛年」と確信して疑わないのである。

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仮に、階前ノ梧葉 既ニ秋声 だとしてもである。

いささか自嘲的雰囲気があるが、唐末の詩人羅隠の「自遣」を書き写してみよう。

 得即高歌失即休 〔得意なれば即ち高歌し 失意なれば即ち休む〕

 多愁多恨亦悠々 〔多愁多恨 亦た悠々〕

 今朝有酒今朝酔 〔今朝 酒あらば 今朝 酔わん〕

 明日愁来明日愁 〔明日 愁い来たらば 明日 愁えん〕

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2015年7月14日 (火)

秩序は誰のもの

毎朝、旗をもって街頭に立つようになってから、もう7年目を迎えている。

この間、「旗振りのオジサン」への一定の配慮を得てきたが、時として理不尽なドライバーに遭遇する。

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横断歩道で停車した車を迂回して走り去る輩や、「邪魔だ!」などと罵声を飛ばす輩だ。

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いかに勝手放題の世の中とは言え、幼い子供たちの命に係わることなのである。

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中東を拠点に残虐なテロ活動を続けるISIL(アイシル)も、そんな無法者の集団だろうか。

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しかしその無法者が国を名乗るほどの力を持って、テロを世界中に広げつつある。

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ロンドンやカイロなどで起こった爆弾テロが、或はオームの様な狂気が起こらないとは限らない。

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何処で、何時、何が起こっても不思議ではない時代に私たちは生きているのだ。

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衆議院での安保法制議論が最終版を迎えているが、

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あれも基本は秩序は誰のものかと言うことではなかろうか。

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世界の警察官が居なくなれば、自分の国は自分で守る他ないのである。

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ともあれ日本の警察制度は、明治の初めに川路利良がフランスに学んで導入したものだ。

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そして今日も、こ国の警察が私達の生活の基盤になっていることは間違いない。

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実際問題、権力は私たちの生活を圧迫するものとの意識が強いし、

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(特に弱みが無くっても)警察とは出来れば関わりたくないのが市民の本音だろうか。

しかしもし警察が無かったら、私達の日々の生活は、まったく別なものに成らざるを得ないだろうと思う。

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実は今日は、県警の総合警部訓練を視察してきたのである。

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会場の駿府公園には700名余の機動部隊が集結していて、各種の警備体制を披露する。

もちろん県公安委員長ほか多くが見守る中、汗だくでの部隊行動・訓練である。

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暴徒の規制や不法デモの誘導、要人警護などと、来年5月のサミットを意識した様々な警備の姿が展開された。

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この時代、様々な主張があるし、時として悪戯な暴発だってあるある訳で、

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警備だって突き詰めていけば際限もなくなっていく。

爆弾テロや毒ガスなどと、特殊な事態にも対処しなければならないのである。

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そういう意味では、訓練もどんどん進化しなければ対処できないのだろう。

ともかく、私にとっては非日常的ではあるが、貴重な体験をさせて戴いた。

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警察が好きになったとは言えないが、その重要性を改めて考えたのである。

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2015年7月13日 (月)

名古屋と言えば・・

名古屋と言えば、やはり金の鯱ほこのお城だろう。

他にトヨタ博物館や桶狭間等が思い浮かぶが、徳川園のついでにはお城を訪ねる事にした。

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はるか昔〔中学生の頃?〕に来たことがあるはずだが、まったく記憶が残っていない。

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ともあれ名古屋城は、関が原の戦いに勝利した家康が豊臣勢力への備えに築いた城。

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しかもその築城は、加藤清正や福島正則らの西国20大名に普請をさせたんだから、

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反徳川勢力の財力を消耗させつつ戦略拠点を築かせた訳で、正に一石二鳥の策だ。

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城は慶長17〔1612〕年に完成を見て、家康の9男義直が尾張初代藩主になるのだが、

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城のシンボルとなった金のシャチには慶長大判1940枚が張られていたという。

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さてその城は昭和5年以来国宝とされていたが昭和20年の空襲で焼失し、

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現在の天守は昭和34年に再建されたものである。

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とは言え、地階から7階まで歴史博物館になっていて、往時を偲ぶには十分な規模だ。

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その天守閣の真下に、なにやら真新しい御殿が作られつつある。

