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2016年5月26日 (木)

井伊家の千年

徳川四天王と呼ばれた赤備えの井伊直正、そして幕末の井伊直弼の出た井伊家である。

浜松市の北部、山間に水田が広がる井伊谷がもともとの本拠地で類題続いてきた。

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初代は平安中期の共保で、井伊谷の田の中にある井戸から生まれたとされ、

その井戸の「井」が井伊家の象徴(旗印は井桁)となっている。

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さて今日は、その共保公出生の井戸のすぐ北側にある龍潭寺を訪ねたのだが、寺は

来年のNHK大河ドラマの主人公が井伊直虎とあって、多くの観光客で賑わっていた。

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直虎とは一体誰なのか、とかく「女」が強調されているが果たしてと言う関心である。

井伊氏がこの地に勢力を張って400年、時代は戦国となって勢力争いがこの地にも及ぶ。

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この浜松地域は家康ともども今川義元の勢力下にあって、それが苦難の始まりになる。

永禄三年(1560)の桶狭間の戦いで多くの家臣と当主井伊直盛が戦死してしまう。

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直盛の後を継いだ息子の直親も、今川家に謀反の疑いで誅殺され、幼児(直政)が残る。

この井伊家の危機に際して登場したのが、桶狭間で戦死した直盛の一人娘(直虎)だ。

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幼い直政の後見人として実に様々な困難に立ち向かい、直政を家康に仕えさせる。

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結果として徳川の盛運と共に、後の彦根藩主の井伊家へと繋がってゆく次第だ。

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戦国の非情な時代の波に翻弄され、その波間で気丈に生き抜く一人の女と井伊家がテーマのようだ。

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断絶しかけた井伊家を直政の養母として支え、家康の小姓(万千代)としたことから運が開ける。

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ともかく井伊家は、初代共保から直弼まで1000年も続くんだから大変なものだ。

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コメント

私は井伊谷で生まれて、小学6年まで過ごしたので懐かしいです。父親が務めるセメント工場があり、城山のふもとにある社宅に住んでいたんです。

投稿: ララ無理 | 2016年5月27日 (金) 11時33分

 そうですか、ララ無理さんは井伊谷の生まれだったんですか。引佐の山は石灰岩でセメント工場もありましたね。
 高山を走るとのこと、やはりあのゾウリで走るんでしょうか? 何とも野性的で、しかも力強い走りにほとほと感心していました。高山は山ばかりですが、野辺山に比べ最後が登りでないだけ、私は幾分安堵感があります。いずれにしても、野山を越えて走るウルトラに楽なんてことはありませんがね。お互い、頑張りましょう。
              山草人

投稿: 山草人 | 2016年5月27日 (金) 17時33分

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