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2016年5月25日 (水)

老年の贅沢

もう古稀に近い年齢だから、世間一般の年齢からすれば高齢者の範疇に入るだろう。

しかし、幸い私は老人ではない。

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老人とは、歳をとって何もする事のない状態を指すのだからである。

農作業やランニングを含め、毎日をそれこそ忙しく過ごしているんだから当然だろう。

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それに折々には、仲間とともにウルトラマラソンに全国(国外へも)各地へ遠征している。

多くの仲間に恵まれて楽しくも苦しい機会を重ねられるんだから、これは贅沢の極みだ。

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贅沢とは分に過ぎた奢りであって、他人が真似できない事をやるって要素が多分にある。

UMはまさに分に過ぎた行為で、2~30代の若者だって容易に完走できるもんじゃない。

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それをこの三十年足腰を鍛え続け、今日に至っても完走を目指すことができるんだから、

自惚れも含めて、他人に誇れる贅沢と言うべきではないか。

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それに他に贅沢をしたくても既に欲しい物とてなく、蓄財の意欲もとっくに失せているし、

旨い物を食べるったって肉や魚はもう結構であって、自分の育てた野菜が一番美味しい。

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まぁ~欲しいとすれば、いくら走っても疲れないランシューがあれば是非欲しいが・・・。

そもそも人間は「立って半畳、寝て一畳、いくら食っても二合半」なのであって、

着飾ったり飽食をしてみたところで、所詮知れているのである。

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それよりもエイドステーションで呑む一杯の水、完走の後の一杯のビールの方が甘露だ。

そう言えば、先日のUMで仲間が途中で差し入れてくれた冷たい甘酒は旨かった。

そう・・・、それに走る仲間との交流から得られる元気も何よりだ。そして

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改めて今やってみたい贅沢は何かと自分に問うてみても、これに勝るものはない。

翻って、世間一般では無用な贅沢を求めて動き、老人は病院通いに明け暮れている。

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そんな世間を尻目に、渡世のしがらみを忘れて100k先を目指せるんだから素晴らしい。

いずれにしても、今をこそ生きれば良いのであって、それには健康が一番だ。

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