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かつて尾張藩主の住まい〔1615~〕だった御殿を、150億円を投じて再建中で一部公開されている。

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実はこの御殿については、文献や古写真を含め多くの資料が残っていて、

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それを忠実に再現すべく工事を進めているんだとか。

その完成は平成30年とのことだが、木曽の総ヒノキで作られた御殿は金箔がまばゆく、

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襖絵には虎やジャコウネコの障壁画が描かれて、いかにも圧倒されてしまう。

仮に往時の藩主になってここで起居しろと言われたら、・・・とてものこと逃げ出すだろうな。

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第一、金箔はけっして目に優しい代物ではあるまい。

明治になって19代藩主がマレー半島に虎刈りに行ったらしいが、こんな襖絵の影響だったのかも知れない。

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・・・果たして、虎を捕獲できたのかどうか???

名古屋のお城も今また楽しい。

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2015年7月12日 (日)

石巻登山マラソンへ

今週は豊橋の石巻山登山マラソンで、たっぷりと汗をかいてきました。

梅雨の中休みで一気に気温が上がって、それに湿度は100%と石巻大会らしい夏になった。

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この大会では石巻山の登り下りを1.5往復する訳だが、その度に何度か仲間とすれ違う。

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それで「あぁ、彼女は今年は調子が良いなぁ〜」とか、

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「おっ、彼はどうしたのかな?」などと、みんなの顔が見えるんだ。

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そしてすれ違う度にお互いに声を掛け合う野たけれど、これもこの大会の特徴だ。

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そんな40名余の皆さんの顔を見ながら、自分自身はかなり疲れたって感想かな。

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20k余りを1時間58分で終えたが、5回目の参加で年々のペースダウンは仕方ないか。

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走り終えて、例年のごとく山頂を目指して20分余の急登をしたんだが、これも大変だった。

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石巻山は戦国期の砦跡で、その山頂部分は石灰岩の露頭する岩場になっている。

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濡れた岩はつるつる滑るし、疲れた足は時としてバランスを崩して、やっとのことでの登頂だった。

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ともあれこの大会のランニングは、前哨戦に過ぎない。

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ゆっくりと風呂につかった後は、例によって3時間にも及ぶ宴会なのである。

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そして一人一人のトークの後、手品やら詩吟など隠し芸が続いて、意外な展開になるのだ。

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またまだ日は高いし、眼下には豊橋の市街が一望に見渡せる。

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汗をかいてみんなでそれそれに楽しんで、誠に申し訳ないような大会なんである。

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とは言え、私は風呂上がりの一杯でついついうつらうつら、眠り込んでしまった。

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それにしても、同好の士が各地から集まって、交歓出来るんだから嬉しい。

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而して、今日も何人かの生き様を教えていただいた。

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やはり人はそれぞれに素晴らしいものを持っていて、触れ合えるだけで有難い。

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私も負けない様に、あれこれ頑張らんとなぁ〜。

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2015年7月11日 (土)

徳川園

今年は、徳川家康公没後400年なんだそうである。

更には明治になってから147年、大正・昭和と来て平成も既に27年になる。

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・・・遥か昔の江戸時代と思うのだが、よくよく考えればついこの間の話なんである。

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実は今日は、名古屋市の徳川園に行ってきた。

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園内にしゃれたレストランがあって、そこのチケット消化のついでではあったが、

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尾張徳川家の隆盛とその後を少しばかり感じてきたのである。

徳川園は尾張藩二代藩主光友の隠居所として造営された所で、

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何と当時は44haもあったらしい。

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昭和6年に19代当主から名古屋市に寄進され、公園として公開されて今日に至っている。

現在の徳川園は、かつての尾張藩領を偲ぶ造りが随所にあって、

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江戸下屋敷(現早稲田大学)から石組みを移設したりと、なかなか嗜好を凝らしている。

「虎仙橋」とか「虎の尾」などと虎が多いのは、マレー半島で虎狩をした19代に因む由。

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園の中程を木曽川に擬した川が流れていて、最後は海に見立てた龍仙湖に注いでいる。

園内の植生も歴代藩主の嗜好に合わせ牡丹や菖蒲が多く植わっている。

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ところで初代藩主義直公は、数多い家康の子供の中で最も可愛がられたという。

