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2016年4月 7日 (木)

六十有五にして

あの儒教の祖である孔子の言葉に「吾、十有五にして学に志す」との表現がある。

「志学」の扁額が掲げてある学校もあって、学びを極めようとする人の合言葉でもある。

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紀元前の事だが、孔子様は15歳頃から読み書きそろばんを志したというのではない。

その頃から天下国家を愁い、自らの人生と治世の為の努力を始めたと言っているのだ。

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しかして、私の15歳の頃を振り返ると右も左も分からずに、何の疑問も持たずにいた。

教師の示す枠内で、ひたすら落第を避けるための努力しかしていなかったと思う。

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そうして人生如何を考える様になったのは、畢竟このブログを書き始めた頃からだろう。

そして孔子の論語の語句に触れる度に、老いてなお自分の浅学菲才を思うことになる。

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とは言え、人生には経験して初めて分かることが無尽にある。

而して六十有五にしてやっと「あぁ、人生とはおおよそこんなもんだろう」の境地なんだ。

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ところで今日は、関係する学校の入学式で346名の新入生を迎え入れた。

孔子の言う十有五歳の多感な若者達であり、彼らの人生は正にこれから始まるのだ。

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新しい学校で学ぶべきことは、日常の勉学はもとより自分の自信を育てることだろう。

根拠がなくても「自分にも出来る」と言う、その自分の心を育てることで前に進める。

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それにはやっぱり自分の長所・得意を見つけて、それをコツコツと磨き続けることだ。

そしてその長所は、笑顔だって優しさだって、スポーツや得意な科目だっていい。

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汗をかき時には苦しみながらも、その自分を育てる努力がきっと将来の役に立つ筈だ。

そうだな・・、その十有五の若さが少しだけ「自分の人生」を考えるようになれば、

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彼らの未来はもっと大きく新たな展開を見せるだろう。

ともあれ、何事にも積極的に取り組んで経験を積むことだ。

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それにしても、若さって奴は危なっかしいけど、素晴らしい可能性を秘めている。

彼らの、新たな羽ばたきと出発を心より祝福したい。

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