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秀忠と対立した駿河藩主などと比べれば、随分と分をわきまえた人だったのだろう。

何れにしても藩祖のカラーは引き継がれて、江戸と並ぶ経済圏をつくり得たのである。

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そして今日の名古屋市は、思っている以上に巨大な都市になっている。

それで市のほぼ中心部にあるこの徳川園へのアプローチにまごまごしてしまった。

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因みに現代の園長は、二十何代めの尾張徳川家当主なんだそうである。

花の時期にでも、再訪してみようかと・・・そんな気になった。

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2015年7月10日 (金)

しばらく楽しぶ

徒然草の75段に、人生を楽しむ極意について次のように書かれている。

「縁を離れて身を閑かにし、事にあづからずして心を安くせんこそ、しばらく楽しぶとも言ひつべけれ。・・・」と。要は・・・

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「世間の諸々の事とは縁を断って、自分のやりたい事をやれば良いんだ」と言っている。

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女房殿に言わせると「何よ、今更。毎日、好きな事してるでしょ・・」となるのだが。

果たして人生を謳歌しているかは別として、明らかに女房に貢献していることがある。

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それは葡萄を始めとして、春夏秋冬それぞれの野菜を作り、

うやうやしく山の神様に献納していることだ。

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収穫物は全て山の神の処分する処となり、私には何分の見返りもないが止むを得ない。

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ひたすら育てるのが面白いのであって、その醍醐味をこそ謳歌している。

先日は畑を耕して堆肥を施し大豆を播いたのだが、いっこうに芽生えてこない。

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それで種が悪いのかと掘り返して見ると、一粒の大豆〔種豆〕もなくなっていた。

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うっかり網を掛け忘れていて、全て鳩の餌と化していたのである。

まぁ~そんな失敗は数々あるが、おおむね立派な稔りに結びついている。

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それに人間よりも植物のほうが正直だって事も、育て甲斐に繋がっているのである。

当たり前だが、植物は芽を出し根を伸ばして、葉を広げて花を咲かせ実を成らせる。

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実は私達の顔にも、植物と同じ呼名の器官が揃っている。

それは芽〔目〕であり根〔骨〕、葉〔歯〕であり花〔鼻〕、そして実〔身〕だ。

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中でも根が肝心で、根張りが良ければ概ね成長はスムーズである。

私達の骨は秀根〔オネ〕ともされていて、苦労をすることを「骨を折る」と言うし、

怠けることを「骨惜しみ」、この雨で仕事を休止して「骨休め」するとも言う。

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余談になったが、いずれにしても「楽しぶ」とは精一杯身体を動かすことだ。

「苦あれば楽あり」ってね。

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2015年7月 9日 (木)

生きてるからには

90歳を迎えようとしているお袋が実に律義で、日記も書き続けているし汚いのが嫌いだ。

それで屋敷内の雑草除去はもとより、葡萄ハウスの中まで掃いてスカッとしてくれる。

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毎日自分の出来ることを探していて、外出がちな私にとっては誠にありがたい存在だ。

昔の女は働きっぱなしで・・と言われるように、身を粉にして一日中くるくると働いてきた。

「生きてるからにゃ、出来ることをやらなきゃ・・・」ってね。

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そんな適当な運動を続ける習慣が、若さを維持しているのだと思う。

ところで戦後の経済成長は、私達を肉体労働から解放することを追及してきた。

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さほど努力や苦労をしなくっても「楽」が手に入るって事、それが進歩だと考えてきたんだ。

それで近頃じゃ「楽に痩せられる」とか「「楽に覚えられる」などと、そんな風潮も目立つ。

勉学でも仕事でも、幾ばくの努力もせずに安易に実に付くものなど無いのだが、

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とかく安易を求める世相が人間〔特に子供たち〕を駄目にしているんじゃないかと思う。

野球でもサッカーでも、それなりの選手になるには血の滲むような訓練と努力が必要だ。

そうして、その努力の積み重ねは、自分の自信となってその人を美しくする。

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この春プロ入りした青年が「野球が、ぐれかけていた自分を救ってくれた。」と言ってたが、

人間は何事にも熱中し、努力と工夫を続けてこそ、その胆力を養うことが出来るんだ。

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・・・ってなことを考えながら、「走っていて、良かったなぁ~」とつくづく思う。

「艱難なんじを玉にす」って・・・、玉には程遠くともガラス玉位にゃならんとね。

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要するに人間は始めっから一人前である訳がなく、自分の品格は自分で創るんだ。

努力もしない不平不満〔他罰〕の徒は、蝶にならずに毛虫のまま過ごすようなもんで、

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怠け者のままで生涯を終えるだけだろう。

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2015年7月 8日 (水)

近所

政治も経済も交通・情報もすべからくグローバルになって、世界が言うならば狭くなった。

しかしながら、お隣の中国や韓国とは必ずしもしっくりといっていない。

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もともと近接している間柄には、領土問題の様にとかく利害相克があるのが当たり前だ。

歴史問題のような建前を前提にすれば、一向に親善などは進まないことになる。

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これを突き崩すには、人と人の密接な交流より他はないだろう。

私の関係する学校では、台湾の正徳高級学校と39年来の親善交流をしていて、

毎年、相互に生徒達が訪問したり来訪したりしている。Img_1618

それで今日は、日本語研修を主目的に来訪した24人の歓迎会があった。

彼女らは今日から約一ヶ月間、研修会館や生徒宅にホームスティして学ぶのである。

そして勿論、18日から始まる高校野球の県大会の応援にも行ってくれることになっている。Img_1619

それはさておき、私達の日常生活における近所づきあいは、年々遠くなっているようだ。

ふた昔程前の味噌醤油を融通しあった頃は別にしても、

近年では日頃の付き合いも心理的距離も随分と遠くなっているように感じる。Img_1621

いやいや家族の内でだってプライバシーが必要以上に強調されて、

「お茶の間」すらなくなって、群れること(家族団欒)なんて絶えて久しい。

それぞれの都合が優先されて、共に活動〔汗を流す〕することが無いのである。Img_1623

イザ災害となれば「近助」が最も大切なんだろうが、何故か近隣忌避が続いている。

殊更「領土問題」がある訳でもなかろうが、昔と違って生活基盤を共有していないのだ。

仕事も友人も、その社会的活動のほとんどが自分の住処とは関係ないのである。

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だけど「ふるさと」とは、本当はその地域の人間関係なんじゃないか。

そういう意味で、今日の私達はふるさとを喪失してしまっているのではないか。

近所は終の棲家なのにねぇ~。

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2015年7月 7日 (火)

有限だからこそ

外は雨で・・・・・、雨、雨、雨続きの毎日である。

それでも今朝は、今年初めてのブドウ(デラウエア)を収穫した。

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雨続きで酸の抜けが遅れていたが、収穫の朝という私の例年の夏が始まるのである。

デラが終わればサマーブラック・・・最後はピオーネと、8月中旬まで続く収穫作業だ。

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来年こそはもっと良いブドウをと念じつつの毎年だが、後何年続けられるだろうか。

・・・・と、既にそんなことを考える年代になっている。

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ところで命が有限だってことを、知っていて生きているのは人間だけらしい。

だけどそれを深刻に考えると、とてもじゃないが毎日毎日を生きてはいけない。

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それでそのことは棚上げして、自分は永遠に生きると思って安心して生活している。

この国では65歳を過ぎると「老人」のカテゴリーに入るが、老化なんてのは一律ではない。

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90歳を過ぎても矍鑠とした人もいる訳で、誠に不当な定義だと思っている。

聞くところによると性的能力だって、70歳を超えてなお「連投」している人もいるんだとか。

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それにしても寿命はドンドン伸びて、特に戦後は優に15年は伸びている。

15年は過ぎてしまえば短いが、30歳〜45歳の間を考えてみれば相当に中身がある。

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結婚して子供ができて、家を作って仕事をしてと、かなりの波乱もドラマもあっただろう。

その15年の寿命が、酸いも辛いも噛分けた熟年期に与えられているんだ。

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カテゴリーが老人だからって、この素晴らしい15年余を無為に過ごして何とする。

自分も世の中もかなり客観的に眺めることができて、かなりの自由も手にしている。

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或はこの時期は、人生における最も充実した黄金期なのかも知れない。

たわわに稔ったブドウの房を眺め渡しながら、どれから収穫しようかと選択している。

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人生だって、同じさね。

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2015年7月 6日 (月)

今、生きてる?

自分自身が時の流れと共に移ろっているから、普段は自分の内に時の流れは感じない。

ところが身の回りの変化に触発されて、時間の経過に言い知れぬ感慨を抱くことがある。

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それは身近な人が亡くなって・・・そうだな、親戚の葬儀の場などでも時の隔世を感じる。

先日は集落の昔からの庚申の宴があって、いつも私は若造の部類だと思っていた。

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それが改めて回りを見渡すと、それぞれ代替わりしていて自分が既に長老になっている。

その自分の位置に気付いた途端、「あぁ人は、誰もが浦島太郎を経験するんだ」と思った。

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その気付きのきっかけが、いわゆる玉手箱だね。

人は誰もが夢中で生きているんだが、その夢中が「竜宮場での日々」ってことになる。

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「浦島も玉手箱を開けなきゃ良かったのに・・」と思うのは、それは人生の摂理にあわない。

ボケない限り、誰もが玉手箱を開けざるを得なくなって、そうやって歳を取っていくのだ。

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この点、子供たちや青年期の人達には、玉手箱の存在そのものが見えていない。

そうして自分は無限に若く、限りなく生きるって信じている。

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それで人生の終点が視界に入るかって頃になって、限りある人生を実感するのである。

実は昨日の160kランを思っている。

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雨の中の睡魔と疲れ、フヤケて血の滲む足を引き摺りながら走り通した12名の思いだ。

もうみんなボロボロで、歩くのも大変な人たちばかりだった。

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そこには自分自身に目標を課して、そいつを完遂することに全力を傾けた男達がいた。

体は右へ左に揺れていたけれど、どの顔も凄烈で「生きてる!!」って顔をしていた。

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思うに私たち一人ひとりの竜宮城も、亀の背に乗る決意をしなければ行かれない。

砂浜で遊んでいても一生だが、それはひょっとすると夢を見ている様なものかも知れない。

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折角の人生には、やはり一種の「敢為」こそが必要なんだと改めて思った次第だ。

そして「花は盛りに、月は隈なきのみ見るものかわ〔徒然草〕」で、熟してこその美しさがあるってね。

今、生きてるって感じられる瞬間をどれ程持てるだろうか。

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2015年7月 5日 (日)

巨大合併市を走る

早朝、東海道線で新所原へ出て、そこから天浜線で三ケ日へ、仲間のランナーを待った。

今日の仲間たちは、昨日午前10時に水窪をスタートして160kを走る皆さんだ

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平成16年の大合併で水窪町、佐久間町、春野町、龍山村、天竜市、浜北市、引佐町、

細江町、三ヶ日町、舞阪町、雄踏町が浜松市に合併して、今日の大浜松市が誕生した。

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その市域は岐阜県の高山市に次ぐ広さで、山間部から都市まで多様な姿をしている。

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そういう意味では、広域合併の真価を問われても不思議でない地勢をしている。

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その広域合併から10年になるのだが、果たしてその結果は必ずしも報われてはいない。

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ランナーはそうした地域の在り様を眺めながら、合併した町を縫うようにして走る。

私の待ち受けた三ヶ日までは既に120k近くを走って来ていて、不眠と雨もあって、

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どなたも相当なダメージを受けていて、中には歩くのもやっとと思われる人もいた。

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それでも励ましあって(浜名湖を渡る)瀬戸の渡船場に着くと、

船の出るまで僅かの時間なんだが、うつらうつらと眠っている人が多かった。

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それでも船が着くと足を引きずりながら、元気に(乗船中は休める)船に乗り込んだのである。

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それに比べると、私は「使用前」で申訳ない位に元気である。

大阪からのお二人(Tさん、Kさん)を励ましながらの前進となった。

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それにしても、100k超走ってきているのにかなりの走力を残していて、

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自分と比較しながら人間の限界は何処までなんだ…などと感心させられてしまった。

鷲津では期せずして脇本陣に立ち寄って、江戸期の屋敷の奥域の深さに驚いたり、

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旧東海道の並木を楽しんだりのランになった。

だが楽しんだのは私であって、お二人の心境は一刻も早くゴールに辿り着きたい一心だったかも知れない。

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ともかく約束の蓮尺の地下道は16:45には到着して、揃って数百メートル先のゴール浜松市役所に向かうことができた。

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昨日水窪をスタートする時には29人だったランナーも次々と力尽きて、最後まで走り切ったのは12名程だった。

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巨大な浜松市を一筆書きした訳だが、合併は単なる行政区域の一元化ではなかった。

結果的に地域の主体性を失わせる結果になっていて、行政のかじ取りも難しくなっている。

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市域の隅から隅まで見渡してみるってなことも、是非とも必要なことだよね。

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2015年7月 4日 (土)

ジュビロJ1に向けて

勝負の世界だから栄枯盛衰・生者必滅は世の習いと言うべきか。

とは言え、J1で覇を競っていたジュビロのアッと言う間の凋落には驚いた。

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J2に降格した昨年は、直ちにJ1昇格復帰するものと誰もが思っていた。

しかし、地域挙げての応援でスタジアムに足を運んでも掛け声ばかりで、

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キックオフから5分で「こりゃ、駄目だ」って、負けが見えたりした。

しかし今年は2位をキープしつつ一位のお宮さんを伺う位置に居る訳で状況は一変している。

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それで今日は、雨の中にも関わらずスタジアムに応援に出かけたという次第である。

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対戦相手はロアッソ熊本で20位のチームだから、今日は快勝してくれるだろうとの目論見で、

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チケットはフリーゾーンながら、あのサポーターの群れている真ん中に陣取ったのである。

くまモンも駆けつけて愛嬌を振りまいていたが、今日は楽勝と余裕をもっての観戦である。

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と言っても、試合の始まる前から立って応援のしっぱなしで、ジャンプしたり、

手を振ったりタオルを振り回したり、手拍子したり歌を歌ったりと忙しい。

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手拍子に至って応援する選手ごとにリズムが変えられていて、若い人達に合わせるのに汗だく。

ヘロヘロしていれば、試合の進行を忘れるくらいなのである。

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それで前半に順調に得点があって、以降チャンスは無数にあるのだが追加得点がない。

1-0のまま後半も終盤の38分、何だか分からないうちにアロッソの得点が入ってしまった。

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サッカーとは思いのままにならないもので、圧倒的にポールを支配していたのに、

終わってみれば1-1の引き分けで、またもお宮さんに水をあけられてしまった。

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あ〜あ、雨の中たっぷりと90分立ちっぱなしで応援したのに、もうぐったりである。

90分と言えば、ハーフマラソンを走った位になるな〜。

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2015年7月 3日 (金)

歳相応

かつて子供の頃には、還暦なんておよそ遠い遠いかなたの未来だった。

さらに古稀なんてのは、自分には縁のない霧の中の言葉だったと思う。

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それが何と数年後に迫っているという事実に、その実感のない現実に戸惑ってしまう。

そりゃあ多少ペースダウンしているとは言え、若い頃と同様に階段は2段ずつ上下するし、

畑仕事をしながらあちこちのウルトラを走り、時には山にだって登る。

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昨日は車の車検でディーラーに出掛けたんだが、「代車は要らない」と言うと、

不思議な顔をして「どうして帰るのか?」と・・、自分の足で走って帰るに決まってるでしょ。

そんな具合で、基本的に若い頃と何にも変わっちゃいないんだ。

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それにウルトラや山で周りを見渡せば、どこでも同年輩と思しき人たちが多いのも事実だ。

だから一体全体、古稀前後の「歳相応」とは何なのかと考えた次第である。

考えてみれば、古稀とは古来稀な歳なんだから、一昔前の70歳は長命だった。

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ところが今日、同年代はかなり厚い層を成していて、とてものこと老人会にも入れない。

つまりは戸籍年齢の7~8割が体感年齢と言うべきなんだろう。

とは言え、このところ「めんどくさい」と思うことが多くなって、特に片付けが後回しになる。

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常々「無駄なものは捨てて・・・」と思いながらも、中々手が付かないのである。

あの世では不要なものばかりだと思うのだが、歳不相応に未練があるんだろうか。

それはさておき、無限に生きる訳にいかないとすれば、

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残された時間は、より活発に生きるべきではなかろうか。

古稀前後と言うのは、そういう意味で思う存分動き回るのが歳相応なんだろう。

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それに骨身を惜しまない精神こそが、老化を忌避するコツでもある。

暫く出かけていない山にも、今年は挑戦しようかと思っている。

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2015年7月 2日 (木)

親と子

相変わらず梅雨真っ盛りだが、今朝は幼保園からの来客があった。

七夕祭りが近づいて、その為の笹竹が欲しいと言うことで簡単に承知したのだが、

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何せ新設の統合幼保園でクラスが多くって、20本もの大きな新竹が必要だと言う。

と言う訳で雨の中を竹藪に入って準備したんだが、この梅雨時に天の川など見えやしない。

そう言やぁ七夕は中国から伝わったもので、何も日本の季節に合っているはずもない。

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しかしながら、直ぐに萎れてしまう竹だって、この梅雨時ならばこそ少しは長持ちする。

それにしても、一時の歳時に重きを置く家庭は少なくなった。

子供の頃、我が家ではお袋のリードで七夕飾りを準備した。

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里芋の葉の上の水滴を集めて硯を擦り、短冊に何かと書き付けたのである。

歳時にこだわり、天恵の水にこだわり、字が上手くなるのを祈念したんだが・・・・・、

結局字は悪筆のままだったけど、母親の子供を思う心は心底に残されることになった。

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その家庭での七夕も近頃では廃れ、単なる季節の行事になってしまった。

ともあれつらつら思うに、親と子はそんな神秘な世界への入り口から始まるのではないか。

買い与えたり偏愛したりすることで出来ることは限られていて、どこかで破局が訪れる。

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本当は親と子の関係は、断ち切れないが故に人間関係で一番難しいのかもしれない。

かつては、子供は父の背中を見て育つと言われたが、今じゃ見せる背中などありゃしない。

私の頃にゃ、朝暗いうちから田圃に出て額に汗して働く両親を見て育ったが、

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今時、親の働く姿を見て育つ子供なんて、居るのかしらん?

まぁ、父の背中なんてのは死語になっていて、辛うじて母親の愛だが・・・・・?

子供をつくらない夫婦の気持ちも分かる様な、分からない様な時代である。

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2015年7月 1日 (水)

男の面構え

夜が明けても厚い雲に覆われていて、昨夜から随分な量の雨が降っている。

嬉しそうなのは水田の稲くらいのもので、子供達にとっては雨もやはり一つの試練だ。

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喧嘩をしたり、泣いたり笑ったりしながら、次第に一人前の面構えを作っていくのだ。

その一人ひとりの顔を覗き込むと、幼い顔に混じって時々大人びた顔があったりする。

私達の顔立ちも、その育つ環境〔家庭や経済〕によって少しずつ違っていくのだろう。

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・・・ってな事を思いつつ、「今時の男達は中々老けないなぁ~」と改めて思った。

私の子供の頃には、60過ぎの男は押並べて大老人に見えたものである。

だが、栄養状態のお陰か今はそんな老人がとんと見当たらない。

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それに服装が格段に良くなって、爺むさい格好が見られなくなったことも大きい。

それは誠に結構なことだが、その一方で中年が童顔で不甲斐なく見える。

かつての様なギラギラとした、男盛りの隆々とした面構えも見られなくなったと思う。

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そもそも人間の風貌は、自らの努力と感性・才覚で築き〔研き〕上げるものだ。

勿論その努力の中には責任とか誇り、我慢なんて要素が含まれるだろうが、

それが甘くなって、まったりとした顔が目立つのではないか。

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大体において組織の中で責任を持たされるのが遅くなっているし、

他罰・勝手放題主義で、不平不満で過ごしている人間が増えた事も関係しているな。

自分が馬齢を重ねたためか、要するに男盛りの年頃の人間が未熟に見えるのだ。

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ともあれ、これが女性の場合には夜目遠目傘の内なんて言葉の通り、

歳を重ねても遠めに見る限り、小洒落て美しく見えるような気がする。

遠目であれ何であれ、面構えはその人の人生を浮き彫りにしてみせる。

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その傘の内の子供たちは、今朝も生き生きとして学校への道を急いでいた。

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